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貴方の腕で抱き締めて

【 act7】



終わりにしよう。
これが終わったら、全部。
ホントならあの時そうなってるハズだったんだ。
それが母さんの願いだったんだから。
ホントに叶えてやりたいと思ったんだぜ?
叶えてやれなかったけど。
貴女が望むなら、笑ってくれるなら、こんなモノどうだっていい。
そう思ってたんだ。
でも今は。
アンタがいらないなら、もう笑ってくれないなら、全部失くなってしまえばいい。
そう、思うんだ。
与えられないのは苦しかった。ケド、与えられたらもっと苦しくなった。
怖くなった。
失うことが怖い。
最初から手に入ってなんかいないのに。
どうせすぐに終わるのに。
それでも確かに幸せで、もうこの手を離すことなんてできない。
もう、遅いんだ。
もう、戻れない。
だから、これが終わったら、終わりにしよう?
笑ってアンタにサヨナラをして、全部終わりにしよう。
だから、それまでは。
アンタが俺の手を離すまでは。
この、幸せな夢に浸っていよう。



静かで、穏やかな時間。
毎日同じことをただ繰り返すだけの毎日。
何の変化もない、ぬるま湯のような世界。
終わりが見えてるというのは、なんて穏やかなんだろう。
ただ全てが優しくて暖かい。
何も望まずに、幸せだけを感じていられる。
生きていたかったワケじゃない。
死ぬのが面倒だっただけ。
なのに、いつの間にか必死に生きようとしてたのかな。
なんだか、もうすぐ終わるっていうコトに、すごく安心する。
いつか捲簾との関係が壊れてしまうと思っていた時はあんなに苦しかったのに、変なの。
やっぱ勘違いして期待なんかしちゃってたのかね? 我ながらバカだな。
ちゃんと、身の程をわきまえてればこんなに楽だったのに。
毎日毎日、同じことを同じように繰り返す。
昼過ぎに起きて、飯を食って、ぼんやりして、仕事へ行って、帰ってきて、風呂に入って、寝る。
淡々と、それを繰り返す。
時々捲簾とメールしたり、天蓬とラインしたり、八戒と話したりして。
そういや最近煙草減ったな。なんでか吸いたくならねぇんだよな。だから吸わないだけ。吸わなけりゃ減らねぇから買いもしない。財布の中身が全然減ってない気がする。むしろ財布を最後に使ったのいつだろ。つか、財布どこやったっけ。
ああ、少し日射しの色が変わった。普段ならもう少ししたら仕事へ行く時間だけど、今日は休みだから何もない。
今日は八戒は大学だけかな? カテキョあんのかな? わかんねぇけど、まだ帰ってきてはいないみたいだ。ソファーから見える範囲には誰もいない。最近は帰りが早くてこのくらいの時間には家にいることが多いケド、アイツ実家放置してんじゃね? 実家はやっぱり好きにはなれないみたいだけど、それでも大切にしてるのを俺は知ってる。
そーいや、八戒にも甘えっぱなしだったよな。
ホント、俺には勿体無いくらい良いヤツで、なんで俺なんかと友達をしてくれてたんだろうな。大学と実家のコトとで忙しいくせに俺の家の家事までしてよ。
そろそろ電気つけねぇとな。
転がっていたソファーから起き上がって部屋に明かりを灯す。時刻は17時30分。しばらくぼんやり時計を眺めてから、ふと思い立って流しの前に立った。
暇だし、タマには飯作ってやろう。
冷蔵庫を開けて中を確認する。キレイに整頓されてるのが八戒らしくて、笑ってしまう。
俺の腕じゃ大したものは作れないけど、いっか。そうだな、んー、とりあえず野菜炒め(肉多め)かな。
目についた野菜を出して、洗って、切っていく。料理はできないワケじゃない。ただ面倒くさいのと、八戒のが上手くて自主的にやってくれるのとで普段やらないだけだ。俺が切ると野菜の大きさもバラバラだしな。だから火の通り具合もマチマチで、生っぽいトコもあれば柔らかいトコもある感じ。まぁ、野菜だし腹壊しゃしねぇだろ。
「ッ……!」
あー、手ェ滑った……。久々だからかな。やっちまったぜ。
じわっと指に血が滲む。まぁでも、そんなに痛くもねぇから深くもねーだろ。
水を出してさっと汚れを流し舐めようとしたら、傷口から赤い液体がパタパタと落ちた。あれ、もしかして意外と深い?
少し血を吸って口を離せば再び血が溢れ出す。仕方なくキツく吸って傷口を見てみれば、ぱっくりと口を開けた傷口からなんか白いのが見えた。
あー、これかなり深いわ……。あんま痛くねぇから気付かなかったケド。
とりあえず心臓より高くしてみるか。
持ち上げた手からパタパタと血が落ちる。
……こんな映像、見たこと、ある。
蛍光灯に照らされる赤い色。
『アンタナンカ――』
ああ、あの時だ。
兄貴が母さんを殺したとき、だ。
目の前で溢れる、赤。
この瞳と、髪と、同じ色。
ああ、なんだかすごく可笑しい。
吹き出しそうになったその瞬間、包丁を握ったままだった俺の手が勢いよく弾かれた。
「何してるんですッ!?」
「ッ!?」
俺の手から離れた包丁が床を滑ってカラカラと音を立てる。
びっくりしてみれば、ものすごい顔をした八戒が手を弾いた体勢のまま俺を睨み付けていた。
「……どした?」
八戒は真っ青な顔色して、少し震えてた。
なんかあったのかな? ヤなコトとか、ツラいコトとかあったのかな? お前にそんな顔させるなんて、相手スゲェな。
良く解らなかったけど、とりあえず八戒を安心させようと微笑んで見せれば、八戒の顔が歪んだ。
……なんでお前そんな顔してんだよ。途方に暮れて泣き出す寸前みたいなそんな顔、お前にゃ似合わないぜ?
