花に嵐、舞い散れ祷(いのり)

第六話


翌日、朝からベッドの上で捲簾が座禅を組んでいると相変わらずノックもなく扉が開いた。
「おっはよー!」
「ハヨー」
「あれ、もう起きてる」
明らかに起きていた捲簾に悟空がビックリした顔をする。
「捲簾って朝早いな」
「まぁな。ホントなら走りに行きたいトコだけどな」
「へー」
「んで、朝メシ?」
「ううん、それはまだなんだけど、捲簾と話したくってさ!」
「光栄だねぇ」
ニッと笑う捲簾に、ヘヘッと悟空も嬉しそうに笑い、捲簾のベッドに腰掛けた。
「あのさ、捲簾の……」
「……ッセェな……」
悟空の言葉を遮るように、ベッドの上の塊が蠢いて不明瞭な言葉が響いて来た。二人の視線がそちらに流れる。と、悟浄が中途半端に掛け布団にくるまったまま、顔をこちらに向けた。
「お前ら朝っぱらからうるせぇよ……」
不機嫌ですと顔に書いてある悟浄が、心底嫌そうに二人を睨み付ける。
「いいじゃんかよー」
条件反射のように噛み付いた悟空の言葉を聞きながら捲簾が時計を見ると、時刻はまだ朝の6時40分。悟浄の主張も納得である。なので、ここは自分達が折れるべきだろうと判断した捲簾は、言い返している悟空を後ろから羽交い締めにし、口を塞いだ。
「なぁ、五月蝿くすんのも難だし、俺ら外行ってもイイか?」
暇を凌げる悟空を部屋から出すのも惜しい捲簾がそう提案すると、悟浄は何故か捲簾を睨み付けた。
「イイ訳ねーだろ」
「何処にも行かねーから。な?」
「そーゆー問題じゃねぇの」
やっぱ目の届かないトコに行くのは駄目かと思いつつ、悟空の信用度について少し心配になる捲簾だった。まぁ、確かに見張りとしては相手を信じ過ぎる所がありそうだが。と、捲簾の手を引き剥がした悟空が悟浄に言った。
「何だよ、ケチ河童!」
「んだとッ!? この面食い猿、誰彼構わず懐いてんじゃねぇよ!」
「面食いって何だよ!?」
「ああ!? お前いつでも顔重視じゃねぇか!」
「キレイなモンはキレイなんだからしょーがねーじゃん!」
何の話だと思いつつも、微かな違和感を捲簾は感じた。なんだか悟浄の反応が、引っ掛かるのだ。昨日は悟空を追い出そうとしているのかと思ったのだが、これはもしかして逆なのかもしれない。悟空を追い出すのではなく、捲簾を悟空に近付けないようにしているような気がする。
「……なんで?」
すぐに懐いて危ないから? イヤ、でもそんなトコまで口出しゃしねぇだろ。もう子供じゃねぇんだし。
気のせいだろうかと捲簾が首を傾げると、それに気付いた悟空が羽交い締めにされてるままの状態で捲簾を見た。
「どうかした?」
「んや、さりげなく俺の顔誉められた気がして?」
適当に誤魔化すと、捲簾は悟空をそのまま後ろから抱き締めて頬を擦り寄せた。
「悟空カワイイな!」
「……サンキュ!」
懐いてくる捲簾に悟空が嬉しそうに笑った瞬間、勢い良く捲簾の身体が悟空から引き剥がされた。
「くっついてんな!」
捲簾の襟首を掴んだ悟浄が、物凄い剣幕で捲簾を怒鳴りつけた。その余りの勢いに捲簾はキョトンとして、されるがままに悟空から離れた場所に座らされてしまう。
「何だよッ! イイじゃん!」
「良かねーだろ! お前解ってんのか!? コイツは敵かもしんねーんだぞ!」
「もー! 何でみんな捲簾を疑うんだよッ! 捲簾は敵じゃねーって!」
「はぁ!? どっからその自信くんだよ!」
「根拠なんかねーけど、捲簾は絶対敵じゃないッ!」
悟浄にそう怒鳴ると、悟空はベッドを回り込んで捲簾の背中にしがみついた。多分捲簾の後ろに隠れたいんだろうが、体格差があって出来てはいない。
なんっか、こんなん前にもあったような……。
小さい悟空もちょいちょい捲簾の後ろに隠れて脚やら軍服の裾やらを握ってたなぁと、捲簾が暢気に思っていると、捲簾の目の前に居た悟浄が手を伸ばして悟空の頭を掴んだ。
「離れろっつってんのが聞こえねぇのか!?」
「ヤダったらヤダ!!」
捲簾を挟んだ二人の攻防に、捲簾がため息を吐いた。
同じレベルかよ……。
アニキ風を吹かせたかと思えば同じレベルで争ってる悟浄を何とも言えない視線で捲簾が眺めても、気付いた様子もなく悟空と言い争っている。せめて自分を挟むのを止めてくれないものだろうかと、捲簾へ大きなため息を吐いた。
と、丁度そこにノックの音が響く。
「悟空、捲簾。そろそろご飯にしませんか? ―――って、珍しいですね。悟浄が起きてるなんて」
「悪かったな! コイツらが五月蝿くて寝てられなかったんだよ!」
「五月蝿くしてたのは悟浄じゃんかよ!」
「まあまあ、起きてるならみんなで朝御飯にしましょうね」
再び言い争いを始めようとした二人をさらりと無視して八戒が話を終わらせると、まだ不機嫌な顔をしている悟浄がごろりとベッドに転がって背を向けた。
「飯いらね。寝るわ」
「おや。じゃ、悟浄は置いて二人とも行きましょうか」
「おー!」
元気の良い悟空の返事と共に、三人は食堂へと向かった。



