1.高校生になったらという約束

自室のベッドの上で孫悟空は手に入れたばかりのスマホを弄り、満足気に微笑んでいた。なにせ、このスマホはやっとの思いで手に入れた念願の品である。
成績優秀な兄・紅孩児とは違い、悟空は頭が悪かった。不真面目だったりサボったりしてるワケでも無いのに、中学ではいくら頑張っても体育以外の成績はアヒルが並んでいた。そのため入れる高校があるか家族も担任も非常に心配し、高校に入れたらスマホを買ってやるなどと物で釣ったりもしたのだが、世の中は意外となんとかなるものらしく、悟空は無事高校生になることができたのだった。
高校の入学式の帰り道、母親がケータイショップに付き合ってくれたので、悟空はオレンジ色のスマホを買った。親はどれでも良いと言ったが、正直初スマホで何がどう違うのかも良く解らない。結局見た目と画面の大きさで選び、プランは母親が決めたモノにした。ガク割がどうとかのパケ使い放題というモノらしい。今までガラケーだったため、そんなにパケットを使うのかも良く解らなかったけれど、たくさん使えるに越したことは無いと悟空も異論は挟まなかった。
まずはデータを移して、それからソフトを入れて……と、悟空はワクワクしながらスマホを操作する。ガラケーでは出来なかったラインをインストールして、友達を片っ端から登録していく。そんな感じでいくつ目かのソフトをインストールしていた時、ふと端に表示されていた広告が目に留まった。
「スマホだと広告もキレイだなぁ」
見ていると絵が切り替わり、タイトルが表示される。
「あ、これ前のクラスのヤツが言ってたのじゃん」
スマホでもパソコンでも出来るオンラインゲームで、ユーザー数が多く自由度が高いことで有名らしい。
「スゲー面白いからって勧められたっけ」
その時はガラケーだったからやりたくても出来なかったけど。
「受験でゲーム封印してたし、久々にゲームしてぇかも♪」
早速広告をタップして公式を表示する。
「へー、よくあるRPGぽいや。基本プレイは無料……てことは、タダで遊べるんだな! よーし、やってみよ!」
ダウンロードをタップし、しばし待つとインストール画面が開く。悟空はインストールボタンをタップし、早速起動した。
「まずはアカウント登録か。覚えやすいのがいいよな。『GOKUU』かな? あ、数字も入れた方が良いって書いてある。誕生日……はありきたりだから『2017』でいいや。パスワードは〜……」
一通り入力し、申請すればすぐに自動応答メールが届く。
「ココをタップして、よし! 登録完了〜♪ 早速ログイン!」
ロード画面が開いて真ん中に表示されたバーがじわじわ増えていく。ベッドに転がり足をバタバタさせながら100%を待つと、バーがいっぱいになり、今度はタイトル画面が表示され、そしてキャラクター作成画面になった。
「どんなキャラにしよっかな〜♪ まずは名前名前……『悟空』っと。んで次は外見か〜。強そうなのがイイなぁ。でっかくてマッチョで……」
ウキウキしながら悟空は一つずつパーツを選んでいく。が、すぐにそれは難しそうな顔に変わる。
「コッチ上げるとコレとのバランスがおかしくなるような……? えー、じゃあこうかな? それともコッチ?」
何度も何度も同じパーツを選んでは直してまた他を直してとしばらく繰り返して、ついに悟空はキレた。
「パーツ多すぎ!! もー、なんでもイイからカッコよくてムキムキなのねぇの!?」
いっそランダムで……と思った視界に簡易モードの文字が飛び込んできた。
「簡易……? おー! あるじゃん! えーと、『マッチョ』いってみよー! おおー! イイじゃんイイじゃん! しかも目の色俺と一緒♪ 髪型と色も同じにしちゃお!」
鼻歌混じりに外見を決め、次はステータス。
「男ならstrでしょ! あ、でもスタミナと体力も要るか。じゃあそれもちょびっと上げてっと」
そして迷わず『作成』ボタンをタップする。
わずかな間の後、ロード画面が表示され、そして一気に視界が開けた。
「おおー!」
どこまでも広がる草原と青い空。草は風に揺れ雲も少しずつ流れていくそのグラフィックは、まるで風を感じられそうなほどだ。
「スッゲー……キレイ、リアル、ばあちゃんの田舎みたい」
悟空がまだ小学生の頃亡くなった祖母の田舎で昔見た風景がこんな雰囲気だったなと、悟空は目を細めた。けれど、直ぐに空と草原だけしか表示されていないことに気付く。