血で汚れていない方の手で八戒の頭を抱き寄せて撫でてやる。もう大丈夫なんだと、お前を苦しめるモンは無いんだと示すように。
「……ッ」
小さく呻いて八戒は俺の肩に額を押し付けて、縋りついてきた。少しキツいくらいの力で抱き締められて、そのあまりに必死な様子にオトコよりキレイな姉ちゃんのがイイなーなんて軽口すら言えやしない。
しばらくそうしていると、ようやく八戒は腕の力を緩めてくれた。
「無事で良かった……」
震える声で零れるように囁かれた言葉に、キョトンとする。
「無事でって……。大げさなんだよ、お前は。夕飯作ろうと思っただけだっつーの」
「夕飯……」
のろのろと八戒の身体が離れてくれたので、血が落ちないようシンクの上にくるようにしてた手をまた上げる。腕を伝った血が肘からポタポタ落ちた。つか、野菜は無事か?
俺の視線を追うように八戒も流しを見て、心底ホッとしたような顔をした。
「料理しようとして手を切るとか馬鹿じゃないですか?」
「わーるかったな。久々過ぎて手が滑ったんだよッ!」
言われなくても解ってるっつーの。あー、みっともないトコ見られた。
「取り敢えず手当てするので、ちょっと待っていてください。救急箱持ってきます」
「いいって。そのうち止まるだろ。帰ってきたばっかなんだからのんびりしろよ」
「気になってのんびりなんて出来ませんよ。だから大人しく手当てされください」
「へーへー」
大人しくそのまま八戒を待ってると、八戒はコートを椅子に放ってすぐに部屋のすみから救急箱を持ってきてくれた。こんな雑な八戒はあまりお目にかかれないので、珍しい。
「出血が激しいので、ちょっと縛りますよ」
「おー」
傷口の手前をぎゅっと縛られて、血の出方が緩やかになる。手早くピンセットに脱脂綿を取り
消毒液をつけると傷口の回りの血から拭っていく。
「染みますよ」
消毒液まみれの脱脂綿が傷口を撫でていく。縛っているせいで血は滲んでも溢れるほどではないので、やっと傷口を観察できた。なんか、意外と深くて長いかも。
「これ、縫った方がいいかもしれませんね」
「めんどくせーからいいよ、テープかなんかで固定しときゃ」
夕飯作ってて手を切って病院なんてなぁ。面倒以前に恥ずかしいわ。
仕方なさ気にため息をついて八戒はガーゼを取った。俺が時々ケンカしてケガしたりするからコイツは手当てに慣れているので、心配もいらない。ホントに良くできた同居人だ。あの時拾って良かったなぁ。なんてぼんやり見ていると、八戒はまた傷口に脱脂綿を当てていた。つか、突っ込んでる?
「八戒サン?」
俯いている八戒の表情が解らなくて問えば、顔を上げないまま八戒は口を開いた。
「痛くないんですか?」
「へ? うん、平気」
「……そうですか」
ようやく脱脂綿を離してくれた八戒はそのまま手早く手当てを済ませて救急箱を閉じた。
「夕食の続きは僕がやりますから。手は濡らさないで、しばらくはあまり使わないでくださいね」
「ぇー……」
まぁ、仕方ねぇケドよ。利き手じゃないだけマシっちゃマシか。救急箱を仕舞うとコートを部屋にかけにいった八戒はすぐに戻ってきて流しに立ち血を流し始めた。
「でも、珍しいですね、夕食作ろうとしたなんて」
「ん。暇だったし? なんとなくな」
結局作れなかったケド。つか、八戒に余計な手間かけさせただけかも? 作りかけの料理の続きとか、一から作るより面倒くさそう。なんとなくソファーではなく食卓の椅子に座って八戒の後ろ姿を見るとはなしに眺めてみる。切り方バラバラな野菜炒め予定がどうなるのかちょっと楽しみだ。視線の先で八戒はザルを出して、すでにフライパンに突っ込まれていた不揃いな野菜を選り分け始めた。火の通りが早そうなのをザルに入れている。こーゆーひと手間を惜しむから俺は雑だって言われるんだろうか。まだ切ってなかった野菜も切って火をつけ、フライパンの野菜の上から後追いで油をかける。熱したフライパンに野菜をとまでは言わないのが八戒らしい。さっと油を馴染ませるように炒めると選り分けた野菜を追加してまた炒め、それから八戒はフライパンに水を入れた。どうやら不揃いな野菜たちは野菜炒めから出世したらしい。
「ねぇ、悟浄」
「ん?」
「コートのポケットに忘れ物をしてしまったので、取ってきて貰えませんか?」
「は?」
なんで? 今急ぎで必要なモノなの? 料理終わってからじゃダメなのか? 俺に取りに行かせるほどとか、別にいいけど疑問にはなるぞ。
「紙なんで、直ぐに解ると思います」
紙。
それこそ後でもいいんじゃ。
と、思いながらも気になったので素直に八戒の部屋へと向かう。キレイな、物の少ない部屋。相変わらず整理整頓という標語の手本みたいな部屋だ。探すまでもなく、コートは柱に打ちこんだフックにかかっていた。
「ちょーっと失礼すんぜぇ?」
本人に頼まれたとはいえ他人の服のポケットを漁るなんて微妙に気が引けるワケで、なんとなく断りを入れて俺はコートのポケットに手を突っ込んだ。右ナシ、左ナシ。あれ? どっちのポケットにも紙は入っていない。というか、空だ。んじゃ、内ポケットか? 律儀に留められているボタンを外し内ポケットを漁ると、手に紙の感触。これかな?
