花に嵐、舞い散れ祷(いのり)

第五話


「おかしくないです?」
開口一番に八戒がそう言った。
目の前で倒れていた子供―――捲簾を連れて宿屋に戻ってきた一行は、彼をベッドに寝かすと顔を見合わせた。
悟空がキョトンとした顔をする。
「おかしいってナニが?」
その全く解ってませんオーラに悟浄が嫌そうな顔をした。
「どー考えてもおかしいだろうが」
「だからナニがだよッ!」
「彼の事ですよ。さっき僕らが何をしていたかは解っているでしょう?」
やんわりと八戒が言うと、悟空は考えながら口を開く。
「街に着いたら変な神隠しなんだか見知らぬ人間が出てくるんだかで変な場所があるから三蔵に調べて欲しいって頼まれたんだよな?」
「ええ、そうです」
「んで、調べに行ったらたまたまコイツが倒れてた」
「そうです。しかも、あの区域は立入禁止までは行ってませんでしたが、人払いが一応されていました」
「子供だから知らなかったんじゃねーの?」
「勿論その可能性もあります。それに少し離れた通りには不通に人も居ましたしね」
「ならナニがおかしいんだよ?」
「可能性の問題だ」
今まで一言も話さなかった三蔵が口を開いた。
「コイツが犯人だと言う気はねぇが、怪しいのは確かだ」
「え……」
「無関係である可能性も有りますが、関係が有る可能性も高い」
「それに、コイツはお前の名前を呼んだんだろう?」
「あ……うん」
「万が一の事もある」
「そりゃそうだけど……コイツ、家あるんじゃねーのかな……。この街の子なんだろうし」
「それならそれで家まで送ってあげればいいだけです」
「なんにせよ、目が覚めンの待ちだ」
一方的に倒れていた子供を疑う態度に、悟空が不満そうな顔で口を尖らせた。けれど、彼が目覚めるまでは何も出来ないのは確かで、仕方なく黙る。
「見張りが必要な場合、誰が残りましょう? 僕で良いですか?」
「見張りなんて!」
「必要だった場合ですよ。帰る家があるなら無理矢理拘束したりはしません」
その言葉に悟空はホッとした顔をする。と、三蔵がくわえていた煙草を灰皿に押し付けた。
「河童でイイだろ」
「ハァ? ンな、めんどくせー」
「知るか」
「猿に見させりゃいいじゃねぇか! コイツが拾ってきたんだからよ!」
「それを本気で言っているならテメェの頭はデカイ飾りだな」
「ンだとコラ!? つーか悟空! お前も何か言えよ!」
「俺は見張りなんて要らないと思うッ!」
「……そーじゃなくてだな……」
「まあまあ。その辺の話は彼が目を覚ましてからすることにして、取り敢えず夕食にしませんか? さすがに彼が目を覚ました時に誰も居ないのはアレなので、交代で」
「……そーいえば、腹減ったかも」
素直な悟空の言葉に八戒が微笑む。
「でしょう? じゃ、先に三蔵と悟空で行ってきてください。僕と悟浄はお二人が戻ってきたら行きますんで」
言葉が終わるより早く、三蔵が部屋のドアを開けた。
「あ! ちょっと待てよ! 三蔵!」
慌てて追いかける悟空の足音がバタバタと遠ざかっていく。それに八戒が苦笑した。
「相変わらず、騒がしい人たちですねぇ」
「生臭坊主も込みでか?」
「ええ、勿論。だって原因は三蔵ですし」
話ながら八戒が椅子に座ると、煙草をくわえた悟浄も向かいに座る。特に話すこともなくぼんやりと悟浄が煙草をふかしていると、ベッドに横たわる子供を見ていた八戒がふと呟いた。
「変ですねぇ……」
「ナニが?」
律儀に悟浄が聞き返すと、言葉にするつもりもなく呟いていたらしい八戒が驚いた顔をして悟浄を見た。そして、苦笑しながらもう一度子供に視線を戻す。
「いえね、この子なんですが……何処かで会ったことが有るような気がするんですよね」
「……何処かってドコよ?」
静かに聞いた悟浄に、八戒は子供から視線を外し笑った。
「いえ、気のせいだと思います。だから変だなぁって」
「……ヘェ?」


