3.取り敢えず『はい』をクリックして。
「あ」
MINTがのんびりとした、けれど何かに気付いた声を上げた時、3人の足元を小さい生き物が駆け抜けて行った。白い毛の生えた耳の長いチワワ。それが数匹さっきまで悟空が居た岩影へ走っていく。
「あ、アイテム!」
ルートモンスターのソイツらは悟空がアメーバを倒してドロップしたアイテムへと一目散に駆けていくと、それをぐわっと口を開けて飲み込んでしまった。いくつかあったアイテムを奪い合うように飲み込んでしまうと、まだどこかにないのかと言うようにウロウロしている。
「あー……」
アイテムは手に入れたかったが、そこまで欲しかった訳でも無い上に、そのモンスターが可愛いせいで攻撃なんてとても出来そうに無い悟空が残念そうな声を出したその時、モンスターの1匹がルビーの足元を駆け抜けようとした。
「おっと」
それに気付いたルビーが、無造作に持っていた錫杖を振った。
「あ!」
錫杖がモンスターを跳ね上げる。その衝撃に大して強くもないそのモンスターは飛び散って消えた。先程飲み込んだアイテムと、ドロップアイテムをあとに残して。
「ちょっ」
びっくりする悟空の前で、落ちたアイテムを拾おうと近付いてくるモンスターを、更にルビーが錫杖を一振りして一掃してしまう。
「何すんだよ!? かわいそうだろ!?」
「は? つっても、アレ敵だぜ? アイテム持ってかれてんじゃん」
「でもあんなちっこいのに! 攻撃だってしてこねぇしさ! 弱いモノ苛めすんな!」
「はぁ? あのなぁ、コレはゲームなの! んでアイツは敵なの! 倒すモンなの!」
「何でもかんでも倒せば良いってモンじゃねーだろ! この単細胞!」
「んだと!?」
二人が火花を散らして睨み合い、一触即発のピンと張りつめた空気の中、不意にMINTがのんびりした声を出した。
「あ、私そろそろ落ちる時間です」
「「へ?」」
「それじゃ、おやすみなさい(^-^)悟空、また明日。ルビーは悟空を苛めないでちゃんと色々教えてあげてくださいね(^-^)」
そう言うと、MINTは呆然と見る二人にペコリと頭を下げ、エフェクトとともに消えてしまった。
後に残されたのは何が何だか解らなくてキョトンとしている悟空と、呆然と固まっているルビーだけ。
「……あんのヤロウ、押し付けて落ちやがった!!」
「へ? 落ちるってナニ?」
「ログアウトしたってコト! あー、もう23時じゃん! アイツ最初からこーゆーつもりで俺を呼んだなっ!」
「へ?」
「MINTは大体毎日ログインしてっけど、21時から23時までしか居ねぇの。んで、今日はお前を最後まで面倒見れないと思ったから、お前の面倒を見させるつもりで俺を呼んだってこと!」
「え、でも別に呼んでなくね?」
「ギルチャで呼ばれたんだよ!」
「ギルチャ?」
「〜〜〜〜ギルドチャットの略! 同じギルドのメンバーだけが見れんの! つまりお前の知らないトコで呼ばれたってこと!」
「へ〜」
すっかりさっきまでの剣幕の無い感心したような悟空の声に、ルビーはガックリと肩を落とした。
「あーもー、解った。付き合ってやる。取り敢えずフレ申請よこせ」
「え、ルビーと友達になんの?」
思わず嫌そうな顔をした悟空に、怒鳴り付けかけたルビーは、けれど直ぐにからかうような笑みを浮かべる。
「ははーん。フレ申請の仕方知らねぇんだろ?」
「う」
「やっぱりな。つか、お前初めたのいつよ?」
「昨日だよ! 何も知らなくて悪かったな!」
怒鳴り付けるように悟空が言うと、ルビーは今度は屈託無い顔で笑った。
「ハハ。いーじゃん? ゲームなんだし、その方が楽しいべ」
思わぬルビーの反応に悟空はビックリしてしまう。もっと憎まれ口ばかりのヤなヤツかと思ったが、そう言う訳でも無いらしい。
「フレ申請とかパーティー勧誘は、フレンド画面からでもできるけど、楽なのは相手を右クリックだな」
「俺スマホなんだけど」
「あぁ、じゃあ長押しだ。俺を長押ししてみ?」
言われた通りにルビーを長押ししようとして、悟空は固まった。
「……あのさ、ルビーさ、押せねぇんだけど」