引き抜いてみれば4つに折ったA4の紙が出てきた。厚くも薄くもない、3枚くらい? まぁいいか。
コートのボタンを留め直して紙を持って部屋を出る。中身が気にはなるけど他人のモンをホイホイ見るのもどうかと思うし我慢した。覗き見なんかしたらバレた時が怖いしな。
「持ってきたぜ」
この紙をどうすりゃいいのか解らなくて歩きながら聞くと、八戒は特にこちらを見ることもなく言った。
「中見てもいいですよ」
ますますもって意味が解らない。しかもそのもったいつけたような言い回しはなんなんだ。
不可解に思いながらも手元の紙を開く。中は印字された文字。ナニコレ。
「調査結果……?」
「言おうか言わまいか迷ってましたが」
八戒は、火を止め菜箸も置いて振り返り、正面から俺を見た。
「貴方に無断で捲簾さんの事を調べました」
「…………え?」
捲簾のコトを、……調べた?
「うちにお抱えの探偵がいるのは知ってますよね? 彼に依頼しました。それで、それが調査結果です」
手の中の紙には確かにそう書いてあった。調査対象者――『捲簾』と。
ケド、ケドよ。
「こんなんが調査結果だっての?」
思わず口端を持ち上げて笑っちまった。なぜならこの調査結果は穴だらけだからだ。
基本情報こそあるものの、趣味や資格、経歴みたいな少し突っ込んだ内容は全て空白。不明と特になしのオンパレード。更に誕生日は10月10日、血液型はO型、身長180cm、体重80kgと、怪しげな上にスリーサイズは全て100cmとか、ドラえもんかっての。本籍地も東京都千代田区千代田1-1ってどこだよ。
「皇居ですよ。本籍地として人気がある場所です」
俺の思考を読むな……。つか、皇居って住んでねーじゃん。いいのかよ。いや、人気があるってことはいいのか。えー、でも捲簾ってそういうタイプには見えねーんだけど……。
「あ、これ住所違う」
住所の欄。詳しい番地とかはわかんねーけど、区が明らかに違う。隣り合ってもいない。しかも住所ってだけだと、単に役所への届け出がって可能性もあるけど、その他の居所『無し』って……。
「いい加減にも程があるだろ。こんなテキトーなのを調査結果ってさぁ。しかも、お前がこんなの信じちゃうワケ?」
嘲笑うように八戒を見返す。冷ややかな目で。
本人の了承もなく、勝手に調べ上げるとかさぁ。
けれど、八戒はそんな俺の視線になぜかため息を吐いただけだった。
「やっぱりですか……」
やっぱりってナンだよ。
その反応にイラッとして視線に力を込めると、視線を上げた八戒と真っ正面から目が合った。
「ねぇ、悟浄、落ち着いて聞いてください」
落ち着いてるさ。苛立ってはいるけど、まだ全然冷静だ。無言で続きを促す俺に、八戒が言葉を続ける。
「捲簾という人間は存在しません」
「…………え?」
「捲簾という名は十中八九偽名です。調べても何も出てこない。基本情報だけは存在しますが、本当かどうかはひどく怪しい。事実、住所1つ取っても貴方が知っている物とは違う」
「…………」
「悟浄、貴方、利用されてるんじゃないですか?」
……何を言っているんだろう、八戒は。
頭が真っ白になって上手く思考がまとまらない。何も考えられない。
だって、捲簾が存在しないって何だよ。確かに俺は会って、話して、触れたんだ。じゃああれはなんだってんだよ。利用とか、なんでそんなこと捲簾がする必要があるんだ。卑下でもなんでもなく、俺に利用価値なんてないだろうに。だいたい、偽名って。全部嘘ってコト? どこからどこまで? 俺に見せてたモノ、全て?
――だから?