この宿に付いている食堂は、宿に宿泊している人を主に対象としていて、その宿が少人数の旅行客を主に扱っているせいか、テーブルがどれも小さい。最大で四人掛けの席は、空いていれば繋げることも可能だが、夕飯時真っ只中の今はそれも出来そうにない。いや、近い席すら確保出来そうに無い。という訳で夕食は二人と三人に別れてとることになった。入り口に近い席に三蔵八戒悟浄、少し奥の席に悟空と捲簾に別れ、好き勝手に注文をする。
席の遠さと活気有るざわめきで声が全く聞こえないのをこれ幸いと八戒が悟浄に捲簾の事を聞いた。
「なんっか、怪しーわ」
悟浄のその言葉に視線すら動かさずに三蔵は食事を続けているが、それは興味がないと言うよりはやっぱりなとでも言うようだ。視線だけで続きを促す八戒に、髪をかきあげて悟浄が煙草をくわえる。
「どこから来たかも年齢も何してたのかもサッパリわかんねー。答えやしねぇ」
「何か得られた情報は有りますか?」
「そうさなぁ……。ホントかどーかはわかんねぇケド、住んでる場所はここから近くは無い。んで、一人で遊びに来てて、後から迎えが来るらしいがそれがいつかは解らない」
「フム……」
「どう見てもガキなんだケドさー…、なんっか胡散臭ェつか、ガキっぽくねぇつーか」
「何かあったんですか?」
「特にねぇけど、雰囲気っつーかな。午後悟空とポーカーやってたんだが、運だけじゃなく理論も込みでやってんの。慣れてるだけかもしんねぇけど」
「子供でそこまで考えてやってる人はあまりいませんね」
チラリと八戒が捲簾の居るテーブルを見ると、悟空と捲簾が楽しそうに食事をしている。なにやら大きな海老が出て来たようで、捲簾が器用に解体して悟空に取り分けている。
「確かに、どっちが歳上か解りませんね……」
悟空が歳より大分幼いので一概には言えないが。と、そちらを見もせずに悟浄が机に懐きながら三蔵に視線を投げた。
「つかさー、猿もなぁんか変じゃね?」
「え?」
キョトンとして八戒が悟浄に視線を戻すと、悟浄はジョッキを引き寄せた。
「元々人懐っこいヤツだけどよ、いきなり懐き過ぎじゃね? どーなの飼い主サマ?」
「…………」
無言のままチラリと悟浄を見た三蔵はそのまま視線を悟空達の方へ向けた。
言われずとも、最初から気になってはいたのだ。悟空は確かに人見知りしない。基本的に誰に対しても壁は作らず、相手がどんなに無愛想でも、無口で寡黙でも、怒りやすく興奮しやすいタチでも全く気にしない。けれど、だからといって平気でどこまでもズカズカと踏み込む訳では無い。彼なりの距離感でちゃんと接する。そして、常にその行動の深い部分には三蔵の存在がある。悟空にとって三蔵への絶対的な信頼が第一で、他の物は2番目以降だ。
けれど、今の彼は何か違う。
捲簾が悟空の信頼の1番目に来たのかと言うとそうではない。けれど、いつもの他人に対する態度とは何かが違う。何と言うか、距離が近いのだ。まるで、ずっと昔からの友人に会ったかのように。
と、海老から顔をあげた捲簾が、三蔵の視線に気付いて苦笑した。そして悟空に教えてやったようで、悟空が三蔵を振り返り屈託なくニカッと笑った。


