花に嵐、舞い散れ祷(いのり)第二話本日の演習は午後からというのんびりした午前中、不意に西方軍第一小隊への出陣要請が響き渡った。 丁度第一小隊のメンバー数名とのトレーニングを終えそのまま皆で風呂に入り、昼飯まで何をしようかとダラダラしていたところだった捲簾大将は、そのまま一緒に居たメンバーと作戦室へ向かう。途中指令内容を持った永繕と合流し、歩きながら指令書に目を通す。 「歪み?」 「そのようです」 くいっと眼鏡を押し上げると永繕は参考資料と書かれた紙を捲簾へと渡す。 「行方不明者が二桁だそうです。人口300人程の小さな街で」 「そりゃまた多いな」 「数日前に1人居なくなったのを皮切りに、次々と。歪みの規模に比例するように、安定している日は誰も居なくならず、酷い時は数人纏めて消えています」 「確証は?」 「目撃者がおります」 「へぇ、そりゃまた大層なことで」 作戦室に入ると永繕は机上に地図を広げ、マーカーで印をし始める。と、そこに天蓬元帥が到着した。 「皆さんお揃いですね? では永繕、概要を」 「空間の歪みの調査、及び対処になります。歪みが原因と思われる行方不明者が多数。おおよその位置は地図に記してあります」 「どんな歪みなんでしょう?」 「目撃者の証言によると、陽炎のように景色が揺らぎ、それが直ったときにはそこに居た筈の人間が忽然と姿を消しているそうです」 「目撃者は無事なんですねぇ。妖獣だと思います?」 視線も投げずに言った天蓬に、捲簾も地図から視線を外さず答える。 「薄そうだな。むしろ、人為的なモンじゃね?」 「ですね。ていうか、妖獣だとしたらどんどん規模が大きくなりそうです。永繕、なぜウチに出撃命令なんです?」 「元帥の予想通り、歪みが拡大しているからです。このままではこの街だけでなく、この地域一帯に被害が及ぶ可能性が濃厚と」 天界軍は特に地上の統治をしている訳ではない。天界にまで害が及ばなければ基本放置の姿勢だ。と言うことは、この歪みは相当拡大すると言う予想が上にはあるのだろう。 「成程。神隠しの現場は大体は街のこの辺りですが、街の外も無いわけじゃない。とすれば、少し離れた位置にゲートを開いて現地へ向かうのが賢明でしょうね」 「ちょっと待て。事は一刻を争うんじゃねぇのか? だとしたら出来るだけ近くに降りた方がいいだろーが」 「あのですね捲簾、下調べも無くど真ん中に行くなんて真似出来るわけ無いでしょう。安全かどうかも解らない所に全員で突っ込んで何かあったらどうするんです」 「ちなみにお前のゲート接続予定ポイントは?」 「情報収集もしないといけませんから、ここですかね」 今までの現場から歪みの拡大を予測した安全と思われる場所を天蓬元帥が指で示すと、それを見て捲簾大将は顔をしかめた。 「はぁ!? ンな遠い場所に降りたら現地に着くまで3日はかかるぞ!?」 「第一小隊の安全が優先ですから仕方ありません」 「歪みでの犠牲は無視か!?」 「じゃあ貴方は僕らが全滅してもいいって言うんですか?」 「可能性で日和過ぎじゃねーかって言ってんの」 第一小隊の安全のためとはいえ余りに時間がかかりすぎるその場所に、直ぐにでも現地に降りたい捲簾は納得いかず噛みつく。 「歪みの犠牲だって可能性でしょうが。大体現地に着けばそれで完了じゃないんですから、そんなに近い位置に繋げるわけないでしょう」 「んじゃ、二手に別れりゃいいだろ! お前と俺で指揮は取れば」 「二手に別れるとして」 そこで言葉を切り、厳しい顔で天蓬元帥は捲簾大将を見据えた。 「貴方が心中相手として選ぶのは誰ですか?」 「ッ……!」 危険だと解っていて、回避する手段が無いのならば兎も角安全な策もあってそれを遂行しようとしているにも関わらず、下手したらどうなるのか解らない危ない賭けかもしれない方へ誰を連れていくと言うのか。 「行方不明事件は重大です。だからこそ歪みを過小評価は出来ない。