FATE


15.未来(side:天蓬)


暗い、暗い闇の中。
気付いたら、僕は闇の中に居た。
上も下も解らない何も無い空間。
と、霧が晴れる様に闇が薄くなっていく。
何も無いと思っていた空間に、少しずつ風景が現れる。
……ここは……。
僕を取り囲む様に現れた無数の本。何処までも続く本棚。見慣れた、あの図書館。
闇が消える。僕は、僕自身の死を見たあの図書館に立っていた。たった今ここに書いてある未来を現実にしたばかりだというのに、どんな嫌がらせだろうか。
手近な本を一冊取り出してみた。ここの本は現実世界のように、この本はこれみたいな内容は決まっていない。思い描いた内容が本に表示されるのだ。だから、どの本を取っても表示される内容は変わらない。見たいと望むもの、それが全く同じ内容で映し出される。多分、本に直接書き込まれている訳ではないのだろう。何処か、サーバーみたいな場所に全てが納められていて、僕はそれをこの本に表示させているだけなんだろう。
ぱらりと本を開いてみる。ちょうど真ん中あたる。すると、そこには僕の両親が死んだ時の事が書かれていた。良くある雨の日の事故。薄暗い土砂降りの雨の中、二人の乗った乗用車にスリップした対向車が激突したのだ。両親も、ぶつかってきた対向車の運転手も即死で、コントロールを失った車に何台かの後続車が巻き込まれる大事故だった。その時僕が何をしていたかというと、自分の部屋でベッドに潜り込んでじっとしていた。僕は、あの時知っていたんだ。あの二人が死ぬことを。
……その日二人には予定があった。車で一時間程の場所に知人に会いに行くのだと言っていた。数年ぶりに会うのだと、二人はとても楽しみにしていたのだが、僕はそれを止めた。二人は最初は承諾しなかったが、僕の必死さが伝わったのか、最後にはその予定を取り止めてくれた。そして、僕の話を馬鹿にしたりもせずにその日は外出せずに済むようにもしてくれた。
けれど、あの日、二人は死んだ。電話が鳴ったのは覚えている。けれど、その内容もその後の二人との会話も、僕は何も覚えていない。そして、二人は車で出掛けて、僕が知っていた通りに死んだ。
小さく溜め息を吐いて僕はページを適当に飛ばす。
今度は大学生の頃の記録だった。捲簾と初めて会ったあの日。あの日は桜が舞い散る良い陽気だった。前日本を読んで徹夜していた僕は、少し寝ようと窓を開けて椅子に転がっていたんだ。
一つ息を吐いて、僕は本を閉じた。
自分の未来はなるべく見ないようにしていた。変えられない未来をなぞって生きるのは嫌だったから。けれど、本当は見るべきだったんじゃないだろうか。そうすれば、誰も悲しませない方法が見つかったんじゃないだろうか。なんて、見ても変えられやしないのだけれど。
もう一度、本を開く。一番後ろのページ。ビルの狭間で月明かりの中、首を絞められる。そして、そこで記載は終わっていた。終わりは死とは書かれない。意識が消えることが死と認識される。その人の意識が消えると、その本は終わる。人生は一人称の物語で、その人が見たもの体験したこと感じたこと考えたことしか存在しないのだ。他者はあくまで登場人物で、その人というフィルタ越しにしか存在しない。
「おい」
不意に声をかけられて驚いて振り向くと、そこにはいつか会ったここの司書が居た。ここで出会った事のある唯一の人物。けれど、彼に会うのも二度目だった。
珍しい人に会えましたね。
司書はカウンターの中で不機嫌そうに座っていた。ここには数えきれない程来ているが、カウンターを見るのは初めてだ。良く図書館にあるあのカウンター。その中で彼は、何か操作しているようだった。
「どうだった?」
こちらを見もせずに発された言葉の意味が咄嗟に解らない。ここには僕しかいないから、豪快な独り言でなければ、僕に言われた言葉なのは間違いないが。
「どうだった、とは?」
聞き返すと彼は、溜め息を吐いて顔をあげた。さらりと長い金色の髪が揺れる。
「お前の人生が、だ」
それはまた、漠然としてますね……。
何故そんなことを聞くのかとも思ったけれど、彼は子供の頃の僕を知っている。だからだろう。ここには余り、人は来ないだろうから。
「特にどうとも」