「は? 押せねぇってなんだ? タップできねぇ? してもウィンドウが出ねぇってこと? なんだろ、バグか?」
「じゃなくて!」
「じゃなくて?」
「ンなカッコしてる女の子をタップするとかムリ!!!」
「へ?」
ゲームでしか有り得ないキワドイ鎧のルビーは20歳くらいの女性キャラクターで。豊満な胸、細い腰、大きめの尻を持つ彼女は鎧を着ていても裸同然。そのキャラクターをタップするのは、悟空にとってその手のゲームやリアルの女の子に手を伸ばすのと同義だった。しかも、相手が良いと言っていても、人間が操作しているわけで……まるでそのキャラクターを操作するプレイヤーを触るかのような気分になってしまう。なんていう葛藤がなんとなく伝わったらしく、ルビーは思い切り吹き出した。
「お、お前っ! オモシロイ! 超オモシロイ!!」
キャラだけでなく画面前でも死ぬほど笑ってしまい、呼吸困難になって震える手でマウスを握りしめる。
「面白くねぇから!」
「ヤベ、死ぬ。マジで笑い死ぬ! カンベン!」
そんなルビーをムスッと睨んでいると、しばらく経ってようやく動ける状態になったらしいルビーが、まだ微妙に笑いながら悟空にウィスパーチャットをしてきた。
『あー、まだ苦しい。悪ィ悪ィ』
ピコンと突然開いたウィンドウに悟空が驚く。
「へ? コレナニ?」
『コレはウィスパーチャット。全体チャットはみんなに見えちまうから、ナイショ話するときとかに使うの。ウィンドウが開くタイプと、チャットログのトコに出すのと選べて、それは設定で切り換えられる。発言するにはチャット打ち込むトコの左に丸いのあるだろ? 左から全体・パーティー・ギルド・ウィスパーと発言する場所を選べるの。他にも相手を、スマホだと長押しからの選択とかフレリストからとか色々やり方はあるけど、それは追々な』
「へー」
『今ウィンドウ開いてるならソコに入力してもいいんだけど、練習のために黄色を押してから俺の名前入れて、その後ろに半角コロン入れて、その後に発言入力してみ?』
言われて取り敢えずチャットウィンドウに『ルビー』と入力し、半角コロン、続けて適当に入力してみる。と、発言がさっきのウィンドウに表示された。
『コレでいいの?』
『そうそう! 出来んじゃん!』
『へー。そーいえばさっきMINTがパーティーチャットしたけど、アレもこうやんの?』
『パーティーのが楽で、青い丸押すだけで発言できるな。でだな』
ルビーが文字通り内緒話をするように、ずいっと悟空に近付く。
『俺、中身男なんだわ』
『………………へ?』
言われた意味が解らず数秒考え込んだ悟空は、やっぱり良く解らなくて間の抜けた声を出した。と、ルビーはニカッと笑いながらもう一度繰り返す。
『だーかーらー、中身男なのよ。プレイヤーがっつった方が解りやすいか?』
『男……?』
目の前のキャラクターは女性である。が、プレイヤーは男? 悟空の頭をぐるぐると言葉が飛び回る。そして、じわじわとその意味が脳に届いた。
『え、男!? 男なのに女キャラ作ってんの!? なんで!? オカマ!? 変態!?』
『バーカ、違ェよ。リアルはフツー』
『じゃあ何で女キャラなの!?』
『ずっと眺めなきゃいけねーんだから、女キャラのが楽しいじゃん? 男キャラ眺めてても楽しくもなんともねぇし』
『……成る程』
その言葉に妙に納得してしまった悟空に、ルビーが身体を離して苦笑した。
『つか、お前ああいう言い方しない方がいいぜ?』
『へ?』
『ネトゲの女キャラの90%は中身が男だ』
『へ!?』
『みんなゲームくらいカワイイ女の子眺めてたいんだよ。だから、俺は別に気にしねぇけど、怒るヤツも多いからな』
『そうなんだ……』
知らない世界を覗いてしまった気分で、悟空は呟いた。
「ま、そーゆーワケだから遠慮なく長押ししろ」
「どーゆーワケ!?」
「キャラがどんな格好してたってただの絵なんだから、ンな気にすんなよ。逆に引くわw」
確かにそれはそうかもしれない。中の人が居るということで意識し過ぎたかもしれないと、悟空はルビーを人差し指で押してみた。
