貴方の腕で抱き締めて
【 act2】
朝起きると、スマホが点滅していた。まぁ、朝っつってももう午後3時だけど。普段なら八戒が家にいるときは遅くとも昼には叩き起こされるんだけど、珍しい。昨日つか、結局朝まで飲んでたからアイツも寝坊してるんだろうか。まさかな。スマホから電源ケーブルを引っこ抜いて手に持ちダイニングに行くと、テーブルの上に置き手紙があった。どうやら朝イチで呼び出されて家に戻ったらしい。ちなみに八戒は実家暮らしだ。デカイ企業の長男で、今日みたいな突然の呼び出しも時々あるから大変そうだ。俺にはとてもあんな生活は無理だといつも思う。
このところ急に寒くなった気がする。パンツにシャツ1枚の格好だと、すきま風が入りまくるこの部屋は結構寒い。水切り籠に放置されていたグラスに水道水を汲んで飲みながら冷蔵庫を開けると、そこには油淋鶏と焼きビーフンが入っていた。いつの間に……。ありがたく頂くことにして、冷蔵庫から取りだしラップを剥がす。箸を出してから、何となく物足りない気がしてもう一度冷蔵庫を覗きこむと、予想通りドアポケットにボトルに入ったスープを発見した。マジで、気の利くヤツだ。侮れねぇ。けど、さすがに冷たいスープはイヤなので適当な碗に入れてレンジに突っ込む。レンジのパネルを押してから数秒暇になって、そういえばと俺はスマホの画面を表示させた。新着メールの表示をタップし、それを見る。
「ウソッ!?」
イヤ、別に驚くべき人からメールが来たとかそういうワケでもないんだが、思わず声が出ちまった。だって、だって、捲簾からメールが来てんだもん! 1日数回メールをやり取りしてはいるけど、基本夜だけで、こんな時間に来てたことはあんま無い。
『今夜ヒマ?』
表示されたメッセージに胸がドキッとした。用件のみの素っ気ないそれがこんなにも嬉しい。ヒマに決まってんじゃん。つか、用があっても空けるっつの。即効メールを返してから戻った画面を見つめる。捲簾からのメールだと思うだけでただの文字列がとても愛しい。ふとその送信時刻に目が行く。今日の7時17分。バカに早い時間。出勤して予定が空いたにしては早い。捲簾と会うときでも、翌日が捲簾のオフなんてことは当然無い。それはいいんだけど、俺に気を使ってくれているのか大抵そんな時は午後出勤だ。けど、会ってない時は朝から仕事の時もあると言ってはいた。立て込んでいるときは残業もあるし、下手したら泊まりだってあるらしい。ちなみに夜出勤なんてのも見たことがある。ついでに休みはランダムだ。シフトとかなのかなと予想してるけど、実際のところは知らない。あんまメールのやり取りも頻繁じゃないから余計に生活パターンが掴みにくい。仕事中は携帯の電源ごと落としてるって前に言っていたし。ホント、相変わらず俺は捲簾のことを何も知らない。けど、それでもいいんだ。捲簾のメール一つで舞い上がっちまうくらい、俺が捲簾のことを好きなんだから。あー、早く今日の仕事終わんねぇかなぁ。捲簾に会いたい。声を聞きたい。アンタと、抱き合いたい。
でも、とりあえず今は、うるさいレンジからスープを取り出そう。
その時の記憶は無い。当たり前だ。だってその時俺はまだ3歳だった。
俺の母親は父親の不倫相手だった。その頃の話は良く知らない。人づてに噂話を盗み聞きしたくらいで。父親が時々母親を訪ねてくる生活をしていたらしいが、何を思ったのかある日二人で心中をしたらしい。その時俺も連れていけば良かったのに、俺は一人車の中に置き去りにされていたそうだ。ご丁寧にシートベルトまでつけられて。きっと二人の世界に俺は必要なかったんだろう。
そんで俺がどうなったかっつーと、なんと父親の正式な家族に引き取られた。母さんは嫌だっただろうに、無責任な父親は死ぬ前に自分の戸籍に俺を入れてしまっていたらしい。法律上自分の息子になってしまっていた俺と暮らすしかなかった母親は、俺に父親の面影と母親の幻を見て、いつも泣いていた。物心ついた頃にはそんな状態だったもんだから、俺は義理の母親を母さんと呼んで愛されたいと思っていたが、そんなのは当然のように無理な話で俺に与えられたのは暴力だけだった。どんなにがんばっても、アノヒトには届かない。いつもアザや傷だらけの俺を不審に思った大人も居て俺に聞いたが、俺は本当のことは一度として言わなかった。だって、どんなに暴力を振るわれても、酷い扱いをされたとしても、俺はアノヒトが好きだった。もっともっとがんばれば、いつかアノヒトが俺を抱き締めてくれると信じてた。
あれは12の時だった。その日はとても寒い日で、それこそコートを着ていても寒いくらいで。けど、俺はそんなもの持ってなくて。それどころか半袖一枚で台所の隅に座っていた。すごく寒かったけど、言ったら母さんに怒られる。もう高校生だった兄はバイトに行っていて居なかった。だから、ただ静かに大人しくしていたのに、不意に母さんは俺を見ていつものように泣いた。何が気にさわったのか解らなくて、どうしたらいいか解らなくて俺が無言でいると、母さんは静かに包丁を取り出した。驚いて目を見開いた俺の前で、母さんが包丁を振りかざし。
「アンタなんかいなければ良かったのに」
…………それが、母さんの望みなの?
