FATE


4.過去(side:捲簾)


それまでの半年間の停滞が嘘のように、俺たちは親しくなった。
つっても、親しくなった部分とそうでない部分があって、多分他の人間なら気づかないようなくらいさりげなく、けど俺はなんとなくそれに気づいていた。
携帯番号やアドレスの交換はしたけれど、家の場所は相変わらず知らねぇし、良くつるんで飯なんか食いにいくようにはなったけど、占い方法なんかは教えてくれねぇし、初詣なんかに二人で行ったりもしたが、アイツの家族のことなんかは全く知らない。
俺はそんな風に隠すことなんかねぇし、天蓬には何でも話した。そして天蓬も嫌がりもせずに楽しそうに聞いてくれていた。けれど天蓬からは、ある膜を透すかのように、一定の、限られた情報しか話されなかった。
それが話したく無いことなのかもしれないと思って、敢えて聞くことはしなかったが、ちょっと多い気はしていたし、なんでもストレートに言葉を紡ぐアイツにしては、珍しい事だとも思った。
それでも、俺たちは良くつるむようになったし、楽しい事や悪だくみを共有するようになったり、意見をぶつけ合ったり、もちろんケンカだってした。
俺は、その変化が結構嬉しかった。
今ならコイツと本当に友達だって言える気がした。
周りから評価の『親友』というのには、まだ遠いが。

俺らが3年に上がった春、唐突に天蓬から告られた。
文学部の一般教養棟6号館の3階の空き教室。
出会ったあの場所で、天蓬は桜の花びらを愛でていた。
「捲簾。僕ねぇ、貴方が好きです」
桜から目を離さないまま、俺の顔も見ずにそう囁く。
「貴方に出会えて良かったって思うんです」
甘い響きで、その言葉は届いた。天蓬は穏やかな笑みを浮かべていた。
「それって、Like? Love?」
一応聞いてみた。
すると天蓬はきょとんとした顔で俺を見て、それから花が咲くように笑った。
「もちろん、Loveですよ。大好きです。愛しています」
そこまで言われると、冗談としか取れねぇし。
「嬉しいねぇ。俺も好きだぜ」
ってわけで俺がおどけてそう返すと、天蓬は楽しそうに笑う。
心のどこかで天蓬がマジだったらどうしようかと焦っていた俺は、そんな天蓬の反応にホッとした。
もちろんそんなの表になんて出さねぇけど。
俺はもちろん天蓬の事が好きだが、それは恋とかそういうんじゃねぇから。
それは天蓬も解っているのだろうし、そのうえでこういった遣り取りができる関係は素直に嬉しかった。
それだけ親しくなれたんだと思った。
桜を見ながら、たわいもない話をして、俺たちは笑った。
二人で笑ってた。

