BACK

貴方の腕で抱き締めて

【 act6】



暖かい手のひらが、俺の左の頬を優しく撫でた。触れられた場所からじんわりと、何かが俺の中に浸透していく。快感に似てるけど、違う何か。ゾクゾクしてしびれるような変な感じ。うっとりと目を閉じてその手のひらにすりよれば、暖かくて心地好くて泣きそうになる。俺の頬の傷跡をなぞるように指先が頬を撫でた。でも今はあの幻も見えない。捲簾の腕の中に居れば、あの声も届かない。
唇に柔らかい感触。うっすらと目を開けばすぐそばに捲簾の顔があって、キスされてるんだと解った。幸せすぎて顔が歪む。泣きそうになったけど、何とか堪えてたら、目を開いたままの捲簾と視線が絡んだ。イヤじゃないんだって伝えたくて微笑んで見せたら、捲簾も微笑んで俺の唇を舐めてくれた。それに応じるように口を開けば捲簾の舌が口内に侵入してくる。頬を撫でていた手が耳朶に悪戯をしてからうなじを撫で、そのまま俺の頭を逃がさないとでも言うように固定した。優しく触れていただけの唇の角度が変わって深く、貪るように舌が暴れまわる。
ゾクゾクする。上顎だとか、舌の付け根だとかを擽るように舐められて、応えるように捲簾の舌を舐め返していた舌の動きがどんどん鈍くなる。息があがってきて上手く酸素を取り入れられなくなり、喘ぐように口を開けば、それを許さないとでも言うように更に深く貪られて捲簾に縋り付く。二人分の唾液が混ざりあい溢れそうになるのを、必死で飲み込む。
あ……、酸欠になってきた。けど、止めたく無い。
クラクラするのを無視して捲簾の舌を吸ってたら頭が白くなってきて、酸欠で身体の力が抜けた。それでも捲簾に頭をガッチリ捕まれていたから、そのまま倒れ込むのは避けられたケド。そんな俺の状態に気付いてくれた捲簾は少しだけ唇を離してから俺の唇を舐め、ゆっくり俺の身体をベッドに横たえてくれた。
「そんなに飢えてた?」
ニヤッと笑い触れるだけのキスをしながら聞かれて、俺は腕を捲簾に回して引き寄せた。
「欲しくて死にそう」
耳元で囁いた声は無様に掠れてしまったが、仕方ない。引き寄せた捲簾の身体の重さがなぜだかすごく幸せをくれる。と、首筋に顔を埋めていた捲簾がいきなりソコに噛みついた。
「イッ」
思わず口をついた抗議に、捲簾は噛みつくのを止めて、多分付いたんであろう歯形を舐めてくれた。捲簾の荒くなってきた吐息が耳に触れ、首筋を舐めあげてきた唇が耳朶を甘噛みする。
「煽んな。久々だから我慢できなくなる」
我慢? 我慢なんてしなくていい。手加減なんていらない。捲簾の望むようにむさぼり尽くして欲しいから。
「イイよ。死ぬほどアイシテ?」
捲簾がびっくりしたような顔をして俺を見た。だから、少しだけ身体を起こして捲簾の唇に俺のそれを押し付ける。我慢も、気遣いもしなくてイイ。俺は捲簾のモノだから、捲簾の好きにしてイイ。嬉しいから。こうして、会えて、抱き合えて、触れてもらえる、それだけで幸せだから。
「お前からおねだりなんて初じゃね? どしたの?」
「イヤだった?」
「んな訳ねーよ。スッゲ嬉しい」
前髪をかきあげられてデコにキスをしてくれた捲簾に笑って見せると、捲簾も笑ってくれる。
すごく穏やかで、幸せな時間。こんな気持ちを捲簾も感じてくれてるとイイな。俺と居ることで、捲簾が少しでも楽しければイイ。そしたら、俺はそれだけで報われるから。俺が捲簾に貰ったモノ全て、嬉しかったことも、幸せだったことも、全部、捲簾に返したい。ありがとうって、伝えたい。いつか、――この時間が終わってしまう前に。
もう一度重ねられた唇は直ぐに離れて、降りていく。肌を辿っていく唇に身体の中の熱が上がり、もっともっと捲簾が欲しくなる。
「捲簾、俺もシたい」
その言葉に顔を上げた捲簾は、なぜか困ったように笑った。
「嬉しいけど、何かあったのか?」
「何かって?」
「……オネダリ、嬉しいなーと思って」
軽く皮膚を吸い上げ薄いキスマークを付けた捲簾の髪を撫でる。そっか、捲簾はオネダリされるの好きなのか。じゃあオネダリしなきゃだな。風呂に入った後らしい捲簾の髪は、いつもみたいにツンツンしてなくて、案外柔らかくてサラサラしててすごく手触りがイイ。
「お前すぐ我慢すんだろ? 何でも言って良いんだからな? 嬉しいからさ」
我慢なんてしてない。俺が何も言わないのは何も欲しいものが無いからだ。それでも、捲簾がオネダリして欲しいならちゃんとするから。
「なぁ、捲簾は、どんなコト言ったら嬉しい?」
俺には良く解らないから聞いたら、捲簾が怪訝そうに俺を見た。
「言ってる意味がわかんねーんだけど?」
「オネダリっつっても色々あるじゃん? こういうの言われんのが好きとか、こういうのはヤだとかさ」
「…………オネダリってそういうもんじゃ無くね?」
身体を起こして捲簾は俺と目を合わせる。
「オネダリって結局ワガママだろ? ワガママって、相手のために言うモンじゃねぇだろ。サービスで言われたって嬉しくねーよ」
キツイ視線で言われて言葉に詰まる。でも、そしたらやっぱり俺は何も言えない。捲簾がワガママ言われるのが嬉しくても、俺はそれを満たしてやれないじゃないか。
そんな俺の思考を表情から読み取ったらしい捲簾は、その視線を緩めた。
「あのな、悟浄」
捲簾が前髪をかきあげてため息を吐く。
「ワガママ言われて嬉しいのは、お前の欲しいものが解るからだ。お前が欲しいと思う事だから叶えてやりたいと思うし、叶えてやれたとき嬉しいと思うんだ。俺のためにわざわざ言われたって嬉しくなんかないんだよ」
……わかんねーよ。じゃあ、俺は捲簾の喜ぶコトを何もできないってコトかよ。ワガママなんて、欲しいと思うコトなんて……。
『……ンカ…………ニ』
おかしいな。捲簾の腕の中にいるのに、アノ声がかすかに聞こえる。
「俺を喜ばせようなんてしなくてイイから」
優しく降ってきたキスを、目を閉じて受け止める。
俺は何もできない。捲簾は俺にいろんなものをくれるのに、俺は捲簾に何も返すことができない。再び降り始めた唇に、何も言えなくなってただ熱い吐息を零す。
何ができるだろう。この優しい人のために、俺に何が――。
「ッ!?」
「他のコト考えてんな」
乳首を噛まれて引き戻された思考。……捲簾の言う通りだ。ヤってるときに他のコト考えてるとか、最低だわ。今は、捲簾の与えてくれる快感に集中しねぇと。噛まれた乳首を捲簾が見せつけるように舌を伸ばして舐める。と、少し染みて痛かった。必要以上に強く噛まれた気がする。なんで? もしかして、捲簾怒ってる? 何に? 俺に?