「コレどうやって操作するんだろ? キャラが見たモノが映る系?」
首を傾げて何の気なしに画面をタップしてみる。と、画面がホワイトアウトして今度は普通のゲーム画面が表示された。良くあるやや斜め上からキャラを見下ろしているカメラで、中央にさっき作ったばかりの自分のキャラクターが居る。画面の隅にはキャラクター情報やショートカット、チャットウィンドウがあり、他のゲームとそう違わないそれに、悟空は操作に迷うことは無さそうだと安心した。
「でもコレキャラの名前出ないのか〜。他の人の名前とかってどうやって見ればイイんだろ?」
トントンと画面をタップすると、その場所へキャラクターが移動する。その指がたまたま自分のキャラに当たり自分のキャラクターをタップすると、キャラクターの足元に名前が表示された。
「ああ、選択すると出るのか〜」
なるほどと一人ごちて、今度はスワイプして画面を回してみる。この辺の操作は他のゲームと似たようなものらしい。
と、画面に一人の女の子キャラクターが入る。肩までの外ハネ気味の金髪に青い瞳、長い耳、14歳くらいの女の子。
「おんなじ初心者……じゃないか。服が制服っぽい?」
名前はなんて言うんだろうと、悟空がそのキャラをタップすると、キャラクターの上に吹き出しが表示された。
『こんにちは! ファイヤーアゲートオンラインへようこそ!』
「ふぇ!?」
突然喋り始めた相手にビックリして飛び起き、返事をしようとチャットウィンドウを選択しようとして悟空は気付いた。相手の名前は【NPCエルミナ】、つまりプレイヤーではなくゲームの登場人物だ。
「なんだ〜。人じゃないのかー。あービックリした。てか、人はいねぇのかな?」
見渡す限りどこまでも続く草原には自分とエルミナというNPCしか居ない。そんな悟空の疑問に答えるように、彼女がまた喋り始める。
『ここはチュートリアルフィールドです。そりゃ、いきなり知らない世界に放り出されたら困りますよね。画面の見方、操作方法、戦闘の仕方、クエストの受け方、職業のアレコレをここでざーっと説明しちゃいます! もちろん実技もあるよ』
「うぇ、面倒くさい……」
『そういうのが面倒な人は、スキップもできますよ? どうします?』
まるでこちらの言葉を聞いているかのようなセリフに面食らいつつも、悟空は中央に現れた選択肢を迷わず選択した。もちろんスキップするを。
「当然っしょ!」
『そっか〜。それじゃ、いい冒険が出来るように、このアイテムをプレゼントしますね!』
【歪んだ時空の羽1個取得】
「歪んだ時空の羽?」
『それでは良い旅を! またね〜♪』
今度は疑問に答えること無く彼女は笑顔で手を振った。そして画面がブラックアウトし、ロード画面が表示される。結局今のアイテムは何だったんだろうと思っていると、再び視界が開けた。
「うわ……」
先程とは打って変わった街の中。明るい色の石造りの家々に囲まれたモザイクタイルの広場に悟空は立っていた。広場の外周を取り囲むように露店が立ち並び、たくさんのキャラクターがそれを見たり話したりしている。その広場の周りの建物は一階部分が商店になっていて、色とりどりの商品が並び、そこでもキャラクターが買い物をしたり座り込んで話したりしている。広場を取り囲む3階建ての家々の窓は開かれていて、露店や街灯に向けカラフルな三角の旗が付いた紐が張られている。
「スゲー!」
今にもザワザワという街のざわめきが聞こえてきそうな賑わいに、一気にテンションが上がる。すぐ側の露店を覗けば何に使うのか解らない道具や本が、その隣には沢山の剣とアクセサリー、さらに隣には干し肉や爬虫類ぽい何かの丸焼き、それに大きい木の実が山積みになっている。
「ウマソー! コレいくらなんだろ? 干し肉一個400? 安い……のか?」
高いのか安いのか解らないが取り敢えず財布を表示すると、所持金は当然のように0の表示。
「げ……。こういうのって最初に金貰えたりしねぇの? てか、コレ単位かな。0ヨークかぁ……」
そう言えばこのゲームはどうやってお金を稼ぐんだろうと今更チュートリアルをすっ飛ばしたことを後悔したが、すぐになるようになるさと開き直った。
「まずは探検探検〜♪」
広場を出て大きな通りを歩けば教会や酒場など大きな建物が続き、その先はだんだん建物が小さくなってやがて放牧地になった。
「羊に牛に犬も居る」
のんびりと動く彼らの向こうに海が見える。
「おお! 海だ!」