そのころから、天蓬はふと思い出したように俺に好きだと告げてくるようになった。
最初こそ戸惑ったが、そのうちそれにも慣れた。
俺がどうおどけて返しても、天蓬はいつも楽しそうに笑っていたから。
本気で告げたのならば、おどけられたら不快だろうし、傷つくだろう。
それが無いなら、その言葉は冗談なんだろう。
きっと、好意を言葉にすることに抵抗が無いヤツなんだろう。そう思った。
俺らの関係は相変わらずで、俺は天蓬の家も知らないまま、3年の冬を迎えた。
大学は4年までだから、3年のこの時期にはもう就職活動が始まる。
協定があるから、試験なんかはまだだけれど、説明会やら見学やらもろもろ。そもそも、どんな仕事に就きたいだとか、自分に何ができるかとかも考えなければいけない。
俺は、割となんでもできるタイプで、これでなきゃって言うモンは特に無い。仕事にこだわりも無い。
っつーわけで、給料と遣り甲斐と雇用面を主に考えてみた。
「やっぱ大企業かなぁと思うわけよ」
「まぁ、貴方器用ですからどこでもやっていけそうですしね」
天蓬とちょうど重なった2限の空き時間に、大学から歩いて5分くらいのランチをやってる喫茶店に行ってそんな話をした。
「でも大企業っつても色々あんじゃん?」
「そりゃねぇ。少しは分野絞ったらどうです?」
「そうだなぁ…」
先に来たサラダをフォークでつついてみる。
「っていうか、貴方地元で就職するんですか? それともこっちで?」
「地元はおっきいとこねぇから、こっちでするつもり」
「じゃあ、貴方が就職してからも、またつるめますね」
天蓬がふわりと笑う。が、俺はその言い回しの方が気になった。
「お前は?」
「はい?」
「お前は地元…どこだか知らないけど、帰んの? それともこっちで就職すんの?」
「ええと…」
ついでに地元がどこなのかも教えろと言わんばかりに聞くと、のんびりと、なんでもないことのように天蓬は衝撃発言をしてくれた。
「僕は就職しないんで」
「……は?」
ちょっと待て、何だそれは。就職しないって言ったか? コイツ。
「あ、もしかして院行くとかそういう話?」
「そんな予定も無いですねぇ」
「じゃあ、卒業したら留学するとか…、実は結婚して専業主夫になるとか…?」
「何馬鹿なこと言ってるんですか」
「えーと、何か夢を追いかけるとか!」
「僕には特に夢はありません」
飽きれたような顔をして天蓬はレタスをくわえた。
「働かないって言ってるんですよ」
働かないって、お前、それどういうことだか解ってんの…?
実は実家が大金持ちでとかそんなオチじゃ無ければ、まず金銭面で困るんじゃねぇのか?
「金はどうするんだよ?」
「今のバイト続けるんで大丈夫です。結構収入いいんで」
俺はコイツが何のバイトをしているかは知らない。けど、拘束時間が極端に少ないことは知っている。そのうえ収入もいいのか、どんなバイトしてんだコイツ。
「でもそれさ、今はいいかもしれねぇけど、将来困んぞ」
「将来っていつです?」
天蓬が俺を見た。
心底不思議そうなその瞳の色に、俺が唖然としてしまう。
将来がいつって、子供じゃねぇんだからさ…。
「心配してくれてるんですか?」
天蓬がくすくす笑った。
それに思わず憮然としてしまう。
「悪ぃかよ」
「いいえ、嬉しいです」
天蓬に倣って俺もレタスを口に放り込むと、天蓬はサラダを食べ終わったらしくフォークを置いた。
「僕やっぱり貴方が好きですよ。でもね、就職については昔から決めていたので、大丈夫です」
昔から就職しないって決めているってどういう状況だ。
やっぱりコイツよく解んねぇ。
ってか、さりげなく話しそらされてたわ。ムカツク。

翌日、午後ぶっ続けの実験の途中で俺は煙草休憩をするべく、1階の喫煙所へ向かった。最近、喫煙者は肩身が狭くて嫌だなぁ、なんて思いながら喫煙所の扉を開けると、先客が居た。
キレイな金髪の男。
でもコイツって…。
思わずマジマジと見ると、そいつはウザったそうに視線をこっちに向けた。
視線は刃物みたいに鋭いが、その顔はまだどこか幼さが残っている。
コイツ、高校生じゃねぇの?
身長はそれなりにある。身体つきもしっかりしている。でもどう見ても大学生には見えない。
ソイツは俺の顔を一瞥すると、一度大きく煙草をふかしてから、それを灰皿へ押し付けた。
そしてゆっくりと立ち上がり、まっすぐ俺を見据えた。
紫暗の瞳が何かを見定めるように、俺を射抜く。
「オマエが捲簾か?」
歳不相応の視線に、ちょっと金縛りに合いかけていた俺の身体が、その言葉で自由を取り戻す。
「なんで俺の名前知ってんの?」
「天蓬に聞いた」
おっと、意外な名前が出てきたぞ。
「お前天蓬の友達か?」
するとそいつは非常に嫌そうな顔をした。
「アイツの友達なんざ、冗談じゃねぇ。俺はただの知り合いだ」
おい、なんか天蓬嫌がられてんぞ。
つか、まぁ、アイツと結構親しくなるとその反応は解らんでもない。
マイペースだし、ぶっ飛んでるし、暴虐無人だし。
ってことは、コイツは結構天蓬と親しいんだろう。
なんだ、俺以外友達いねぇのかと思ってたわ。
友達の話なんてアイツしねぇからなぁ。
まぁ、この歳まで生きてて親しい人間が居ないほうがおかしいか。だな。
「んで、天蓬の知り合いが俺に何の用?」
そう聞くと、そいつはポケットから紙を取り出して俺に放った。
それを捕まえて、表を見る。
名刺?
「社名くらいは聞いたことあるだろ?」
「ああ、そりゃ当然」
名刺に印字された社名は、この国に生きてりゃ誰でも知っていて当然なくらいの企業。
つか、コイツ高校生に見えるんだけど取締役なのかよ。でけぇ企業なのに。親族経営とかなのか?
「俺は天蓬との付き合いはそこそこ長いが、アイツの親しい人間を見たのは初めてでな」
「はぁ…?」
「だがアイツの人とナリはそれなりに知っているつもりだ」
「ええと…、何の話?」
話が見えない。
ソイツはポケットから煙草を取り出すと一本くわえて、火をつけた。マルボロ、赤。
自然な動作で、高校生が吸うもんじゃねぇとか偉ぶったことを言う気はねぇけど、ちょっと面食らった。
「大学が春休みになったら、ウチでバイトしろ」
おい、なんで上からなんだよ。
「それで使えそうなら、そのままウチで雇ってやる」
「は?」
「就職先、斡旋してやるっつってんだよ」
なんだ、そのうまい話…。
「もちろん無理にじゃねぇし、バイトに来るだけ来て、嫌だと思ったら断ってもかまわん。他に行きたいトコが見つかったんならそれも自由にしてくれていい」
うまい話しすぎて、ちょい信じられねぇや。
「ってか、何で俺?」
「天蓬の推薦っつか、紹介みたいなモンだ。アイツがお前は使えると言った。そういう目に関しては俺もアイツを評価しているからな」
「アイツもお前ンとこでバイトしてんの?」
「何も聞いてないのか?」
ソイツは眉根にしわを寄せて、溜息をついた。
「それに関しては天蓬に聞け。俺が話す内容でもねぇだろ」
ごもっともで。
コイツ、見た目まだガキだけど、取締役だけあってしっかりしてんな。
天蓬の知り合い、か。
名刺には『三蔵』と書いてあった。

