花に嵐、舞い散れ祷(いのり)第三話窓から明るい光が溢れて部屋を照す。普段から軍人として規則正しい生活をしている捲簾は、割と早い時間から目を覚まし、ベッドに座ったまま物思いに耽っていた。隣のベッドには赤い髪の男が静かに寝ている。他の3人は別の部屋のようで、ここには居ない。 さて、どーしたもんか。 昨夜は結局思考を放棄し、悟空に言われるがまま此処に泊まってみたものの、寝て起きてみても状況は何一つ変わってはいなかった。 「夢オチじゃねーとはなぁ……」 事実は小説より奇なりと言うが、考えてみたこともない突飛な現実に、逆に頭が冷静になってしまう。もうこうなったらなるようにしかならないわけだし、前向きに現状を楽しむべきじゃね? と。とはいえ、このままというわけにもいかないわけで。 「原因なぁ……」 ゲートから出た処での出来事である。いきなりゲートが壊れたんじゃなければ、十中八九、件の歪みが原因だろう。行方不明者は消えたといっても、何処か別の場所に飛ばされたのかと思っていたのだが、捲簾自身の状況と照らし合わせてみると違う時間軸に飛ばされた可能性が高いかもしれない。景色が歪んで見えたのは、時間軸の違う同じ場所の景色が混ざって見えたからだろう。あの街は時間による変化が驚くほど無い。だから気付かなかっただけで、建物が変わったりしていれば全く違う景色が見えたことだろう。 そう考えるとあの歪みが一時のものとは思えない。 「ここでも同じように歪んでるかもしれねぇな……」 どちらにしても、此処に居たって仕方ない。捲簾は立ち上がり部屋のドアに足を向けた。と、後ろから掠れた声が響く。 「ドコいくの?」 何となくそんな気はしていたので、驚くこともなく捲簾は振り返るとベッドの上でダルそうに赤い髪をかきあげる男を見た。 「外。一晩世話になったな」 「悪ィケド、ダメ。俺お前の見張りだから」 欠伸しながらサイドボードの煙草に手を伸ばし、何でもないことのように男は言った。普通はそう言う事を相手には言わないだろうに、彼は敢えて告げる方を選んだらしい。 「じゃ、トイレ」 「ごゆっくり〜」 興味無さげに捲簾を見もせずに煙草をふかす悟浄を横目にトイレに入る。特別行きたくて取った行動ではなかったが、入ってみれば何となく出したいような気がして用を足そうとパンツのウエストを掴んだ。昨日自分が着ていた服ははっきり言ってサイズが全く合っていなかった。天蓬の来世らしい男がその不自然さに鋭い光を浮かべつつも優しい微笑を浮かべ、宿の人に子供服を借りてくれたのだ。立ったまま性器を掴んで便器に向け用を足す。その懐かしくも物足りない掴み心地に苦笑してしまう。 「ちっせぇ」 身体が子供になっているのにこんなところだけ大人のままでも驚くが、暴れん坊将軍を自負している身としては複雑である。 「朝勃ちもしねぇしよ」 楽だと思えば良いのか嘆けばいいのか判断に困るところだ。用を足して手を洗い部屋に戻ると、赤い髪の男は再びベッドに転がり寝息をたてていた。どうやら朝に弱いらしいその様子に苦笑し、捲簾はもう一度ベッドに腰を下ろす。 悟浄……つったっけ。 することも無いので良く寝ている男を観察してみる。普通に熟睡しているように見えて、捲簾が部屋を出ようとした気配で目を覚ましたところを見れば、他人の気配に敏感なタチなのだろう。日の光にめげもせず寝ているあたり、大雑把そうでもあるが。顔立ちはどこか自分に似ている気がする。魂が同じだとしても、血なんか繋がっていないだろうに不思議なものだ。身長も高く身体つきもしっかりしていたが、少し細過ぎる気がしないでもない。遠慮なく捲簾が観察していると、悟浄が寝返りをうった。さらさらと長い髪がシーツに踊る。捲簾は髪が顔にかかるのが好きではなく、短くしている上に立てているが、悟浄はどうやら気にならないらしい。縛りもしていないあの長さは、寝ていると身体の下敷きにして痛そうだなと思いつつ、その髪の色に目を細めた。赤い髪。たしか、禁忌の色だと聞いたことがある。悟空の金目と同じようなモノ。おそらく、妖怪と人間の間の子。 「……綺麗だな」 力強く鮮やかな紅に、捲簾は穏やかに笑んだ。 「おっはよー! 捲簾、悟浄、起きてるー?」 ノックも無く大きな声と共に笑顔の悟空が飛び込んで来て、捲簾がドアの方を見ると、目が合った悟空は嬉しそうに笑う。 「捲簾起きてるな! オハヨ! なぁ、腹減ってねぇ?」 「え、ああ」 言われてみれば昨日からなにも食べていないのを身体が思い出したのか、腹が鳴った。 「朝飯行こうぜ! 八戒も三蔵も先に食堂に行ってるから捲簾呼んでこいって言われたんだ」 「サンキュ。