7.現在(side:捲簾)
翌日会社に出社すると、俺は何故か三蔵に呼び出された。
俺がこの会社に入ったのはそもそも三蔵が手を回してくれたからだが、それはあくまで内定が出るまでの話だ。その後の人事や、仕事内容や昇進なんかには三蔵は関わっていない。単純に俺の力だけだ。俺の方もそれを望んだし、三蔵もそこまで首を突っ込むのはごめんだと言っていた。まぁ、働き始めたら学生の時とは違う力が必要になるわけで、そこに三蔵が手心を加えたとした場合、俺がもし使えなかった時にその責任や不満は全部三蔵に向かっていく事になるしな。そういうくだらないいざこざを三蔵が望むわけが無い。いくら頼まれても、相手を気に入っていたとしてもそういうことをする奴じゃ無い。
なので、三蔵に呼ばれる心当たりが全く無かった。
現在の部署は三蔵が主に統括しているところとは別であったし、だから上司部下のような繋がりも薄い。その俺を、三蔵がわざわざ呼び出すとは。
しかも社内メールでだ。
アイツは俺の携帯メールアドレスを知っているし、用があれば普段はそっちに連絡してくる。
社内メールは基本的に監視されているようなものだ。何かあれば情報課の人間がログをすべて引っ張り出して読むことだってある。それで敢えて呼び出すということは、何か仕事の話なのだろうという予想はつくが、部署は違うわ、職位だって近くないわで、さっぱり見当がつかない。とりあえず上司と部下に行き先を告げて、席を立った。
三蔵の私室は俺のトコと、建物が違う。部署ごと建物が分かれているのだ。部署によっては全然違う立地なこともある。電車に乗って行ったりと、まるで子会社か違う会社に行く感覚だ。
今回は徒歩3分のところにあるビルなので、何度か来たことがある。
受付を通り抜け、セキュリティチェックに社員証をかざして入り口を通過する。そして大型エレベータの方へ行って、上を押し、やってきた箱に乗り込み30階を押す。同じように何人か乗ってきたわけだが、みんな連絡階で降りてしまって、30階まで行くのは俺だけだった。そりゃそうだ。30階なんてお偉方しか用はないだろうしな。社長室なんかはもっと上のフロアになるが、代表取締役なんかが30階だ。つまりそのアタリの人間しか用は無い。俺だって滅多に来ない。
エレベータの扉が開いたので、降りる。相変わらずここは下のフロアとは雰囲気が違う。壺とか飾ってあったりするしな。胡蝶蘭も綺麗なもんだ。
三蔵の部屋の前まで来て足を止める。プレートは在室になっている。
拳を作って扉をノックすると、入れと声が聞こえた。
「失礼します」
扉を開けて、声をかけ、中に入り、扉を閉める。
そこまでは形式通り。代表取締役と一社員を演じる。
が、扉が閉まってしまえば俺と三蔵は友人同士なワケで、お互い堅っ苦しいのは嫌いなワケで、しかも知ってる相手にそんな態度でもされようものなら嫌味だとしか取れないワケで。
「めずらしーじゃん。俺に会えなくてそんなに寂しかったかぁ?」
ポケットから煙草を取り出し銜えながらそんな風に言えば、同じように煙草を銜えながら三蔵は応接用ソファーに座った。
「ふざけんな。誰がテメェなんかに会いたがるか」
「だよなぁ」
笑いながら俺も三蔵の向かいに座ると、背もたれに身体を預けて視線を三蔵へ投げる。
「んで、何の用?」
俺が軽く笑いながら聞くと、三蔵はひたりと俺を見据えた。
なんだぁ? 珍しくマジじゃん。
雰囲気を敏感に察知して俺が笑みを消すと、三蔵はようやく口を開いた。
「天蓬のバイトの事は知っているな」
「ああ、一応」
占いモドキ。三蔵の連れてきたクライアントの相談事解決。
知っていることは知っているが、俺は相変わらず天蓬から与えられた情報のそれだけしか知らない。
多分三蔵もそのことは知っているんだろう。
「俺が話すことでもないんだろうが」
紫煙をくゆらせながら、そう前置きをした。
「月に一度程度の頻度で、俺は天蓬に依頼をしている。内容は知っての通りだ。占い…と、一応定義しておくが」
そこまでは俺の知っている情報だ。
「基本的にクライアントのところへ赴く。そこで詳しい説明を受ける。事前にこちらでも調べておくが、念のためだ。そして天蓬が調べて、結果を相手に伝えて、終わりだ」
調べて?