食事を終えて部屋に戻ると、先程捲簾のベッドに転がった悟浄はそのまま捲簾のベッドで寝こけていた。その様子を見なて捲簾は首を傾げた。普通、嫌いな人間が使っていたベッドで寝ることは無いだろう。しかも、非常事態でもなんでもない上に直ぐ隣に自分のベッドがあるのにだ。つまり、あんな態度を取ってはいるが、おそらく悟浄は捲簾の事が嫌いな訳では無いのだろう。だとしたら、どうしてあそこまで過剰反応をするのか。不思議に思いながら、捲簾は椅子に座って頬杖を付いて窓の外を見た。曇っている空は今にも雨が降りだしそうだ。思わず椅子を窓際に移動させ、窓を開けてみると湿った空気が入り込んでくる。天界には雨は降らないため、物珍しいのだ。たまに地上で雨に遭遇することもあるが、大抵は任務中であるのでそれどころではない。こんな風にのんびり雨を待てるのも珍しい。
「ま、今も任務中っちゃ任務中なんだけどな」苦笑して副官の姿を思い出す。が、どうにも怒っている顔しか浮かばない。
「だから言ったじゃないですかとか絶対言われるな……」
100%お説教される予感に捲簾が顔をしかめた時、相変わらずノックもなく部屋の扉が開いた。今回は控え目に。
「なにしてんの?」
大きな声での挨拶を止めた悟空が捲簾の傍までやって来て、一緒に窓の外を見た。
「雨が降りそうだなーって思って見てた」
「見てたって、雨が降りはじめるのを?」
「そそ」
まだ降り出してはいない空をもう一度見て、悟空は不思議そうな顔で捲簾を見た。
「捲簾って変わってんな」
「まぁな」
捲簾が笑って見せると、悟空も椅子を窓際まで持ってきて隣に座る。
「雨降ったら調査できなくて、三蔵達帰ってくるかなー?」
「くるかも?」
「だといいな」
何をどう調査してるのかは知らないが、外であろう事は想像がつくので適当に相槌を打つと、悟空が目を細めてそう呟いた。その顔が、置いていかれた子供のようで捲簾は考えるより先に手を伸ばしていた。
「直ぐに帰ってくるさ」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でる。
「うわっ」
びっくりした悟空が、目を真ん丸くして捲簾を見た。
少し意地悪そうな笑み。けれど、その瞳も手も、とても優しくて温かくて……。胸の中に何かが溢れる。
「へへっ……」
咄嗟に俯いて、なぜか溢れそうになる涙を堪えて、悟空は笑った。



