貴方の腕で抱き締めて
【 act8】
身体の奥に、もう何度目か解らない熱が注がれる。最初のうちは鮮明に感じたそれも、もう鈍くなって良く解らない。
ズルリと抜かれるのと同時に漏らしそうな感覚がして、思わず入り口を締める。けど、多分締まりきらなくなってるんだろう。ナカから溢れだしたものが足を濡らす感覚が、漏らしてしまったときそのもので、不快でたまらない。
ああ、また入ってきた。動くたびナカのが溢れて垂れていく。もう腹苦しいっつの。ナカに出され過ぎて、限界越えてるから溢れてんだっつー。
どんくらい時間経ってんだろー……。最初、コイツらが満足したら終わるんじゃないかとか思ってたのに、少ししたら人数は増えてて、気付いたらメンバーが入れ替わっていた。入れ替わり立ち替わり突っ込まれては出されて、出したら抜かれ、抜かれたらまたすぐ挿れられて、ずっと拡げられっぱなし。溢れてるので濡れてるから抵抗も摩擦も無いけど、擦られ過ぎたのか腫れて熱を持ってる感じはしてて、痛みを通り越してもう感覚が鈍くなってる。痛みはもうあんま感じない。何か入ってる感じがするって、それだけ。
ああ、またナカに出された。入っていたモノが抜けて、また違うのが入ってくる。
早く終わればいいのに。
待ち合わせ時間になれば、一旦は終わるハズだから。そのあとまた同じことをされるのかもだけど、人質として使う用途が無くなれば多分こんな生殺しみたいのじゃなくなるだろうし。もうさ、いっそ痛みのがマシだ。殺してくれた方がイイ。てか、俺、ここまでされてんのに捲簾に会わなきゃいけねぇのか……。確かに見える傷は付けられちゃいねぇけど、こんなにまでされて人質とか笑っちまう。黙ってれば解りゃしねぇのかな。ああ、レイプされたヤツって、こんな感じなのかな。そりゃイヤだろうよ。例え見た目でバレなくても、されたことは消えはしない。それでも俺は男だからマシなのかもしれないけど。ただ犯されるだけ。それだけで終われるから。
手は相変わらず後ろで拘束されてるけど、押さえつけていた腕はもう無いのに、なんでかな、抵抗できないんだ。なんかもう、どうでもよくて。――ナニされても、イイ。何もかもどうでもいい。もう、好きにすればいい。
―――心が、死んでいく。
目は開いてるのに、景色はちゃんと写ってるのに、何も認識できない。音も、聞こえてはいるのに何も残らない。反応が無くなったのに気付いたのか、顎を捕まれ顔を上げさせられた。
目の前の男が何か言ったけど、良く解らなくて。されるがままの俺の鼻をソイツの指が摘まんだ。あ、息できない。苦しい。……呼吸って、どうやるんだっけ。普段何気無くできてることすら上手くできない。やっとの思いで口を開くと、今度はソコにも男のチンポを飲み込まされた。喉奥まで無理矢理突っ込まれて、苦しくて身体が勝手に硬直する。呼吸もまともにできやしない。酸欠で頭が朦朧とする。噛むことすらできずに、ただ口を犯される。と、喉の奥まで突っ込まれたモノから精液が吐き出された。苦しくて、気持ち悪くて吐き出したいのに、奥に注ぎ込まれたせいで強制的に飲み下さざるを得ない。俺の頭を押し付け最後まで喉奥で出しきって、ようやくソレが抜けた。やっと取り込めた酸素に必死で呼吸をする。と、呼吸のために開いていた口に再び違うチンポが押し込まれる。
苦しい。息できねぇ。このままじゃ落ちる。下手したら死ぬ。身体が勝手に硬直してるのが気持ちイイのか、ケツも何度も犯されてナカに出されてる。完全な玩具扱い。上も下も知らねぇヤツのチンポで犯されて、揺さぶられて、全部ナカに注ぎ込まれて、腹ん中、もう精液でパンパンだ。もう飲めねぇよ。ナカだって、もう入んねぇって。無理だって。苦しいっつの。
あ、ヤベ。
もー限界。
すっと目の前が暗くなった。意識が闇に溶け込む。
……その瞬間、口に突っ込まれてたのが唐突に抜けて、いきなり酸素が肺に入ってきた。唐突に確保された呼吸に身体が上手く反応できなくて、思わず思い切り噎せてしまう。ちょ、コレはコレで苦しいって。ゲホゲホ噎せながら、床に転がって必死で喘ぐように呼吸をするが、苦しすぎて口端から唾液と精液がまとめて溢れていくのも気にできない。生理的な涙で視界が完全に歪んでて、なんで呼吸が確保されたのかも解らない。それでも転がった床が多分精液とか汗とかでドロドロなのが気持ち悪くて、身動ぎする。
身動ぎ……?
床に転がることすらできなかったハズなのに、なんで?
歪む視界を凝らして視線を上げる。
ぼやけた世界に黒い影が見えた。……ナニコレ?
ふっと、その黒が遠くなる。と、悲鳴と怒声が響きわたる。ナニ? 一体ナニが……。
瞬きするごとにクリアになっていく視界で黒い影が舞う。
人? 誰?