ああ、やっぱり俺は捲簾を不愉快にさせるばかりだ。何も変わらない。俺はいつだって誰かを不幸にすることしか出来ない。
唇に捲簾の指が触れた。なぞるように辿る指に食い付いて唾液を絡めるように舐める。口内を犯すように暴れる指に翻弄される。舐められてる乳首が気持ちヨくなってきた。少し染みるのが掻きむしりたいくらいキモチイイ。散々口の中で暴れた指が舌を撫でて抜けていく。捲簾の唇が肌を辿りながら降りていくから、この先の行為をシやすいように膝を立てて脚を開けば、それに気付いた捲簾はなぜかイヤそうに俺を睨んで目の前の皮膚に噛みついた。何が捲簾を不快にしてるのか解らなくて、途方に暮れる。噛んだ下腹部を今度はきつく吸い上げる捲簾を見つめる。今度は間違えないように、窺う。
頭、撫でてぇな。
空いてた手を持ち上げ、けれどそのまま自分の口に持ってった。撫でたい。けど、出来ない。俺が、手を伸ばすなんて。
半勃ちだったチンポを捲簾に舐められて、身体が跳ねた。咄嗟に上がりかけた声を、手を押し付けて飲み込む。亀頭をすっぽりと口に含み吸いつきながら、捲簾が唾液で濡れた指で俺のケツの穴に触れた。それだけで入り口がヒクリと震える。身体が快感を覚えていて、捲簾に与えられる何もかもを期待して熱くなってる。欲しい。捲簾が欲しい。犯して欲しい。捲簾にされたい。捲簾のモノだって、刻みつけて欲しい。
揉むように入り口を押してた指がつぷりと一本入れられた。一本くらいなら全然平気。いくら男の指だっつっても、普段出してるモノもある程度の太さはあるわけだし。まぁ、指はすぐ抜けてくわけでもねぇけど。指を揺するようにされて、じわりと快感が這い上り思わず捲簾の指を絞めつける。ダメだ。絞めたら捲簾がやりにくい。でもキモチヨくて身体が言うことをきいてくれない。久々だから、身体が止まれない。捲簾とするのもだけど、女とも、てゆーか自慰すらしてなかったから。
含まれた口の中でチンポがビクビク跳ねて、先走りが溢れるのが解る。捲簾が口を開いたらしく竿を熱い液体がドロリと伝った。溢れた液体で濡れた指が玉を揉みこむように撫でたと思ったら、そのままナカに侵入してくる。増えた指で拡げられる感覚に、快感が溢れる。根元まで挿れられた指が、絞めてしまう入り口を押し返すように揉み内壁を擦る。最初はキツくて押し返す程度だった指の動きが、だんだん激しくなってグチュグチュと音をたてはじめた。そんな音が自分から、しかもそんな場所からしてるという事実に羞恥が込み上げる。
「ッ……」
グプッと空気が押し出されるような音とともに3本目の指が押し込まれる。快感と羞恥にキツく目を閉じて指を噛んだ。内壁を擦られる度に身体が跳ねて、チンポの先端だけ捲簾の口内に含まれてるもんだから、跳ねる度に喉を突くほど深く飲み込まれて快感の連鎖に身体の熱がどんどん上がっていくのを止められない。
キモチイイ。ヤバい、もうイきそう。
捲簾に訴えたいのに、今口から手を離したら声を上げてしまいそうで何も言えない。3本の指がグチュグチュと音をたててナカを拡げ前立腺を強く押していく。我慢しようと下腹に力を入れれば逆に飲み込まされている指を締め付けてしまい更に追い詰められた。身体中に力が入ってて足の指まで握りこむみたいに丸まってる。ヤバい。内股が痙攣してきた。も、無理。イく。出る。ぐらぐらして、なんも考えられない。出る。ダメだ。このままじゃ捲簾の口ン中に出しちまうッ……!
切羽つまった俺の状況に気づいてくれたらしい捲簾が指を抜いてくれた。ホッとして指の抜ける感触に堪えようとしたとき、抜けかけた指が再び俺の内壁を抉った。グチュッという音とともに思い切り前立腺に指を突き立てられて、俺は目を見開いて仰け反った。
「―――ッ……!!!」
限界を超えた熱が勢いよく吐き出される。捲簾の、口の中に。
頭が真っ白になって止めようもなく、ドクドクと吐き出してしまってる途中で思考が戻ってきたけど、止められるワケが無い。飲み下す喉の動きに身体を震わせながら、全てを捲簾の口の中に吐き出してしまう。……しかも、飲まれた。俺の精液、捲簾に飲まれた……。
喜んで良いのか嫌がれば良いのか解らなくて、困る。嬉しい気持ちは確かにある。けど、同じくらい飲んで欲しくない気持ちもあるんだ。初めてでもねぇけど、怖くて。だって、期待しちまいそうだから。受け入れてくれるって、あんなものを飲んでも良いくらい、俺を好きでいてくれてるって、期待してしまうから。そんなこと無いって、解ってるのに。
力が抜けた身体をシーツに投げ出して期待しないようにキツく目を閉じる。大丈夫。勘違いなんかしない。だから大丈夫。
溜まってたせいで一回出したくらいじゃ萎えないチンポを捲簾は口から出し、ずるりと内壁を擦って指も抜く。そして、捲簾は体勢を起こして膝裏を掴み、軽く開いてた俺の脚を思い切り開かせた。捲簾に全てを晒す体勢だけど、羞恥はなぜか感じなかった。そのかわり、不安が胸をよぎる。こんな、男の身体を見て捲簾は興奮してくれるのだろうか、と。少しでも、楽しんでくれてるだろうか、って。
ケツの穴の辺りに勃ってるチンポを擦り付けられて、少し安心した。勃つ程度には興奮してくれてるんだって。嬉しくて俺が思わず笑うと、捲簾はなぜか動きを止めて俺を見た。なんの表情も浮かべないまま、じっと。セックスの最中とは思えないくらい、勃ってるなんて信じられないくらいの冷めた瞳で。