食事が終わり五人で部屋に戻る間、三蔵は一言も口をきかなかった。普段ならそれに気付くだろう悟空は捲簾に夢中になっていて、はたで見ていた八戒の方が肩を竦める。と、捲簾が苦笑しながらやんわりと悟空の話を遮った。
「悟空。三蔵一人で部屋に戻っちまうけどイイのか?」
「え? 良くない! 待てよ、三蔵!」
慌てて飼い主を追いかけるその姿に、捲簾がふわりと微笑んだ。
「捲簾、また明日な!」
振り向いてそう叫ぶと悟空は三蔵が入った部屋に消えた。その途端急に廊下が静かになる。
「僕らも部屋に入りましょうか」
八戒がそう言って先程まで捲簾達が居た部屋の扉を開けたので、捲簾が視線を上げた。
「見張りチェンジ?」
見張りって……。
既に悟浄が捲簾にその旨を告げてある事実に内心思うところが無い訳では無かったが、そんな事で崩れるような八戒の笑顔ではなかった。
「お風呂の間だけですよ」
「ヘェ」
にっこり笑った八戒に従って部屋に入ると、悟浄はそのまま風呂場に消えた。八戒は悟浄が風呂に入っている間、見張りの代わりをするために来たのだが、悟浄が風呂からあがってくるまでぼんやりしているのも難なので部屋の角にある湯茶セットへ歩いていく。
「コーヒーでも飲みますか?」
「ん、貰う」
「眠れなくなっちゃったりしません?」
「平気。ブラックで頼む」
「解りました」
捲簾の分と、ついでに自分の分を淹れながら、八戒はふと気付いた。確かに彼は子供らしくは無いなと。
普通知らない大人にあんなに対等に頼めませんよね。たかがコーヒーですけど。
これは中々手強そうだと悟浄に少し同情しつつ、コーヒーを捲簾に差し出す。
「サンキュ」
微笑みながら短く礼を言う辺り育ちも良さそうだと分析しながら、自分も座ろうと椅子の方へ視線を向けて、八戒は溜め息を吐いた。留守番組があの二人なのだ、期待する方が間違っていると自分を宥め、テーブルにコーヒーを置くと溢れかけている灰皿を片付ける。ついでに脱ぎ散らかされた服も回収して畳んでと、いつもの保父さんをしている途中で、驚愕の瞳で八戒を見ている捲簾に気付いた。
「ええと、どうかしましたか?」
「イヤ!?」
どう見てもあからさまに驚いているのに、勢いよく否定されてしまい、八戒は首を傾げつつ片付けを続ける。同じコーヒーを飲むなら、綺麗な場所で心置き無く飲みたい。
と、捲簾が聞きにくそうに八戒に声を掛けた。
「あのさ、四人で旅をしてるって聞いたんだけど……」
「ええ、そうですよ」
突然本題に入るかのような質問に、八戒がそれと解らないよう身構えて続きを促す。これは牛魔王の刺客の可能性もあるかもしれないと考えながら。しかし、捲簾は意外な本題を口にした。
「片付け役って、アンタなの?」
「………………は?」
余りに思考と離れていた質問に、咄嗟に頭がついていかない。しかし、間の抜けた声を上げた八戒に焦れたように捲簾が大声で捲し立てた。
「だから、ゴミ片付けたり掃除したりって世話してんのはアンタなのか聞いてんだよ!」
「あ、ええ、まぁそうですが……」
「うっわ、マジかよ! 信じらんねー!」
何やら失礼極まりない事を言いながら非常に驚いているその様子は、先程までの彼と同一人物とは思えない。どうしたらいいか真剣に判断に迷う八戒が何も言えずに硬直していると、捲簾が八戒にまた聞いて来た。
「アイツら言うこと聞く?」
「いえ、全く聞きませんね」
「だよな! うわー、そっか……。じゃあアンタ大変だなぁ。他人事とは思えないぜ。……イヤでも自業自得なのか……?」
再び一人で呟いている捲簾に、途方に暮れつつも八戒は口を開いた。
「それより、あの、捲簾?」
「ん、ナニ?」
「その『アンタ』っての、止めて貰えません?」
「ああ。えーと、八戒だっけ?」
「ええ、そうです」
「八戒。八戒ねー」
口に慣らすかのように繰り返してみている捲簾に、今度は八戒が質問する。
「ところでさっきの、他人事とは思えないって何ですか?」
すると捲簾は躊躇う事もなく、むしろ聞いてくれと言わんばわかりに八戒ににじり寄る。
「いやぁ、俺の身近にも居てさ。スッゲェ豪快に散らかすクセに、片付けなんて全くしねぇヤツが」
「ああ〜、それは大変ですね」
「そうなのよ。俺だって暇じゃねぇから毎日他人の部屋まで掃除出来ねーってのに、維持しようともしねぇの」
「たまに掃除する方が大変ですよねぇ。凄い事になっちゃってて」
「そうなの! けど放置すると更に悪化するしよー」
「解ります。結局誰も片付けないから自分が数日かけて掃除する羽目になるんですよね」
「そうそう! あー、共感してくれる仲間が居たぁ!」
「共感もしますよ。だってあの人達ホント自分勝手で……」
「あー、だろうなぁ」
「……て、僕は何を愚痴っているんでしょうか」
「ん? まぁイイんじゃね? 同士の集いっぽくて」
確かに同士の集いのようだが、相手は子供である。その子供相手にしみじみ語る程あの人達の世話がストレスだった訳でもない筈なのだが、自分が自覚していないだけだったのかろうかと思わず考えかけた八戒だったが、直ぐにそれを否定した。
多分、捲簾が話しやすいのだ。
子供らしくない態度と話し方、実感のこもった生活感溢れる話題はまるで同年代……いや、むしろ歳上のような錯覚を覚える程だ。それに加えて雰囲気が、何故だかとても馴染んでいる気がするのだ。会ったばかりの人間なのに。
急に何か考えに沈んだような八戒に、捲簾が首を傾げた。
「どした?」
「……僕ら、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
その言葉に捲簾はびっくりしたように目を丸くしてから、目を細めて微笑んだ。
「イヤ、ねぇよ」
オマエとは初対面だよ、『八戒』。



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