3.過去(side:天蓬)
最近僕に付きまとってくる男がいる。名を捲簾という。
依頼人の付添いで僕の前に現れたその男は、長身の精悍な顔立ちの短い黒髪をセットしている女の子が放っておかなそうなナリだった。
といっても僕は男なわけで、それでもこの人カッコいいなぁとは思ったが、それ以上の感情は期待されても困るわけで。
捲簾が何故僕に興味を持ったのか聞いてみたことがある。
なんでも僕の顔に似合わない過激な性格を気に入ったらしい。物好きだ。
だって馬鹿馬鹿しいじゃないですか、人の評価を気にするなんて。
僕の時間は僕のものだし、それをどう使おうが他人にとやかく言われる筋合いはないし、やりたいことはすぐやらないとね、もったいないじゃないですか、時間が。だって人生は有限なんだから。
やりたい事をやるために、常にアクティブな状態に自分を置いていたい。だから、体裁とか常識とかそういうものに捕らわれるのはくだらないと思っている。
多分僕は普通の他人とは考え方が違う。
解っているし、理由もある。でも言わない。
捲簾は、確かに僕にも興味はあるんだろうけど、それ以上に僕に付きまとうのは仲間意識なんじゃないかと思っている。
霊が見えるっていう事の。
ぶっちゃけ霊が見える人っていうのは、僕は割といると思っている。ただ、それを他人には言わないだけで。
だから捲簾はもしかしたら初めて霊が見えるっていう人に会ったんじゃないだろうか。
他人が見えないものを見えるもの同士的なノリで、僕に仲間意識を抱いているんじゃなかろうか。
けれど、僕には捲簾を仲間とは思えなかった。
何故なら、霊が見えるというのは、僕に取っては確かに現実ではあるのだけれど、それは付属品だからだ。
付属品、すなわちオマケ。重きをおいてないもの。
そういう部分で仲間意識を持たれても、僕の方は同じ気持ちは持てそうにないわけで。
困るんだけどなぁ、と思いつつも、特に僕のペースを乱したり、僕の仕事の邪魔をしたりするわけでもない捲簾を遠ざけるのは難しく、気づけば付きまとわれ始めてから半年が過ぎていた。いつの間にか、捲簾は学内で僕の親友という位置を勝ち得ていたりした。困った。事実無根だ。僕とこの男は友人ですらない。言っても聞き入れられそうにないから言わないけど。
「なぁ、お前の占いってどーやんの?」
捲簾は時々、思い出したように僕にそう聞く。不思議なんだそうだ。だけど僕も自分の身はかわいいので、本当の事は言う気は無い。
捲簾が霊が見えることを他人に黙っているのが保身なように、僕もその占い方法は秘密にしている。
別に企業秘密だとか言うわけではない。
ただ、人間関係に亀裂が入る可能性が高いのと、頭がおかしいんじゃないかと言われる可能性が高いからだ。
信じてくれる可能性が無い話をわざわざ進んでする気にもなれない。
霊が見えると言っても、普通の他人は信じてくれないだろう。それと同じだ。
霊が見えるからと言って、その手の話をなんでも信じるかっていうと、それはまた別だろう。
僕の占いは、霊とは全く別の仕組みで成り立っている。
これを知っているのは、僕の他は一人だけ。
しかも、その人には僕がわざわざ説明したわけでもない。
その人は仕事として、僕の事を調べてそれを聞いて、僕にビジネスを持ち掛けてきた。だから僕の力の事は最初から知っていたし、利用価値があるとして、信じてくれていた。
そんな経緯でもなけりゃ、僕から誰かにわざわざ教えるなんてまっぴらごめんだ。
それは誰であろうと同じこと。捲簾にしても同様である。
依頼人のプライベートなどと言ったけれど、それは嘘だ。本当は僕の占い風景を見せたくないだけだ。
見せたら多分、あの人は僕の力に気づくだろう。力に気づくというのとは少し違うか。何かおかしいということに気づく、が正しい。
僕はまだ捲簾を信用してもいなければ、興味も好意も抱いていない。
そんな人に、占いの最中の、無防備な僕の身体を見せるのは御免だ。