また、なんか失敗しちまったかな……。
笑みが苦笑に変わる。
と、いきなり捲簾が俺の腰を掴んで強引に俺の身体を引っくり返した。びっくりして抵抗も抗議もできず、それでも顔からシーツに突っ込むのは手をついて避ける。てか、腰を回されたもんだから上半身が後からついてく形になって痛かったし。腰は掴まれたまま捲簾の手に支えられていたから、チンポをぶつけて痛いなんていう事態にはならなかったからいいけどさ。
状況を把握する間もなく、ぐっとケツにチンポを押し付けられる。口を手で覆うことすら出来ず、ナカを押し拡げる熱に貫かれてびくりと身体が仰け反った。
「アアアアアアッ!!!」
身体が無意識に逃げようとする。けれど、捲簾の手ががっちり腰を掴んでいて、逆に更に奥まで受け入れさせられる。指じゃ届かない場所まで抉られて一気に快感に飲まれる。ヒクヒク痙攣する内壁が捲簾のチンポに絡みついて、浅ましく快感を貪ろうとしている。
「ッ……、ッア」
声が勝手に漏れる。ダメだ、我慢できない。けど、こんな声捲簾に聞かせられない。かわいくもない男の喘ぎ声なんて。身体をシーツに預け、口を物理的に塞ごうと動かした腕を突然引かれた。後ろから貫いている捲簾が俺の手を上からシーツへと縫い止める。慌てて振りほどこうとしても、体重をかけて押さえつけられてるのと体勢が悪すぎるのとでびくともしない。
「お前は身体の方が正直だわ」
ポツリと呟いて捲簾が突っ込んでるチンポを揺すった。膝を畳まれた状態で腰を上げていたから手を離されても腰が落ちないのを確認して、捲簾は腰を引いた。
「ふぁぁ……ッ」
内壁を擦って出ていく感覚に、抜かないでとナカが震える。知らず強請るようにケツを振ってしまっていることに、捲簾がクスリと笑った音で気付き、羞恥に身体が熱くなる。
「ッアアア!」
グチュッと卑猥な音をたてて一気に最奥までチンポを突き立てられて身体が跳ねた。敏感になってる身体を激しく犯される。荒々しく奥まで突き挿れては抜けるギリギリまで引き抜き、そしてまた挿れられる。ヒクつく内壁を抉るようにされると快感におかしくなりそうだ。ひっきりなしに上がる声を止めることすらできずに頭を振って快感を逃そうとするけど、何の役にもたちはしない。挿入の激しさにずり上がる身体を、シーツを掴んで堪える。それに気付いたのか、捲簾の手が俺の腕から離れた。けれど、手を自分の口に持っていくより先に、捲簾の手が俺の口の中に突っ込まれる。指で舌を掴んで口内を掻き回され、唾液を飲み込むことすらできず垂れ流す。それに気を取られた瞬間、捲簾の逆側の指が俺の乳首をキツく潰した。
「ッアアアアアアア!!!」
悲鳴のような声を上げて仰け反る。ヤ、ダメ、そんなシたら、我慢なんてできない。逃れようとした身体を荒々しく犯されてもう止まれない。ナカがヒクヒクと痙攣して捲簾を絞め付けくわえこむ。も、無理。イく。イっちまう。イヤだ!
「ッアアア! ……ッンゥ!」
「ッキツ……」
捲簾が俺の肩に頭を押し付け呻く。けど、反応もできずに震えてる。苦しい、苦しい、痛い、でもまだイきたくない。もっと、シて欲しい。まだ抱き締めていて欲しい。もっとこの時間が続いて欲しい。そんで、捲簾にも気持ちヨくなって貰いたいから。
「ッフ、う、ンゥ」
身体が限界を超えてカタカタと震えるけど、手の力は抜きたくない。自分のチンポを戒めたこの手は離したくない。まだ、イきたくなんてないから。
「あ……、ぅあ……」
涙が勝手にボロボロ流れて、今にも喚き出してしまいそうだ。身体が勝手に捲簾を絞め付けてる。身体の震えすら快感に繋がっておかしくなりそう。気持ちヨすぎて精神は限界を訴えるのに、身体はもっともっとと捲簾を望んで止まらない。身体と感情がバラバラに暴走してしまいそうだ。
全身硬直するように力が入って痙攣してるせいで、チンポを塞き止めてる手の力の加減が効かない。痛いくらいの力で根本を握り締めてるけど、指の力を抜くことすらできない。
「マジ、キツ……」
食い絞めるようなナカを捲簾がチンポで抉りながら呟く。最奥まで犯される度に目の前が白くハレーションを起こす。もう何もできず、ただ捲簾にされるがままに犯される。
「ッア! ア! ッン!」
突かれる度に空気が押し出されて勝手に声が上がる。もう閉じることもできない口から捲簾の指が抜け、そのまま首筋から胸へと撫で下ろしていく。もう片方の手は俺の乳首を擦り潰したり引っ張ったりしてて、気持ちヨすぎて死んでしまいそうだ。
「……れ、ッア! ッン……も、ち……ぅ!」
「……?」
空いてた手で身体を支えて振り向こうとして、失敗する。紡ごうとした言葉すらまともに発せなかったけど、何かを言いたい俺に気づいてくれた捲簾が少し動きを緩めてくれた。だから腕を付いて顔だけで振り向き捲簾に顔を向け、口を開いた。
「捲簾は、きもち、イ?」
身体の震えも、喘ぐ呼吸も、涙も止まらないまま一番大切なことを聞く。俺で捲簾がちゃんと気持ちヨくなってくれてるかってコトを。
捲簾はくっと眉根を寄せ、動きを止めて大きく息を吐いた。その表情が厳しくて思わず身体が竦む。ヨくなんて無い? 俺の身体じゃダメ?