「アンv」
「!?」
「なんてな。冗談冗談。タイミング良かった?」
「良すぎだっつーの! このエロ河童!」
「www ウケるw まだ申請来ないんですけどー?」
「〜〜〜ムカつく!!!」
悔しさを込めてルビーをグッと指で押せば、直ぐに小さなウィンドウが現れる。悟空はその中の『フレンド申請』をタップした。
「お、来た来た」
直ぐにルビーも承認したらしく、悟空の画面に『ルビーさんとフレンドになりました。』と表示された。
「へー」
二人目のフレンドに何と無く嬉しくなって口元が緩む。
「そーいや、お前ら何してたの? レベル上げ? クエスト?」
「えっと、観光しようとして脱線してたトコ?」
「観光? どこ行くつもりだった?」
「え。えーと、えーと……、あ! 何か水の中の街!」
「ああ、ヴェルルカか。つかお前街の名前……昨日初めたばっかじゃ知らねーか」
「しかもカタカナだし、ぜんっぜん覚えらんねー」
「最初は仕方ねーべw でも今は公式にワールドマップあるだけ親切だぜ?」
「そうなの?」
「俺が初めた頃はまだ街もマップも完成してなくて街は5個しかなかったからな。通行止めとかもあったし、更に全体マップがどこにもなくて、良く迷子になったわ」
「へ〜」
家庭用ゲーム器のゲームなら、完成した物がリリースされる。そういうものにしか馴染みの無かった悟空にとってはそれは不思議な話だった。
「んじゃ、ヴェルルカ行くか。どうせこの道歩いてけば着くし。それともレベル上げでもする?」
「ん〜、そのヴェルルカ? ってとこは明日でもいいかな。MINTいねぇし。どうせなら一緒に行きたいし?」
「了解。んじゃ、この辺のオモシロポイントでも行こっか」
「オモシロポイント?」
「おぅ。着いて来いよ」
そう言って道を外れたルビーの後ろを追うように、悟空も歩き出した。
本日は初の宿題が出たせいで、ログインするのが遅くなってしまい、悟空は慌ててゲームを起動した。余り遅くなるとMINTと会えないかもしれないと、宿題の最中もソワソワして全然集中できず返って時間がかかってしまったのだ。昨日ルビーが、MINTは大体毎日居ると言っていたため、会えるといいなとドキドキしながら悟空はキャラクターをタップした。
直ぐに画面にキャラクターが現れる。場所は昨日MINTがログアウトした辺りだ。何だかんだと悟空を連れ回したルビーは、最終的に悟空をちゃんと元の場所まで連れてきてくれたのだ。
「えっと、フレンド画面を見ればいいのかな?」
画面内にはMINTの姿が見当たらなかったので、悟空はフレンド画面を開いてみた。すると、MINTもルビーも『ログイン中』になっていた。
「ん? なんだろコレ?」
ルビーのログイン中の表示の後ろになにやら書いてある。
「『オモシロイ猿発見www』……? 猿?」
悟空が首を傾げたその時、チャットログに青い文字が現れた。
『こんばんは、悟空(^-^)』
「あ、MINTからだ! えっと、青がパーティーチャットだっけ」
呟き、青いボタンを押して発言を入力してみる。
『こんばんはー!』
『おや、パーティーチャットのやり方を覚えたんですね(^-^)』
『昨日ルビーが教えてくれたんだ!』
『あの後虐められはしなかったみたいで何よりです。ところで今どちらに居ます?』
『えっと、昨日MINTがログアウトしたトコ』
『解りました。今行きますから、お暇でしたらヴェルルカに行きませんか?』
『行く行く!』
『はい(^-^)では少しお待ちください』
『はーい』
返事を返し、悟空はMINTをのんびり待とうと道のすぐ脇の草の上に座った。その悟空の前をキャラクター達が通過していく。意外とこの道は行き交う人が多い。大体の人は数人で、時には一人の人も歩いて行く。そんなキャラクターはみんな揃って、色んな服を着ていた。
「俺と同じ服のヤツ、居ないなー」
「そらそうだ。お前のソレ初心者服だろーが」
後ろから不意に声をかけられて、びっくりした悟空が振り向くと、そこにはルビーが立っていた。
「よ!」