怪訝そうな顔をした俺にかまわず三蔵は続ける。
「依頼には必ず俺がついていく。理由はいくつかあるが、今のお前にはまだ話せない」
「どういう事だ?」
眉間に皺を寄せて、幾分鋭い視線で問えば、三蔵も鋭さを増した視線を返してくる。第三者が見たら今から殴り合いでもするかのように見えるんだろうが、俺達にはそんな気はさらさら無い。こういう威圧的な視線を投げることに躊躇するような関係でもなければ、それに怯むようなやわな神経はお互いに持ち合わせちゃいない。鋭い視線はお互いに相手の思考を伺っているからだ。仕方ない。
俺の問いを無視して、三蔵は淡々と話を進めた。
「明日、一件依頼が入っている。天蓬はもちろんOKしている。だから明日、そこに出向くんだが」
そこで一度言葉を区切って、三蔵は煙草を灰皿に押し付けた。視線もいったんそちらに向く。
そしてなぜか三蔵は目を伏せた。
その事に疑問を持ちこそすれ、言葉として発するより早く、もう一度その紫暗の瞳が俺をひたりと見据えた。
何かを決意したかのような、強い瞳。
「その付添いを、お前に頼みたい」
「……それって、天蓬は了承してんの?」
「アイツには言ってねぇ」
どういうこと?
「天蓬が了承するとは思えねぇんだけど?」
「だろうな」
「じゃあなんで…」
天蓬をすっとばして俺に持ち掛ける理由が解らない。
そもそもこの件を例えば俺が受けたとしても、当日俺が付き添うことを知った天蓬が素直に俺を連れていくとも思えない。最悪、依頼自体キャンセルする可能性だってあるだろう。キャンセルしないまでも、俺を置いて一人で行くくらいの事はしそうだ。アイツのそんな性格くらい、コイツは知ってるだろうに。
三蔵は新しい煙草を銜えると、静かに火をつけた。
「アイツが、諦めてるのが我慢ならねぇんだ」
諦めている?
天蓬とあきらめるという単語が、上手く繋がらない。
基本的にアイツは目的の為なら手段をえらばない。それは三蔵だって承知しているはずだ。
興味を持った事柄に対しては、どこまでもまっすぐで素直。
「なんでアイツがテメェに占い風景を見せないか、解ってないわけじゃないんだろ?」
「なんも言わねぇのに分かるかよ」
天蓬は何も言わない。だから解るワケがない。
「それでもオマエのことだ、予測くらいは立ててんだろ」
「……」
そりゃあ俺だって今までそのことについて考えたことが無いわけじゃない。だって、大学時代に当初告げられた、相談者さんのプライベートですからなんて理由、最初こそ納得したものの、ここまでくると甚だ疑問だ。それが嘘ではないんだろうが、理由の全てではないだろう。そのくらい天蓬は俺に対して占い風景を見せないし、それに関わる全てを隠している。
「俺に見られるのが嫌なんだろ」
「30点だな。まぁ、テメェの持っている情報からすればそんなもんだろうがな」
大きく外れてはいないらしい。
っつーことはアレか? 今回のは荒療治的な何かか? 強引に見ちまぇって?
三蔵の意図はイマイチわからんが、これだけひたっすら隠されてることを無理矢理暴くのはどうなのか。
確かにそうでもしなけりゃ、このままずっと隠されたままな可能性は否定できない。
だからといって強引にしていい部分なのか?