降り下ろされる刃物に、不思議と恐怖は湧かなかった。だって、それなら叶えられる。俺が居なくなればいいって、それがアンタの望みなら、それなら俺は叶えてあげられる。ゆっくりと瞳を閉じて、俺は母さんのやり易いように顎を上げた。
なのに、その刃は俺の頬をなぞっていっただけだった。
不思議に思って目を開くと、そこにはアノヒトは居なくて、兄貴が真っ赤になって泣きながら立っていた。俺の目と髪の色。視線を下げると母さんが赤い液体の中に倒れていた。驚いて母さんを揺さぶったけど、母さんはもう動かなかった。
「兄貴、なんで……?」
兄貴とアノヒトは仲のいい親子だったはずなのに、なんでその兄貴が母さんを殺すんだ? 俺の視線の先で、兄貴は静かに部屋を出ていった。そのうちサイレンの音が聞こえてきたけど、そのまま兄貴は戻らなかった。
また一人残された俺はそのまま施設に入れられ、中学を卒業後、高校にもいかずにバイトに明け暮れ、その金で一人暮らしを始めた。
『アンタなんかいなければ良かったのに』
耳の奥でこだまするアノヒトの言葉。本当にその通りだと思う。俺さえ産まれてこなければ、俺の父親も母親も、母さんも、兄貴もあんなことはせずに済んだだろう。けど、俺はもう産まれちまってて、アンタたちを不幸にしてしまったわけで。
俺は何のために生きてるんだろう。俺が生きてることで誰か一人でも幸せになったんだろうか。そんなわけない。俺は周りを不幸にするだけだ。もうこれ以上誰も不幸にしたくはなくても。
なんて話は、恋人である捲簾はおろか、友人にすらしていない。楽しい話でも無いし、偏見もついて回るし、何より過去の話だ。それでも、知ってるヤツも居ることはいる。八戒とか。アイツには聞かれたから自分で話した。多分アイツはそこまで深い話を聞こうと思ったわけでも無く、単に俺の昔の話をくらいのノリだったと思うが、別に隠してるワケでもねぇし、八戒の事情は以前聞いていたしでコイツにならいいかと思って全部話した。後は今の職場の店長くらいだ。まぁ、店のマネージャーの三蔵は立場と店長の身内って関係で知ってるかもしんねーけど。でもアイツはそういうことは言わないヤツだから実際のとこは知っているかどうかさえ知らない。
そわそわしながら仕事を終えて、店を出て即効タクシーを拾う。こんな時間に電車なんか動いてないし、そもそも捲簾のマンションは駅から遠い。
マンションの前でタクシーを降りて寒さに肩を竦めながらエントランスに入ると、受付の人が俺を見て柔らかい笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませ。お掛けになって、少々お待ちください」
そう言うと、係の人はすぐに電話をかけてくれた。多分捲簾に。ここの受付はすごい。俺の顔を完璧に覚えている。俺がわりと目立つタイプっつーのもあるんだろうけど、でもそれだけじゃないと思う。二度目に来たときには既に覚えられていた。つーか、受付の人、前回と違う人だったにも関わらずだ。そして名前は絶対に呼ばない。なんでだろう。不便じゃないんだろうか。プライバシーにでも配慮してるんだろうか。
「コンビニに居るわ」
「かしこまりました」
1階にあるコンビニに入りぶらりと店内を歩く。何か用があったはずなんだけどなんだっけ。ああ、そうそう、髪を纏めるゴムと、トリートメント。ゴムは外したときに手首につけんのが嫌いだからポケットに無造作に突っ込むせいで良く無くすんだよな。ヘアゴムはいいとして、トリートメントはここで買うこともねぇな。ゴムだけ手に持ってそのまま商品を眺めたり吟味したりしつつキャッシャーに行くと、何故か先に捲簾が会計をしていた。
「まとめて会計してやるからそこ置け」
「え、いいの?」
「いいよ。つか、何買うの?」
「ん? ゴム」
「……誰相手に使う用?」
は? 相手?
「ちげーよ! 髪! 髪纏める用!」
「ああ、なんだ。ゴム着けてねとか言うのかと思った」
笑いながら言う捲簾の頭を思わず叩いた。店員が目の前に居るっつーの! なのに捲簾は可笑しそうに笑ってて黙ってくれない。
「まぁ、オマエ俺に中出しされんの好きだもんな。腹いっぱいにして、とか超かわい」
「アンタもう黙れよッ!!」
恥ずかしくて逃げるようにコンビニを出てエレベーターホールに走ってくと、捲簾は後からのんびりと会計を済ませて歩いてきた。初めて会ったときから思ってたけど、やっぱこの男変だ。普通あんなこと言うか!? プレイ中でも二人きりでも無い公共の場で。しかもここは捲簾の住んでるマンションなわけで、アソコ捲簾良く使うんじゃねぇのか……?