「だから、ナンだっての?」
「……悟浄?」
「偽名で、嘘ついてて? そんで俺を利用してて? だからナンだっての?」
そうだ、簡単なコトじゃないか。
「例え大嘘つきの犯罪者だとしても、捲簾がそこに居ること以外に大事なことなんてねぇよ」
それが真実。俺が見ている捲簾、それだけで、他のコトなんか知らない。本当のコトなんてどうでもいい。だいたい最初から俺との関係自体ただの嘘っぱちなんだ。イマサラ、真実なんて――。
利用でもなんでもしてくれればいい。だってそうしたら、その間だけは、捲簾が俺を必要としてくれるから。
会えた時の優しい腕とか、甘い声とか、それだけで、他に何もいらないんだ。他のものはどうだっていい。俺が知ってる捲簾、それだけが全てだ。だから、俺が、俺が知ってる捲簾を好きだって、それだけでいーじゃん? だってそれ以上は、…………分不相応だ。
笑った俺に八戒はひどく辛そうな顔になる。何でそんな顔してんの。俺怒ってんだけど。だいたい勝手に調べて不機嫌になるとかどーなの。もう俺と捲簾のコトに関わるなよ。俺がこれでイイっつってんだからほっとけよ。て、八戒に一度ガツンと言わねーと。
口を開きかけた俺を遮るように、八戒は緩く首を振った。
「解りました……」
何がだ。
「でも、一つだけ約束してください」
「何勝手な……」
「いなくならないでください」
真剣すぎる言葉に、なにも言えなくなる。さっきまでの怒りも、何言ってんだとも。てか、いなくならないでって、ここは俺の家なのにどこ行くって……。
違う。
八戒が言ってるのは多分そのことじゃない。
家とか、部屋とか、そんなんじゃなくて。
おかしいな、なんでバレたんだろう。
きっと、八戒が言っているのは――。
「八戒」
ヤバい、俺今どんな顔してんだろ。ポーカーフェイスをしなきゃ。バレないように。気付かれないように。最終的には八戒だけには、すぐにバレてしまうのだろうけど。だってコイツはここに住み着いてるんだから。
それでも、その時まで、気付かせてはいけない。
「何ですか?」
悪ィな。
ホントの言葉は隠して違う言葉を唇に乗せる。
「何言ってんだか意味わかんねーよ」
俺が全てを終わらせようとしていることは、誰も知らなくてイイ。
終わる前も、終わってからも――。



午前2時に仕事を終えて、店を出た俺は、タクシーを拾おうと大通りへ足を向けた。同僚数人とふらふら道を歩いていく。他のヤツらはメシを食いに行くみたいで、俺も誘われたけど断ったら、最近付き合いが悪いと言われちまった。確かに、この頃誰かとつるむことが無くなったかもしれない。なんか、そーゆー気分にならないから。
ヤツらが飲み屋街の小道に消えていくのを見送って、タクシーを拾うために車道に向き直ったその時、名前を呼ばれた。
「悟浄」
聞いたことある声、見たことある顔、微笑む女。
「…………なんか用? 明里さん」
車道を走る車のライトに照らされて、頬を赤らめて微笑んでる明里さんが立ってた。こんな時間なのに一人で。
「お仕事お疲れ様」
ゆっくり歩いて来て、ためらうこと無く俺の腕に自分の腕を絡み付かせる。ふわりと舞う髪。
女の夜道の一人歩きは危ないなんて気遣いよりも、その微笑みに意識を奪われる。
何の含みも無い幸せそうな微笑み。
おかしいだろ。
店に出禁になってから会ってもいないのに。そのことで恨んでるとか怒ってるとかなら解る。俺のコトなんてもうなんとも思ってないってのもまだ解る。けど、この幸せそうな微笑みはそんなんじゃない。
ゾクリと背筋を悪寒が走る。なのに、彼女はそんなことには全く構わず俺の腕を引いた。
「ねぇ、悟浄。少しだけでいいから話をしたいの」
「俺には話すことなんてねぇよ」
足を動かさないまま冷ややかに言うと、彼女は驚いたように俺を見て、そして少しだけ目を伏せた。
「悟浄、可哀想」
「……?」
「ううん、解ってる。そう言えって言われてるんでしょ?」
なんだソレ……。
「私は解ってるから大丈夫よ。悟浄の事、教えてもらったの。どうしてこの間お店であんなことしたのかも」
顔を上げて彼女はじっと俺を見た。その瞳に違うダレカが重なる。
「辛かったでしょう? もういいのよ。私には嘘なんか吐かなくて」
なんだろ、これ夢なのかな。そしたらもう目覚めたいんだけど。ヤベェ、なんか全然現実味が無い。
「ね、だから悟浄、一緒に行きましょう? みんな悟浄の事心配して、相談に乗ってくれているのよ」
ぐいっと腕を引かれる。
行くってどこへ? ってか。
「……みんな?」
少しフラついて数歩踏み出した足が止まる。
動かない俺に焦れたように彼女が俺をまた引っ張る。
「親切な人たちが悟浄の事教えてくれたの。その人たちね、悟浄の事も心配してる。だからそこへ行けば相談に乗ってくれるって言ってくれてるのよ」
予想外に強い力で腕を引かれ、よろめく。
そーいや前に言ってた気がする。『親切な人達』が一緒にいてくれたって。てか、これもしかして明里さんが俺を連れていきたいんじゃなく――。
ザッと立ち止まって腕を払う。
「離せよ」
「どうして?」
腕に引っ付いてて離れやしねぇ。あーもー。女に手ェ上げたくねぇのに。だからと言ってこのままなんて。
「もう大丈夫なのに! 悟浄は、あんな恋人なんかに縛られなくても……!」
「ッ……!!」
瞬間脳が沸騰して真っ白になる。手加減なんてどっかにブッ飛んで、思い切り腕を払った。
「きゃ……!」