背中しか見えない。ケド、俺はこの背中を知っている―――。
フワリとコートの裾が舞い上がり、魅入られたかのように周りのヤツらが床に沈んでいく。戦ってるなんて思えないくらい優雅な動き。20人くらい居た男達がどんどん減っていく。正面のヤツの額に掌底打ちを入れたあと、まるで重力を無視したみたいに浮いて右のヤツへと蹴りを入れる。力なんて大して入ってなさそうなのに、相手は盛大に吹っ飛んだ。軸足にキレイに乗りながら身体が沈むのに合わせて黒いコートが踊る。
と、左側で倒れ込んでた男が鼻血を流しながらナイフを振り上げた。
「捲簾ッ! 後ろ!」
叫ぶのと同時に捲簾が反転してナイフを持った腕を自分の腕に巻き込む。鈍い音がここまで響き、その男が絶叫した。そいつを再び床に沈めてからもう逃げ腰になってるヤツらも容赦なくひっつかまえて、最後の一人まで床に沈めていく。
呻き声の他は何もない部屋。あれほど居たヤツらは全員床に転がっていて、立っているのは捲簾一人だけ。あっという間の出来事。
「いやぁ、お見事お見事」
パンパンという拍手と共にのんびりとした声が部屋のすみから響いた。そこには捲簾に電話をかけたヤツが椅子に座って、こっちを見ていた。
捲簾が少しだけ移動してヤツと俺の間に立つ。
「電話をくれたのはアンタか?」
「親切だろう?」
悪びれもせずにヤツはそう言った。
「悪趣味だな」
捲簾の口調は普段通りだ。けど、声のトーンはかなり低い。俺に言われてるワケじゃねぇのに、怖いくらいだ。なのに、ヤツは平然と笑って言った。
「彼が電話を掛けられないようだから、手助けしてあげたのさ。何せ俺らは『親切な人達』だから?」
「親切ねぇ」
「それとも、君が言う『悪趣味』は悟浄くんのこの状況かな?」
ヤツが嘲るように笑った。
「さて、そもそも誰のせいだと思う?」
「……てめぇらに決まってんだろーが」
捲簾はそう吐き捨てたけど、その声は妙に固くて。
「ハハ。それも一因だ」
ゆっくりヤツが立ち上がる。
「だが、本当は解っているんだろ?」
懐から銃を取り出す。
「全て君のせいだよ」
銃口が捲簾に向けられた。
「君が避ければ悟浄くんに当たるな」
愉しそうな声。
俺を庇うように立っている捲簾は、当然俺とヤツの間。ヤツが捲簾を撃ったとして、それを捲簾が避ければ真後ろに居る俺に当たる。そして俺は避けることなんてできやしない。
だからって、俺を庇って避けなけりゃ―――捲簾が。
その背を見つめる俺の視線の先で、捲簾が足を踏み出した。
―――ヤツの方へ。
「いい覚悟だ」
愉しそうなヤツの声。
なんで?
硬直したように何も言えない俺の目の前で、捲簾はヤツへと近づいていく。
ナニしてんの、捲簾?
もう避けようも外しようも無い距離。
そんな至近距離で撃たれたら……。
言葉が喉に絡まって出てこない。
……イヤだッ。
ガウン!!
銃声が響き渡った。
捲簾は避けてなんかいない。
俺には、当たってなんか、いない。
…………嘘だ。
そんな、そんなの……。
口がわななく。呼吸がひきつる。
嘘だ、こんなの嘘だ。イヤだッ、捲簾ッ!!
叫び出しそうになった俺の前で捲簾の身体が揺らいだ。
息を呑んだ俺の目の前で、捲簾がまた一歩ヤツの方へ足を出す。
……え?
ガウン!
また音がした。けれど捲簾の歩みは止まらない。
なんで……?
ガウン! ガウン!!
狂ったような銃声。もう捲簾とヤツの距離は間近で。
バッと捲簾が動いた。一息で間合いをゼロにして銃口を掴み捻りあげる。それに引き摺られる形でヤツの身体が開いた所を、思い切り殴り飛ばす。
「ぐぁ!!!」
骨が折れる鈍い音と共にヤツが地面に叩きつけられる。ヤツの身体がバウンドして少し浮いた。その胸を容赦なく捲簾が踏みつける。再び地面に叩き付けられて、ヤツの口から潰れたような声が漏れた。
余りの速さに呆然と見守ってしまった俺の前で、捲簾が踏んでる足に体重をかけた。ヤツの手が助けを求めるように地面を叩くが、捲簾は無表情のまま更に体重をかけ、ヤツの口に奪った銃の先端を突っ込んだ。
「あの世で後悔するんだな」
ちょ……、まさか。
「止め……ッ」
叫んだその瞬間、捲簾が身を翻した。
さっきまで捲簾が居た場所を何かが通過していく。
「どーゆーつもりよ?」
無表情のまま、射るような視線で部屋の扉の方を睨む捲簾に、同じようにそちらを見てみれば、入り口には天蓬が立っていた。見たこと無い真剣な顔して、すごく強い瞳で捲簾を捉えている。
「貴方、殺す気でしょう?」
「当たり前だ。邪魔すんな」
吐き捨てるように言って再び銃を構えた捲簾に、臆することなく天蓬は歩き出す。はたで見てる俺でさえ怖くて身体が少し震えてんのに、天蓬はものともせずに口を開いた。
「ふざけてんじゃありませんよ。撃つなら命に別状が無いとこにしなさい」
「お前こそふざけんな。コイツがしたことを思えば命くらい安いもんだろーが」
聞く耳を持たない捲簾に、天蓬がため息を吐いた。
「それで、悟浄のトラウマをまた増やす気ですか?」
え……。
トラウマ……? ナニが? 俺の前でコイツを殺すのが? 目の前で、また、誰かが死ぬのが……?
―――なんでソレ知ってんの?
見つめる先で、捲簾が大きく息を吐いて、持ってた銃の柄をヤツの顔の隣に叩きつけた。
「クソッ!」
なんで?
捲簾も?
二人とも、なんでソレ、知ってんの?