「アンタさ、周りの目とか気にしないタイプ?」
「あんま気にしねぇなぁ。TPOはわきまえるけど」
「ぜんっぜんわきまえてるように見えねーわ」
「そうかぁ? わきまえてなかったら、アソコで店員に実況中継させつつ中出ししてっけどな」
……ホントにやりそうで怖い。捲簾は絶対Sっ気あると思う。
捲簾がパネルに暗証番号を打ち込んで、開いたドアから隣のエレベーターホールに二人で移る。上を押すとすぐに開いた扉に入り俺は32階を押した。暗証番号なんかは教えてもらって無い捲簾の部屋の、俺が唯一知っている情報だ。ちなみにこっちのエレベーターは31階から39階までの専用だ。手前の普通に使えるエレベーターは地下3階から15階までの低階層専用と1階から最上階手前の50階までの連絡階にのみ止まる大型のとがある。ただ、気を付けないといけないのが、31階から39階までは、奧のエレベーターでしか行けないということだ。連絡階用エレベーターは確かに30階にも40階にも止まるが、そこからの各階停止のエレベーターが無い。このマンションは入り口のセキュリティも割としっかりしているが、31階から39階までは更に厳しい。芸能人かよって言いたくなるくらいのガード具合。変なのと思いながらも捲簾に聞いたことはないけど。
上昇しはじめたエレベーターの中で特にすることもなくパネルを見つめていると、後ろから抱き締められた。
「あー、久しぶり」
捲簾の匂いに包まれ耳元で囁かれて思わず目を閉じる。あぁ、俺これだけでスッゲェ幸せ。
「酒と香水の匂いでお前の匂いがわかんねーのが残念だな。後で嗅がせろ」
「匂いフェチかよ」
「お前限定でな」
抱き締めてる腕が緩んで身体を反転させられる。壁に押し付けられて唇を重ねられた。ただ触れ合うだけのキス。ちゃんとしたのは部屋までオアズケなんだろう。もっとと思っている俺を余所に唇を離されたのでせめてと思い舌を伸ばして離れていく捲簾の唇を舐めた。唇はそのまま離れてしまったが、捲簾が濡れた自分の唇を自分の舌で舐めたのを見て少しだけ気持ちが満足する。
「そーいや、これ」
コンビニの袋から何かを出して渡される。さっき買ったヘアゴムかと思って手を出すと、そこにヘアゴムと小さな箱を乗せられた。なんだ、この箱。思わずその箱をまじまじと見つめる。
『息子の身嗜み。うすうすなのにオシャレでヌルヌル! ゼリー付き』
「………………」
どうみてもコンドームの箱なソレに、一瞬頭が真っ白になる。
「お前のサイズだとMはキツいだろうからちゃんとLにしといた」
ええと、これは、アリガトウって言えばいいの? つか、サイズて、ナニ言ってくれちゃってんの、この男は。いや、それよりも。
「何でゴム?」
「だってお前使うだろ?」
部屋汚されるのがイヤだから着けろってコト? そりゃまぁ、捲簾とヤるときどこにも突っ込んでない俺は精液垂れ流しだけど。
なのに混乱してる俺に捲簾は不思議そうに言った。
「まさか女とヤるとき中出ししてねぇだろーな?」
「し、て、ねぇけど……」
「んじゃ要るだろ? ソレ結構イイから使ってみ?」
使ってみろって……。それ、女とヤってもイイってコト? なんで?
「捲簾は、俺が女と遊んだりとかしちゃってもいいんだ?」
「男と女は違うし? 女を抱きたいときもあんだろ。それにお前ホストなんだから、枕くらいすんだろーし。つかむしろ、しろ。それで貢いでもらってんだかちゃんと返してやれ」
捲簾の言ってることは正しい。俺だって今まではそうしてた。捲簾と付き合う前までは。けど、今は、俺は捲簾と付き合ってるわけで、それって浮気じゃねぇの? つか、俺がそうしたいって言うならまだ解るけど、それをアンタが俺に言うとか、意味わかんねぇよ。
ぐるぐる回ってる思考の中、ふと八戒の言葉がよみがえる。
『貴方遊ばれてるんじゃないでしょうね?』
すっと血の気が引いた。
エレベーターが停止して、扉が開く。先に降りて歩き始めた捲簾の後ろをのろのろと歩きながら、その背中を見つめた。
捲簾は俺の恋人になってくれた。けど、なんで? 俺のコト好きだから? だったらなんで女とヤってもいいとか言うんだ? ……本当に捲簾は俺のコト好きなのか? ただ、興味があるから構ってくれてるだけなんじゃないのか? あんまり会えないし、何も教えてくれないし。そりゃ教えてくれなくていいって言ったのは俺だけど。
ふと、いつもの声が耳の奥で響いた。
『アンタなんかいなければいいのに』
……捲簾は格好イイ。惚れた贔屓目とかじゃなく、男から見ても格好良い、イイ男だ。そんなヤツが、俺なんか本当に好きになってくれるワケが無いじゃないか。当たり前だ。
だって俺は『いなければ良かった』存在なんだから。
遊んでくれるだけで、嬉しいんだ。今夢を見させてくれるだけで幸せなんだ。捲簾が飽きるまででいい。恋人ゴッコで構わない。こんな俺なんかと遊んでくれる優しいアンタが大好きだよ。だから、アンタが言うなら、アンタがそれで安心するなら、女とだってちゃんとヤるよ。だからもう少しだけ、俺に夢を見させてくれよ。
いつの間にか振り返っていた捲簾が俺を見て寂しそうに笑っていた。
なんでアンタがそんな顔するんだ?