そんな俺の視線から逃れて、捲簾は俺の背中に身体を重ね、身体を撫でていた手で俺の下肢に触れた。
「……やけにキツいと思ったらこういうことかよ」
ヤバい、気付かれた。チンポの根本押さえて我慢してんの、バレた。
俺のチンポと根本を押さえてる指に触れて、けどそのまま捲簾は手を離し身体を起こした。
「ッン……」
ずるりとナカから捲簾のチンポが抜けていく。ぶるぶる震えて次の快感に備える。なのに、チンポは再び突き立てられることなく、そのまま抜けていった。支えを失った身体がベッドに沈む。呼吸を喘がせている俺をそのままに、捲簾はベッドから降りてしまった。
……怒らせた? イヤだった、とか? 途中だけど、こんな状態だけど、終わり、なのかな。終わり、か。仕方ないよな。俺をヨくするためにセックスしてるわけじゃねぇもんな。でも、少しだけ待って。すぐ帰るから、せめて呼吸が整うまで待って。
起き上がることもできずにぼんやりと捲簾を目で追う。視線の先で全裸で歩いてった捲簾はベッドルームに備え付けられているクローゼットを開けた。着替えでも出すんだろう。けど、その手に掴まれたのは全然違う物で、思わず捲簾を見つめてしまう。クローゼットを閉めることすらせずに持ってきた物をベッドの近くに置くと、捲簾は俺の身体を持ち上げた。とっさに何をしたいのか解らなくてされるがままに捲簾の上に乗せられてしまう。俺を持ち上げた反動でベッドに座った捲簾の膝の上に。全体重が捲簾にかかってしまっていることに気付いて慌てて床に足を付いて身体を持ち上げると、浮いた腰を掴まれてそのまま再び胎内にチンポを突きたてられた。
「ッアアアアアア!!」
少し乾いたのかひきつるような感覚があったけど、痛い程じゃなかった。むしろ気持ちイイ。ガクガク脚が震えて身体を支えられず、自重でさっきより奥まで犯されて、下がりかけてた熱が再び上がる。重いだろうと思うのに力なんて入らない。それでも無駄な足掻きとばかりに床を蹴っていたら、捲簾に膝裏を持ち上げられた。
「ッ……」
ベッドの端に腰掛けている捲簾に後ろから貫かれて、脚を抱えあげられてM字開脚でチンポを晒している格好。床にもベッドにも触れられず、捲簾の挿っているチンポと膝裏を掴んでいる手だけに身体を支えられているという不安定な体勢に、身体が強張る。
「ァ……」
勝手にナカが捲簾を絞め付けて快感を拾う。ヤベ……、またイきそうだ。イきたくなんてないのに。するりと、もう一度自らの手のひらを自分のチンポへと滑らせる。そして、根本をキツく握り締めた。
「悟浄、顔上げろ」
耳元で囁かれた命令に、のろのろと顔を上げる。と、普段なら何もない空間にさっき捲簾が持ってきた姿見があって―――。
「ッ……!」
写ってる。溶けた顔も、赤く色付いた乳首も、抱えあげられた脚も、勃ちあがって粘液を溢れさせてるチンポも、握り締めてる指も、捲簾のチンポをくわえこんでるケツの穴も、全部……。
「絶対に目ぇ逸らすんじゃねぇぞ」
恥ずかしくて顔を背けようとした途端、囁かれた命令に、俺は従う以外の選択肢なんて持っていない。抱えられている身体を持ち上げられて、捲簾のチンポが少しずつ抜けていく。胎内に埋められていたチンポがあらわれていく様から目を逸らすこともできずにただそれを見つめる。絡み付く粘膜が、抜かれていくチンポと一緒にめくれあがって、眼前に曝される。
「真っ赤な粘膜がスゲェエロいわ」
囁きながら耳朶を食まれても、俺は泣きそうになって吐息を零すことしかできない。
「空いてる手で自分の乳首さわれよ」
根本を押さえてる手のコトは何も言わず命令する捲簾に、そろそろと従う。平らな胸を撫でると勃ってる乳首が引っ掛かって、快感にナカを絞め付けてしまう。耳朶を一舐めして捲簾が体勢を整えた。角度が変わったチンポが前立腺に触れる。
「ッン!」
小さく身体が跳ねたのを合図に、捲簾が律動を開始した。初めは俺の身体を腕で持ち上げるようにしていたが、直ぐに反動とベッドのスプリングを利用して突き上げ始める。激し過ぎる突き上げに最奥まで貫かれて衝撃に身体が浮き上がり少しチンポが抜け、今度は重力に従って落ちる身体を突き上げながら貫かれる。そのたびに前立腺を抉りながら自重で普段より深くまで犯されて呼吸すらマトモにできない。身体が勝手に痙攣して、捲簾を絞めつけてる。もう自分の意思で制御なんてできなくなってる。閉じられない口端からは唾液と嬌声が絶え間なく溢れ、乳首を軽く摘まんでいた指も強張ってキツく潰してしまい限界を超えた快感に意識が朦朧としてくる。チンポを戒めている指も痛いほどの力でチンポを握り締めているのに、力の加減なんてできない。ってか、痛い。鏡に写ってるチンポは普段よりも赤黒く染まっていて、明らかに強く握りすぎを訴えている。それでもこの手を離すことなんて考えられない。痛くて、苦しくて堪らないけど、そんなことで捲簾に少しでも長く触れてもらえるならかまわない。アンタが気持ちヨくなってくれれば、俺はそれだけでいいから。他に望むことなんて、無いから。
「ッ……」
捲簾が苦しそうに呻くのが聞こえた。更に激しくなる突き上げるにイきそうなんだって解って嬉しくなる。鏡越しに眉根を寄せている捲簾と目が合った。
「……悟浄」
低い声で呼ばれて飛びそうな意識をなんとか繋ぎ止め言葉を待てば、捲簾が思い切り前立腺にチンポを突き立てた。
「ヤァァァァァッ!!!」
おかしくなる。快感に狂っちまう。限界なんてとっくに超えてる快感に、すべてを手放してしまいそうだ。理性も、意識も、過去も、未来も全部――。
「……手、離すな」
手? 手って何?
朦朧とした意識じゃ理解も出来ない。
ガクガク痙攣しながら、ただ揺さぶられることしかできない。半分以上飛んでる状態の俺に気づいてはいるんだろう捲簾は、一瞬切な気に目を細めた。その視線の意味も、理由も解らなくて緩くかぶりを振った俺に、捲簾は瞳を閉じて噛みついた。
「ッア!! ッ……ッア、も……」
ダメだ、もう無理。これ以上はもう。このままじゃ気が狂う。アンタの前でそんなことはできないから。言うことを聞かない指を何とか引き剥がそうとしたその瞬間。
「チンポから手ェ離すな」
囁かれた命令と同時にナカを抉られ悲鳴のような声が漏れる。苦しい。もう無理なのに。痛くて、出したくて、イきたくておかしくなってしまいそうなのに。
「イったらお仕置きな」
捲簾になら何されたって良いけど、でも、捲簾には喜んで貰いたいから。ぎゅっとチンポを握っている指に力を込める。捲簾が離すなって言うなら俺は絶対にこの手を離さない。何があっても、例えこのまま狂ってしまうのだとしても――。