俺は一言も話して無いのに―――。
二人の所まで行った天蓬が、ヤツの襟首を掴みそのまま引き摺って部屋の扉へ向かう。
「僕はこの人の身柄を拘束してますから、貴方は悟浄を連れて先にここを出てください。悟浄、また後で」
ひらりと手を振りながら天蓬は廊下に消えた。
呆然とそれを見送って動けずにいると、盛大なため息が聞こえ、そちらに視線をやれば、捲簾がキツく目を瞑って大きく息を吐き出していた。そして頭を一振りすると、顔を上げて俺のトコに歩いて来る。
「ちょい後ろ向けんぞ」
言うと同時に肩を掴まれうつ伏せにされた。続けて手首を引かれる。多分拘束を外してくれるんだろう。
沈黙が落ちる。
「……あのさ、なんで来たの?」
間が持たなくて思わず疑問を口にしてしまった。
「なんでって?」
静かな、感情の読めない声。
「俺なんかほっときゃいいのに、何でワザワザ……」
ふっと、手が軽くなる。やっと自由になった手で床を押そうとしたけど、痺れて使い物にならなかった。仕方なく肘をついて身体をノロノロと起こす。
「ッ……」
体勢が変わったせいでトロリと精液が溢れる。
ヤバ、捲簾に気付かれた。
眉をひそめた捲簾が、無表情のまま俺の身体を仰向けに引っくり返す。動きについていけず再び転がった俺の脚を掴んで、膝を曲げ大きく開かせる。
「ちょ……!?」
「ちょい我慢して」
囁いた捲簾の指が緩んだソコに触れる。
「ヤッ……!」
ツプリとなんの抵抗もなく入ってくる指に押し出されて、また精液が溢れた。
なんで、なんでそんなトコに指挿れんの。ンなことされたら何も隠せない。どんだけナカに出されただとか、入り口が緩んで使い物にならないことだとか、どれだけ犯されたかだとか―――。
ほとんど感覚なんか無いソコを圧迫された感覚がして、コポリと大量の液体が溢れ出る。
あぁ、全然解んなかったけど、指2本だったのか……。広げんなよ、ンなことされたら……。
抗おうと腕を上げた俺の腹を、するりと捲簾の手のひらが撫でる。そして不自然に膨らんでる下腹部をぐっと押した。
「ッ……!?」
ドプッとポンプみたいにナカの精液が勢い良く噴き出す。信じられない。愕然として暴れる俺を易々と押さえ込んで腹を押す捲簾の手によって、強制的に全てを排泄させられてしまう。捲簾の、目の前で。
捲簾の顔なんて見られやしない。悔しくて苦しくて悲しくて、堪えきれずに涙が零れる。
勢いが無くなってきた排泄を促すように腹を擦った捲簾は、とりあえずソレが止まったのを確認してやっと指を抜いてくれた。
ボロボロと零れる涙に気付いて捲簾が、俺の頬を撫でてから口元に指で触れた。何かを拭う感触。多分口から溢れてた唾液と精液。
何も言わず捲簾が身体を離したから、やっとの思いで上半身を起こすと、脇に手を突っ込まれて身体を持ち上げられた。
ガクガクしてる脚でなんとか踏ん張って立とうとした俺を片腕で支えたまま、捲簾はポケットからハンカチを出して俺の脚の付け根辺りを拭った。ンなことしたって、全身精液まみれな上にナカからはまだ残っているのがトロトロ零れてるから意味なんてないだろうに。
と、精液まみれになったハンカチを無造作にコートに突っ込んで、捲簾がコートを脱いだ。そしてそのコートを俺に羽織らせる。精液でドロドロの俺に。
「ちょ、コートが……」
「黙ってろ」
コートの前をあわせて捲簾はそのコートごと俺を抱き上げた。びっくりしてされるがままになってしまったが、部屋を出た辺りでお姫様抱っこされている事実に気付いて抵抗する。抱き方もアレだが、それ以上に俺の姿をこれ以上捲簾に見られたくなくて。そんな俺の抵抗なんて完全に無視して捲簾は階段を上り裏口を出ると、すぐ近くに止めてあった自分の車の助手席に俺を座らせた。って、これじゃコートだけじゃなく車のシートまで汚れちまう。
「捲簾、降ろして」
「ダメだ」
ご丁寧にシートベルトまでされてドアを閉められる。それでも車のシートを、しかも精液なんかで汚すワケにもいかない。閉められたドアに手をかけ、黙ってノブを引く。
「……え?」
なんで、開かない? 押しても引いても開かない。鍵なのかと思ってそっちも弄ってみたけど、びくともしない。
焦ってドアノブをガチャガチャしてると、いつの間にか運転席に座っていた捲簾が俺の手を掴んだ。ぐいっと引かれて思わず捲簾を見ると、捲簾はひどく辛そうな顔をして掴んだ手を見てた。
「頼むから……」
初めて聞く辛そうな、懇願するかのような声に驚いて抵抗する手が止まる。まるで抵抗することが捲簾を傷付けているようで、途方に暮れてしまう。
静かに手は離れて車が走り出した。まだ昼間なせいで眩しいくらいの日差しに、イヤな夢でも見ていたんじゃないかなんて錯覚を覚える。歩行者も並走車もいない道だけを静かに走って、車は捲簾のマンションに着いた。裏の道からマンションの一階にある車専用の乗客なんかを降ろすための通り抜けの通路の途中のクランクで捲簾は車を止める。そして窓を開けるとそこにあった駐車場の精算機みたいのに板を突っ込み何かを打ち込んだ。すると、目の前の壁が静かに開いて車用のエレベーターが現れた。あの板って、これ用だったのか。
車が進んでエレベーターへと入ると赤ランプが点灯し扉が閉まった。そして下降するとき独特の浮遊感。それもすぐに止まり、運転席のすぐ横に現れた駐車場の料金所みたいなのの中から係員が捲簾を確認して何かを操作する。と、今度は逆側の扉が開いた。青信号を待って車が再び走り出す。
今の人、見たことある。前に上の受付で会ったことがある。
静かにスロープを降り所定の場所に車を止めると、捲簾は運転席を降りて助手席のドアを開けた。あんなに開かなかったドアをアッサリと。複雑な顔をしている俺に捲簾が無言で手を出す。けど、俺はその手を取れなかった。
「悟浄?」
目を合わせられなくて、視線を地面に落とすと、少しの間の後捲簾はその手をぎゅっと握りしめた。
あぁ、これできっと終わりだ。
いい加減、愛想も尽きただろう。
散々手間かけさせて、さ。
……こんな終わり方はさすがに想像なんてしなかったな。
けど、なんでだろ。
悲しくなんて無いんだ。
まだ心が死んでるのかもしれない。
まぁ、もう、なんでもいいか。
ふっと、口元が笑みを刻んだその瞬間、握られた捲簾の手がもう一度俺に向かって差し出された。
驚いて、けど、やっぱりその手を取ることなんて出来ない……って思った俺の予想に反してその手は俺の後ろまで伸ばされ、そのまま俺を抱き締めた。
「な……ん、で……」
「俺のことなんてもう嫌だろうが、せめて手当てくらいはさせてくれ」
「………………え?」
イヤって、なんで?