学内を歩いていると、稀に捲簾の姿を見かける事がある。
いつでも誰かと一緒。大勢の友人と楽しそうに話している事もあれば、彼女さんと思われる女の人の腰を抱いて仲良く歩いている事もある。まぁ、その相手はいつ見かけても違うわけだが。
人気のある人なんだと思う。
外見もさることながら、人柄も。
明るくて面倒見が良くて気遣いもできていつでも中心にいるような人。女をとっかえひっかえしていても、揉める事は極稀で、友達に戻るだけだとか。
ちなみに興味があって見ていたわけでもなけりゃ、調べたわけでもない。
親切の押し売りなのか、捲簾に悪意を持っているのかわからない他人からのたれこみ情報だ。
あんな男、親友でもなんでもないんですけどねぇ…。
同じ大学だとは言っても、そもそも学部が違うから接点は無く、この大学は大きいため食堂なんかで会うこともない。
変な男だとは思う。
良くもまぁ飽きもせず半年も僕なんかにつきまとえるもんだ。
暇なわけでもないだろうに、ついでに僕に興味はあるだろうが、恋愛感情なんかでもないだろうに、なんでこんなに頻繁に僕のところを訪ねてくるのだろうか。
学年は同じ2年らしいが、学部が違うから授業は当然違うわけで、そうすると空き時間なんかもズレているはずなのに、下手すると毎日顔を合わせている気がする。
捲簾の学部とうちの学部はそう近いわけでもないから、移動時間だって取られるだろうに、マメなことだ。女の子に人気あるわけだ。残念ながら僕は女の子じゃないので、飽きれはしても感激はしないが。まぁ、捲簾だって僕に感激されても嬉しくもなんともないだろうし。
空き教室の扉を開くと、中には数人の男子生徒が居た。
単にたむろっているのか、それとも今日の依頼人なのか。首を傾げながら室内に足を踏み入れると、横から突然拘束される。
腕が2本じゃない。何人だ…?
その場に引きずり倒されて、苦痛に顔を顰めていると、部屋の中央に居た男たちもこちらに寄って来た。
7人…?
人数が多すぎる。
両腕と両足を押さえつけられたあげく腹の上に乗られてしまい、僕は抵抗を諦めた。とりあえず、今は、だが。
見覚えのない男ばかりだった。
多分理由は、嫉妬とかそういうくだらないものだろう。
残念ながらこういうことは、実は僕は良くある。
大学生になってからも、高校生のときも、中学生の時ですら、こういうことはあった。
だから、ケンカ慣れもしている。しているからこそ、今の状況が不利だという事は解った。
1対7な事がじゃない、現在のこの体制が、だ。
普通に殴り合うだけならこの人数差でも負けることはないだろう。
でも、腹の上に一人乗っている状況ではさすがに制限がキツすぎる。
それならば、無駄に抵抗して自らの手の内を晒すより、機会を狙って大人しくしていた方がいい。
それに多分、コイツらの狙いは僕に暴力を振るう事じゃないだろう。
殴り倒すなら、拘束した時点でやればいいし、地べたに引きずり倒したら逆にやりにくい。
本当に残念な事に、僕はこういう事も良くあることだった。だからこの先コイツらが何をするかも解ってしまった。あんまり解りたくなかったけど。
一人、少し離れた場所に立っていた男が携帯を取り出すと、僕の方を向けた。
おそらく、動画を撮っているのだろう。
となれば、僕の予想は当たっているのだろう。
まさか、自分たちが僕を殴り倒す動画を撮るとは思えないですからね。
「お前、調子に乗りすぎなんだよ」
「それはすみませんねぇ」
わざと挑発するように言ってみる。
この状況になった原因を探ることすら馬鹿馬鹿しい。
言った男はカッと頭に血が上ったらしく、拳を振り上げた。
が、その手を別の男が止める。
「ホント、かわいげのない性格だな。状況解ってんのか?」
「これ以上ないくらい解っているつもりですけど?」
「んじゃ、そんな減らず口、二度と叩けないようにしてやるよ」
Yシャツの前を引きちぎられるように開かれる。ボタンが数個飛んだらしく何かが床を跳ねる音がした。