俺は、手の中の箱をぎゅっと握りしめた。
部屋に行って、風呂に入ってから二人で少し飲んで、ベッドに雪崩れ込んだ。優しいキスを口の中に受けながら捲簾の唾液を飲み込んで嬉しくなっていると、捲簾が何か企んでいる顔で笑った。
「なぁ、悟浄。俺、最近お前に会えなくて寂しかったんだけど、お前はどう?」
鼻先を触れあわせて問われる。
「……寂しかったに決まってんじゃん」
「だよな。けど、仕事あるしそうそう会えねぇから、ちょっと考えてみた」
「何を……?」
楽しそうな捲簾に、なんだかすごくイヤな予感がする。ろくでもないことを言いそうな予感。しかも今言うってことは十中八九セックスのことだ。Sな捲簾が楽しそうに言う内容がまともなワケが無い。
胡乱げな俺の視線を気にも止めず、捲簾は身体を起こし、サイドボードのスマホを手に取った。しかも俺の。別に見られて困るものも無いから止めずに見ていると、捲簾はスマホを操作しながら弾んだ声で言った。
「寂しい独り寝用のズリネタを用意すれば、気持ちも身体も満足出来るかなーと」
うわ、マジか。
思わず硬直した俺にスマホのカメラを向けて、捲簾はニヤリと笑う。
「んじゃ、取り敢えず脱げよ」
ハメ撮りとか、なに考えてんだこの男は。しかもいきなり脱げって。
「アンタさぁ、女にそんなムード無いこと言ったら張っ倒されるぞ」
「ムードが欲しい女にゃやんねーよ。ナニ、お前もムード欲しいか?」
「別に……」
「ん〜? 素直に言えよ」
「そりゃ……」
無いよりあったほうがいいけど、口に出して言うのはちょっと、な。女じゃねーんだし。そんな俺の気持ちを正確に読み取ったらしい捲簾は、スマホを少し避けて俺にキスしてくれた。
「んじゃ、座れよ」
「?」
キスに誤魔化され、良く解らないままベッドの上に座ると、捲簾は再度カメラを俺に向けてニヤリと笑った。
「まずは自己紹介な?」
「ハメ撮りの気分を出してどうすんだ!!」
「ムード作れっつったのはお前だろ? ほら、名前と歳と3サイズ」
カラカラと楽しそうに笑う捲簾が次々と変な要求をしてくる。マジで撮る気かよ。うろたえてる俺を見たまま捲簾は動かない。これ、言うまで待つパターンだ……。泣きたい気分で捲簾を見つめたが、譲らない様子に泣く泣く諦める。
「沙悟浄、21歳。3サイズは……わかんね」
呟くように言ったにも関わらず、捲簾はとても満足そうに頷いた。もう勘弁してくれ。なのに捲簾は楽しそうにさらに続けた。
「初体験はいつ? こういうの初めて?」
「バカかアンタはッ!? ハメ撮りなんてしたことねーよッ!!」
「初体験は〜?」
「ざけんなッ!」
頭にきてスマホを奪おうと捲簾に手を伸ばしたのに、あっさりと避けられてしまう。
「リラックスのための質問コーナーなのに」
「いらねっつの!」
「あら、大胆」
「ちが、そういう意味じゃ」
「じゃあ、次は、シャツのボタン外してみようか?」
「捲簾ッ!」
耐えきれなくなって名前を呼ぶと、捲簾はやっと口を閉じてくれた。ああ、もう、普通にヤろうぜ……。なのに、カメラは構えられたまま下ろされない。いぶかしげに見れば、捲簾は口端を吊り上げてニヤリと笑った。
「悟浄」
あ、ヤバい。
「シャツのボタンを外せ」
身体がびくんと跳ねた。視線がうろうろとさ迷う。どうしたらいいか解らなくて、困って、途方に暮れて、そろそろと捲簾を伺い見ると捲簾は俺をじっと見ていた。すごくキレイな強い真っ直ぐな瞳。その瞳が俺を見ている。どくんと鼓動が跳ねて、俺は視線を伏せた。そろそろと自分の手をシャツのボタンにもっていく。
「解ってるだろうけど、アッサリ外すなよ?」
完全に、抜けるハメ撮りを撮ろうとしてる捲簾の命令に、思わずぎゅっと瞳を閉じた。
捲簾はズルい。捲簾に命令されたら俺が逆らえないのを知ってて、こうしてわざと命令してくる。もう一度瞳を開き、俺は上からボタンを外し始めた。一つ一つゆっくりと外し、最後の一つを外しながら、唇を尖らせて捲簾を見る。
「いいね、その目。そしたらこっち見たままシャツを肩から落として」
命令通り肩からシャツを滑らせ肘で止める。いっそ脱ぎ捨てたい衝動をぐっと耐えた。そんなことしたら後が怖すぎる。
「イイ子だ。じゃあ、次は耳に右手当ててごらん」
淀みの無い命令に、今の状況も忘れてふとした疑問が沸き上がる。捲簾、ハメ撮り初めてじゃなくね? 計画してたんじゃなければ、相当AV見慣れてるかハメ撮り自体に慣れてるかのどっちかだ。でもこの男に限ってそんなもののお世話になっているとも思えないから、多分初めてじゃない。……俺以外の人ともこんなことしてるんだ。イヤって言うか、悔しいって言うか、そういう気持ちも確かにあるんだが、それよりも……。拒んだらつまらないヤツだと思われるかもしれない。こんなコトもさせてくれないのかよって、飽きられちまうかも。そしたら捲簾はアッサリ俺の恋人なんて辞めてしまうだろう。そんなのはイヤだ。