投げ出された彼女の身体が少し飛んで、バランスを崩す。コケようが車道に出ようが知ったことか。
冷めた瞳で見つめる先で、横から出てきたヤツがそんな彼女の身体を抱き止めた。見知らぬ男。
邪魔すんじゃねーよ。
そう思って思い切り男を睨み付けると、ソイツは俺を見て眉を跳ね上げニヤリと笑った。
「若いっていいねぇ。その目、とても魅力的だぜ?」
男を追うように別の男達が路地から出てくる。
「…………」
ヤバいな、囲まれた。しかも人数が多すぎる。10人は越えてる。無関係……なワケねーよな。
「なんか用? 俺家帰りたいんだけどー?」
「別に帰さないなんて言わないさ」
「あーそーぉ? んじゃサヨウナラ」
踵を返し一歩踏み出すと、囲んでいた男の何人かがザッと道を塞ぐように進み出る。
「そんなツレないこと言うなよ。少し話そうぜ?」
背後から明里さんを抱きかかえた男が楽しそうに言った。
「あいにく、ヤロウと話すほど暇じゃねーのよ」
男どもに構わず足を踏み出す。
「待ちやがれ!」
すぐ前で道を塞いでいた男が肩を掴もうと手を伸ばす。それを半歩歩くコースを変えるだけで避けて、逆に肩を掴んで下へ押し付けると、バランスを崩した男は地面へと倒れこんだ。先に手を出したのはソッチだから、正当防衛ってね。
「テメェ!」
俺を取り囲んでいた男達が一斉に臨戦態勢になる。イイねぇ、シンプルでよ。反撃の体勢を取り、目の前の男に踏み出そうとした瞬間、横から明里さんが俺の腕を抱き込んだ。
「止めて! 大丈夫よ、この人たちはいい人なの! 困ってた私に悟浄のところへ行く手助けもしてくれたんだから!」
掴まれていない方の手で明里さんを引き剥がそうとすると、さっきの男が楽しそうに言った。
「おやおや、女性には優しくしないと。女好きの名が廃るぜ?」
「女なら誰でもいいわけじゃないんでね」
口だけで笑って見せると、強引に明里さんの腕を掴んで引き剥がす。
「どうして!? どうして解ってるくれないの!? 本当に私もこの人達も貴方の事心配してるのに!」
「余計なお世話だっつーの。だいたいアンタらナニが目的なのよ?」
前に店に来た明里さんが言ってた『親切な人達』。多分コイツらのことだ。どう見ても初対面ってカンジじゃない。そんで、コイツらは多分ただの親切なヤツらの集まりじゃない。明里さんのために俺を連れて行こうとしてるワケじゃない。とすると、初めからコイツらの目的は、俺自身? 明里さんの手助けじゃなく、明里さんを利用していた? いつからかなんてわかんねーけど、多分臨時収入の時にはもうヤツらに踊らされていたんだろう。あの金は情報料だったに違いない。でも、あの時なんの話したっけ。大した話はしていない。ただ……しつこく聞かれたのは――『恋人』の話。
「何も聞いていないとは驚きだ」
心底愉しそうな、嫌なカンジの笑みを浮かべた男がポケットに手を入れる。そこから何を出されても対処できるよう、悟られないように身構える。
頭の中でずっとバラバラだったパズルのピースが一気に組上がっていく気がした。
しつこく聞かれた『恋人』の事、教えて貰えない『捲簾』の仕事、そしてあんなところに住んでいる理由――。
内容は解らないけど、捲簾は多分危ない仕事をしてるんだろう。だから俺に何も話さなかったんだ。情報を扱う調査員って、探偵かなんかだ。で、コイツらはおそらく捲簾を狙っていて……。
スッと頭が冷える。
ヤバい、これ捕まったらマズイ。
コイツらが俺に接触してきた理由――それは多分、人質。
隙あらば反撃しようとしてた体勢を、逃げる方へと切り替える。目的が俺ならいいんだ。何があったとしても、自業自得だし諦めもつく。誰にも迷惑はかけないだろう。ケド、目的が捲簾だとしたら? 俺をエサに捲簾をとか、絶対にさせられない。捕まれない。絶対に逃げねぇと。
目の前の男は、ポケットから煙草を取りだし口にくわえ、ゆっくりとそれに火をつけた。
「だが、君は彼のアキレス腱だ」
ふっと、煙が吐き出され闇に溶ける。それを追ったヤツの視線が、俺へと流れた。すごく冷たい、刺すような瞳。
「一緒に来てもらおうか」
「お断りだね」
条件反射で言い返した言葉に、ヤツが笑う。
「君の意見は聞いていない」
その指から火が点いたままの煙草が離れた。緩く放物線を描いて俺へと飛んでくる煙草に一瞬意識を奪われたその瞬間、後頭部に衝撃を受けて意識がブレる。よろめいた身体を左から地面へと叩き付けられて、そのまま右のヤツに押さえ込まれる。
ヤバ……。
「無駄な労力を払うつもりはないんでね」
地面に押さえつけられている俺の目の前に座ってソイツが笑う。唯一自由の利く目で睨むと、ヤツはもう興味を失ったように立ち上がった。
まだ終わりじゃねぇよ。こんなアッサリ捕まってたまるかよ。ギリ……と手のひらを握り締めた瞬間、後ろから顎を捕られ、顔を思い切り上げさせられる。喉が詰まって呼吸が止まった。そこに横からつき出されたタオルで鼻と口を塞がれる。顎から手が離れ、今度は後頭部を捕まれ地面へと押し付けられた。喉が解放され、酸素を取り込もうと喘ぐ。
「ッ……」
ヤバい、これ、なんか染み込ませてある。くらりと視界が回る。なんだこれ。吸いたくねぇのに、呼吸困難だった反動で呼吸を止めることができない。意識より先に身体の自由が利かなくなる。力が抜けて抵抗もできずに意識が闇へと落ちていく。
ちくしょう。
あーもー、捲簾、ゴメン……。



……なんか、寒い……?