ブチュブチュという酷い音と、ベッドの軋む音と、捲簾の荒い息だけが響く室内で、赤く染まった身体を貫かれて揺さぶられているだけの俺は、ピクピク痙攣しながらただ鏡を見つめて犯される。ナカを抉られるたびに内壁がまるでイったみたいに震えて頭が真っ白になる。なんだ、これ。なんかおかしい。俺の身体、どうなっちまったんだ? 上手く呼吸すらできない。なのに鏡の中の俺は恍惚とした表情で薄く笑んでいて……。なんて顔してんだよ。女みてぇだ。いや、女でもこんな溶けきった顔はしない。涙まで流してんじゃねぇか。なっさけねぇ顔。しかも唾液だけじゃなくて鼻水まで垂らしてよ。身体は体温上がってんのか赤く染まってるし、乳首なんて勃ちすぎだろ。つか、キツく摘まみすぎじゃね? 潰れて平たくなってんじゃん。脚は突かれるたびにブラブラ揺れてるし、チンポは凄い色になってるし。ケツの粘膜は捲簾のチンポが抜かれるたびにめくれて赤くテカテカしてんのが良く見える。こんな格好を、捲簾に晒してるとか、恥ずかしくてもう死にたい。ボロボロ涙が零れる。と、その頬を捲簾が舐めた。驚いた俺と、捲簾の目が鏡越しに合う。
「ッ……!?」
内壁が痙攣する。ジンジンして、ヒクヒクして、犯して欲しいと言うかのように敏感になる。ヤバい。これ、ダメ。動かないで。混乱して身体が逃げをうつけど、そんなことが許されるワケもなく、ズルズルと内壁を擦りながらチンポが抜けていく。
「アッ! アッ!」
擦られるだけでイきそうなくらいの快感が駆け抜ける。カリが前立腺に触れただけで頭が真っ白になって身体の力がカクッと抜けた瞬間、再びソコを抉られて俺は目を見開いて仰け反った。
「ッアアアアアアアア!!!」
硬直した身体がビクビクと跳ねて捲簾を絞めつける。
「ッ……!」
脚を抱えていた捲簾の手に力が入って、指が食い込むのと同時に最奥に熱い液体が注がれる。
「ダメッ、ヤ! ……イヤだッ! ヤ、アアアアアアア!!!」
熱くて、内壁に叩きつけられる感触に引き摺られ、一気に絶頂へと駆け上る。思いきり捲簾を絞めつけながら、精液を吐き出さないまま俺はイった。あまりの快感の激しさに数秒意識が飛ぶ。全身硬直したままピクピク震え、呼吸すらできない。少し経って、酸素の供給を絶たれた身体が限界を訴えて意識が引きずり戻される。ヨ過ぎてピクピクしてる身体はそのままに、辛うじて呼吸だけは再開される。こんな状態でもチンポを拘束してた指は離さなかった自分に、どんだけ捲簾を好きなのかと呆れてしまう。精液を吐き出さない絶頂を空イキっていうらしいけど、こういうのも空イキって言うのかな。でも、イったけど、確かにイった感覚はあったけど、精液出せてないせいで熱が全然引かない。身体がまだ敏感なまま、皮膚がざわざわしてたまらない。触れて。もっと欲しい。イきたい。それでも少しは落ち着いたのか、キツく拘束しすぎていたチンポが痛みを訴えたから、手を僅かに緩めると、それだけで先端からとろとろと粘液が零れ、慌てて拘束しなおした。透明な液体だったから多分先走り。てか、先走りとは言え少し出したせいで、余計に精液を吐き出したくて堪らなくなった。まるで出てる途中で無理矢理塞き止めたみたいに。
熱い吐息を零して堪らえようとしたその時、捲簾が突き立てているチンポを中を撹拌するみたいにぐるりと回した。
「ンゥッ!」
ゾクゾクと快感が立ち上り、消えていない熱が煽られる。無意識の内に腰を捩り捲簾に押し付けてしまう。
なんだろ、鏡の中俺が、もう、別人みたいだ。あれはホントに俺なのか? 俺、あんな風に笑ってんの? うっすらとスゲェエロい顔して舌覗かせて笑って、自分の乳首弄りながらチンポ握りしめて……腰振って捲簾のチンポ、全部飲み込んでる。違う、俺じゃない。あんなの、俺じゃない。否定するのに、否定したいのに、否定しきれない。俺じゃないならこの気持ちイイのはなんでだ? けど、認めることもできない。あんな、……あんな淫乱なの、俺じゃない。見たくない。あんな姿、見たくない。あんな、自分すら知らない自分は知りたくないのに。
「目ェ逸らさず自分のエロいとこちゃんと見とけ」
捲簾は楽しそうな声音で耳元で囁くと、再び律動を開始した。捲簾がナカに出した精液のお陰でさっきより滑りがよくて、水音も激しい。グチュグチュと犯されるのに合わせて腰を捩って快感を貪れば、すぐに何も考えられなくなる。感じる場所にチンポの先端が当たるように角度を変えて、そして貫かれる。……気持ちイイ。もっとシて。いっぱい、ずっと。ナカがヒクヒク痙攣してる。ヨすぎて、もっとってのと、イきたいって、それしか考えられない。腹、捲簾のでいっぱいになってる。音がしそうなくらいゴツゴツ抉られて、頭が真っ白になる。
「―――――ッ!!!」
ビクンと身体が跳ねて硬直する。その瞬間最奥を抉られて、限界を超えた快感に真っ白になって、俺は意識を手放した。最後まで、チンポを拘束した手は離さないまま。



僅かに揺れた感覚で、意識が浮上する。うっすらと目を開けば、薄暗い室内が見えた。
ここ、どこだっけ……。
ぼんやりして思考がまとまらない。もう一度目を閉じてすぐ傍にあった温もりに手を伸ばしてみる。暖かくて滑らかな手触りに、思わず頬を擦り付けると、頭上から小さな呻き声が聞こえて硬直した。
「ン……」
「ッ!?」
バチッと目を開いて、慌てて飛び起きる。そして、恐る恐る隣を見れば、そこには捲簾が上半身裸で眠っていた。ってことは、さっき俺が頬を擦り付けたのは捲簾の胸……? かぁっと顔が熱くなって、うろうろと視線が彷徨う。
「ん……?」
小さな呻き声に、視線を捲簾に戻すと丁度顔を顰めているところだった。ヤベ、起こしちゃった……?
うっすらと目を開きぼんやりと虚空を見つめたあと、視線が彷徨って、俺を捉える。
「……ハヨ」
「オハヨ……」
まだ眠そうにしながらも、俺を見たまま捲簾が手を伸ばしてちょいちょいと手招きするので、近寄ってみたら、そのまま強引に身体を引かれベッドに引き倒されたあげくその胸に抱き込まれた。
「ちょっ、捲簾!?」
「んー……、もうちょい」
そのまま俺を胸に抱き込んだまま目を閉じて、俺の髪に鼻を突っ込んで臭いを嗅いでいる。
「何がもうちょい!? ってか、そんなトコ嗅ぐな!」
「いいじゃねぇか。お前の匂い好きなんだよ」
言いながらデコを舐められて、もうどうしていいか解らない。捲簾って、捲簾って、やっぱり変だ!
うろたえて抵抗もできずに腕の中に収まっていると、少しして気が済んだのか、捲簾がもう一度目を開けた。
「何時だ……?」
「え、えーっと……6時半」
「ろく……18時!?」
飛び起きた捲簾が、俺を抱いたままサイドボードのスマホを確認する。
「やべ、寝すぎた! ワリィ!」
「ん? 今日何か用事あったん?」
「や、俺じゃなくてお前! 仕事!」
「あ」
慌てて俺も飛び起きた。そうだよ、仕事あんじゃん、俺。やっべ、完全に遅刻じゃねぇか。
「今から急げば多分19時半には入れるから!」
それならまぁ……、連絡いれとけばそこまでは怒られない…かも? ……つか、いっそこのまま休んじまいたいなぁなんて。って、あれ、今日って。
「捲簾は? 捲簾もホストの日じゃね?」
ベッドから降りながら見れば、上半身裸の捲簾が視線を彷徨わせた。
「あー…、いや、俺はちょっと休み貰ってるトコだ」
「――――そうなんだ?」
週一なのに更に休み? 辞めたわけじゃなく? なんで?