別の手が僕のベルトを外していく。
犯されそうになっている事実を認識しつつ、隙を伺う。
こんなのは大したことじゃない。こんなことで僕にダメージを与えられると思っているんだったらそれは浅はかだと言える。
残念ながら、こんなことで動揺するような可愛い精神の持ち主じゃないんで。
無理やりヤられたところで、痛くも痒くもない。まぁ、肉体的ダメージは受けるけど。
相手はこの状況に高揚してきている。このどこか異常な空気に呑まれている。
コイツらが僕を犯すとした場合、現在の体制はあまり望ましいものではないだろう。
苦痛と屈辱を与えることが目的なら、ただレイプするはずだ。
その場合、仰向けの今の体制は突っ込みにくすぎる。どこかで必ず身体をひっくり返されるはずだ。
「考え事たぁ、余裕じゃねぇか」
髪を掴んで顔を向けさせられる。頭皮を引っ張られる痛みにそちらを睨むと、そいつは下衆な笑みを浮かべた。
「抵抗もしてないし、慣れてるんだろ。キレイなツラしてるもんな。だったら俺らをもっと楽しませてくれよ」
その男は僕の頭をまたいで、自らのベルトを外し始めた。
「口開けろよ」
誰が開けるか。
無言で睨みつけると、楽しそうに性器を取り出し僕の口になすりつける。そして手で僕の鼻を塞いだ。
呼吸を奪われて、僕は口を開けた。そこに無理矢理性器がねじ込まれる。
悔しそうに上に乗る男を睨みつけると、そいつは嬉しそうに笑った。
「噛むんじゃねぇぞ」
噛まれる可能性を知っていて、口に突っ込むとか馬鹿じゃないのか。
飽きれたけれど、それを表に出しはせずに、悔しそうな顔を保つ。
こんなことで騙されて、優位に立った気分になって油断する馬鹿な男たちだ。
っていうか、この人なんで勃ってるんだろう。この状況に興奮しているのかな。レイプが好きなのか男が好きなのか。
「っ…」
喉の奥を突かれて、さすがに苦しい。その顔がお気に召したのか、そいつは腰を振って僕の口を犯し始めた。
足を拘束されているせいで、僕のパンツと下着は中途半端に下ろされたままだ。
この状態だと、楽しめているのは一人だけ。そろそろ体制を変えられるはず。
大人しく口に突っ込まれたままで考えたとき、別の男が、僕の口に突っ込んでいる男の肩を叩いた。
今だ。
腰に乗っていた男が僅かに身体を浮かせた瞬間、僕は思いきり口に突っ込まれていた性器を噛み、今まで抵抗していなかったためにおざなりな拘束になっていた手を自由にした。
「っ!!!」
性器を噛まれた男が慌てて飛びのこうとして、僕の腰に座っていた男にぶつかりバランスを崩しまとめて倒れこむ。
身体を起こして、左に居た男の胸倉を掴み腹に拳を叩きこむ。右から押さえつけようと向かってきた相手に身体をひねりそのまま肘をぶち込んだ。足を抑えていた奴等はひるんで、慌てて逃げようと後ずさる。追いかけて叩きのめしてやりたいが、脱がされかけたパンツのせいで足の自由がきかないわけで。多分履いて追っても間に合わない。舌打ちして、それでもパンツを上げて追おうとしたところで、教室の扉が勢いよく開いた。逃げようとした彼らの手ではなく、外にいた人物によって。
後ずさっていた奴らは目を見開いて扉から離れようとし、追ってきた僕に気づいて扉の所にいる人物を押しのけて逃げるしかないという結論に達したようだった。二人で拳を振り上げて扉を開けた人物に向かっていく。
「捲簾!」
「なんだぁ、いきなり」
捲簾は突然拳を振り上げられたにも拘わらず、それを難なく避けて相手の頬を殴り倒して、もう一人は首を捕まえ床に叩きつけた。
それからゆっくりと室内を見まわし、僕と周りを観察してから楽しそうに笑った。
「助けに来たぜ、オヒメサマ」
「呼んでません」
捲簾と馬鹿なやりとりをしている場合じゃないので、僕は立ち尽くしている最後の一人に向き直る。と、僕より早くそいつの前に捲簾が立った。
敵意を明らかにした瞳で表情は酷薄に笑って、そいつの携帯をゆっくり取り上げる。