片手を上げてウインクしたルビーの後ろからMINTもひょっこりと顔を出した。
「こんばんは、悟空(^-^)」
「こんばんは!」
立ち上がる悟空の所まで歩いてきたMINTが少し首を傾げて聞く。
「悟空もオシャレしたいですか?」
「え、うーん、したくないコトは無いけど、そのうちお金貯めてやろっかなって」
その言葉にMINTは嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「そうですね。いい心がけだと思います」
「おし! んじゃ今日も張り切っていこーぜ!」
そう言うと、ルビーが道をすたすたと歩いていってしまう。それを追うように歩き出したMINTが悟空を振り返った。
「行きましょう、悟空」
それに笑い返して悟空も足を踏み出した。
「うん!」
王都からずっと道を歩いて行くとやがて大きな湖にぶつかる。その湖は非常に大きく迂回するとかなり時間がかかってしまう為、湖の真ん中を通過できるように長い橋が架かっていた。その橋の先、湖の中央に街はあった。ヴェルルカは水の都だった。
「スゲー!」
街は湖の上だけでなく水中にも空中にも広がっていて、建物と建物の間を橋が縦横無尽に繋いでいる。
「ヴェルルカは元々何も無い小さな中洲だったんです。ですが、ここは王都クリュセアと商業都市トバの通り道だったので、沢山の人がここを通過する為宿屋と食堂が出来、商店が出来と言った具合に大きくなっていったんですよ。水中も空中も利用しているのは、陸地が無いせいですね」
「へ〜」
「実装されたのも結構最近だな」
「水の女神の加護を受ける街です」
街に通じる王都側の唯一の橋を歩きながら二人の話を聞いていた悟空が、何かを考え込んだ顔で首を傾げた。
「どうしました?」
「ん〜、なんかこの街見たことあるような……」
その言葉に二人が呆れた顔をした。
「そりゃそうだろ。むしろ見たことねー方が不思議だわ」
「ですねぇ。ほら、公式のトップページ。悟空だって見たことあるでしょう?」
「そりゃ、ゲーム起動するたびに見てるよ?」
「その背景の街ですよ。北東の広場からのSSですね」
「えすえす?」
「スクリーンショットの略です。写真みたいなものです」
「なるほどー」
「じゃ、まずは聖地巡礼すっか!」
「ですね〜(^-^)悟空、こっちですよ」
「あ、待てよ!」
長い橋を渡り切り、3人は細い橋を歩き出した。
風呂上がりに廊下を歩いていると、兄・紅孩児が丁度塾へ行くところだったようで、鞄を持って部屋から出てきた。向こうも悟空に気付き足を止める。
「最近風呂に入るのが早いな」
「うん! スマホゲームにハマっててさ〜」
「成程。ゲームをするのはいいが、宿題と予習復習はキチンとしろよ」
「げ〜〜」
「……まさかやってないとか言わないよな?」
「やってる! 宿題はちゃんとやってる!! あっ! 塾遅れるぜ!? じゃ、行ってらっしゃい!!」
慌てて悟空は自分の部屋に駆け込んでドアを閉めた。そして耳を澄ませれば追ってくるかと思われた足音は階段を下りて遠ざかっていった。
「ふ〜〜。兄貴は心配しすぎだっつーの。俺だって子供じゃないんだからさ」
予習復習はしてねぇケド……と、ブツブツ言いながら自分の成績を棚に上げ、悟空はスマホを手にする。
「さーて、今日もあの二人居るかな♪」
やることをやってからの方が心置きなく遊べるタイプの悟空は、内容は別として宿題も夕食も風呂も済ませてから毎日ログインしていた。と言っても月曜日に初めてまだ金曜日ではあるが。
「明日は休みだし、週末はゲーム三昧だっ♪」
慣れてきた手つきでゲームを起動し、キャラクターを選択する。そしてログインすると直ぐにフレンド画面を開く。
「お、居る居る! えーと」
『こんばんはー!』
すっかり固定パーティー気味になっているパーティーメンバーのMINTとルビーに話しかければ直ぐに返事が返ってきた。
『よーっす』
『こんばんは(^-^)』
『二人とも今何処に居んの?』
マップに二人の表示が無いのを確認して聞くと、MINTが済まなそうに返事をする。