少し遠そうだけど、確かに海だと解る大きな青。そして今度は逆側を見れば遠くに高い山とその右手には深い森が見える。
「スゲー! ワクワクするな!」
海へ向かおうか山へ向かおうか、それとも森へ向かおうか、この道をこのまま進もうか悩むのも楽しい。見たことの無い場所を旅するドキドキワクワクに悟空はベッドの上でゴロゴロ転がる。そしてふと思い出す。
「そういえば、さっき貰ったアイテム何だったんだろ?」
売ればいくらかの金になるのかな、なんて思いながらも使えるものなら使ってみたいと鞄マークをタップする。開いたアイテム一覧にはうねうねした紫色の羽が1つだけ入っていた。
「コレかな?」
それをタップすると、説明ウィンドウが開く。
「えーと? 『【歪んだ時空の羽】古い時空の魔法がかけられている羽。古すぎてイビツだが使えそうだ』。……使えんのかな?」
ベッドに転がりながら首を傾げ、悟空はアイテムをダブルタップした。シングルで選択ならダブルで使用だろうと普通に。その瞬間画面が暗くなりロード画面に切り替わる。
「おおー! どこにでるんだろ!?」
ガバッと起き上がってベッドの端に腰掛け、スマホをジーッと見詰めていると、再び視界が開けた。
「へ?」
表示された景色に、間の抜けた声をあげてしまう。ゴツゴツした岩肌に覆われた場所。ところどころに緑の下草が生えている他は、細目の木が斜面に生えて枝を伸ばしているが、光や景色を遮る程ではなく、斜面とは逆側には綺麗な空が見える。下を見てみれば岩で出来た斜面が続いていて、遥か下に木々の葉で出来たドームが広がっていた。
「岩山ってカンジ?」
期待していたイメージとは違うそれに驚きこそすれ、ガッカリすること無く悟空は目を輝かせた。
「こんなトコもあるんだな〜♪」
何となく山を登ってみると、少し広い場所に出る。小さな山小屋と薪を割りかけている切り株、そして木で出来た立札。
「なんか書いてある。えーと、なになに? 戻るとあ……う、らん、で、ふ?」
どうやら悟空が進んだのとは逆方向に街があったようだ。けれど悟空の興味は違う所に向いていた。
「進む道はあんのに、こっちは何も書いてないのは何でなんだろ?」
何があるか解っている方よりも、解らない方が気になる訳で。早速道を進んでいくと、木が増え段々道は細くなりやがて無くなった。
「え〜、何も無いのかぁ」
突き当たりまで来てぼやくが、それで道が現れる筈もない。それでもせっかく来たのにと諦めきれない悟空が適当に周りの木々をタップすると、森の中へとキャラクターが入り込んだ。
「お? 獣道? うわ、オモシレー♪」
道と言われれば道かも知れない感じの地面を選んでタップすれば、キャラクターはどんどん獣道を進んでいく。と、小さなスペースが見えて、悟空はそこへ行ってみた。木々に囲まれた直径1メートル程の小さな場所。その中央に小さな泉がある。そこだけ人の手が入っているようで、50cmくらいの高さにある半円形のボウルのような物に泉は涌いていた。
「なんだろ、コレ?」
余り多くはない水の中にいくつか石が入っている。その中に1つだけ金属のような曲線が見えた。そっと水に手を入れ石を避けてみると、その金属らしきものは10cmくらいの金色の輪っかで、何やら鎖のような物で固定されている。
「ヘンな形してんな、この輪っか。こーゆーのって、触ると何か起こるんだよな?」
一体何が起きるのだろう。悟空が説明を見ようと輪っかをタップした。シングルのつもりが、手が滑ってダブルで。
その瞬間画面が真っ白になる。
「うわっ!?」
驚く悟空の目の前でさっきまでとは全く違う景色がゆっくりと画面に映し出された。ハラハラと舞い散る雪。どんよりと曇った空。岩で出来た洞窟……。その洞窟の中に悟空は居た。
「ここ、どこ?」
取り敢えず洞窟を出ようと外をタップする。けれどキャラクターはすぐに足を止めてしまった。
「なんだよコレ……」
洞窟の出口には同じく岩で出来た格子が嵌まっていた。
「ちょ、出れねぇの!?」
慌てて外や格子をタップするがピクリともしない。ならばと洞窟の奥に歩き出せば、今度はすぐに行き止まりになってしまった。
「は!? ナニコレ!? 岩牢!?」
完全に閉じ込められた悟空がどこをタップしても、岩牢はびくともしない。
「マジかよ、シャレになんねぇ!」
こうなったら誰かに助けて貰おうとチャットウィンドウに『誰か!』と打ち込み発言をしてみるが、それに返る言葉は無い。
「こんなトコで詰みとかイヤだぜ!?」