ぼんやりしたまま布団を探して手を動かそうとして、でも動かなくて、少しずつ意識がはっきりしてくる。
ここ、どこだ……?
ぐるりと視線を巡らせると、知らない部屋。物の無い、部屋。
どうやら俺はフローリングの床に転がされているらしい。寒いワケだ。動かない手は、まとめて後ろで拘束されているようだ。足は自由だけど。
「お目覚めかい? 気分はどうだ?」
聞き覚えのある声に、そちらを見ようとするが、後ろで見えやしない。適当に転がしすぎだろ。仕方なくごろりと転がってそっちに身体を向けると、捕まった時に話してた男が座っていた。もちろん一人じゃなく、後ろと両脇に10人くらいのヤロウどもが立っている。
「煙草吸いてーなぁ」
あー、声掠れてる。この寒いのに床に寝てたんだ、風邪引いたかもしんね。人質の扱いが荒いっつーの。なんてな。
「吐き気や幻覚症状は無さそうだな。慣れてるのかな?」
ナニ嗅がせてくれたのよ……。ただ眠らせるだけってヤツじゃないんだろう。下手したら……つか、十中八九ドラッグなんじゃね? まぁ、初でもねぇし、イマサラそのくらいのことで騒ぎはしねぇけどサ。つか、俺どのくらい意識失ってたんだ? そんなに時間は経ってないんだろうが、普段の行いが行いなだけに、丸一日行方不明程度じゃ誰にも気付かれない自信があるぞ。
そんな俺の前で男は俺に手をかざして見せた。その手には、俺のスマホ。
「俺らも困っててね」
音もなく画面が表示される。パスワード入力のロック画面。最近捲簾といい、もしかしたら八戒も、俺のスマホを見ていないとも言い切れない……というか、俺の物は自分の物だと思っているような気がして、この間ちょうどパスワードを設定したトコだった。
「仕事熱心なのはいいんだが、だから何でもしていいって訳でもないと思わないか?」
「やましいとこがある方が悪いんじゃね」
やっぱり捲簾の仕事関係が原因らしい。こんなヤツらがいるんじゃ、あんなセキュリティのトコに住むのも納得だ。
「綺麗すぎる水には魚も住めないさ」
スッとヤツの指が画面をなぞる。パッと表示が切り替わってホーム画面が表示された。なんでパス……。
「彼は余り外部に親しい人間が居なくてね」
迷いの無い手つきで操作し、ギャラリーから動画を開く。それは、この間捲簾が撮ったハメ撮りで……。ほとんど自分しか写ってないのに、それでも消せずにいたヤツ。
「まさか『恋人』がこんなに可愛い子だったとは思わなかったよ」
嫌味だろーか。かわいくなくて悪かったな。
「君には悪いが、少し付き合ってもらう」
さて、どうしたもんか。
「アンタらさぁ、マジで俺なんかが使えるって思ってンの?」
明里さんを使ってたんなら捲簾と俺がどんな関係かだって知っているだろう。その上で利用価値がある恋人だなんて本気で思ってる訳はないハズだ。
「俺なんかエサにしたって、誰も来ねぇよ」
それが事実で、そうあればいいとも思う。こんなことで、俺なんかのヘマで、捲簾に迷惑なんてかけたくない。
「ダメならダメでいいさ」
笑顔のまま、ヤツがアドレス帳を開く。
「試してみれば判ることだ」
一度も使われたことの無い捲簾の番号。それをタップして、ヤツはスマホを俺に向けた。
ハンズフリーになってんだろう。スピーカーからコール音が鳴り響く。一回、二回……いっそこのまま出なきゃいい。そう思った瞬間、声が響いた。
『ハイ。どうした?』
捲簾の、声。
細く息を吐いて、無表情を作る。
『悟浄? どしたよ?』
無言電話に、捲簾がもう一度聞いた。けど、俺は何も言えない。普通に出ることはできるけど、コイツらが何か言ったら終わる。だったらただの無言電話にしてカバンの中でなんかに押されてかけちゃったかも、とか、落としたから知らねーヤツがかけたんじゃとかそっちの方がマシだ。
そんな俺の思考を読んだかのように目の前の男が笑った。
「初めまして、かな?」
『……誰だ?』
一気に捲簾の声が低くなる。
「名乗る程の者じゃないさ」
『悟浄に何をした?』
「まだ何もしていないが、この先は君次第だ」
『……へぇ?』
低くて冷たい声。こんな捲簾の声、初めて聞いた。無表情のまま、人を殺すくらい簡単にやりそうな声。怖い。ああ、でも、これなら大丈夫かも。絶対に俺を助けには来ないだろう。ヘマしやがってって、怒るか呆れるかして終わるだろう。良かった。アンタに迷惑をかけるのだけはイヤだったから。
『声くらいは聞かせてくれるんだろ? 本当にソコに居るって証拠によ』
「だそうだ。何か言ってあげたらどうだ?」
「…………」
言えるワケ無い。ここに俺が居るって、バレちゃいけない。俺が声を出さなければ、ここに居るってバレなければ、この交渉は成り立たない。だから捲簾に悟られてはいけない。……心配かけちゃ、いけない。
黙ってる俺に焦れて、脇に立っていた男が一人俺に歩み寄ろうと足を踏み出した。それを手で制して、ヤツは笑った。
「何も言いたく無いみたいだ。余程君に心配かけるのが嫌らしい」
『イイコだろ?』
「ああ。ついでにとても可愛いね」
『イイ趣味してんじゃねぇか』
「光栄だな。それじゃあ取引の話をしようか」
悔しくて手を握りしめる。
「誰にも言わずに一人で13時に悟浄君の店の二本裏の通りだ。その先はそこで案内する」
『オーソドックスだな』
「一周回って王道の良さに気付いたんでね。こちらの要求に従ってくれれば彼は解放しよう。どうだい?」
『選択肢なんてねーんだろ?』
その捲簾の返答に、ヤツは嘲るような笑みを浮かべた。
「まさか君にこんな弱点が出来るなんてね。愉しくてたまらないよ」
『…………』
「彼を助けたければ大人しく従うことだ。期待してるよ」
スッとヤツの指が動いて、通話が終わる。そのままスマホの電源も落とされた。これじゃGPSも使えない。
「まだ時間があるから、君もゆっくりするといい」
「こんなカッコでかよ」
「彼と会えるまでの辛抱だ。少し窮屈かもしれないが勘弁してくれ」
会えるまで――?