そろそろと右手を右耳に当てた。
「そのまま耳たぶ揉んでみ?」
言われるままに自分で自分の耳朶を揉む。けど、当たり前のように気持ち良くは無い。だって自分の手だし。そんな俺の戸惑いに気付いた捲簾は優しく笑った。
「俺の手だと思って、耳の中も触って」
捲簾の手だと……。今俺に触れてるのは捲簾で、捲簾が俺の耳を触ってて。
そう思った瞬間、身体をゾクリと快感が走り抜けた。耳たぶを揉もうとした指が耳の後ろに触れ、ピクリと肩が揺れる。指先でいつも捲簾がするみたいに耳の入り口から浅いところを撫でれば、明らかな快感を感じる。
「目ェ細めちゃって。お前耳好きだもんな」
捲簾の指だと思うだけで快感が止まらない。体温が上がって皮膚が敏感になってきた。
「その手を、首筋を撫でて鎖骨を触って胸まで下ろして」
もう少しと、名残惜しく蠢く指をなんとか動かしてその指先で首筋を撫で下ろす。いつも捲簾が唇でなぞるルートを自分の指で辿ると、まるで捲簾に触れられているような錯覚を覚え余計に身体の熱が上がっていく。首筋と鎖骨の付け根を少し撫でた後、鎖骨を撫で、そのまま胸に手を当てた。けど、もう俺の脳内ではこの手は捲簾の手だって置き換えられていて、捲簾にいつもされてるように勝手に手が動いていて。するりと平らな胸を撫で下ろした手のひらに胸の突起が引っ掛かって身体が跳ねた。
「ッア……」
胸を揉むように手のひらで掴み、指の間にその突起を挟み込む。気持ち良くて顎が上がった。指を擦り合わせるように乳首を弄ればゾクゾクして腰が揺れる。
「両手で乳首、虐めてごらん」
捲簾の言葉に、空いていた左手も胸へと持っていく。両手で胸を包み込むようにして、その指の間に乳首を挟んで弄る。キモチイイ。けど、だんだん焦れてきて俺は一旦胸から手を離して、今度は親指と人差し指で乳首を摘まんだ。
「ンッ……!」
クリクリといつも捲簾がしてくれるように少し強めの力で潰すと、快感が止まらない。もっともっとって、止まらない。
「悟浄、カメラにちゃんと映るように引っ張って」
指でスマホを示しながら命令する捲簾を見て、思わず俯いてから、俺は摘まんでいた乳首を少しだけ引っ張った。
「もっと。あと、角度も悪い」
言っておきながら捲簾に動く気は無い。思わず縋るような目で捲簾を見たけど、捲簾は視線だけで俺に促す。やらずに済ませることは不可能だと悟り、俺は乳首を引っ張る指に力を込めた。正面のカメラから見えやすい角度。少し悩んで乳首を左右に引っ張る。さっきよりも強く。
「ふ……ぁ」
なんで……。キモチイイ。こんなのオナニーと変わらないのに一人でするより全然キモチイイ。伸ばした乳首を指先でクリクリすればもう手が止められなくて、一人で快感を追っていく。捲簾の目の前で。
「ッン!」
皮膚が伸びるのの限界を超えて、指から乳首が外れた。その刺激に思わず身体が跳ねる。一人で呼吸を荒くしてる俺に、捲簾が笑う。
「乳首、赤くなって少し伸びてんぜ。カーワイイ」
羞恥に耐えきれず、ぎゅっと目を閉じて、それでも手で胸を隠すのは踏みとどまり手のひらを握りこむ。身体が熱くて震えてる。
「なぁ、チンポどうなってるよ?」
楽しそうに捲簾が問いかけてくる。
「……勃ってる」
消え入りそうな声で答えると、捲簾はまた笑った。
「見せて」
潤みはじめた目を開き、パジャマと下着を纏めて掴む。ケツの途中まで下ろしてから、腰を浮かせさらに下にずらす。けど、恥ずかしさに負けて、脚を閉じ膝を立てた状態でそれを脱いだ。ベッドの下に放ったパジャマが乾いた音をたてる。捲簾からは俺の脚が邪魔していてチンポは見えていないハズだ。
「脚、開けよ」
無慈悲な命令に、ベッドに着いた手のひらをぎゅっと握って、俺は覚悟を決めた。そろそろと脚を開いていく。勃ってるチンポを、捲簾に晒す。カメラに、晒す。
「触ってないのにもうそんななの?」
からかうように言われて顔が熱くなった。自分で耳と乳首を触っただけで、こんなにしてるなんて、しかもそれを捲簾に見られてカメラで撮られて……。呼吸が上擦り勃ちあがった先端からとろりとやらしい液体が零れ落ちた。
「触っていいよ。自分が気持ち良いようにしてみ? ただしイかないようにな」
鬼……。
