16.未来(side:天蓬)
暖かい……。
包み込まれるような、ぬくもり。
僕は、此処を知っている?
まるで海の中のような、とても懐かしい場所。
……何か聞こえる。
繰り返し、寄せては返す波のように、何度も何度も。
……声?
僕を呼ぶ声がする。
僕は、この声を知っている。
「―――」
貴方の声に呼ばれて、僕はもう一度、そこに還る。
ゆっくりと、目を開く。それに呼応するように、意識も浮上していく。声が、言葉として、認識される。
「天蓬……?」
貴方の、声。
「……捲……れ……」
どうしてそんな泣きそうな顔をしてるんですか。もの凄く情けない顔になってますよ。
そう言おうとしたのに、上手く言葉が発せなくて仕方なく苦笑する。
泣きそうな顔で僕を覗き込んで居る貴方の後ろに、鮮やかな満月が見えた。
ああ、そうか。僕はここで首を絞められて……。
「……どうして……」
僕は死んだハズでは……。変えられない未来通りの、そのままの死が―――。
『変えられないモノなんざねぇ』
ふと、司書の言葉が耳に甦る。
あの言葉。
そして増えたページが意味するものは……?
ああ、あの人が言っていたのはこういうことか。
―――なんて悪趣味な。……そしてなんて。
ポタリと、頬に温かい液体が降ってきた。
「もう、大丈夫だから……」
言葉と同時に捲簾に抱き締められる。きつく、きつく、痛いほどの力で。けれど、僕に文句なんて無い。貴方の温もりも、匂いも感触も、その痛みさえ愛しくて幸せで。
「犯人は、捕まったから」
耳元で囁かれた言葉に視線を巡らせると、捲簾の肩越しに警察に連れていかれる男が見えた。
ああ、あの人見たことがある。前にあの図書館で見た、連続婦女暴行殺人事件の犯人だった人だ……。逮捕されてた筈なのにと思ったのだが、彼を取り囲んでいる人の中に見知った顔がいくつかあった。ということは、脱獄でもしたんだろう。犯人を取り囲む人警察の一人がチラリとこっちを見て、ちょうど目が合う。宋公は申し訳なさそうな顔をしてペコリと頭を下げると、そのまま犯人を護送して行った。
と、僕の隣に立っていたらしいあの事件の担当をしていた刑事が片膝を付き、僕に言った。
「巻き込んで済まなかった。直に救急車が来る。誰かに付き添わせるから、何でも言ってやってくれ。それから、改めて詫びには行かせてもらう。今日のところはこれで。すまない」
「いえ……」
今はそちらも大変だろうから仕方ない。警察側で少し手伝っていたせいで、そういうのが解ってしまい文句を言いにくい。困ったものだ。まぁそれに、僕はもう大丈夫だというのが解っているから余計にね。
やっと感覚の戻ってきた手を持ち上げ、縋りつくように僕にしがみついている捲簾の背を撫でる。
「もう、……大丈夫ですよ」
震えている貴方に、ちゃんと届くように、言葉を紡ぐ。
「あの『未来』は終わりましたから、もう、大丈夫」
違えることは無かったけれど、もう、終わったから。新しい未来が、生まれたから。
「捲簾」
背中を撫でていた腕で、貴方を抱き締める。
本当は、ずっと貴方に言いたかったんです。
諦めたくなんて無かった。
「貴方が好きです」
貴方と共に、生きたかった。
貴方の隣に並ぶのは自分でありたかった。
だから実現させる。
未来は、ここにあるのだから。
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