疑問が浮かんだけど、黙って捲簾が差し出してくれた服を手に取る。別に敢えて問いただすことでもないし。話してくれれば聞くけど、俺から聞くことは何も無い。着せられていたパジャマを脱ぐと、こっちを見ていた捲簾と視線が合った。なんだろ、捲簾なんか変な顔してる。
「ナニ?」
「――いや」
何か言いたそうな感じがしたんだけど、捲簾はそのままクローゼットを開けて自分の服を出し始めた。変なの。そう思いながら渡された服を着ようとしたとこで、その服が自分の物じゃないことに気付く。
「捲簾、これ俺のじゃねーけど」
「直行すんなら、着てきた服じゃ行けねぇだろうが。貸してやるから着てけ」
「え……。って、これもしかして捲簾の?」
「他に誰のがあるってんだ。俺が着たのはヤだから新品にしろとか言うなよ?」
「い、言わねーよ!」
うわー! うわー! 捲簾の服だって! 貸してくれるって!!! マジか! 一回家帰って着替えて行くつもりだったのに、嬉しすぎる。畳まれていたYシャツを広げて袖を通してみた。うわ、ナニコレ。すっげー肌触りイイ。サテンじゃないのに仄かに光って見えるってことは、相当良いシルクなんじゃなかろうか。ボタンもなんか、彫りが凝ってるような……。スゲェ。続いてパンツを差し出され穿いてみる。身長はわずかに俺より捲簾のが低いんだけど、数センチだから上下ともにピッタリだった。多分身長の代わりに捲簾のが身体つきがガッチリしてるからだろうな。ウエストは同じくらい細いけど、筋肉がしっかりついているから。ベルトも借りて、そんでジャケットも借りて羽織ってみる。一応チェックしねぇと。黒にシルバーの縦ラインが入った細襟ダブルボタンのスーツに淡いピンク色のYシャツ、ノータイで赤いポケットチーフを合わせてみる。
「うん、いいんじゃね?」
うんうんと頷いている捲簾にOKを貰って嬉しくなる。
「んじゃ、ちょっと待ってて」
「え?」
「送ってく」
びっくりして目を丸くしてしまう。なんだ、どうした。これは夢か? 俺を幸福死させる気か? 捲簾の服貸してもらって、更に仕事場まで送迎とか!
動揺してうろうろと視線を彷徨わせてたら、サイドボードのスマホが目に入った。あ、俺も準備しねぇと。スマホと財布と鍵……。内ポケットに入れようとしたときにジャケットの裏側にあるタグが目に入る。……Cifonelli? ……チフォネリ!? は? ちょ、マジで!? すげぇ! こんなのホントに俺が借りちゃっていいの? 臭いついたり下手したら酒零したり……。てか、まさか、オーダーメイドじゃないよな? さすがにそれは恐ろしすぎて借りていけないんだけど。
「お待たせ、行こう――って、どうした?」
GパンにTシャツ、革ジャケ姿の捲簾が車の鍵を回しながら不思議そうに首を傾げる。
「こ、このスーツ」
「スーツがどうした?」
「こんなの借りていいの!?」
「似合ってるし良いんじゃね?」
似合っ……!
その一言でもう何も言えなくなった俺は、大人しく捲簾について部屋を出たのだった。



地下へのエレベーターに乗るのは初めてだったりする。
地下へって言っても、低階層用だからパネルには地下3階から15階まで並んでいる。その地下3階を捲簾は押した。
地下3階は普通の地下駐車場だった。そんなに広いってわけでもねぇし、高級車がゴロゴロ止まっているわけでもない。中央にエレベーターとスロープがついている立体駐車場。慣れた感じでエレベーターホールのガラス扉を開ける捲簾の後ろを歩いていくと、捲簾は壁際に止められている車のトコで脚を止めた。意外なことに国産車。TOYOTAの86。色も濃いグレーという、すごく普通なチョイス。スマートエントリーでドアを開けて運転席に乗り込んだ捲簾を見ながら、俺も助手席に乗り込む。へぇ、この車マニュアルなんだ。しかもタコメーターだ。うん、なんとなく納得した。俺がシートベルトをしたのを確認して車が滑り出す。すげー滑らかなスタート。捲簾運転丁寧だな。スロープを回って地下1階まで登ると、少し地下通路が続いていた。地下1階は駐車場では無いらしい。通路の途中によくある駐車場の支払い所みたいのがあって、捲簾はそこで車を停止させた。
「コイツ、こっちから出るから」
「承りました。行ってらっしゃいませ」
俺を示して言われた捲簾の言葉に、キョトンとしてしまった。もしかして、入る人間だけじゃなく出る人間も管理してるんだろうか。誰がいつどこに来て、いつ出たとか、そういうの。んで、係員は捲簾に何か変なプレートを渡した。捲簾はそれを受け取って車のインパネ小物入れに放り込んだ。普通、駐車場って入るときにチケット貰うもんじゃね? なんで出るとき? しかもチケットってよりはプレート。相変わらず捲簾には不思議がいっぱいだな。
なんて思っていたら突然車が上昇してびっくりした。スロープで地上まで出るんじゃないんだ……。最後だけエレベーターなんだ。地上まで上がって、エレベーターは止まり、ドアがスライドする。赤ランプが青になったのを確認して車が走り出した。通りには結構車が走っていて、丁度夕方のラッシュかもしれないことに気付く。結構時間かかっちまうかも。マンションの裏の通りを走り、そこから少し大きな通りに出る。その後また路地に入りと捲簾が迷うこと無く道を選んで車を操る。ちらりとその横顔を盗み見れば、対向車のライトに照らされる横顔はじっと前を見つめていてドキリと鼓動が跳ねた。精悍な整った顔立ち、その瞳には強い光を湛え、凛としていて、優しくて――大好きなんだ。
「なぁ、お前さ」
不意に捲簾が口を開いてびっくりした。視線は前を見たまま、ハンドルを操りつつなんでもないことのように。
「なんか、俺に言いたいことねぇの?」
「――――」
言いたいこと?
