花に嵐、舞い散れ祷(いのり)

第四話


やることが何もなく、半分瞑想半分睡眠しかけていた捲簾がベッドの上で揺れていると、例によってノックも無く勢い良くドアが開いた。
「捲簾、居るー?」
「おー」
見張られてるのだから居るのは当たり前なのだが、と思いつつ捲簾が返事をすると、悟空が嬉しそうに部屋に入ってくる。
「さっき言ってたの、これでイイ?」
「サンキュ。髪がウザくてよ」
悟空が整髪料を渡すと、捲簾は早速中身を手に取った。鏡を見ることも無く慣れた手付きでサッと髪をセットしてしまった捲簾に、悟空が目を丸くする。
「スゲー」
「慣れてるからな」
ニヤッと笑って捲簾は整髪料を手に持ち洗面所へ向かう。洗面台に整髪料を置いて手を洗って戻ると、椅子に腰掛けた悟空が待ち構えていた。
「なぁなぁ、捲簾はこの近くに住んでんの?」
「あー……、あんま近くはねぇかな」
「そうなんだ。一人で来たの?」
「一応な。後からみんな来ることになってんの」
家族ではないがと心の中で付け加えつつ捲簾もベッドに座る。
「俺らはさ、皆で旅しててさ」
「へぇ」
「四人でバカやりながら毎日ケンカしたり笑ったりでスッゲー楽しい! だからさ、捲簾の家族も早く来るといいな!」
「……だな」
満面の笑みの悟空に釣られて捲簾も柔らかく微笑む。
と、隣のベッドから呻くような声が響いた。
「っせぇな……」
「あ、悟浄起きた」
「ハヨ」
「オマエらうるせぇんだよ。もう少し寝かせろっつーの」
欠伸しながら身体を起こした悟浄はサイドボードに置いてあった煙草に手を伸ばす。
「もう10時だぜ? 寝坊助河童」
「河童言うな、アホ猿!」
「猿ってゆーな! 赤ゴキブリ河童!」
「んだとっ!? このノーミソ不足猿!」
「だから猿じゃねーって……」
悟空が反論しかけたその時、ぽかんとしながら聞いてた捲簾が勢い良く吹き出した。
「ブハッ、ハッ、アッハッハッハッ!!!」
言い争いをしていた悟空は目を丸くして、それから口を尖らせる。
「笑うなよ!」
「イヤ、悪ィ……」
謝りながらも笑いの発作から抜け出せないようで、口元を押さえて肩を震わせていると悟空が怒ったように悟浄に怒鳴った。
「もー、悟浄のせいで笑われてんじゃん!」
「ああ!? 何で俺のせいなんだよ!」
売り言葉に買い言葉のノリで言い返した悟浄に、捲簾は再び吹き出した。
「わ、ワリ……。クッ……フ、クク……ハハハッ」
「捲簾!」
むくれてしまった悟空に悪いと思いながらも、捲簾の笑いは中々収まらなかった。二人のやり取りが面白かったのも勿論あるが、それ以上に、安堵したのだ。
―――自分達が居なくても悟空は笑っている。
拗ねたり笑ったり怒ったり……。
良かった。
ただ、捲簾はそう思った。心からそう感じた。
「つかよ、オマエ何しに来たの?」
笑っている捲簾は無視して悟浄が髪をかきあげながら悟空に聞いた。
「捲簾が髪立てたいっつーから、整髪料届けに来た」
「あ、そう。んじゃ用は済んだんだろ。とっとと出てけ」
「えー!? もっと捲簾と話したいのに!」
シッシッと手で追い払う悟浄に、悟空が不満そうな声を上げる。
「オマエうるせーんだっつーの。コイツだって少しは静かにしてぇだろーに」
不意に話を振られて捲簾がキョトンとすると、悟空がぐっと黙った。
「俺は別に……」
「オマエに付き合ってくれてんだよ。空気読め」
捲簾はむしろ暇だったので都合が良かったのだが、悟浄に言葉を遮られて思わず黙る。何となく、悟浄が悟空を追い出そうとしているような気がしたのだ。
「う……ゴメン」
肩を落としてあからさまに落ち込む悟空が上目遣いで捲簾を見る。
「ゴメンな、捲簾」
「や、ヘーキ」
笑ってそう言ってやれば、悟空はあからさまにホッとして笑い返した。
「マジでウザがられないうちに部屋戻れよ」
ほのぼのしていた二人に悟浄が釘をさすと、悟空がしぶしぶ腰をあげた。
「じゃ、捲簾、また来るな」
「おう」
パタンと扉が閉まる。と、悟空を追い出した悟浄は再びベッドに転がった。捲簾を見るでもなく掛け布団を引っ張りあげている様子に、本当に眠かっただけなのだろうかと捲簾は首を傾げたが、眠いのだとすれば騒ぐのもアレだろうと思い、黙ってもう一度瞑想を始めた。