何度も何度も叫んでみるが、返事が無いどころか、人っ子一人通らない。と、ふと自キャラに違和感を感じた。拡大してマジマジと自分のキャラクターを眺める。
「て、ナニコレ!? コレさっきの輪っか!? 何でそれが俺の頭に嵌まってんの!?」
泉の中にあったはずの金色の輪っかが悟空の頭に嵌まっている。びっくりして装備欄を開けば頭装備の場所に確かに先程の輪っかが表示されている。しかも、赤く。
悟空が恐る恐るそれをタップすると、今度こそ情報ウィンドウが表示された。
「えっと、『【金鈷】異文化の国の装飾品。大きすぎる魔力を封印する為に使用されるらしい』。なんだ。単なる頭装備か〜、びっくりさせんなよ〜。て、続きがある。『この装備は呪われています。装備解除不可』!?」
慌てて金鈷をダブルタップするが、金鈷はピクリともしない。ドラッグしても掴めやしない。
「うわーーー!!!」
「どうした!? 悟空!」
「ギャーーー!!!」
思わず絶叫した途端、部屋のドアが開いてビックリして更に悲鳴を上げた悟空に、ドアを開けた兄までもビックリして硬直した。
「え、あ、いや、叫び声が聞こえたから、何事かと……」
しどろもどろで兄……紅孩児が言葉を発っせば、悟空が目をしばたたかせた。
「あー……、コレ、ゲームだった……」
呆然と呟いたその言葉に、紅孩児は眉をひそめてから溜め息を吐いた。
「ゲームをするのはいいが、余り騒ぐなよ」
「はーい」
すっかり感情移入していて、声を上げた自覚はあっても無意識に出ていた声なだけにバツが悪く、悟空は素直に返事をした。その返事を聞いて部屋を出る兄を視線だけで見送り、ドアが閉まるより早く再び画面に視線を戻す。
画面には、相変わらず岩牢の中に立ちつくした自分が居た。
「つってもな〜、コレどーしろってゆーんだろ」
ログアウトしたとしても、十中八九ログインするのはここだろう。死ねばどこかのセーブポイントに戻れるかもしれないが、死ねそうな気配も無い。誰か通りかかるまで気長に待つしか無いのだろうか……。
「あー! もー、誰か通りかかってくれよ!!!」
先程の注意もすっかり忘れて叫んだその瞬間、牢の向こうに人影が見えた。
逆光で顔はよく解らないが、背の高い男。あんなに厚かった雲が途切れ、射し込む光にキラキラと雪が舞う。
スゲー、キレイな、キラキラな……。
呆然とその人を見詰めていた悟空の目の前でその人物は足を止め、口を開いた。
「オイ、間抜け面。さっきからうるせぇのはてめぇか?」
「……………………」
余りの衝撃に、悟空が今度は違う意味で呆然としていると、相手は腕を組んでふんぞり返った。
「返事くらいしやがれ、バカ猿」
「バカじゃねえし!」
「なんだ。喋れるんじゃねぇか。こんなトコで何してんだ?」
「何って、見りゃ解るだろ!? コレなんだよ!? どーやったら出れんだよ!?」
口は悪いが自分を助けてくれるのはこの人物だけだと悟空が捲し立てると、相手は悟空を改めて見て納得したようだった。
「初心者か。あの泉を触ったんだろ。注意書きを読まなかったのか?」
「読もうと思って、間違えてダブルタップしちゃったんだよ」
その言葉に相手が笑った。
「アホだな」
「…………」
コイツ、スゲーやなヤツだっ!!
「ちょっと下がってろ、出してやる」
「え、マジで!?」
「そこに居たいなら放置してやるがな」
「出して! 助けてください!」
前言撤回。イイヤツかもしんねぇ!
悟空が離れたのを見て、その人物は銃を構えた。そして数発発砲すると、牢の入り口が音をたてて砕け散った。貼られていた札が陽光のなかで舞い散り、幻想的な光景を醸し出す。銃を仕舞い、彼が悟空に手を伸ばした。悟空はその手を取り牢の外へと足を踏み出した。
眩しいくらいに晴れた空に目を細め、悟空は口を開いた。
「マジ助かった! サンキュな。えっと……」
名前は何と言うのだろうかと、相手をタップすると小さいアイコンと二行ほどの文字が表示される。名前はどれだろうかと少し悩んでから、悟空はきっと一番上だと思い、その名を呼んだ。
「サンキュな、三蔵!」
「………………それは職位であって名前じゃねぇよ、バカ猿」
振り向いて不機嫌そうに男が吐き捨てた。背が高く浅黒い肌にテッペンは禿げている上半身裸の和装の―――キャラクターネーム『江流』は。
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