その日は結局実験が遅くまでかかってしまい、天蓬に会えたのは翌日だった。
「昨日、三蔵に会ったわ」
「ああ、早かったですね。さすが三蔵」
至極普通に言った天蓬に、とりあえず疑問をぶつけてみた。
「就職の斡旋ってナニ?」
「この間貴方が大企業って言ってたんで」
「ああ。それにしたってイキナリだな」
「嫌でした?」
「んー…、嫌っちゃ嫌だけど」
「気持ちは解らないでもないですが、利用できるものは利用しないと損ですよ」
「んだなぁ」
解っちゃいるが、自分の実力を評価されているワケでもない状況が何となく嫌だ。
どうせなら俺自身をちゃんと評価してもらいたい。
「貴方の力を見るためのバイト期間だと思いますよ」
俺の心を読むな。
嫌そうな顔をした俺を見て天蓬は笑った。
それがムカついたので、もう一つの疑問の方を問いただしてみる事にした。
「三蔵のとこでバイトしてんの?」
「ええ、まぁ」
コイツも聞かれると思っていたんだろう。存外アッサリ認めた。
「何やってんの? 雑用とか?」
「まさか」
今度もアッサリ答えてくれた。
明日は雪だろうか。
「んじゃ、何やってんの?」
「そうですねぇ…」
一度言葉を切って、天蓬は俺を見た。
顔はいつもの笑顔だったが、その目がひどく真剣で言葉に詰まる。
「占い、みたいなのを時々しています」
「いつものああいうの?」
「はい」
「三蔵に?」
「いえ、三蔵にじゃあなくて」
天蓬が苦笑した。
「三蔵が連れてくるクライアントに、ですよ」
成程。
拘束時間が短くて、給料の良いバイト、ね。
マジで100発100中なんだろうな。
でなけりゃ、ビジネスとして三蔵がかかわるはずもない。
三蔵に俺の事を告げたことで、天蓬自身の事が色々バレることは、当然天蓬も解っていたんだろう。
でなけりゃ、今こんなに素直に教えてくてれる訳が無い。
つまり、そんくらい、俺に気を許してくれているってことなんだろう。
ここまでは教えていいと思えるくらいには。
どうしよう、結構嬉しい。
さっきまでの不機嫌がキレイに消え去る。
このまま本当に親友になれたらいい。
嬉しさと、照れくささとが溢れる。
「お前って、ホントに俺の事好きな」
その言葉に天蓬がキョトンとして、それからすごくキレイに笑った。
「当然でしょう?」





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