「良い趣味してんじゃねぇか」
ガタガタ震えながら、そいつは泣きそうになっている。
すっと捲簾の顔から笑みが消えた。
「人のもんに手ぇ出してんじゃねぇよ」
そいつの膝がかくっと折れた。
用は済んだと言わんばかりに、手の中の携帯はそのままで捲簾は僕に向き直る。
「行くぞ、天蓬」
肩をすくめて、僕はパンツをしっかり履きなおすとボタンの飛んだシャツは引っ掛けただけで、鞄だけ忘れず持って部屋を出た。
連れだって部屋を出たはいいが、僕の格好があんまりなので外に出るのもためらわれ、結局同じ棟の別の空き教室に入る。
「大丈夫かぁ?」
「ええ」
手近な席に座って捲簾は僕を見る。ひどい恰好をしている自覚はあるが、ダメージは無いし、僕としては問題ない。
捲簾が肘をついた机に鞄を放ると、とりあえず残ったボタンをはめる。
「何されたの?」
「襲われそうになったので、殴り倒しました」
嘘は言っていない。正解とも遠いけど。
捲簾はその回答に不快そうに顔を顰めながらも、僕から目を外して手元の携帯をいじり始めた。
そこで気づく。その携帯はさっき録画係をしていた奴のものだ。
行動を読まれている。
大方僕が本当の事を言わないのを見越して、壊したりせずに持ってきたのだろう。
「そんなもの見て、楽しいですか?」
男が男に犯されそうになっている動画なんて見て。
飽きれたように僕がため息をつくと、捲簾は動画から目は話さずに押し殺した声で言った。
「すっげ、ムカつく」
それは何に対してなのか。
「ムカつくんなら見なきゃいいじゃないですか」
僕だって、正直情けないところを見られているわけで、いい気はしない。
と、捲簾が驚いた顔をしてから、さっきよりも明らかに機嫌の悪い表情になる。
「何させられてんだよ」
「え?」
「何フェラさせられてんだよ」
別にそれ貴方が不機嫌になることでもないでしょうに。
「好きでしたわけじゃありません」
「そのわりに大人しくさせられてんじゃねぇか」
「…貴方ねぇ」
怒りが湧いてきて、捲簾を睨むと、動画を見終わった捲簾もこっちを見た。
ひどく冷たい瞳。
「こういうの、慣れてんの?」
軽蔑、したんだろうか。
だとしたら、なんて身勝手な。
僕と貴方はそこまで親しくはない。なのに軽蔑したというのなら、それは貴方が僕を理解したつもりになって、僕と言う幻を作り上げていたということだ。
ああ、もう面倒くさい。
せっかくだから、このままこの人とのこの変な関係を終わらせてしまおう。
軽蔑したければすればいい。変なイメージを持たれて懐かれるよりはずっといい。
「慣れてますよ。レイプされたこともあれば、望んで男に抱かれたことだってあります。それがどうしたって言うんです?」
捲簾の表情は変わらない。
「貴方は僕の事を何も知らないくせに」
これで終わりだ。
ここまで言われて怒らないワケが無い。
さぁ、早く怒って僕の前から消えてくれ。
なのに捲簾は、声を荒げるでもなく、僕と視線を合わせたまま拗ねたように口を開いた。
「……教えてくれる気なかったじゃん」
気づいていたのか。
黙った僕を見たまま、それでもその瞳の色をわずかに変えて捲簾はため息をついた。
「アイツらもっと痛めつけてくりゃ良かった」
「……貴方、そのまま殺しちゃいそうですけど」
「自業自得だろ」
不意に捲簾の手が僕の方へ伸びた。
手を取られ、そのまま引かれる。思ったよりも強いその力に、驚いて体制を崩し、僕は捲簾の腕の中へ倒れこんだ。
「無事で良かった」
捲簾は僕の耳元でそう呟くと、僕の身体をきつく抱いた。
びっくりして僕は抵抗を忘れた。
貴方を傷つける言葉を吐いた僕を、貴方は心配してくれていたのか。
なんだ、この人、本当に優しいんだ。
僕はそのとき初めて、捲簾のことをちゃんと認識した気がする。
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