昼になると雨が降りはじめ、すぐにその雨脚は強くなっていった。昼間だというのに辺りは暗く、雨も加わって視界は悪い。そのため、三蔵と八戒は調査を切り上げ、捲簾の様子を見ようと部屋へやってきた。
「おかえり! 三蔵! 八戒!」
顔を見るや否や、三蔵に飛びつくように寄って行った悟空に捲簾と八戒が苦笑する。それと対照的にベッドの上で不機嫌な顔をしている悟浄に気付き、八戒が首を傾げ悟浄に歩み寄った。
「どうかしたんですか?」
「……べっつにぃ」
明らかに不貞腐れているのに原因を言う気は無いらしい。やれやれと八戒が肩を竦めると、服の裾を後ろから引っ張られた。何事かと思い振り向くと、バスルームから持ってきたのだろうタオルを押し付けられた。
「ホラ、濡れてんだからちゃんと拭けよ。風邪ひくぞ」
「……ありがとうございます」
びっくりしてタオルを受け取った八戒の目の前で、今度は捲簾は悟空にタオルを渡している。
「三蔵を拭いてやれ。力一杯やるんじゃねぇぞ」
「わかってるよ!」
むくれた悟空がそっと三蔵の髪を拭き始めると、三蔵が嫌そうに悟空を押し退けようとする。
「自分で出来るッ」
「イイじゃん。大人しくしてろって」
振り払っても抗っても諦める様子の無い悟空に、しぶしぶ三蔵が大人しくなると、悟空は真剣に、それでも嬉しそうにその髪を拭く。と、その様子を眺める捲簾に三蔵の視線が行った。
優しい眼差し。いや、優しいと言うよりは、愛おしい? そう、まるで、親が子供を見るときの様な、眼差し。
何故だ? 出会ったばかりの、それも子供が。
子供……?
何かが引っ掛かる。自分が何か、重要な何かを見逃しているような気がする。
無言でじっと捲簾を見詰める三蔵に、捲簾が三蔵を見た。そして苦笑すると、手に持っていたタオルを一枚三蔵に渡した。
「服も濡れてんぜ。脱ぐなり拭くなりしときな?」
その額にふと、三蔵の視線が吸い寄せられた。髪を立てているせいで、隠す物のないその額の中央―――。
「お前……」
三蔵が口を開いた瞬間、捲簾はふわりと笑うとくるりと三蔵に背を向けてしまった。
「八戒、お前も服濡れてる。つか、上着だけでも脱いだほうがいいんじゃね?」
「ですねぇ。思ったより濡れてしまって」
「悟空。濡れたタオルで拭いても意味ねぇぞ? つか、もういいんじゃね?」
「ん。そだな」
「じゃ、僕は下で洗濯させてもらえるか聞いてきますね」
「うん。あ、八戒これも―――」
上着を片手に部屋を出ようとした八戒に、悟空が手に持っていたタオルを差し出そうとした瞬間、三蔵が突然法衣を脱ぎ出した。そして、黒いアンダーとパンツ姿になると、濡れた法衣を悟空へと押し付ける。
「さ、三蔵?」
「こいつらも濡れたから洗濯して来い」
「俺が!?」
「八戒一人に行かせる気か?」
「う……」
「じゃあ俺が……」
「テメェは自分の立場を忘れた訳じゃねぇだろうな?」
「あー……。がんばれ、悟空」
「行ってくる……」
捲簾の励ましに、がっくりと肩を落として悟空は八戒と濡れた衣類を持って部屋を出て行った。
「あーあ、追っ払っちゃってかわいそーに」
ちらりと扉を見て、悟浄が言った。けれど、その言葉に三蔵は何も返さず捲簾を見ていた。
ただの子供ならば、いや、大人でも立ち竦む程の強さを持ったその鋭い視線で睨まれ、捲簾はのんびりと言った。
「アイツ、大人しく待ってたんだぜ? もうちょっと優しくしてやんな」
「余計なお世話だ」
吐き捨てるように言うと同時に、三蔵は静かに銃口を捲簾に向けた。
「ちょ、三蔵!?」
まさかそんな反応をするとは思っていなかった悟浄が、びっくりしてベッドから降りようとする。それを、捲簾が手で制した。
撃たれそうになっているとは思えない程落ち着き払った態度で、捲簾はのんびりと三蔵を見つめ返す。
と、三蔵が口を開いた。
「お前は何者だ?」
「え?」
質問の意図が解らず、聞き返したのは悟浄だけだった。銃口を向けられ、鋭い視線で問われている捲簾は、その質問にピクリとも表情を動かさない。
「『三蔵法師』のチャクラは天に選ばれし者、神の座に近き者の証。ならば、お前は……お前のその額のチャクラは何だ?」
悟浄が慌てて捲簾を見る。その額の印は、確かに妖怪の紋様ではなく、三蔵と同類のモノ―――。
「お前は何だ?」
硬い三蔵の声に、捲簾が静かに苦笑した。



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