『今、ターオスの近くのダンジョンなんです。もう少しで戻れますから、もし良かったら待っていて貰えませんか?』
『うん。解った!』
「ダンジョンか〜。まだ行ったこと無いや」
そう呟いて、時間をもて余した悟空は公式サイトを見てみることにした。
「ワールドマップはドコだろ? FAOの世界?」
取り敢えず一番左から押してみると、世界観の直ぐ下にワールドマップを発見する。
「今居るのはココか」
現在悟空が居るのはターオスと言う砂漠の街だ。ワールドマップで見ると左下の半島のような所だった。
「んで、ずっとこの道を歩いてきたのかな? 昨日行ったトバってトコから道繋がってるのかー」
道を右へ辿ったところに悟空達が昨日観光したトバはあった。ソコは商業都市らしく沢山の商店や露店があり、更にジャイアントの街でもある。悟空が最初にこの世界にログインした街もソコだったようで、中央広場は最初に見たあの場所だった。
「んで、その前のヴェルルカはココで、MINTに会った王都がココかぁ」
トバから道を上へ辿れば湖を横断出来る。その途中にヴェルルカは有り、更に先には王都クリュセアがあった。
「意外と下の方しか行ってないんだな」
王都クリュセアがやや上の方ではあるが、もっと上にも街はあるようだし、トバから右へ行った所にも街があるようだ。更に右上には島もある。それらの街の名前を見ていると、1つだけ聞き覚えのある……というか、見覚えのある街があった。
「あうらんでふ……? って、もしかして三蔵と会ったトコかな?」
確かそんな名前だった気もするし、地図上でも山間部っぽい。三蔵元気かな……? と悟空が思ったところで、スマホがピコンと音を立てた。
「あ、忘れてた!」
慌てて画面をゲームに戻せば、既にMINTとルビーが戻って来ていて、ルビーが悟空に石を投げているところだった。
「ちょ!? 何すんだよ!!」
「ありゃ、もう戻ってきたか。残念w」
「おかえりなさい。お待たせして済みませんでした(^-^;」
「ワールドマップ見てたから大丈夫! て、HP半分になってるし!」
「中々気付かねぇからよw このゲーム味方に普通に攻撃当たるんだよなw いつ気付くかなーって石投げてみたwww」
「投げんな! て、ウィスパー来てる。MINTから?」
「音で気付くかなと、送ってみました(^-^)」
「サンキュー!! コレ無かったらルビーに殺されるトコだったぜ!」
「ハハハ。死にたくなけりゃレベル上げろw」
「レベル……」
言われてキャラクター情報を見れば、悟空のレベルはまだ3だった。
「上げよっかな……」
「そう言えば戦闘全くしていませんでしたね(^-^;」
通り道の弱い敵を倒すのすら稀で、5日もやっているのに少ししかレベルが上がっていない事にビックリする。それでも毎日楽しかったのだから、ネットゲームは不思議だ。
「ストーリーとか無いのに何でみんなレベル上げんの?」
レベルを上げるのはいいとして、ふとそんな疑問が浮かんでしまい、悟空が首を傾げて聞くと、ルビーが顔をしかめた。
「そりゃ、そこにレベルが有るからだ! お前だって弱いより強い方がイイだろ?」
「まぁ、そりゃそうだけど」
「あはは。私はレベルが高い方がいろんな場所に行けるからだと思いますよ。レベル制限の有るところは確かに少ないですが、モンスターが強いので場所によっては生きて辿り着くのが難しいですし。それと、アイテムを作ったり商売したりする時は、レベルが高い方が色んな物を扱えたり性能の良い物を作れたりしますね」
「へー」
「生産材料を集めるにしても、強い物を作るには強い敵のドロップアイテムが必要になるしな。ま、何するにしてもレベルが高くて困ることはねぇよ」
「単にルビーみたいに戦闘が好きなだけのヤツも居るけどな」
「へ?」
不意に明後日の方から声を掛けられてキョトンとして悟空がそっちを見ると、一人の男性キャラクターが歩いてこっちに来るところだった。短い黒髪を立たせたつり目の青年で、黒いパンツに黒いコートのような上着、それに黒い軽鎧を合わせていて、砂漠の暑そうなエフェクトにもめげずにブーツまで履いている。