けど俺文無しだけどいいのか?」 「平気! どうせ三仏神のカードで払うんだし」 「三仏神……」 なら良いかと遠慮を止めた捲簾の手を悟空が掴む。 「ほら、行こうぜ!」 「おう。……て、悟浄はいいのか?」 捲簾一人を引きずって歩き出した悟空に、ベッドで相変わらず寝ている悟浄を示せば、振り向いて笑いながら悟空が答えた。 「イイのイイの。悟浄朝弱くてさ、基本朝飯来ねぇから」 やはり朝に弱いらしい。そんな悟浄を置いて二人は階下にある食堂へと入る。そんなに早い時間でも昼時でも無いが、食堂は賑わっていて店員が忙しく動いていた。 「二人とも、こっちです」 キョロキョロしていた二人を八戒が呼んだ。悟空がそれに気づいて捲簾を連れてテーブルに向かう。 「捲簾起きてたから連れてきた!」 「おはようございます。体調はいかがですか?」 「ハヨ。もうすっかり元気。昨日は悪かったな」 「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」 にっこりと微笑んで告げられた言葉だが、額面通りで無いことは先程の悟浄の発言から解っている捲簾は、けれど何も言わず椅子に座った。 「なぁなぁ、捲簾は何喰う?」 隣に座った悟空が嬉しそうにメニューを広げて捲簾にも見せてくる。 「お前は何頼むの?」 「俺? 俺はー、点心セットと回鍋肉と棒棒鶏と炒飯と宮保鶏丁と油淋鶏とスープと焼売かなぁ、取り敢えず」 さらりと言われた凄い量の料理に捲簾が目を丸くした。 「……あぁ、皆の分」 「違いますよ。全部悟空が食べる分です」 「は?」 可笑しそうに笑いながら八戒がそう教えてくれる。 「悟空は沢山食べるんです。見てて気持ち良いですよ」 それにしたって食いすぎだろうと思いつつ、取り敢えず自分の注文を決める。 「んじゃ俺は麻婆豆腐と拉麺」 「あ! 俺も拉麺と餃子! なぁ、捲簾、麻婆俺にも一口くれよ!」 「いいぜ」 「とか言って、一口じゃすまないでしょうに。二つ頼みましょう」 「お前マジで良く喰うなぁ」 「皆が少食過ぎるんだって。あ、スミマセーン!」 嬉々として店員を呼ぶ悟空を呆れ顔で捲簾が見る。悟空がそんなに大食らいだとは知らなかった。こんだけ喰うなら金蝉が愚痴っていそうなモンだがなぁ。アイツは少食そうだし。 ……そういや一緒に飯喰ったことも無かったな。 捲簾と天蓬は軍の寄宿舎の食堂で食べるのが常だったし、位の高い金蝉は部屋に運ばれていたから悟空もそこで食べていた。数回彼らと飲んだ事はあるが、一緒に食事をしたことは一度も無かった。 思わず物思いに耽っている捲簾に、悟空が少し目を細める。けれど、それに捲簾が気付くより早く悟空はにぱっと笑った。 「腹減ったな!」 その様子を横目で見ていた三蔵は、無言のまま再び新聞へと視線を戻した。 朝食を終え部屋に戻ると、ベッドの上の膨らみはそのままだった。 「良く寝るなぁ」 ベッドの脇まで寄って行きひょいと寝顔を覗き込んでも起きる気配も無い。手を伸ばしてみても無反応のまま眠っている。寝首をかかれたらどうするのかと言いたくなるほどの無防備さ加減に溜め息が漏れるが、多分その時は気付くのだろう。捲簾に殺気が全く無いのを本能的に悟っているのだ。伸ばした手で古傷のある頬をするりと撫でてみると顎の辺りでざらりとした感触がして、思わず自分の顎も確認してしまう。けれど自分の顎はつるりとしていた。無精髭も生えないらしい。触れても起きる気配の無い男は放置して、捲簾は隣のベッドに腰かける。整った顔立ちに深く残るあの傷はなんだろうか。相当古そうだが……。いや、それより自分の事だ。 外に出られないとなると、調査も情報収集も出来ない。待っていれは数日遅れで現地に着くだろう天蓬たちが何とかしてくれるんだろうが、大人しく待っているようなガラでもない。正直本気になれば出られないことも無いが、この身体でどこまで出来るのかも謎な上、捲簾に逃げられた責任が全て目の前で寝ている悟浄になると言うのが捲簾を躊躇させるポイントだった。自分ではない、けれど未来の自分が責められることになるのはどうにも気が進まない。 「俺じゃねぇケド俺だしなぁ」 それに、外に出てすぐに解決出来るわけでも無い。ならばいっそ、休暇だと思ってみるのもいいんじゃないかと捲簾は考える。趣向を変えた休暇。幸い興味を引くものは沢山あって、暫く退屈はしそうにない。酒と煙草が無いのが少し辛いが、無ければ死ぬというわけでもない。ならばと、捲簾は休暇を楽しむことに決めた。数日経っても解決しなかったら、その時は自分で動く事にしようと呑気に思いつつ。 |


花吹雪 二次創作 最遊記 花に嵐、舞い散れ祷(いのり)