他人の人生がどうかは知らない。だから、僕にとってはあれが普通の人生だった。力があるのも、あそこで終わりなのも、それが僕にとっての普通で、だから誰かと違うなんて思わない。良いことも悪いことも色々あった、普通の、生でしたよ。
特に興味無さそうな顔をしたまま、司書がまた質問した。
「やり残したことは?」
「……無いです」
「そうか」
終わるのを知っていたから、後悔は無いように行動していた。どうせ終わるのに、最後にあれをやりたかったなんて悔やむのは嫌だったから。
と、司書が僕に向かって催促するように手を出した。
「カードを返せ。お前にはもう必要ねぇだろ」
昔この人に貰った、ここの来館カード。確かに、僕にはもう必要が無い。使いようも無い。僕はもう、死んだのだから。
だから、最後にここに来られたのだろう。
無数の本がある、全てが記載された図書館に。
気付いたら僕は手に一枚のカードを持っていた。きっと、本来は形が無いのだろうそれを、僕は司書に返した。これで、全てが終わったのだ。
司書はカードをチラリと見てから何やら作業を始めてしまった。
さて、僕はどうすればいいのだろう。こういうシチュエーションでここに来るのは初めてで、どうすれば良いのか解らない。
と、作業している司書が、相変わらず僕を見もせずにどうでも良さそうに口を開いた。
「まだ生きたかったか?」
「……そんな仮定の話に何の意味があるんです」
実現する可能性も無い仮定の話に、価値は無い。自問自答ならまだしも。
すると彼は、うざったそうに言った。
「質問項目にあるから聞いただけだ」
……質問項目ってなんだ?
と、ふと、僕は忘れていた疑問を思い出す。
「貴方は何者なんです? 此処に司書が居るなんて話、聞いたことも無い」
アカシックレコードの存在は、調べれば色々出てくる。此処に来られるのは僕だけではないし、昔からその存在は、知っている人は知っているというモノでもある。けれど、司書が居るという話は何処にも無い。見たことも聞いたことも無かった。
しかし、僕の視線なんてまるで気付かない様子で彼は言った。
「俺が知るか」
つっけんどんな一言。
それ以上何も言う様子もなく作業していた彼が、ふと何かに驚いたような顔をした。
「ほぅ……」
呟き、手を止めた彼が僕を見る。
「後悔はあるか? だそうだ」
だそうだ……て、なんだ。ていうか、後悔? そんなもの。
「あるに決まってるでしょ」
後悔が無いワケが無い。
その回答を聞いて、司書は面食らったような顔をした。そして何か言おうと口を開きかけたが、また何かに気付いたように視線を落とした。通信端末でもあるのだろうか。カウンターでこちらからは見えないが。
と、彼はとても複雑そうな顔をした。痛みを堪えている様な、切ないような、懐かしむような、けれどそのどれとも違う表情。彼の口から言葉が零れ落ちた。
「変えられないモノなんざねぇ……か」
「え?」
意味が解らず聞き返した僕には答えないまま、司書は立ち上がりカウンターから出て、僕の隣に立った。この人、背高いんですねぇ。昔会ったときは、僕がまだ子供だったから当然大きく感じていたし、今回はずっと座っていたから気付かなかった。改めて隣に並ぶと、彼は僕より身長が高い。端正な顔立ち、垂れ気味の紫暗の瞳、さらりとした金色の長い髪を後ろで一つに纏め、白い服を着て姿勢良く立っている姿は、司書というより、まるで神のようだ。
見つめる僕の視線なんて気にせず、というかいっそ無いかのように彼は手を伸ばして一冊の本を取った。僕がさっき開いていた、本を。そして表紙をめくり、一番後ろのページを開く。視線を落としてみれば、それは僕の最後の記録。
と、何も無い空間から光が湧き出るように本へと集まっていく。金色の光が、本の上で姿を変える。新しいページへと。
「面白いモノを見せて貰った」
目を見開く僕の前で、彼は本を閉じた。ページが増えた、その本を。
司書が、僕を見て笑った。
どういうことなのか、聞こうとしたんだ。けれど、言葉が声になる前に、僕の意識は闇に飲み込まれた。





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