「よ! お前らが育ててるっつー初心者見に来ちゃったv」
「KEN=REN!」
「良くここが解りましたね」
「お前らのチャット見てりゃ解るって。で、お前のコメの面白いサルってのはコイツ?」
悟空を見ながら言われたその台詞に、ふとフレンドリストのルビーのログイン表示の後ろにあった『オモシロイ猿発見』というコメントを思い出す。
「もしかして猿って俺のコト!?」
「お、やっと気付いたのか? アホ猿ちゃん♪」
「サルじゃねーよ! このエロ河童!!」
「ハァ!? このセクシーな俺様のドコが河童だ!? 目ェ悪ィんじゃねーのか、マヌケザル!!!」
「んだと!? この露出狂河童!!!」
「やる気かこのヤロウ!!!」
ここ数日で何度も繰り広げられている低レベルなケンカに、またかとMINTが溜め息を吐いたその時、成り行きをキョトンと見守っていたKEN=RENが、思い切り吹き出した。
「ハハハッ! お前ら二人ともアホでオモシロイわ!」
そう言って爆笑するKEN=RENに、やる気を削がれた二人がげんなりした目でKEN=RENを見る。
「てか、この人ダレ?」
「ああ、この人はKEN=RENと言って、私達のギルドメンバーです」
「KEN=RENだ。ヨロシク」
そう言って笑ったKEN=RENが悟空に手を出したので、握手かと思って悟空が手を出しかけたその時、手の直ぐ前にウインドウが開いた。
「へ? ナニコレ?」
「は?」
ビックリする悟空の反応に、何が起こったのか解らないMINTとルビーがキョトンとする。が、KEN=RENは一人だけ意地悪そうな笑みを浮かべた。
「チッ、タイミングがズレてたか」
「へ? タイミング?」
「まぁイイや。取り敢えず『はい』をクリックして」
「へ?」
「あ、まさかっ!」
ハッとしたルビーを無視して、KEN=RENがニッコリと笑って悟空を促す。
「ホラ早く」
「あ、うん」
思わずウインドウの内容も読まずに悟空が『はい』をタップした。その途端、別のウインドウが開き、ログウインドウにメッセージが表示される。
「え? ナニコレ!?」
「あー……、やっぱり」
顔に手をやって空を仰ぐルビーの隣でMINTも苦笑した。
「まぁ、ある意味予想通りと言うか(^-^;」
「……『猿猫ギルドに加入しました』!?」
下のログには『天ちゃんの可愛さの前にひれ伏せ! 愚民ども!』と、表示されている。
「天ちゃんってダレ!?」
「あー……、天ちゃんというのはギルドの女の子キャラクターです。そのメッセージはギルドの偉い人が書ける固定メッセージで、ログインしたときに表示されるんです」
「見せてやりてーけど、今、天、居ねーんだよな」
「つかKEN=REN、アンタさ、初心者騙してギルドに勧誘すんなよ」
「ケチくせぇこと言うなって。どうせ入りたいトコなんて無いんだろ?」
「あったらどーすんだ」
「んじゃ本人に聞いてみるか? なぁ、悟空。お前入りたいギルドとかあったか?」
「へ? 無いけど?」
「ギルド入ってると色々便利だぞ。ギルメンが居るから、何か教えてもらいたい時とか手伝って欲しいときとか直ぐに聞けるし? あと、色々ボーナスもあるしな」
「へー、そうなんだ」
「うんうん、そうなんだよ。んで、お前がさっき押したのがギルド加入の承認な」
「へ!?」
「キャラの下にギルドエンブレム出てるだろ? 職位も」
慌ててキャラをタップすると、名前の左に小さな絵と、右には『新入り』の文字が。
「ソイツらも居るし、俺も手伝ったり教えたり出来るし? 後1人良くログインするヤツがいるから、大体一日中誰か居るな。まぁ、悪いようにはしねぇから、楽しくやろうぜ。ヨロシクな、悟空!」
屈託の無い笑みでそう言ったKEN=RENに呆然とする悟空の横から、MINTが慰めるように言った。
「こういう人なんです。いつでも抜けられますから、諦めてください(-_-;)」
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