「捲簾が来なかったら?」
「そうだな、その時は……経費は貰いたいから君をバラして売り飛ばすしかないな」
どうやら捲簾が来なければ、俺は殺されるらしい。別に生きていたいなんて思ってないから、ふぅんとしか思わなかった。うん、俺らしくてイイんじゃねぇの? どうせもうすぐ終わる予定だったし、それが早まっただけのことだ。もしかしたら捲簾に終わりを告げられてからより今の幸せな状態で終わる方が、幸せに終われるかもしれない。それにだ。多分コイツら、捲簾が来たとしても俺を解放する気、無い。最初は呼び出すエサ、呼び出せたらその後は捲簾をゆするためのネタに使うつもりだ。でなけりゃ身代金なんかの要求もなしに呼び出すワケが無い。
アンタが助けに来ないといい。俺なんか、見捨てていい。ってか、来てほしく無いんだ。なぁ、捲簾。頼むから、助けになんか来ないでくれよ――。もしそれで捲簾に何かあったら、俺は絶対後悔する。絶対に自分を許せない。
だけどアンタは優しいから、もしかしたら助けに来てくれるかもしれない。だったらその前に俺は逃げないといけない。
絶対に捲簾を来させてはいけない。
俺のせいで捲簾を危険な目にあわせるなんて、絶対に嫌だ。
ぐるりと視線を巡らせる。交渉が終わったってのに誰一人その場から動きもしない。隙を狙って逃げたいが、どうやら難しそうだ。全員無駄口一つ叩かず俺を監視している。室内ではあるが窓が無いところを見ると、マンションの一室ってワケでもなさそうだ。人数も多いし、どっかの組事務所とかの可能性が高そ。無駄そうだけど、ダメ元で大声でも出してみるか? いや、ダメ元に賭けるのは最後だ。ダメだった場合、それ以上動けなくなる。それなら少しでも可能性が高いトコから試していくべきだろう。
「なぁ、ションベンしてーんだけど」
お約束だけど一番ありがちな理由だ。まぁ、こんなんでどうにかなるなんて思っちゃいねぇけど。どうせそのうちマジで行きたくなんだろーし一応な。あー、でも尿瓶とか持ってこられたらちょっとヤだなぁ。つか、手ェ使えねぇじゃん。もしかして誰か手伝ってくれちゃったりする? うわぁ、捲簾以外にチンポ触られるとか結構イヤかも。
なんて思ってる俺を見て、ヤツはまるで今気付いたとでも言うように、わざとらしく眉を上げた。
「そうだな、どうしようか」
もったいつけるように言うと、下卑た笑いを浮かべる。その視線が変わる。執拗な、舐め回すような視線が俺の身体を上から下まで辿っていく。
「見える場所に傷が無ければ、用は足りるな」
「…………」
「彼が絶望して後悔する顔は、見ものだろうね」
心底愉しそうに笑うと、ヤツは近くの男に何か囁いた。言われた方の男は、小さく頷くとすぐに部屋を出て行く。
なんだ? 何をするつもりだ?
