FATE


17.エピローグ(side:捲簾)


出先から帰社して、特に急ぎの問題が起こっていない事を確認してから、仕事に取りかかる前に少しだけ休憩しようとエレベーターへ乗った。
食堂や喫茶室、喫煙室なんかがあるフロアの一角に目的地はある。途中の自販機でコーヒーを2本買ってから、『OPEN』の表示を確認して、俺は扉をノックした。
「どうぞ、開いてますよ〜」
その言葉に扉を開く。
中はデスクと椅子の他はキャビネットくらいしか物の無い、殺風景な小さな部屋。壁の一方を占めている二つの扉は今は開いていた。
「おや、捲簾。こんな時間に珍しいですね」
デスクに座ったまま、天蓬が笑った。俺は買ってきた缶コーヒーを片方天蓬に投げると、待ち合い用の椅子に腰掛けた。
「たまにはサボらせろや」
天蓬は今はウチの会社の専属カウンセラーをしている。心の病むヤツが多いご時世なので、ソコソコ従業員の居るウチの会社には専属のカウンセラーが数人居て、悩み相談だけじゃなく、治療中だったり復帰中の奴等のバックアップもしているのだ。病気療養で休めるばかりじゃないから、意外とここは盛況だ。中でも天蓬は、悩みの他に仕事の内容、方針、進め方や戦略まで広く深く相談できて人気らしい。特に病んでるワケでもない幹部層まで普通にディスカッションに来るとか。それもどうよって思うんだが、天蓬曰く、大きな病気を未然に防ぐ為ですよだそうだ。
あの事件を境に、天蓬から例の力は消えた。あの巨大図書館の司書に来館カードを返しましたからと天蓬は言ったが、そういうものなのだろうか。てか、俺には願ったり叶ったりだったが、今まで有ったものが無くなって不自由は無いのだろうか。特に仕事面。今まで普通に働いたことも無いのに、コイツは。まぁ、家賃はタダだから直ぐに困りゃしねぇだろうが。
なんて心配していた俺を他所に、天蓬はもう一度学校へ通い始めた。今度は大学院に。三蔵に金を借りて。そしてそのまま臨床心理士の資格を取り、金を返す為に職を寄越せと借りた金にモノを言わせて、三蔵から今の仕事をもぎ取っていた。普通は逆だ。
ここは禁煙なので、紛らわすためにコーヒーを一口飲んで、俺は口を開いた。
「今日俺早く帰れそうなんだけど、そっちはどうよ?」
「早いって言っても、7時過ぎなんでしょ?」
「そう。多少の残業は仕方ねぇって」
その言葉に天蓬は軽く肩を竦めて見せた。天蓬程じゃないが、俺も少しは変わったのだ。
あの後、いきなりの長期休暇にクビ程じゃなくても降格処分や減給は避けられないと思っていたのだが、誰かが裏から手を回してくれたのか何のお咎めも無かった。三蔵には聞いたのだが、自分ではないと言っていた。まぁ、貯まってた有休を使っただけと言えばそうなんだが、いきなり連続で使ったから、書類上は問題が無くても何かあると思ってただけに拍子抜けした。で、特に野心も無く、面白いことをやっていただけなのに、ナゼかその後着実に出世して現在は課長代理。同期なんかと比べると随分早い出世だ。ま、だからこそ残業はな、仕方ねぇよ。
「僕も今日は夕方に一件入ってるだけですねぇ」
「じゃあ、帰りに悟空のトコ寄らね?」
悟空は相変わらずあの喫茶店でバイトをしていたりする。アイツは逆に全く変わらなくて、それはそれで安心する。
「いいですね、久々に行きますか」
「マスターの新作パフェが超オススメだからお前を連れてこいってメール来た」
「パフェ! 良いですねぇ! って、何で貴方のところへ」
「より確実な方を選んだんだろ。つか、お前夕べケーキ焼いてやっただろうが。あれじゃ不満だっての?」
「ケーキはケーキ、パフェはパフェです!」
「……ああそう」
「あ、でも」
「ん?」
「食事してパフェ食べたら早めに帰りましょうね?」
「イイケド何で?」
聞いた俺に、天蓬は身を乗り出して軽く唇にキスをした。
「たまにはゆっくり……ね?」
「…………おう」
思わぬ不意討ちに、口元を手で覆い窓へと視線を逸らす。
あれから何年も経ってるのに、変わることも褪せることも無い感情。まだ、今日もお前が好きだよ。きっと、明日も愛してる。こんな毎日を、ずっとお前と過ごしていけたらって思うんだ。勿論その為の努力は惜しまないつもりだ。
「んじゃ、仕事に戻るわ」
「ええ。また帰りに」
軽く手を振って部屋を出る。
早く帰らなきゃいけない事情も出来ちまった事だしな。
それじゃ、お仕事頑張りますか。



___END



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