そんなの無いよ。
そう言おうとしたのに、言葉は口から出てくれなくて中途半端に口を開いたまま逡巡して、それから俺は笑った。
あるじゃん、言いたいこと。一つだけ、あるじゃん。
「サンキュな」
俺と会ってくれて、話してくれて、触れてくれて、笑ってくれて、抱いてくれて、ホントにありがと。幸せな気持ちも、嬉しい気持ちも、人を愛するコトも、捲簾に教えてもらったんだ。大好きで、大切で、何より大事で。そんな人が俺の恋人になってくれたんだ。だから、さ。『ありがとう』って、言いたい。伝えたい。
びっくりした顔で捲簾が俺を見て、すぐにまた正面へと視線を戻す。
伝わってくれれば良い、この想いが。少しでも、俺が幸せでたまらないって伝わるといい。『ありがとう』って、伝われば良い。
車が静かに停車する。店のある通りから数本離れた道の路肩に寄せて捲簾が俺を見た。結局渋滞には嵌らなくて、ありがたい反面少し残念だ。渋滞に嵌ってたら、その時間分長く捲簾と一緒にいれたのにな。でも、そんなことで捲簾の時間を拘束しちゃいけない。会ってくれて、抱いてくれて、送ってくれて、ホントに嬉しかったから。ドアを開けて夜の街に身体を滑らせる。そして、身体を屈めて車内の捲簾に笑って言った。
「ありがと、捲簾。大好きだよ」
返事なんか期待してないし、来るはずもない。だからそのままドアを閉めて俺は細い路地へと脚を踏み出した。ここを抜けていけばすぐに店の裏口に出られる。ビルの壁で見えなくなる寸前にチラリと通りを見てみれば、そこにはまだ捲簾の車があって。なんだか、見送られてるみたいで胸が暖かくなって、俺はすごく幸せな気分になったんだ。



「ご機嫌ですね」
ソファーに凭れて床に座って煙草をふかしていたらそんな風に八戒に言われた。特に何をしていたワケでもねぇんだけど、どうしてそうなった。
視線だけで疑問を投げてみれば、コーヒーを二人分持ってきた八戒はソファーに座った。
「鼻歌。顔も緩んでます」
「うっそ! マジで!?」
「マジで。自覚なかったんですか?」
なかったです。
八戒からマグを片方受け取ってごまかすように一口、口に含む。あれ?
「豆変わった?」
コーヒーの味がいつもと違う。今までのより酸味が少なくて苦味が強い。薫りも違うような。そんな俺の言葉に、ナゼか八戒はジト目で俺を見た。
「一週間以上前に変わりましたよ。いつ気付くかと思っていたら……」
あー……、ちょうどイッパイイッパイだった頃だわ。てーことは、相当八戒に心配かけてたって事じゃなかろうか。普段なら気付く事にも気付けない程の状態にコイツが気付かないワケがない。その上で黙って様子を見ててくれていたんだろう。
「ワリ」
気付かなかった事じゃなく、心配かけていたことを詫びれば、八戒はわざとらしくため息を吐いて静かにコーヒーを飲んだ。それが八戒なりの許してるっていう表現だって解っているから俺もそれ以上は何も言わず、煙草をくわえた。
しばらくお互い何も話さずに時が過ぎていたので、八戒は読書でも始めたのかと思っていたらまた思い出したように話しかけられた。
「スーツ借りたんですか?」
「……なんで解った?」
捲簾に借りたスーツは俺の部屋にかけてあるから八戒は見ていないハズだ。いや、朝掃除してたか。それにしたってなんで借りたって断定。
「家に帰らずにスーツを着て仕事に行くには、買うか借りるかしかないでしょう? で、買ったとしたら貴方は普通にクリーニングに出すでしょうから、あんな風に大事に吊るしておくってことは大切な人から借りたってことかな、と」
うわぁ、完全に把握されてる……。
「付け足すなら、貴方の機嫌も良いですしね。会えたんでしょう? 捲簾さんと」
なんでもないことのようにこっちを見もせずにコーヒーを飲みながらさらっと言われて、思わず視線が泳ぐ。
「まぁ、会えた。んで服貸してもらって仕事場に送って貰った」
「良かったですねぇ」
「ん」
あれからメールも前までと同じように来るようになったし、今すごく幸せだ。いや、同じじゃねぇかも。メールが今までとは少し違う感じだもん。用件だけのメールじゃなくて、俺のことを聞いたりとか、どうでもいいようなくだらないコトも時々書いてくるようになった。なんで変わったのかなんて解らないけど、それが素直に嬉しい。
すごく幸せで、穏やかで……少しだけ怖い。
「捲簾さんは、本当に貴方のことが好きなんですねぇ」
「……なんで?」
どうしてそうなるんだろう。八戒の思考回路が良く解らなくてちょっと驚いた。
「貴方が幸せそうだからですけど?」
「んー、確かに幸せだけどよ」
幸せだ。だけど。
「捲簾は俺のコト、なんとも思ってねぇよ」
苦笑してそう言いながらコーヒーを一口。
「優しいから俺につきあってくれてるだけ。だから、勘違いしないようにしねぇとな」
このコーヒー旨いなぁ。好きだな。
「だから、お前も変な誤解すんなよ?」
後ろからガタンと音がして、何の音だろうと首を巡らせると、マグを持った八戒がソファーから立ち上がっていた。
「……どしたよ?」
なんかあったのかな。スゲー無表情。夕方の特売逃したとかそんなんだろうか?
「一件電話をしないといけないのを忘れてました」
唐突にそう言ってくるりと踵を返し、八戒は自分の部屋に消えていった。なんだろ。変なの。急にさ。まぁ、忘れてたコトを思い出すのはいつでもいきなりだけどよ。
いつまでも閉まったドアを見ていても仕方ないのでマグを置いて今度は床にゴロゴロしてみた。フローリングは固くて冷たい。ラグでも買おうかな。なんてぼんやりしていたら、八戒の部屋のドアが開いた。電話は終わったらしい。
「オデカケ?」
部屋から出てきた八戒はコートを着て鞄を持っていた。
「急用ができましたので、出掛けてきます。夕食作れなくてすみません」
「そりゃ別にいいけど」
また急だな。思い出した電話の相手に呼び出されでもしたのかね。大変だな。
転がっている俺を見もせずに八戒は玄関を出ていった。パタンとドアが閉まり、外階段を下りる音。そして静かになる。
「んー……夕飯どうすっかな」
俺は呟きながら身体を起こした。



結局そのまま仕事に行って、適当に食べさせて貰って、仕事終わって帰ってきて、八戒の靴があるのを見つつ風呂入って寝たワケだけど……。
ドアをノックする音で目が覚める。けどまだぼんやりしてて布団の中でまた目を閉じると、俺の返事なんて待たずに八戒が部屋に入ってきた。掃除機と一緒に。
「おはようございます、悟浄」
ニコニコしながらまだ半分以上寝ている俺を放置して、躊躇いもなく掃除機のスイッチが入れられた。俺が一人暮らしし始めた時から使ってるソイツは、10年以上も現役をしてるシロモノで、やたらと音がうるさい。ベッドの回りをこれでもかというくらいしつこく掃除されて、俺はしぶしぶベッドから抜け出した。
「またそんな格好で寝て」
「オハヨ」
「おはようございます。せめて長袖にしてくださいよ」
「ハイハイ」
適当に答えてトイレに向かう。タンクトップを少し上げてジャージを下げて用を足す。家にいる間は基本ジーパンなんかを穿いてるけど、寝るときはさすがに窮屈なのでジャージを下だけ穿いている。ちなみに今穿いてるのは2代目。1代目は中学ジャージだった。学校指定のヤツ。上は年中タンクトップ。下手に長袖なんかを着ると、腕を枕にするクセがある俺の場合顔に跡が付いてしまう。だから格好を改める気もない。そもそも八戒が転がり込む前はボクサー1枚で寝ていたんだから、これでも譲歩してるっつーの。トイレを出て洗面台で手を洗いついでに歯みがきと洗顔。掃除機が移動してるのを確認して部屋に戻り着替えをしてスマホを持ってリビングのソファーの上へ。あ、捲簾からメール来てる。最近毎日朝送ってきてくれるから、起きて確認するのが楽しみで仕方ない。この時間なら返信しとけば昼休みにもメールくれるんじゃねぇかな。
「最近は捲簾さんからメール来てるんですか?」
「来てるー」
メールを送り返してまだ眠いからソファーに懐く。そしたらすぐにメールの着信音がしておや、とスマホを見た。捲簾からのメールだ。あれ? まだ昼じゃねぇよな? なんで? 開いてみても急ぎでもない普通のメールだ。
てか、あれ? そもそもなんで八戒に掃除機で起こされたんだ? 大学はどうした?