俺はイヤなんてこと無い。
むしろそれは捲簾なんじゃないのか?
恋人ゴッコの相手なんかを人質にされて、それでもアンタは優しいから見捨てることなんて出来ずに手間かけさせられて。しかも、俺こんなで。
戸惑う俺を抱き締めたまま車から降し、そのまま、またお姫様抱っこをして捲簾はエレベーターへと歩いていく。
あ、車、掃除しなくていいのかな? パッと見でも汚れてるのが解るくらいだったけど。落ちにくくなるんじゃ。
つか、コートも結構ドロドロになってるから俺を抱いてる捲簾も汚れてるハズだ。捲簾は何も言わねぇけど、きっと怒ってるだろうな。
チラリと視線を上げて俺を抱いてる捲簾を盗み見ると、捲簾は相変わらず無表情のままじっと前を見ていた。
無表情な捲簾なんて今日初めて見たけど、なんか顔が整っているせいか、少し怖い。
でも……カッコいいなぁ。
見詰める俺の視線に気付く様子もないのが、珍しすぎて視線を外せなくなる。
一階まで行って、エレベーターを乗り換える。俺を抱いたまま捲簾は曇りガラスのトコまで行くと、隠すでもなくパスワードを打ち込んだ。
え?
動揺して見詰める俺の視線なんて全く気にせずに白いパネルを指先で叩く。何度か白いパネルを捲簾が叩くと、スッとアルファベットが浮き出る。捲簾の指が迷うこと無く文字をタップしていく。
一文字目は『S』、二文字目は『H』、それから『A』、『G』、『O』、……『J』…………。
見間違いじゃ無いよな……? 俺、目は良いからハッキリ文字見えてるもん。けど、信じられなくて。
じっと見詰める俺の視線の先で、捲簾が最後の文字を押した。
『SHAGOJYO』
俺の名前……。
静かに自動ドアが開く。つまり、それは、パスワードが合ってるってこと。
なんで俺の名前を? それってなんだか……『恋人』みたいじゃないか……。ゴッコなんかじゃない、ホンモノの。
エレベーターが上昇していく。
何も言わない捲簾に、俺も何も話せなくて。
32階に到着して家に入った捲簾は、そのまま風呂場に俺を下ろした。俺、汚ぇからな。さすがに部屋にはつれてけねぇだろ。自分からコートを脱いで、そのコートをどうしようか悩んでいると捲簾がそれを奪って脱衣場の洗濯機に突っ込む。それコートだよな? びっくりしてる俺を余所に、目の前の捲簾は無造作に自分の服に手をかけた。あぁ、捲簾も汚れちゃったしな。シャツに所々白い液体がついている。黒いシャツだからソレが妙に目立つ。バサッと勢い良く捲簾がシャツを脱いだ。
そういえば捲簾、撃たれてた気が。大丈夫だったのか? まさかあの至近距離で外したなんてこたぁねぇよな?
じっと見ていた俺の前に晒されたのは肌色の身体。肌色の……なんだコレ。長袖のシャツみたいな形してる、服? そのまま捲簾はパンツも脱いだわけだが、その肌色のは膝上まで続いている。脇なんかに小さな留め具が付いてたみたいで、捲簾が何ヵ所か手をやると、ソレは剥がれるみたいに脱げた。もしかしてコレ防弾チョッキみたいなヤツとか? だから捲簾撃たれても無事だったんだ。ホッとした俺の前で捲簾がソレを脱衣場のかごに放り込んだ。なんか落ちるとき異様に重い音をたててたけど、アレ何kgくらいあるんだろ……。
脱衣場から視線を戻すと、捲簾が下着を脱いでちょうど全裸になったトコだった。その胸を見て俺は息を飲んだ。4か所、赤黒くなっている。ちょうど……心臓の辺り。
コレ、マジで当たってたら……。
急に怖くなった。一歩間違えたら、捲簾が、死ぬトコだったんだって。
防弾チョッキ着てたから死にはしなかったけど、それでもあんな至近距離で撃たれた弾の威力を全部無くせるワケじゃない。赤黒い痕はすごい色になっていて、もしかしたら肋骨も折れているのかもしんない。
風呂場の扉を閉め、捲簾がシャワーヘッドを取って蛇口を捻る。空の浴槽に向けて冷たい水が流れていく。それをぼんやり見つめていると、やがて湯気が上がりはじめて室温も上がり始めた。お湯の温度を確かめると、捲簾は洗い場に座り込んでいる俺にシャワーをかけた。少しぬるめのお湯が気持ちイイ。身体をざっと流してから、髪を濡らされて目を閉じると、捲簾の手が俺の頭に触れた。頭皮をマッサージするみたいに髪の間まで流していく。気持ちヨくて、捲簾の指の動きにうっとりしていると、シャワーを床に置かれ指も離れてしまった。残念。
顔を手で拭って目を開くと、捲簾はコーナーからシャンプーとコンディショナーとボディーソープとスポンジとなんかデカイ注射器を手元に置いたトコだった。思わず口元がひきつる。
ナニ、その注射器みたいの。デカイから注射するわけじゃねぇのは解るけど、ここでそんなものが出てくる理由が解らない。水鉄砲でもすんの? なんて……まさかな。てか、まさか、ソレ……。突然すごい嫌な予感がした。けど、まさかな……。まさかソレで腸内洗浄とか言わな……。
「四つん這いと仰向けとどっちが良い?」
「どっちもイヤだ!!!」
思わず叫んでしまったが、この場合仕方ないだろ!? だって捲簾、絶対ソレで俺に何か入れる気だもん! 後ずさる俺を捲簾の手が捕らえる。必死で抵抗するのに捲簾は何でも無いかのように俺をうつ伏せにして浴槽の縁に乗せた。うわ、これ何気に逃げにくい。腹のトコに縁がきてて、しかもそこを捲簾が上から押さえて捕まえてる。頭が浴槽側にあるせいで、さっきの水と相まってツルツルしてて何も掴めないし、足は膝がつかない高さのせいで体重が腹にかかるのを避けるために床につかざるを得ない。つか、逃げるとか言う問題じゃなくね? この体勢って、もしかしなくても捲簾がやりやすい体勢じゃ……。