俺はそろそろと左手でチンポに触れ、棹を握りこんだ。それだけで気持ちヨくて吐息が零れる。まだそんなに濡れてるわけじゃないから皮をずらすように手を上下させていく。そうすると尿道に溜まってた先走りが押し出されて溢れた。裏筋を強めに潰し、くびれをゆるゆると擦ると堪えきれない快感が湧き上がってどんどん先走りが溢れてくる。滑りが良くなって来たところで今度は皮ではなく普通に手をスライドさせて擦る。スッゲ、キモチイイ。捲簾が見てるのもカメラが撮ってるのも解ってるのに快感が止まらない。堪えられない。シーツの上で握っていた右手を動かして、チンポの下にぶら下がってる玉を握る。軽く力を入れて揉みこむと思わず声が漏れた。
「ッア……ンッ」
もうイきたい。堪えられない。脚がガクガクして腰が勝手に揺れる。このままじゃイっちまう。
「捲簾ッ、も、イくッ」
「ダァメ。手ェ離せ」
「ッ!!?」
無茶言うなッ! このサディスト!
ここまで来て手を離されるならまだしも、自分の手でシてんのにそれを止めろとかッ……。
必死で、全身に力を入れて堪えて手を止める。脚の指まできゅっと丸めて身体を震わせ、のろのろと指を開き、手を離していく。
「イイ子だ。結構限界そうだな、血管浮いてる。頑張ったな」
優しく笑みながら言ってくれた捲簾に、強請るような目を向けると、捲簾は少し身体を動かして自らのパンツのファスナーを下ろし、自分のチンポを取り出した。
「お前がエロいから俺ももうこんな」
ガチガチに勃ってる捲簾のチンポを見た途端、身体の奥が疼いた。
欲しい……。捲簾のチンポ、挿れて欲しい。イきたい。捲簾のチンポでグチャグチャにされてイきたい。
「け……れん。も、欲し……」
「お前ホントかわいいな。欲しけりゃ自分で馴らせよ」
「え……?」
言われた言葉が咄嗟に理解できない。
「自分で馴らして、ケツの穴拡げて俺にオネダリしてみな?」
信じられない命令に思わず首を横に振る。そんなこと、できるワケない。俺は、男とのセックスは捲簾が初めてで、それだってまだ数える程で、いつもソコを馴らすのは経験者の捲簾だった。もちろん一人でするときだってソコを触ったことは無くて。
「捲簾……」
泣きそうな顔で捲簾を見た俺に、捲簾がすっと笑みを消した。
「欲しけりゃやれよ」
ビクッと身体が跳ねて、肩が震え出す。怒らせた……? 俺が命令を聞かないから? 見開いた瞳から涙が零れた。捲簾は静かに俺を見つめたまま微動だにしない。
と、捲簾がため息を吐いた。ビクリと肩が跳ねると同時に怖くなった。……飽きられた? こんな俺はもういらない? 言うこともきけないような俺は、もう興味も持ってもらえない?
捲簾が、もう一度聞いた。
「やんの? やらないの?」
「や、やるッ! やるからッ……」
もう躊躇すら出来ずに、俺は先走りで濡れている指を自らのケツの穴に突っ込んだ。手間取ったりためらったりしてたら止められるって思って一気に2本突っ込むと、痛みが走って入り口が指を押し出すように絞め付けた。
「ッ……」
息を詰めて痛みをやり過ごし、少ししか入ってなかった指を今度はゆっくりと押し込んでいく。
なんか、変なカンジ……。ナカに挿れられている感触と入れてる指の包まれてる感触とで、どっちに集中していいのか解らない。でも、思ってたより嫌悪感は無い。
挿れた指でナカを探るように動かしてみると、熱い粘膜が指に押されてカタチを変えて蠢く。その指の感触にナカから快感が湧き上がって冷めかけていた熱がよみがえる。女の膣とは違う滑らかな内部。濡れはしない器官だけど内臓は内臓だから当然ナカはヌルヌルしていて、熱くって絡み付いてくる。でもやっぱ膣とは感触が違う。あと、膣より締め付けがキツイ。挿れるための器官じゃないのだと、その締め付けが物語っている気がする。馴らさないと痛いのは俺だけかと思ってたけど、これ多分挿れる方も痛いんじゃないだろうか。男同士だから仕方ないことなんだろうけど、面倒かもしんない。どうしたって受け入れる器官を持っている女には勝てない。入り口を押すように拡げていく。ある程度まで柔らかくなったところで、2本の指を開いてみて、出来た隙間にもう一本指を挿れる。イきそうになってて良かった。少しの刺激でも身体が勝手に快感を拾い、先走りが零れるおかげで、入り口が乾くことなく濡れている。さすがに挿れた指を舐めるのは抵抗があるから。捲簾の指ならともかく、自分の指だ。拡げたり抜き差ししたりするとクチュクチュ音が立つのが羞恥を煽ってたまらない。
ヤバい、ボーっとしてきた。恥ずかしいのと、気持ちイイのと、泣きそうなのとで、頭の中がグチャグチャだ。
「悟浄、コレが欲しい?」
捲簾が自らのチンポを指でなぞり、俺に聞いた。欲しいに決まってる。なんのために自分のケツの穴に指突っ込んでると思ってるんだ。イきたいんだよ。捲簾のチンポでナカグチャグチャにされてイきたいんだ。……捲簾に、俺のナカでイって欲しいんだ。