ゲートを繋ぐのは此処です」 きっぱりと言い切った天蓬を睨み付け、けれど捲簾は言葉を発せなかった。天蓬の言うことは解る。部下の安全を取るならそれが最良の策で有ることも。だが、首を縦に振ることも出来なかった。辿り着くまで3日かかるとして、それから解決策を探すのだ。その間犠牲者がゼロである筈がない。1人でも犠牲者を減らすために自分達が向かうのに、危険かもしれないというだけでその3日を埋めないのは捲簾にはどうしても納得出来なかった。空を睨み無言で立つ捲簾に、永繕が溜め息を吐いて妥協案を口にする。 「誰か大将と共に行かせますか?」 「いえ」 「イヤ、いい」 その案を天蓬が否定するより早く、捲簾がキッパリと否定した。 「俺が一人で現地へ行くわ」 さらりと、何でもないことのように言った捲簾に、一瞬何を言われたのか解らず皆沈黙してしまう。けれど、いち早く硬直から脱した元帥が口を開いた。 「何馬鹿な事言ってんですか! 貴方一人なら良いって問題じゃないですし、一人で先行して何が出来るって言うんです!」 「大したこと出来ねぇのは解ってる。ケド、せめて調査くらい先行させてくれ」 何時もの事ながら聞き分けない大将に、元帥の言葉も厳しくなる。 「命令違反だとしても?」 けれど、そんなことで言葉に詰まったり意見を変えるような大将でもない。 「それでも。理屈は解る。でも納得は出来ない。お前だって同じだろ」 「……」 天蓬も可能であれば出来るだけ犠牲は出したくないと考えている事を確信している大将は、口を閉じた元帥を他所に皆に号令をかけた。 「出陣するぞ! このままゲートに向かう! 各班装備の準備!」 「イエッサ!」 返事と共に各自部屋を飛び出していくのを見送る捲簾に、天蓬は頭を掻いて煙草をくわえた。そして盛大に煙を吐き出す。 「……貴方も支度したらどうです?」 「俺? 準備万端だけど?」 「何寝ボケてんです。どうせ近い位置に出るならど真ん中でしょ。その格好で行く気ですか?」 その言葉に思わず捲簾は口笛を鳴らした。やはりこの軍師は面白い。先行突撃を許可するのだから、やるならとことんやれと言うらしい。どうせ危険である可能性を覚悟しているのなら、可能性がより高くても低くても同じだろうと考えたようだ。そして、その考えに捲簾も異存は無い。軍服の裾を翻し、踵を返して部屋を出る。 「着替えてくる。準備任せた」 「ええ。早くしないと置いてきますからね」 出陣のために巨大な扉のある部屋に集合した第一小隊だが、始めに扉に近付いたのは捲簾大将一人だった。そして普段は永繕にパネルを操作させてる天蓬が、今日は珍しくパネルの前に立っている。 「では先に貴方を転送しますが、良いですね?」 「何時でもオッケーよ」 捲簾がゲートの前に立つと、天蓬がコントロールパネルを慣れた手つきで叩いた。すると直ぐにゲートが開き始める。 「歪みは無さそうですが、微妙に景色が視難いですね……」 開いたゲートから見える景色を元帥が目を細めて見た。 「普段はクリアですから、歪みの影響でしょうか?」 「かもしれません。捲簾」 意志をもう一度確認するように名を呼んだ元帥に、捲簾大将は口端を吊り上げて笑う。 「行くに決まってンだろ」 「ですよね」 「たりめーじゃん。西方軍第一小隊大将捲簾、出陣! んじゃ、先行ってるわ」 「くれぐれも気を付けて」 「そっちもな」 固い声で言った天蓬に軽く手を振ると、捲簾は何時ものようにゲートをくぐり抜けた。 顔を上げた先は街の繁華街から折れた脇道―――の筈だった。 「ヤバッ……」 捲簾の目の前の景色がゆらりと歪む。それと同時にくらりという酩酊感。戻ることも進むことも出来ずに身体が浮遊するような感覚。身体ごと歪むような異様な感覚に身体が軋む。息を詰め揺らぐ景色に目を凝らすが、何が違う景色がノイズとして混じっているような感じで目がおかしくなった気すらする。 ―――と、視界が真っ白に弾けた。 |


花吹雪 二次創作 最遊記 花に嵐、舞い散れ祷(いのり)