俺としては。
「アイツが曝け出すまで、待ってやりたいんだがな」
これが正直なところ。
荒療治が必要なこともあるだろうさ。だけど、今、それは得策ではない。俺は少なくともそう思う。動くタイミングを見誤るのは御免だが、それは動かないタイミングを見誤ることも御免だという事で。
「それじゃおせぇんだ」
告げられた言葉に瞠目する。
「どゆこと?」
問うても、三蔵は返事どころか目も合わせやしない。沈黙が落ちた空間に、紫煙が二筋立ち上るだけ。
三蔵も迷っているのかもしれない。
ふいにそう思った。
でなけりゃ、この俺様なヤツが、こんな風に沈黙を良しとはしないだろう。
コイツが迷うとか、珍しい。
三蔵は何を知っているんだ?
「天蓬は、テメェを心底好きなんだ」
「でもそりゃ…」
「だから」
遮るようにかぶせて、三蔵は俺をひたりと見つめた。
「だからお前に見せたくないんだろう」
話の肝心なトコロを隠されていて、上手く理解できないのがもどかしい。
「手遅れになりたくなけりゃ、動け」
単純な話。
知りたいか知りたくないか。
そりゃ、知りたいさ。
興味だってあるし、他でもない天蓬のことだし。何より、俺だけ蚊帳の外なのが気にいらない。
どこまでいっても俺は自己中なんだろう。
天蓬自身に晒させたいと言っておきながらも、あんな風にたきつけられればアッサリとエゴを優先する。
だからって、それに対してどうこうは思わない。
俺は、俺が俺であるために、自分の欲求を最優先する。
俺が知りたいと思っている。
それだけで理由は十分だ。
待ち合わせは依頼してきた相手(つっても企業だけど)の会社のある最寄り駅。
普段三蔵と天蓬と出かけるときは、ウチの会社で待ち合わせてから行くらしいから、今回のこの場所指定はおそらく、天蓬が付添いが俺だと知ったときに断れないようにという配慮からだろう。ここから目的の場所までは徒歩3分。依頼された時間の10分前という、ギリギリの時間設定。今回の件について問い詰める時間も無けりゃ、断ったりする時間もねぇし、三蔵に聞くことすらできない強引なやり口だ。
逆に言うなら、そこまでしなけりゃならないってことで。
何にかは解らないが、三蔵も焦れているんだろう。
でなけりゃアイツが、強硬手段にでるこたぁまぁあるだろうが、他人の事にここまで首突っ込みゃしねぇだろ。
俺も、無理矢理っつーのはあんまり好きじゃねぇが……、それでも動くと決めたからには。
蚊帳の外はもう御免だ。
腕時計を見ると、待ち合わせまで後数分だった。天蓬のことだから、そろそろ来るんじゃないだろうか。
改札の方向へ目をやると、人ごみの中に見慣れた人影。
平日昼間だから、そんなに混んでいるわけでもない。だからだろう、天蓬は俺を見つけて嬉しそうに笑った。
「こんにちは、捲簾。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「おー」
単なる偶然だと思い込んでいる天蓬になんと告げていいかわからず、曖昧な返事を返すと、天蓬はおやという顔をした。
「あれ、今日仕事はお休みですか?」
平日の真昼間なのもあるが、俺が私服なのに違和感を感じたらしい。普段から通勤時だって私服を着てるわけじゃない。
「いんや、仕事ー」
「私服で?」
「そ」
先手必勝とばかりに、俺は天蓬の手首を引っ張った。つか、むしろ逃げられないように拘束した。
「今日の俺の仕事はお前のお守り」
遠回しに言っても仕方ないのでストレートに告げ、目的の会社の方向へと歩き出すと、天蓬は言われた意味が解らなかったらしく目をしばたたかせた。
が、すぐに理解したらしく、足を止めた。
手首を掴んでいた俺も、引っ張られるようにして足が止まる。
振り向いて見た天蓬は、普段の笑顔なんて想像もできないくらい険しい表情をして、俺を見ていた。
「どういうことです?」
……全開のコイツ見んの、久しぶりだわ。
射抜くような瞳が心地よく感じるあたり、俺も施しがたいな。
ゾクゾクする。
「そのまんま。三蔵が急に都合つかなくなったから、お前のこと知ってる俺が代打で来たの。」
「聞いてません」
「急だったから言う暇なかったんだろ。時間、間に合わなくなるから行くぞ」