少し開き気味だった足を更に広げるよう押されて必死で踏ん張っていると、捲簾は諦めたのか手を離してくれた。ホッとしたその瞬間背中に捲簾の腕が乗り、ケツに指が触れた。ぎょっとして暴れるのに、捲簾の二の腕と身体で完全に固定されていて逃れられない。
止めろって! イヤだっつーの! 100歩譲って入れられんのはいいとしても、捲簾の前でソレを出すとかぜってーヤだ!!! 必死な俺を余所に、捲簾の手によって側にあった桶にお湯が溜められていく。気持ち良かったお湯もこうなると恐怖でしかない。温度調節してるのも、なんか余計に怖いだけだ。もう泣きそう。
「止めろって! イヤだっつーの!!」
往生際悪くジタバタ暴れる俺を完全に無視して捲簾の指が俺のケツに触れる。そして穴を晒すようにソコを開いた。
「ッ……! 止めッ、アンタスカトロ趣味でもあんのかよ!?」
「ハァ? んな訳…………あー、あるある。だから大人しく浣腸されてろ」
「ウソだー!!! 今絶対適当言った! そー言っときゃ俺が言うこと聞くって思っ……」
グッとケツに何かが入ってきて言葉が途切れる。入り口は何も解んないけど、コレ長いからさすがに解る。そして、ナカに温かい液体が注がれる感覚に、気持ち悪くて鳥肌がたった。
「ッ……ぅ」
抵抗も忘れて手のひらを握りしめる。腹、苦しい。さっき出せたので少し楽になってたのに、またナカから圧迫されて脂汗が滲む。
「も、ヤ……」
泣きそうな声での訴えに、捲簾の手が優しく背中を撫でた。そして中身を全部入れ終えた注射器の先端が抜けていく。
「苦しいのは解るけど、頼むからナカ洗わせて」
捲簾のが苦しそうなその声に、俺は視線をさ迷わせて抵抗を止めた。ナカ、出したっつってもまだ残ってるだろうし、洗った方がいいのは解ってたから。
もう一度ケツの穴を晒されて注射器の先を突っ込まれる。ただでさえ苦しいのに、更にお湯を入れられて呼吸に呻きが乗る。ようやく全部入れ終えたんだろう先端が抜けていく。けど、緩みきった入り口はナカのお湯を塞き止めることもできなくて、抜けていく先端と一緒にお湯が溢れ出す。
「ッ……」
必死に入り口を締めようとしても、お湯は止まらない。これじゃナカまではキチンと洗えない。せっかく捲簾が入れてくれたのに。
焦る俺に、けれど捲簾は何も言わずに、俺のケツの穴に自分の指を突っ込んだ。
「ッ!?」
イヤ、栓しなきゃなのは解る。ケドよ、何も指でするこたぁねーだろ!? だってケツの穴なのにッ! しかも指抜いたら溢れるってことは、絶対捲簾にかかっちまう。色んな意味で真っ青になって脂汗浮かべてるのに、捲簾は大人しくなった俺にコレ幸いと突っ込んだ指でナカのお湯をかき混ぜ始めた。信じられねぇ……。背中に乗ってた腕が離れ、今度はケツを抱き込むようにして、栓して無い方の手のひらがナカのお湯を行き渡らせるように下腹部をさする。この手の位置って、捲簾もしかして後ろに居るのかな? だとすると、指抜かれたら手だけじゃなく捲簾にまともにかかるんじゃ……。腹がギュルギュル鳴り始めてすっげぇ苦しいけど、そんなスカトロプレイできるわけがない。でも苦しい。限界。
「け……れ、どぃて……」
必死な訴えに、俺が限界だと解ってくれた捲簾は、なのに移動しないまま栓してた指を引き抜いた。
「ッ……ヤだァァァァァ!!!」
緩みきってる入り口で止めるコトなんてできずに、勢い良くケツから中身が吹き出した。お湯と、残ってた精液と、もともとナカにあったウンコと……。ガクガク震える身体をなんとか支えるけど、後ろなんてとてもじゃないが振り返れない。絶対捲簾にかかった。臭いだけでもスゴいのに、それをかけられたなんて……捲簾の反応が怖くて振り返ることなんて出来ずに嗚咽を漏らす。
ザァ……と、音がして俺の身体にシャワーのお湯がかけられた。温かいソレに少し震えがおさまると、背中を優しく撫でられた。
「苦しいだろうけど、もう少しな?」
優しい声に涙が零れた。ツプリとケツにまた注射器の先端が入ってきて、ナカにお湯が注がれる。
「ん……」
注ぎ終えた先端が抜かれるのと入れ替わりでまた捲簾の指で栓されて、情けなくて涙が落ちる。入り口がこんなになってなければ、栓なんてされなくても平気だったのに。拡がりきって緩みまくってて、コレ、どうなるんだろ。もう元に戻らないんだろうか。しかも、一番知られたくない人に知られて、栓までさせてるって。俺、最悪だな……。
「もう一度出すぞ」
抜かれる指を押し返すようにお湯が溢れる。コレまた捲簾にかかってるんじゃねぇかな……。俺の上半身は浴槽の上で、下半身は洗い場だから、出したモノはこっちまで流れてこない。だから見えないけど、お湯だけで無いことは明らかで。
「捲簾……」
「ナニ?」
シャワーをまたかけてくれてる捲簾の顔も見れずに俯く。
「平気なの……?」
「何が?」
「ンなとこ指で栓して、しかも……ウ……ンコまでかかって……」
言葉に、呆れたようなため息が返ってきて、ビクッと肩が震えた。ケド、捲簾はまたケツに注射器をぶっさしながら呆れた声で俺に言った。
「あのだな、ソレすげぇ今更だって解ってるか? 確かに今までお前とセックスするときに準備で浣腸なんかはしたことねぇけど、だから逆に、洗ってもいないお前のケツの穴に指突っ込んだり舐め回したり、ナカを掻き回した指舐めたり、あまつさえ中出しした精液とウンコと混ざってグチャグチャになったの掻き出したりしてんだけど?」
「ッ……!!?」
言われて初めて気付いた事実に、半端無い衝撃と死にたいくらいの羞恥でフリーズする。
そうだよ……。考えてみりゃ当たり前っつか、考えてなかった自分にビックリしたっつーか、多分許容範囲を越えてて気付かないフリしてたんじゃねーかな……。だって、ンなこと考えてたら捲簾とセックスなんて絶対ムリだし!