見える場所に傷が無ければってことは、殴られたり蹴られたりすることはなさそうだが、だったら一体――。
怪訝そうな顔で見る俺の視線に気付いているくせに、ヤツは何も言わずに椅子に座ったまま愉しそうに俺を眺めている。
「君も、彼と出会ったことを後悔するといい」
「ねーよ」
反射的に言い返すと、ヤツは弾かれたように笑いだした。
「いいね! いつまでそんな態度が取れるか楽しみだ!」
心底楽しそうに笑うヤツを睨みつけたとき、もう一度部屋の扉が開いた。見ると、入ってきたのはさっき出ていったヤツと、数人の男達。もともと部屋に居たヤツらとは違って、明らかにチンピラみたいなヤツら。
「うっわ、マジ上玉! いいんすか? こんなヤツと遊ばせて貰っちゃって」
「ああ、かまわない。ギャラリーは気せず好きにしてくれ」
「あざーっす!」
「でもマジでいいんすか? 仕込むんじゃなくて、好きにしちゃって」
「ああ。どうせ終わったらバラして売るだけだ」
「うっわ、鬼畜!」
「本人聞いてますよ!」
ゲラゲラと男達が笑う。
仕込むって、何だ……? まさか……。
チンピラ風の男達が俺の方へ歩いてくる。そして、しゃがみこんで俺の髪を掴み持ち上げた。
「いいねぇ、その目。落としがいがあるぜ」
「悪ィけど、俺キレイなネーチャン専門なんだわ」
相手の顔の前まで頭を持ち上げられて、頭皮が痛む。ケド、そんなん見せたくもねーから、口端だけを釣り上げて笑ったら、相手も同じようにニヤリと笑った。
「男が恋人なクセして良く言うぜ」
パッと手を離されてそのまま地面へと落下する。顔を打つのは避けたが、顎は少し打った。地味に痛い。
「おい、まだ使うんだ。見えるところに傷はつけるなよ」
「りょーかい。見えるトコじゃなきゃいいんスね?」
「勿論」
「だ、そーだ」
目の前の男が笑ってそう言うと同時に、左右から腕が身体に触れてくる。無遠慮に撫で回す腕がひどく不快で思わず眉をひそめた。一人や二人じゃないせいで、身体中を同時に撫で回されるのがイヤでたまらない。まだヤバイ場所には触れてもいないってのに。
すっと、腕が肩から胸を撫で回しそのまま降りていく。別の腕に少し身体を浮かされ、隙間からジャケットのボタンを外された。
「邪魔なんで、一回コレ外しますよ?」
「ああ、かまわない」
シャツのボタンまで一気に外して、肘まで脱がせて止められる。手首辺りで何かされてる感じがして、ふっと手が自由になった。多分、ジャケットとシャツを脱がすために、手首を拘束を外したんだろう。
チャンスだと思い腕に力を入れた瞬間、腰を撫でていた手がパンツの上からチンポをキツく握りしめた。
「ッ!!!」
激痛に身体が硬直する。一瞬抵抗を忘れた隙にジャケットとシャツを腕から抜かれ、もう一度手首を拘束された。
「抵抗しても無〜駄」
楽しそうな男の声に、キツく歯を噛みしめる。
今度は晒された素肌を腕が撫で回していく。人の体温が妙に不快で、嫌悪に鳥肌が立つ。
「そうそう。トイレに行きたいんだったな」
相変わらず椅子に座っているヤツが、愉しそうに笑った。
「遠慮なくするといい。ソイツらが悦んで飲んでくれるさ」
「ハァ!?」
ぎょっとする俺の脇腹を撫で回してた腕が腰を撫でて、前に回った。カチャ…と音を立てて、ベルトが外される。そのままパンツのボタンを外し、ファスナーを下ろす音が響く。
息を呑んでキツく目を閉じたその瞬間、下着ごとパンツを足から抜かれた。
「おー、イイ身体じゃん」
舐め回すような視線を感じる。
悔しくて呼吸が震える。
こんな、ヤロウどもの中で一人だけ脱がされてるとか。しかも、こんなヤツらに、ヤられるとか。
「んじゃ、まー、愉しもっか?」
下卑た笑い。
悔しい。悔しい。畜生。
「誰からいくよ?」
「あ、じゃ俺一番手!」
うつ伏せにされて、腰をあげられる。そして何か冷たい液体をケツに垂らされた。ビクッと跳ねた腰を押さえられて、ケツに生暖かい何かが触れる。
「うっわ、前戯ナシかよ」
「相変わらずお前鬼畜だな」
「いーだろ? 壊すのが面白いんじゃねーか」
逃げようとしたわけでもないのに、腕が絡みついて身体を固定する。もう逃げられない。
入り口を少しだけ広げたところで、挿れようとしていたヤツの動きが止まる。
「ヤりまくってんのかと思ったのに、意外とキツイわ」
するりと腰を撫でた手が、そのまま腰を掴む。
「けど」
僅かに身体を引かれて、入り口を拡げていたモノが抜けていく。粘膜が抜かれるチンポのカタチに合わせて収縮していくさまをひどく生々しく感じて手を握りしめたその瞬間。
「ガバガバにしてやんよ」
「―――――ッ!!!」
言葉と共に、男のチンポが突き立てられた。閉ざされたままの内部を引き裂くように最奥まで犯されて、あまりの激痛に悲鳴すら声にならない。身体がこわばって全身に嫌な汗が浮かぶ。呼吸が震える。痛い。苦しい。
身体が異物に慣れるより早く、今度はズルリと内部を穿っていた熱が引きずり出された。粘膜を巻き込んで抜かれていくのに、内臓ごと引きずり出されているような錯覚すら覚えて身体がガクガクと震える。もう少しで抜けるってところで、再びソレが突き立てられた。
「―――ッハ!!!」
痛い。苦しい。壊れちまう。
苦痛に意識が混濁していく。目は開いているハズなのに何も見えない。何も聞こえない。
呼吸が引きつる。
「……ッア」
もうイヤだ。
誰か、―――誰か助けてくれよ。
ふ…と見えない視界に浮かぶ影。
優しい影。
思わず手を伸ばしかけて、でも出来なくて。
助けてよ。
もうこんな悪い夢見ていたくないんだ。
ああ、だけど。
だけど。
ギリ…と、手のひらに爪が食い込むほどキツく握りしめる。
捲簾。
『たすけて』
アンタだけは来なくていい―――。




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