再び扉が開いたのは昼だった。今度はノック付きで、悟空が笑顔でやってきた。
「捲簾、悟浄! メシ行こーぜ!」
「……おー」
さすがに目を覚ましてボーッとしていた悟浄が嫌そうな顔をして返事をすると、ベッドから降りて捲簾の襟を掴んで引っ張りあげた。
「おら、行くぞ。ガキ」
「掴むなッ!」
足が浮いた捲簾が目の前の悟浄の脇腹にパンチすると、それを避けるために悟浄が手を離した。
「悟浄〜、捲簾虐めんなよな」
「虐めてねーっつの!」
吐き捨てて部屋をでていってしまった悟浄に悟空がキョトンとする。
「なんでアイツあんな機嫌悪ィの?」
「さぁ?」
肩を竦めた捲簾と首を傾げた悟空が食堂に着くと、悟浄はもうテーブルで煙草をふかしていた。
「つか、猿、三蔵と八戒は?」
「朝から調べものに行ってる」
「調べもの?」
捲簾が相槌程度の気持ちでそう聞きながら椅子に座ると、悟浄が面倒臭そうに捲簾にメニューを押し付けた。
「ガキは知らなくてイイの。それよりとっとと決めろよ」
「……へいへい」
「腹減ったぁ」
捲簾と悟空が二人でメニューを覗き込む。
『調べもの』ね。
捲簾を見張っている事といい、同じ街での調べものといい、こちらの時間も空間の歪みがあるの可能性が高いなと捲簾は内心思った。だからと言って自分も調べる為に外に出ようとは思わなかったが。むしろ、それより何故彼等がそれを調べているのかという方が気になる。
「なぁ、悟空。お前ら旅をしてるっつったけど、旅行か?」
「んー? 違うよ」
「ふぅん?」
「何かさ、西に行って蘇生……」
「オネーサン、ビールヨロシク。ジョッキで。お前らは?」
「え? あ、えっと、炒飯と春巻きと……」
話を中断して注文を始めた悟空に、捲簾はチラリと悟浄を見た。今のタイミングは偶然なのか、それとも故意か。
一通り注文を終えると、悟浄がテーブルに肘を着いて捲簾を見た。
「捲簾……つったっけ? お前 歳いくつなの?」
「……じゅう……いち? に? くらい?」
「何だそのハッキリしねー答えは」
「歳なんかあんま気にしねーからな」
「気にしろよ! つか、だからタメ口なのかよ」
「あー、悪ィ。気になる?」
「べっつにィ?」
「悟浄大人げねー……」
「うっせ!」
そこへアルバイトらしき若い女性の店員がビールを運んできた。
「お待たせいたしました〜!」
「お、サーンキュ。オネーサン、バイト?」
「はい。そうですよ?」
「そっか。この街に住んでんの? 後で俺と遊ばなーい?」
「やだぁ、お客さんは旅の方ですか?」
「そうそう。くだらねー用なんだけどよ、君みたいな可愛い娘と会えたからラッキーかも?」
「可愛いなんて……」
「マジでそう思ってんだけど? だからサ……」
「いーかげんにしろよな、エロ河童!」
「ぐぇ!」
今にも手を出しそうな悟浄の頭を悟空がベシッと叩いた。勢い良くテーブルに突っ伏した悟浄に、店員は一瞬驚いた顔をしたが直ぐに気を取り直したようで笑いながら仕事に戻っていった。
「テメッ……、何すんだよアホ猿!」
「どうせ成功しねーんだから、断られる前に止めてやっただけ! つか、捲簾が真似したらどうするんだよ」
「……はぁ?」
「な、捲簾! 悟浄みたいな大人になっちゃダメだからな!」
睨み付ける悟浄を無視して、ニカッと笑った悟空が捲簾にそう言った。どうやら年下の捲簾(悟空認識)を弟か何かのように守ってくれているようだ。それに気付いた悟浄が舌打ちをしてビールを呷った。
「お待たせしました〜!」
「おー! 待ってました!」
テーブルに並べられていく料理に先程までの会話はどこかに行ってしまうが、特に拘る話題でも無かったので捲簾も素直に箸を取った。しかし、1つだけ流し難い言葉が。
「ん? 捲簾食わねぇの?」
「や、食う。食うけどその前に一個教えて?」
「アニ?」
すでに口一杯に食べ物を頬張った悟空が食べる手を休めないままモゴモゴと聞く。と、捲簾が首を傾げた。
「エロ河童ってナニ?」