手を引くと大人しく付き従ったが、数歩歩いてまた止まる。
「三蔵が来られないのは解りました。ですが、だからって貴方がついてくる必要は無いはずです。一人で行けますから、貴方は戻ってください」
そう来ると思ったわ。
「あのなぁ、俺だって別にやりたくてやってんじゃねぇの。三蔵から正規ルートを通じて俺にちゃんと仕事の命令として今回の件は来てんの。課長にも命令されてんの。だからはいそーですかって言うわけにはいかねぇんだよ」
半分嘘で半分本当。
嫌々やっているわけじゃ、もちろんない。けれど正規ルートで仕事上の命令がきてんのは本当。
俺に不利益の無いように、加えて天蓬を抑え込めるだけの材料をということでの業務命令。だからこその社内メール利用だったっつうわけだ。
現状をなんとかしたいんだろう天蓬を引きずって、目的の会社の受付へ直行する。
やがて迎えの人間が来て、天蓬が観念しただろうことを確認した上で、俺はようやく天蓬の腕を離した。きつくつかみすぎてたみたいで、天蓬の手首にはうっすらと手の跡がついていた。
エレベータで上に上がり、俺たちが案内されたのは会議室ではなく応接室だった。なんで。話の内容が重いからだろうか。わからん。
促されて、天蓬がソファに腰かけたので俺も立ってるのもアレだしっつーことで隣に腰かけた。
依頼者は3人。全員男性で、一人は初老くらいの多分結構上の地位のヤツなんだろう、貫禄がある。もう一人は50くらいの普通のサラリーマン。そして最後の一人は秘書っぽい、若い。
初老の男が、笑顔を浮かべながら名刺を俺たちに差し出した。
「お呼び建てしてすみません。今日はよろしくおねがいします」
相手からの簡単な自己紹介、その場のメンバーの紹介、そこから挨拶に入りかけたところで天蓬が口を開いた。
「挨拶はいいので、用件をお願いします」
見た感じ、天蓬はいつも通りだ。
もしかしたら腹の中では俺に怒っているかもしれないが、表向きは普段通り。仕事をするのに差しさわりはなさそうで一安心だ。
今度は初老の男に変わり、サラリーマンの男…確か用地部部長とか言ったかな、そいつが説明を始めた。事前に三蔵から貰っていた資料の情報と照らし合わせつつ聞く。
今回の依頼は簡単に言うと、企業の用地買収の情報がどこからか漏れているからその犯人を突き止めて欲しいというものだ。用地買収の対象の地権者に正規ルートで交渉に行く前に、買収の情報を流したりそのメリットデメリットを取引材料にしてマージンを得ている人物がいるらしい。なかなか尻尾を掴めないのは、情報が少なすぎるからというのと、それが頻繁に行われているわけではないからのようだ。地権者からしてみれば犯罪の片棒を稼がされている部分もあるわけで、中々企業までは情報が来ない上に、この企業では土地買収の件数自体が多いにも関わらず、怪しい件というのが年に数件だからだという。その他にも、特定人物が関わっている件ということも無く、この人物が怪しいのではないかという候補は10人ほどいるようだ。
説明に嘘はないらしく、事前資料とほぼ一致した。
そしたら今度は天蓬の仕事だ。
ちらりと視線を投げると、天蓬は俺の視線を気にする様子も無く、少し姿勢を正した。
「候補の方の写真ありますか?」
「ええ。用意してあります」
机の上に10枚ほどの顔写真が広げられる。30歳〜40歳くらいの男女。
天蓬はその写真を手に取りじっくりと見つめている。
見れば解るってわけでもないだろうに、一枚ずつ結構な時間をかけて見つめている。
そしてテーブルの上に写真を戻し、改めて写真を並べた。
「調べますので、静かにお待ちください」
天蓬はソファに身体を預けると、俺を見た。
「あー……」
多分、隣に居るのが俺だってことを忘れてたんだろうな。急に困ったような顔をしているから。
「何? なんかやんなきゃいけないことあるなら言って」
そのために居るんだしな。遠慮とかしてもらっても嬉しくない。
天蓬は僅かにためらってから、やがてあきらめたように息を吐いた。
「ちょっと、肩貸してください」
「え?」
俺の疑問には答えず、天蓬は俺にもたれかかると肩に頭を乗せた。安定する場所を探しているらしく少し身じろぎすると、そのまま目蓋を下す。
え? え? ナニ? 何なの?