「オラ、力抜け。あと一回で終わりにするから」
ペシッとケツを叩く普段通りの捲簾に、俺は思考を放棄した。マトモに考えてたらもたねーわ……。
結局ナカを洗われた後、喉に指突っ込まれて無理矢理胃の中のも全部吐かされて、頭と身体もきちぃんと洗われて、シャワーだけで流され、丸ごとバスタオルで拭かれてドライヤーで髪乾かされていつものパジャマを着せられてベッドに下ろされた。なのに、俺を運んでくれた捲簾は髪も適当にタオルで拭っただけの状態。まぁ、痕が見えないようになのか着る方はTシャツまで着てるけど。普段はわりと上半身裸なクセに。
柔らかい布団の気持ちいい感触と、室内の暖房で暖まりきってない寒さに、布団に潜り込もうとしたら捲簾に掛け布団を剥ぎ取られた。なにすんだ。て、枕まで取られたし。ジト目で捲簾を見ると、捲簾はベッドの端に腰かけて俺の身体をうつ伏せにした。体格はほとんど変わらない……つか、俺のがデカイのに、さっきからまるで子供にするみたいにアッサリと転がされてて複雑だ。
何するんだろなんて思ってぼんやりしてたら、腰を持ち上げられて腹の下に枕を突っ込まれる。イヤな予感に抵抗するより早く、捲簾の手が俺のパジャマと下着をまとめてずり下げた。
「!?」
逃げようにも腿の途中までしか下ろされなかった布に動きを制限されて、ずり上がることも出来ない俺のケツに捲簾の指が触れ、またソコを拡げられる。
「冷たッ!」
ひんやりした何かが塗られ、びっくりして身体が跳ねた。捲簾の指が入り口にソレを塗り広げていく。最初冷たかったソレが、体温で溶けたのか、だんだんヌルヌルしてきてキモチ悪ィ。
「う〜……」
「我慢しとけ」
時々そのヌルヌルを足されて、捲簾の指が入り口だけじゃなく、ナカにまでソレを塗り広げていく。粘膜へ刷り込むみたいに指が擦っていくのに、さっきまで全く感じなかった感覚が走り抜けた。
「ッふ……ァ」
ヤバい、こんな状況なのに、捲簾は多分薬を塗ってくれてるだけなのに、捲簾の指ってだけでキモチイイ。チンポ、勃ってきた。枕に押し付けられててチョイ痛い。ケド、そんな俺の状態を気にすることも無く、ヌルリと指は抜けていった。あぶね……。抜けて良かった。あのままされてたら身体が止まれなくなるトコだった。
指をティッシュで拭い、ぐったりとうつ伏せてる俺の下着とパジャマを直すと、捲簾は腹の下から枕を引っこ抜いて元の位置に戻し、俺をもう一度ひっくり返して頭を枕に乗せてくれた。しかも、掛け布団まで掛けてくれる。ヤベ、嬉しいぞ。布団はフカフカしててあったかくって、捲簾の匂いもしてかなり幸せだし。
ふとスプリングが揺れた。てっきり捲簾が隣に寝るのかと思ってそっちを見ると、ベッドを降りた捲簾が頭を下げるとこだった。てか、床に正座した状態で。
目を見開いた俺の目の前で捲簾が床に頭を付けて土下座した。
「ちょ……」
「すまなかった」
凛とした声。
「謝って済むことじゃないのは解ってる。責められて当然だとも思ってる。それでも、謝らせて欲しい。ごめんな」
呆然として、頭を上げないままの捲簾を見つめる。
謝られても、だな。
確かに、拉致られて、苦しかったし酷いコトもされたし、原因は捲簾の仕事なのかも知れないけど、それでも最終的にドジ踏んだのは俺だ。別に捲簾を恨んでなんかいないし、責める気もないし、それに……捲簾は俺を助けに来てくれた。
「顔、上げてよ」
言葉に、捲簾がゆっくりと頭を上げて、正座したまま俺を見る。スゲェ怖ぇ顔してる。ケド、これは多分自分を責めているせいじゃないかと思った。
「怒ってねぇよ。つか、助けに来てくれてアリガト」
笑ってそう言った俺に、捲簾の顔が苦しそうに歪む。
「お前、なんで怒んねぇの?」
「なんでって言われてもなぁ……。最終的に捲簾助けてくれたし」
怒る理由が見当たらないし、怒って何かが変わるわけでもない。
「お前、自分が何されたか解ってんの?」
捲簾の押し殺した声での問いに、少しだけ笑う。
解ってるさ。何されたかも、身体がどんな状態になってるのかも。
ちゃんと、解ってるから。
「もしかしてもう俺に触りたくない?」
そう思っても仕方ないって、解ってるから。
いつ終わりになっても、大丈夫だから。
だから、捲簾は責任や罪悪感なんて感じなくてイイ。
そう言おうと口を開いた瞬間、立ち上がった捲簾の腕の中に抱き込まれた。
「どうしてそうなるんだ……」
怒りに満ちた声に、言葉が出なくなる。