ずっと部屋に居ると一日が長いな……と思いながら、捲簾は再びベッドの上で瞑想をしていた。会話を楽しめるなら楽しみたいが、相手が会話したくないオーラを出しているのだ。気にせず話し掛ける手もあるが、今のところは敢えて様子を見ていたりする。
と、こちらを見もしなかった悟浄が、椅子に座り煙草をふかしながら捲簾に話し掛けてきた。
「お前、一人でこの街に来たんだって?」
その言葉に捲簾が視線を悟浄に向けた。昼以降、悟空と悟浄は二人で話してはいない。と、いうことは朝悟空が来た時悟浄は寝てはいなかったと言うことだ。
ふぅん……、案外。
悟られないよう、気を引き締めて言葉を待つ。
「お前ん家はどっちなの?」
「さぁ?」
「……近くねぇって言ってたケド、徒歩? 誰かに送ってもらったとか?」
「……一人で歩いて来たけど?」
「何しに? 親も後で来るっつったけど親はナニしてんの? いつ来んの?」
「一人で遊びに来ちゃ悪ィか? んで、その内迎えが来るってだけだ。それがいつかは解んねぇわ」
悟浄が怪訝そうに眉をひそめる。
「……んじゃ、何であんなとこで倒れてたのよ?」
「急に気分が悪くなったダケ」
しれっと言う捲簾に、悟浄が言葉を止めて煙草を灰皿に押し付けた。
「……お前さぁ」
警戒心もあらわというか、神経質というか。どうにもこの未来の自分の態度に違和感を感じるなぁ、と捲簾が思いつつ言葉を待てば、悟浄はしばし言葉を選んで迷った挙げ句、結局何も言わなかった。
「やっぱイイ。なんでもね」
「ハァ?」
それきり会話を切り上げてしまった悟浄に、捲簾が問いただそうと口を開いた時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「暇〜!」
言葉と一緒に入ってきた悟空が、悟浄には目もくれず捲簾のベッドに腰掛ける。
「なぁなぁ、捲簾はカードゲームとか出来る?」
「へ? まぁ、大体は」
「じゃ、ポーカーやろうぜ! トランプ持ってきたんだ!」
ニコニコ笑う悟空の向こうで、悟浄が煙草の煙を空へ吐き出した。追い出しはしないが関わりもしない姿勢に、疑問を抱きつつ捲簾は悟空に笑ってみせた。
「イイぜ。負けねぇよ?」
「俺だって! んじゃ俺が配るな?」
「おー」
捲簾が座り直し悟空に身体を向けると、悟空も靴を脱いでベッドに胡座をかきカードをシャッフルし始めた。が、その手付きが中々に不馴れで捲簾が苦笑した。不器用なのだろう危うさで、流石に落とすことは無いものの時間がかかりカードも揃わない。それでも捲簾には小さい悟空のイメージが脳内に在るため微笑ましさしか感じることは無く、イライラもハラハラもせずに済んだが。
シャッフルが終わり1枚ずつカードが配られお互いに手元を覗き込む。
「ん〜……」
悟空がカードを2枚捨てて山から二枚重ね取ると、捲簾は首を傾げて顔を上げた。
「もしかして役、解んねぇ?」
「解るよ。俺このまんまでイイわ」
「ドロー無しか。んじゃオープン!」
悟空の掛け声で二人同時にカードを場に晒す。悟空の手はツーペア。そして捲簾の手は……。
「ストレートフラッシュ!?」
「俺の勝ちだな」
「うわー、捲簾強いんじゃん!」
「偶々だって」
びっくりしている悟空を励ましてから、捲簾はカードに手を伸ばした。
「次は俺が配るわ」
「あ、うん」
さっとカードを一纏めにしてサクッとシャッフルし、弾くようにカードを配る。その鮮やかな手付きに悟空が感心したような声を出した。
「捲簾スゲーなぁ」
「まぁな」
山を置いて再びカードに向き合う。
そうしてしばらく二人でカードをしていたのだが、結果は捲簾の圧勝だった。9割以上捲簾が勝ったのだ。
「捲簾強ぇなー…」
「ハハ。コツがあるんだよ」
「コツ?」
「そ。カードはジョーカー込みで53枚だろ? 今は二人でやってるから手札が5枚ずつで10枚。で、自分の手札が……」
「なんか、色々考えながらやってるんだ?」
「そ。あとはポーカーフェイスな? お前は表情読みやす過ぎ」
捲簾が笑いながらそう言うと、ぽかんと口を開けていた悟空が不意に言った。
「なんか、捲簾年下って感じしねぇな」
「……そっか?」
「うん! 変なの!」
まさか、本当は年上だからなどと言えるはずもなく曖昧な笑みを浮かべた捲簾に、悟空が笑った。
「もしかして、捲簾も俺みたいにどっかに封印されてたんだったりして!」
「……は?」
封印……? って、何だ?
怪訝そうな顔をした捲簾に、悟空は笑いながら話し始める。
「俺さ、実は500歳超えてんだ」
「え?」
『500年』それは自分の居た時間と今の時間との誤差とほぼ同じ。
「なんでか解んねーけど、山の天辺の岩牢にずっと閉じ込められててさ。三蔵がそこから出してくれたんだけどな!」
500年後の未来。
地上に居る悟空の周りには俺達は居ない。
それは―――。
ニコッと向けられた悟空の明るい笑顔に、捲簾は何も返すことは出来なかった。



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