「も、挿れてくれよ……」
指を抜いて、その指で入り口を開けば、捲簾が笑ってくれた。ホッとして怖さが融けるのと同時に、飢餓感が襲ってくる。身体がヤバいくらい切羽詰まってる。おかしくなりそう。捲簾はカメラを俺に向けたままベッドに座った。抱いてくれるわけじゃないらしい様子に、何か言おうと口を開きかけた俺の前でベッドヘッドに枕を押し付けてそこに仰向けで半分寝そべる。
「自分で出来るな?」
カメラを構えたまま、パンツをずらしもしていない前を寛げただけの格好で俺に笑う。そんなカッコじゃ服汚れるって僅かに残った冷静な部分が告げたけど、もう勝手に身体が動いてた。
捲簾の腰に跨がり、勃ちあがってる捲簾のチンポを片手で掴み、もう片方の手で自らのケツの穴を拡げて位置を合わせる。入り口にチンポの先端が擦れただけでゾクゾクして身体の力が抜けそうになった。欲しい。チンポ欲しい。俺のナカ、満たして欲しい。息を吐くと同時に俺は腰を落とした。
「ッアアアア!!!」
ソコッ、ソコイイッ、キモチイイッ!!! 最初から目の前がチカチカする程の快感に一気に絶頂間際まで追いやられる。入れるだけじゃ足りなくて腰を揺らすと前立腺を押されて身体がビクビク震える。ダメ、押し付けるだけじゃ足りない。もっとシて欲しい。前立腺を思い切り抉られたい。必死で身体を浮かせて捲簾のチンポを引き抜いていく。強制的な排泄すらキモチイイ。ナカがヒクヒクしてて止まんない。カリが入り口に引っ掛かった感覚に、今度は一気に身体を落とす。重力と自重とでチンポの先端が前立腺を抉る角度で俺は自らソレに貫かれた。
「カ、ハッ……!」
頭が真っ白になる。身体が勝手に捲簾をくわえこんで喜んでる。止まらない。腰の動きも、身体の震えも、内壁の痙攣も止まらない。キモチイイ。もっと欲しい。グチュグチュという音と自分の喘ぎ声とベッドのきしむ音だけがひたすら響く。思い切り捲簾の上で腰を振りまくる。
「捲れ……ッ、け……んれッ!」
「チンポも扱けよ。もっとヨくなれるぜ」
悪魔の囁きに促され自分の手でだらだらと体液を漏らし続けているチンポを握った。
「ッ…………!!!」
ガクガクと脚が震え動きがままならない。ヨすぎる。キモチイイ。もっと! ……あ、も、ダメッ! ヨすぎて、もうッ。
「イくッ、イくッ、イッ……!!!」
限界だと思った瞬間、脚が崩れ落ちてガクンと身体が落ちた。捲簾のチンポの上へ。身構えることも出来ずに胎内を抉られて、俺は目を見開いて思い切り仰け反った。
「アアアアアアッ!!!」
チンポから精液が勢い良く吐き出され、硬直した全身がビクビクと跳ねる。敏感になりすぎている内壁は痙攣するたびに捲簾のチンポをくわえこんでしまい、その度に追い討ちのような快感に襲われ、気持ちヨすぎて苦しいくらいだ。
「あ……、あ……」
ピクピク痙攣しながらも、全てを吐き出してようやく身体が弛緩する。焦点が合わない目をぼんやり開いたまま、閉じられない口からは涎を垂らし、俺は捲簾に貫かれたまま、捲簾の腰の上にぐったりと座り込んだ。身体は時々勝手に痙攣しているけれど、もう自分の意思じゃ動かせる気がしないくらい重くて。捲簾の着ていたシャツに俺の出した精液が飛び散って、染み込み始めていたけど、それに怒ることも無く、荒い呼吸をしている俺に捲簾は笑った。少しだけ手元を見て片手で操作し、ようやくスマホを元のサイドボードに戻す。
「悟浄」
両手を差し出されて、俺は少しだけ重心を前に傾けた。そのまま力の抜けている身体は捲簾の腕の中に倒れこんだ。優しく抱き締められ、頭も撫でられて俺はソッと瞳を閉じた。1回しかイってないのにスッゲェ疲れてる。もうこのまま寝ちまいたいかもしんない。ぐったりと凭れている頭に捲簾がキスを落とす。
「このまま寝ていいぞ。身体は拭いといてやるから」
優しい声にそのまま眠りに落ちそうになったけど、落ちる寸前で気付いた。俺のナカを穿つソレに。
「捲簾まだイってなくね……?」
1回出したとは到底思えない硬さと大きさに、眠気を堪えて聞けば、捲簾は優しく俺の頭を撫でながらチンポをズルリと抜いた。
「俺はいいの。カワイイお前を見られたからもう満足」
「良くない……。捲簾もイって」
駄々を捏ねるように捲簾の胸に額を押し付けイヤイヤするように頭を振れば、捲簾が苦笑して俺の肩を抱いた。
「つってもな。俺は具合の悪いヤツに無理させんのは好きじゃないんだ」
「……え?」
「お前体調悪いだろ」
本気でビックリした。そんなこと無い。全然普通なのに、なんで……?