なんで? なんで、捲簾が怒るんだ? だって、それは当たり前で仕方のないコトだろ? だから責任感なんかで捲簾を縛り付けたくないから。いつ終わりにしてもいいって―――。
思うのに、抱き締めてくれる腕が暖かくて、目頭が熱くなる。どうして捲簾は、俺なんかを抱き締めてくれるんだろう。もしかして、まだ、俺との恋人ゴッコを続けてくれる気なのかな。……捲簾は優しいから。
あぁ、でも、もし捲簾が続けてくれる気なら、1つだけ言っておかなきゃいけないことがある。
「あのさ……、もしまた俺を餌にされても、助けに来なくていいからな?」
拉致られて犯されたことや、こんな身体にされたことよりも、俺は、捲簾が撃たれた瞬間が一番苦しかったから。あんなのは、もう二度と見たくないから。だからそれだけは言っておかなきゃって思ったんだ。
その言葉に、ぐっと捲簾の腕に力がこもって、骨が軋む。痛いくらいってか、痛い。俺の肩口に顔を埋めた捲簾が、震える声で呻くように呟く。
「何いってんの……?」
「何って」
「俺にお前を見捨てろって言うワケ?」
まぁ、そうなる……かな。捲簾は、そーゆーの、イヤかも知れない。けどさ。
「捲簾に迷惑かけたくないんだよ」
「迷惑なんかじゃ」
「あのさ……俺、何にも出来ないからさ。多分捲簾に迷惑かけることしか、出来ないからさ。だから、俺のせいで捲簾に迷惑かけたり、俺を助けようとして捲簾が危ない目にあうの、ヤなんだ。だから助けになんて来なくていいの」
捲簾に何かあるくらいなら、見捨てられた方が全然イイ。
「俺は無事だっただろ?」
「……撃たれたじゃん」
「でも生きてる」
「『今回は』な」
今回はたまたま生きてたけど、あれが心臓じゃなく頭とかを狙われてたら確実に死んでいただろう。
「……お前は、俺のせいで誘拐されて、男にまわされて、挙げ句の果てに殺されてバラされて臓器売り飛ばされて……、それでもいいってのかよ」
唸るような声で言う捲簾の背を、撫でる。
「いいよ」
捲簾が死ぬより全然イイから。
だから、な?
言い聞かせるように背中を撫でてると、突然身体を引き剥がされてベッドに強く押し付けられた。
「ッ……、捲、れ」
掴まれた肩に指が食い込む。耳に届いた呻くような声。
「ふざけんな。イヤだ」
「え?」
スゲェキツい目で捲簾が俺を睨み付けて、言葉を吐き捨てる。
「俺はイヤだ。ってか、俺がイヤだ。お前が死ぬのも殺されんのもイヤだし、俺以外のヤツに触れられるのなんて我慢出来ねぇ」
「……捲簾……」
唖然とする俺に、捲簾が笑った。辛そうな、切なそうな、苦しいのを耐えてるみたいな顔で。
「ずっとお前に話そうか迷ってた。けどこんなことになるなら、もっと早く言えば良かった」
肩を掴んでいた手から力が抜けて、捲簾はベッドに肘を付いて俺の胸に額を当てた。
「お前が聞かない事に甘えてたんだ。ゴメンな」
捲簾が、甘えてた……?
「今更かもだけど、俺の仕事のこと、聞いてくれる?」
さっきから、捲簾が言ってることが、良く理解できない。けど、捲簾が話してくれるコトならどんなことだって聞きたいから。
「……ん」
頷いて捲簾の頭を撫でると、捲簾が顔を上げてくれたから、引き寄せてキスをせがむ。してくれないかもしれない。それでもいい。
でも、少し戸惑って困ったように眉根を寄せた捲簾は、それでも俺にキスをしてくれた。柔らかく温かい唇。幸せな気持ちが溢れて、口端が歪んで唇が薄く開くと、そっと捲簾の舌が忍び込んできた。いつもの奪うみたいなのとは違う、傷を舐めるみたいな動きで、俺の口の中を隅々まで辿ってそれは抜けていった。
心が痺れたみたいになって惚けてる俺を抱き締めるように捲簾は横になり、俺の頭を撫でながら話始めた。
「もう聞いたかも知れねぇけど、俺の仕事は名目上は『調査員』でさ」
「うん、天蓬に聞いた。情報を扱う会社員だって」
「そっか。内容は聞いた?」
フルフルと首を横に振ると、捲簾は少しだけ遠い目になった。俺を見てるんだけど、その向こうを見てるって言うか……。
「なんて言うのが一番近いんだろうな。探偵って言うか、諜報員って言うか」
あぁ、やっぱりそういう感じの仕事なんだ。
「やってることはそんな感じなんだけど、情報の規模がちょっとデカくて」
「うん」
「企業とかが法廷で戦う足場固めで使う情報とか、国同士の紛争絡みの情報だとか、国際犯罪の犯行グループの動きだとか」
デカいってか、…………俺ホントに聞いて良い内容?