頭の中では思いっきり混乱しているものの、現在仕事中なワケで、クライアントの前なワケで、動揺を表に出すことも疑問を口にすることも出来ない。
と、目蓋を下した天蓬の身体が重くなる。
もたれているだけだから大した重みじゃないが、その重みの増し方が眠ったかのような、意識が無くなった感じの重みの増し方でびっくりした。
この状況で寝たのか、コイツ? え、それ俺はどうすればいいの?
けれどその予想が外れていることにすぐ気づいた。
何だ? なんか、なんかおかしい。
何にってわけじゃない違和感を感じる。
訳も無く不安になっている? 妙に自分の脈が速い。
なんだ、この感じ。いきなり自分一人になったような…、っていうか、天蓬が、ここにいるのに、俺の肩にもたれているのに、居る感じが全くしないっていうか。
重みは確かに感じるし、身体だって温かい。呼吸だってしている。それは解る。
なのに、なんでだ?
まるで、身体が抜け殻みたいだ。
背筋を悪寒が走り抜けた。
そうだ、この感じ。知ってるわ。
知ってるっていうか、…似た状態を知っている。
これはアレだ。身体は生きているけど、死体と同じ……。
葬式とかの、死んでる人間と同じ感じ。肉体はそこにあるけど、中身が居ない。まさにそれ。
え、なんでいきなりそうなってんの?
俺はこの状況でどうすりゃいいんだ?
天蓬を揺さぶっていいのか? そんなことでどうにかできるのか?
てか、……天蓬、今、生きてんの?
唾液を飲み込む音が妙に響いた。
嫌な汗がじっとりと身体を覆う。
何が起こっている? どうしたらいい?
実際にはそんなに長い時間じゃなかったんだろうが、俺にはものすごく長く感じられたその時間。
やがて、僅かに眉が動いて、天蓬の目蓋がゆっくりと持ち上がった。
それと同時に天蓬の気配っつーか、そういうのが湧きあがるように濃くなる。
もたれていた身体を起こして、天蓬は写真に目をやった。そしてその中の一枚を手に取り、相手の方に向け差し出した。
「この方です」
……そういえば、犯人を捜してたんだっけ。
「ありがとうございます」
礼を言う相手の声も俺には上手く届かなくて。
天蓬を俺は思わず見つめていた。
最初はけだるそうにしていたが、だんだん普段通りに動き始めているその手とか、視線とか。
「それでは失礼します」
天蓬が立ち上がる。
そして動けなかった俺に視線を投げた。
現在の状況と立場を思い出してというか、頭のどこか冷静な部分が勝手に身体を動かしたというか、俺はなんとか立ち上がって天蓬と一緒に部屋を出た。エレベータに乗り込み、見送られてその会社を後にする。
天蓬は一言も口を利かない。
俺も口を利けない。
駅へと向かってはいるが、そうしようと思ってやっているわけじゃない。身体が勝手にそうしている感じだ。
だってまだ動揺が残っている。
さっきの出来事を上手く処理できていない。
ってか、もしかして。
「オマエの占いって、いつもアレなの?」
天蓬は忌々し気に、眉を顰めた。
「ええ、まぁ」
天蓬が今まで俺に占い風景を見せなかった理由が解った。
俺に見せたく無かった理由が。
俺は天蓬を睨みつけた。
「全部吐け」
コイツは俺に知られたくなかったんだ。
|