「八戒、ガッコは〜?」
「貴方ねぇ……。今日は日曜日ですよ」
掃除が終わったらしく掃除機をしまった八戒が手を洗って冷蔵庫を開ける。昼飯の準備をするんだろう。働き者め。
とりあえず返信しとこ。そっか、日曜だから返信早いのか。
「捲簾さんですか?」
「そう」
嬉々として返信してる俺をチラリと見て八戒はこちらに背を向け、まな板を出した。
「どんな話してるんですか?」
「んー? どんなっつってもなぁ、大した話はしてねぇからなぁ」
天蓬とのラインもそうだけど、ホントに大した話はしていない。食べ物だとか天気の話だとか……ホントに大した話してねぇな。
「ちなみに今は何の話題です?」
「んー、今は今朝の星座占いの話」
「……本当にどうでもいい話ですね」
どうでもいいって言うな。聞いたのおまえじゃんかよ。
「今日の蠍座は何位なんです?」
「3位だって。てか、それより占いコーナーのサルがおかしいらしくって、そっちがメイン」
当然俺は早朝なんて起きていないから、捲簾のメールでしか知らないけど、チョイチョイそのコーナーはオモシロイらしいので今度暇なときにでも動画をあさってみようかと思っている。
「ああ、確かに面白いかもしれないですね」
見たことがあったらしく八戒が同意を示した。コイツは朝が早いからな。
「捲簾さんは何位だったんですか?」
「知らね」
捲簾が言わないから知るわけもない。
「サイト見ればランキングくらいは載ってるでしょうに」
「だろうケド、捲簾の誕生日知らねぇからなぁ」
年齢も誕生日も血液型も知らないから、当然何位か知るハズもない。ってかさ。
「ナニ? ばかに食いついてくるじゃん?」
八戒は普段ならこんなに食いついてはこない。占いに興味があるってコトはないだろうからメール? 俺のメールの内容気にするなんて珍しい。
ジュワっとフライパンがいい音を立てた。そのまま菜箸を動かしながら、こちらを見もせずに八戒は言った。
「昨日捲簾さんに会いました」
「ふーん」
スマホを弄ってたトコにさらっと言われて思わず流してしまった。そして数秒経ってようやく内容が脳に到達する。捲簾に会ったんだ。そっかぁ、捲簾と同じ名前の人かぁ。……って。
「ハァ!?」
『捲簾』に『会った』!?
「どうやって!?」
「普通に呼び出して」
いやいやいやいや、普通に呼び出すって連絡先知らなきゃできないワケで。
「お前捲簾と知り合いだったの!?」
「いえ、昨日が初対面でしたね」
「……じゃあなんで」
まさか俺のスマホ……? いや、多分違う。確かにコイツは目的のためには手段を選ばないところがある。けど、今回はそこまでする理由がない。だったらどうやって? 何のために? ってか、昨日? もしかしてあの後会った? でも、会ったって言うケド、その後俺何度も捲簾とメールしてんのに。
「捲簾、ンなコト一言も言ってなかった……」
「でしょうね。僕が一方的にケンカを売ってきたようなものですから」
「は?」
ケンカってなんだ? 怪訝そうに見つめる視線の先で、八戒が振り返って俺を見た。
「捲簾さんの貴方の扱いが気に入りません」
「……は?」
気に入らないって、なんだ? つか、当事者の俺じゃなくお前が気に入らないって。
「ナニが気に入らねぇのよ?」
さっぱり解らない。俺には何一つ不満なんてねぇのに。しかも勝手にケンカ売りに行くとか、なんなんだ。捲簾がイヤな気分になったんじゃねぇの?
「あのさぁ、捲簾は俺に付き合ってくれてるだけなんだから、変な文句つけに行くなよ。俺はこれで満足してんだから」
下手なちょっかいかけて、全てを終わりになんてしたくないんだからさ。
「……あのね、悟浄」
腹立たしそうな顔をした八戒がじっと俺を見た。
「僕は貴方にも言いたいことがあります」
「……なんだよ」
「僕は貴方の昔のことは一応知ってます。それから、貴方が捲簾さんを本気で好きなことも解っています。でも、それにしたって、貴方相手に何も望まなすぎなんじゃないですか?」
「……それは、だって」
「貴方が自分の事を愛される資格がない、愛されることは有り得ない存在だと思ってることは知っています。でもそんなこと無いでしょう?」
「…………」
「僕が何を言っても貴方に届かないのは解っています。でも、これだけは言わせてください。貴方のそんな態度が相手を傷つけることだってあるんです」
じっと見つめる八戒の視線に耐えきれず、俺は目を逸らした。
「悟浄、僕は友人として貴方が好きです。貴方が大切です。だから、こんな状態は嫌です。貴方にはちゃんと幸せになってもらいたい。貴方の過去も貴方を拒絶してきた人も関係ない」
お前、何言ってんだよ……。
「だから、悟浄。貴方は、もっと、ちゃんと、手を伸ばしてください」
「…………バッカじゃねぇの」
吐き捨てて転がり込むように自分の部屋に入ってドアを閉める。すごい音がしたけど、そんなこと気にする余裕なんて無かった。
閉めたドアに背中を預け、ズルズルと床にへたりこむ。
許されるワケない。
俺が幸せになるなんて、絶対に有り得ない。
無理だって、お前だって知ってるくせに。
『アンタナンカ――』
解ってるよ、母さん。
大丈夫、忘れてなんかいないから。
キツく目を閉じて両手で耳を塞ぐ。
赤い瞳と赤い髪。
俺が居なければ泣かずにすんだ人達が、確かに居る。
ああ、なんでだろう。声は聞こえるのに姿はもうおぼろげで。
――俺は薄情なヤツだ。
俺さえいなければ、母さんも、親父も、俺を産んだ母親も、兄貴も、もっと別の未来があっただろうに。
なのに俺だけ、今こんなに幸せだなんて。
『アンタナンカイナケレバヨカッタノニ』
解ってるさ。
この幸せは幻だって。
すぐに終わる夢だって。
解ってる。
俺は幸せになんかなれない。
心配しないで、母さん。
あと少しだけだから。
そしたら、アンタたちの望みが叶うよ。
もうすぐ俺も、そこに行くから。




NEXT


花吹雪 二次創作 最遊記 貴方の腕で抱き締めて