「今日のヤツらは、1年くらい前の麻薬の密売ルート絡みのヤツら。海外支所への応援で少し国内ルートを荒らしたんだ」
海外支所って何……。
「2ヶ月くらい前から俺の周りを嗅ぎ回るヤツらがいて気にはしてたんだけど、そのうちエスカレートしてきて、ついに上司からも直々に、身の回りに注意するようにっつー命令までいただいてさ」
そんな状況になってたなんて、俺全然知らなかった……。
捲簾は苦笑して、何も言えない俺の額にキスをした。
「それが1ヶ月くらい前。お前にしばらく会えないってメール送った頃の話」
「ぇ……?」
「その時はまだ、俺を狙ってるのが誰かとか全く解ってなくて、取り敢えずって対処で仕事は社内メインに、ホストは休みってな具合になって」
「なんでソコでホスト?」
「あぁ、アレ会社公認っつか、仕事の一部みたいな感じでやらされてるんだよ」
……どうりでチンタラやってるワケだよ。それでもあの人気なんだから、何て言うか……。
「お前に全部話そうと何度も思ったよ。でも、言えなかった」
そりゃそうだろう。そんな状況じゃ、俺が味方かどうかも怪しい限りだろうし。だって俺が捲簾と出会ったのは3ヶ月前。2ヶ月前に周りで目立つようになったのなら、ちょうど巣を張り始めるころだ。
けれど捲簾は苦笑してそれを否定した。
「別にお前を疑ったからじゃねぇぞ?」
「……え?」
「話すことで、お前を巻き込むのが怖かったんだ」
捲簾が、怖い?
「自分が危険なのは良いんだ。今更だし、覚悟の上だから。でも、お前は違う。俺のせいでお前を巻き込んで、お前に何かあったらと思うと、怖くて話せなかった」
それって、なんか……。
「けど、お前から電話来て、スゲェ後悔したよ。なんで、話さなかったんだろうって。話しておけば、お前なら自分で気を付ける事だってできただろうし、逆にお前を保護する事だってできたかもしれない。それに……お前を不安にさせることもなかったかもしれないって」
背中を抱いてる腕が、少し強くなる。
「今回の件、天蓬にも知らせてなかったから、バレた時スゲェ怒られた」
捲簾が切な気に笑った。
「身辺に注意しろってコトを黙ってた事じゃなく、お前を見てるつもりで見てなかった事を、スッゲェ怒られた」
見てるつもりで、見てなかったコト?
「俺な、お前と付き合う前に、お前のコト調べてたんだ」
「え……」
「もともと別件で基本情報は知ってたんだけど、お前が俺をつけてきた時、お前が欲しいって思った。絶対手にいれたいってな」
俺を、手にいれたいって思ったのか?
「知りたかったんだ。だから調べた。親の事も、義母との事も、施設での事も、一人暮らしをしてるときの事も、同居人が出来てからの事も、全部調べて知ってた。でも黙ってた。お前に嫌悪されるのが怖かったんだ」
「嫌悪なんて……」
「うん。お前はそんなことしねぇのにな。天蓬に言われたよ。お前を本当に信じていないのは俺だって。解ってるつもりになって、お前に甘えきっているってな」
眩しそうな目で俺を見て、捲簾は笑った。
「お前は凄く優しくて、とても強いのに、俺はちゃんとお前を見てなかった」
捲簾は頭を撫でていた手で、俺の髪を一房持ってうやうやしく口付けた。
「初めて会ったとき、この赤が、すごくキレイだって思ったんだ」
赤い髪、赤い瞳。この赤が生まれつきだってことを知っても、それは変わらなかった?
そんな俺の目を見て、捲簾は微笑んだ。
「お前が好きだよ。お前を誰にもやりたくないし、正直言うと、目の届かないとこにやりたくないし、誰かと楽しそうに笑ってたり話してたり、ぶっちゃけ同居してんのも嫌で、相手に嫉妬してる」
「八戒はそんなんじゃ」
「そんなんじゃないのは解ってるけど嫌なもんは嫌なの。それにアイツ、俺よりお前の事解ってんだもん」
「は?」
「いきなり携帯に電話してきて、お前の事で話があるって呼び出した挙げ句、お前は本当に素直で純粋で優しくて可愛いのに、どういうつもりで付き合っているのか軽い気持ちで手を出すな半端な態度なら悟浄はやらんって、お前は親かっつー」
………………八戒。
「まぁ、気持ちは解らないでも無いけどな」
もう一度、捲簾が俺を撫でた。
「お前は誰よりも幸せになるべきだと、俺も思うよ」
「捲簾……」
「願わくば、俺の隣で」
ニヤリと笑って囁かれた言葉に、一気に頬が熱くなる。
「今回の事、本当に後悔してるし、何したって無くならないって解ってる。だから、償わせてくれないか?」
捲簾が償うコトなんて無いのに。
戸惑う俺の鼻先にキスして、捲簾が俺を見つめる。
「ずっと、お前の傍で、お前を幸せにしたいんだ」
「でも……俺は、幸せになんて……」
なれないのにって全部言う前に、捲簾が一気に悲しそうな顔になる。うっすらと涙を溜めて、けど、スゴく切ない顔で、それでも耐えて笑う。
「俺なんかに幸せにされるなんて、そりゃ嫌だよな」
「……ぇ」
「我が儘言ってゴメンな。俺の願いを押し付けたりして」
こんな捲簾初めてでどうしていいか解らなくて、オロオロしてしまう。
「え、えっと、捲簾の願い?」
「うん。お前に叶えて欲しかったんだけどな」
ホロリと捲簾の目から涙が零れた。笑ってるのに、我慢できないって感じで零れ落ちたソレに罪悪感が溢れる。
「えっと、あの、俺に叶えられるコトなのか?」
「……叶えてくれんの?」
縋るような目をされて、思わず捲簾をキツく抱き締めた。
「叶えられるよう、がんばるから! だから泣くなって」
「……ん、サンキュ」
顔は見えないけど、笑った気配にホッとして身体の力を抜いたら、今度は捲簾にキツく抱き締められた。てか、コレ……拘束?
「その言葉、忘れんなよ?」
囁かれた低音に、何か違和感を感じる。
「えっと、あの、捲簾サン?」
「俺の願い、絶対叶えろよ? 悟浄?」
ニヤリと笑って捲簾が俺にダメ押しする。
まさか、騙された……? え、さっきの嘘泣き?
硬直した俺を抱き締めて、捲簾は満足そうに笑った。
「んじゃ、俺の隣で誰よりも幸せになって貰おうか」
……………幸せって、こんな風に強要されるものだっけ?
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