「見てりゃ解るっつーの。それに、1回イっただけで落ちそうになってんじゃねぇか。今日はもう寝ちまえ。俺のことはいいから」
イヤ、良くねーし。だって捲簾、イってもなけりゃチンポだってまだガチガチじゃん。その状態で止めるのがどんだけ辛いかくらい俺にだって解る。けど、そう思うのに身体は全然言うことをきいてくれなくて。何か言いたいのに言葉すらもう発せないまま、捲簾の温もりに包まれ俺の意識は闇に溶けた。
カタカタという音に、ゆっくりと意識が浮上する。……あれ? 目を開くと窓から柔らかな日差しが降り注いでいて、俺はベッドの中に一人だった。今何時だろ? 時計を見ようとスマホに手を伸ばしてみたけど、サイドボードの上には何も無かった。
「起きたか? 具合どうよ?」
声のした方に視線を向けると、ベッドの横に椅子が2脚置いてあって、その片方にノートパソコンを脚に乗せた捲簾が座っていた。パソコンからはケーブルが何本か伸びていて、そのうちの一つが隣の椅子に置かれた俺のスマホに繋がっている。さっきの音は捲簾がパソコンを操作する音だったようだ。
「ん、元気。捲簾何してんの?」
「顔色も良くなってんな。昨日のムービーを転送してんの」
自覚してなかったけど顔色が悪かったらしい。そういえば昨日はいつもより寒さを感じていた気もしなくはない。ってか、ムービー?
なんのことだろうと考えて、よみがえった昨日の記憶に慌てて飛び起きる。
「バッ! あんなもん転送すんなッ!」
「嫌だね。せっかくのズリネタなんだ。バックアップにバックアップを重ねて保存した挙げ句見せびらかしてやる」
「誰にッ!?」
咄嗟に伸ばした俺の手からパソコンを守り、捲簾はニヤリと笑った。
「元気そうで何より。オハヨ、悟浄」
俺の額に音をたててキスして、捲簾はノートパソコンを閉じスマホからケーブルを引っこ抜いた。そしてスマホを俺に返してくれる。
「のんびり朝飯でもって言いたいトコなんだけど、ちょい時間がギリでさ、悪いけどすぐ起きれそう?」
「あ、うん」
珍しいなと思いながらスマホの時計を表示させたら、14時23分だった。え、ちょ、マジ?
「ゴメン! 捲簾昼出勤だったんじゃ!」
「ああ、まぁ、平気だろ。俺が居なくても他のヤツがなんとかしてるって」
それって確実に遅刻してるってことじゃ……。
「悪ィ、すぐ帰る」
「飯くらい食ってからにしろよ」
「え、でも」
「用意しちまったから、無駄にさせたくなけりゃ喰え」
そう言われてしまえばもう反論もできない。仕方なく急いで服を着て、なるたけ急いで食べる。食べ終わると捲簾は珍しく使った食器を洗い桶につけたまま外出の支度を始めた。
「起こしてくれりゃ良かったのに」
「お前の寝顔を見てたかったんだよ」
笑って捲簾は言ったけど、それは嘘だって俺には解る。体調が悪くて落ちるみたいに寝た俺を休ませたかったんだって。俺が十分回復して自発的に起きるのを待っていてくれたんだって。いったい俺が全然起きなかったらどうするつもりだったのか。
1階に降りて、初めてエレベーターホールで捲簾と別れた。俺はマンションの前からタクシー、捲簾はどうやら地下に行くらしい。多分車なんだろう。車通勤だってことも、車を持ってることも知らなかった。エレベーターの扉が閉まるまで捲簾を見送って、俺もマンションを出た。歩いて大通りまででてからタクシーを拾うつもりで。
ふと、マンションを振り返ると、それは周りの建物よりも高く青空に向かって伸びていた。捲簾と一緒でないと入れないその内部。専用エレベーターの暗証番号はおろか、捲簾の許可がなければ受付すら通過できないソレ。
知りたいなぁ。湧き上がる思い。捲簾のことを知りたい。本当はすごく知りたいし、聞きたい。けど、聞けない。いつか捲簾から話してくれるだろうか。俺はそれまで待てるのだろうか? いや、でもここは待たないとだろ。教えてくれなくてもいいと言った手前もあるし、男の甲斐性だとも思うし。
いつか、か。いつか、捲簾が俺に全てを話してくれるなんて、そんな時がくるんだろうか。
そんな夢みたいな時が本当に来るんだろうか……。
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