FATE


2.過去(side:捲簾)


彼女にオネガイされたから、ついていった。ただそれだけの事だった。
彼女っつっても、そん時の彼女。
自分で言うのもなんだけど、俺は結構モテていたから、女は週替わり状態だった。
つきあってみなけりゃ好きになるかなんて解りゃしねぇし、つきあって違うなぁと思えばすぐ別れりゃいいし。そんなスタンス。
それでも彼女が居ない期間なんてほとんどないくらい、女は寄ってきた。
かといって、同性に疎まれていたかというとそうでもない。
友人も多いし、いつだって楽しく思うが儘に遊んでた。
でも多分特別な事じゃない。大学生なんてそんなもんだろ。
俺が大学2年の春、その時の彼女が俺に付き添って欲しい所があると言った。
暇だったから深く考えずにOKした。
産婦人科以外だったらどこでも。
あ、別に産婦人科にお世話になりたくねぇってんじゃないぜ?
産婦人科に行くってことは、ガキができたかもしれないってことじゃん。
そりゃセックスはしてたさ。
だけど、俺がその女と付き合い始めたのは数日前で、そんな状況で産婦人科連れてかれても、どう考えても俺の子じゃないじゃん?
まぁ、コンドームはつけてるし(マナーだろ、それは)ヘマはしてないつもりだが、万が一ってことはある。それは解ってる。
でもさすがにやって数日で妊娠発覚にはならねぇだろ。
以前付き合ってた女とかいうならまだしも。
とりあえず場所を聞いたら学内だと言うので、空き時間だしひょいひょいとついて行った。
なんでも一人じゃちょっと怖いとか可愛いことを言ってくれたので。
つってもその言葉が本心じゃなく、作り上げたものだというのは解ってしまったので少しげんなりとはしたけど。
同じ敷地内でも、行ったことのない校舎というのは存在している。
違う学部の校舎なんてあんまり行かない。
その時の彼女は、少し興奮気味に、自分の今の状況を述べた。
前に付き合っていた彼氏が、別れることを納得してくれなくて、現在は自分のストーカーとなっている、と。
それが怖いのだと言って、俺の腕に抱き付いた。
そのしぐさを可愛いとは思えなかった。
だってそれは嘘だろう?
俺にはそれが解ってしまったからだ。
つきあって数日だが、この女にはそういうところがある。
平気で自分に都合のいい嘘を吐く。
かわいそうな自分をアピールして気を引きたいだけなの、俺には解るんだけどなぁ。
でもそれは言ってやらない。俺だって自分の身は可愛いからな。
で、今日こんなところに来た理由は、これは少し可愛い事に、占いの為だそうだ。
学内にとてもよく当たる占い師?ってのが居るらしい。
別に仕事でしているわけでも、小遣い稼ぎでやっているわけでもないが、非常に良く当たるため、占ってほしい女の子は多数、男だって時々混じっているくらいだとか。
でも何で占い?とか思ったら、そのストーカーを撃退する方法を教えて貰うのだとか。
それって占いじゃなくね?と思わなくもないが、そもそもがでっち上げの話なのであえて触れずに置いておく。
ホントに良く当たるから、なかなか占ってもらえるチャンスが巡ってこなくて、やっと今日占ってもらえるのだと女ははしゃいでいたが、良く当たるっつったって俺は占いなんか信じちゃいねぇし、興味も湧かなかった。
まぁ、学内の噂として、特に占いとか好きな女も多いから、知識として、一度その占い師とやらを見ておくのもいいかもしれない。
文学部の一般教養棟6号館の3階の空き教室。
指定された時間の少し前に、その場所に着いた。
扉を開くと、開いている窓から舞い上がった桜の花びらが室内に僅かに舞い込んだ。
誰もいないように見えた室内に、鞄が置いてあるのが見える。
よく見ると、そこに人が居た。
机と机の間、椅子をいくつか倒した上に横になって寝ている、男、だよな?
「おーい?」
覗きこんで、声をかけてみる。
えらく綺麗なツラだと思った。
そこらの女より綺麗な顔、肩にかかるくらいに伸ばした髪、でも骨格は明らかに男のもので、結構身長も高そう。
長い睫毛が僅かに揺れて、ゆっくりとその双眸が現れる。
がばっと身体を起こして、そいつは俺を見ると、口を開いた。
「あれ……、僕、寝てました?」
「って、俺に聞かれてもなぁ」
「……っていうか、貴方誰です?」
机に置いてあった眼鏡をかけ、まじまじと俺の顔を見てそいつはそう言った。
綺麗なツラはしてるが、中身はただの変なヤツらしい。
「俺はただの付き添い。占いやってるのアンタ?」
「ああ。ええ、そうですよ。僕は天蓬といいます」
名乗ってから、ようやく俺の傍にいた女が視界に入ったらしく、今日の依頼者さんはあなたですか、なんて言ってそいつは座りなおした。
「占いとはちょっと違うんですけど、まぁそれはいいです。とりあえず用件を教えてください」
ちょっと違うってなんだ? しかもそれはいいんだ。よく解らないヤツ。
そこで再度女からでっち上げの話がされて、そいつは、天蓬は少し首を傾げた。
まぁ、でっち上げの話なんかされて占ってくださいなんて言われても困るわなぁ。
ってか、でっち上げの話なんて普通気づかないか。俺には解っちゃうけど。
でっち上げの話だと知らずにコイツは対処法を考えるのだろうか。考える、のかな? 占いとは違うらしいから。道具とかは使ったりしないぽいし。
昨今のストーカー事情を鑑みると、そう足蹴にできないだろうから、当たり障りないアドバイスなんかしてくれちゃったりするんだろうか。
だとしたら、非常につまらないのだが。
間が長いなら煙草吸いてぇなぁとか思っていたのに、天蓬は然程悩みもせずに口を開いた。
「でもその話って、貴女のでっち上げですよね?」
言い切った。アッサリ言い切ったよコイツ…。
びっくりして俺がきょとんとした顔をしてるにも拘わらず、天蓬は心底面倒臭そうな顔をした。
「すみませんが、貴女のくだらない話に付き合うほど暇じゃないんで。そういう話したいなら他を当たってください」
激昂したのか、女が立ち上がる。
「くだらない話って何!?」
「そのままの意味ですよ。だってその話、貴女のでっち上げじゃないですか」
コイツ綺麗なツラしてるわりにすごいこと言うな。
「私の言うことが嘘だっていうの!? そんなコト言って本当に何かあったらアンタに責任取ってもらうわよ!? っていうか、占いなんてホントはできないんでしょ! だから私を嘘つき呼ばわりして誤魔化したんでしょ!!」
口汚く罵る女の言葉に眉一つ動かさず、天蓬は口を開いた。相変わらず面倒臭そうに。
「占いを信じるなら霊も信じてみたらどうです? 貴女の後ろの人、その話嘘だって言ってます。どうせモテる自分アピールしつつ可愛い、可愛そうな自分アピールして、そこの彼氏さんに気に入られたいとでも思ってるんでしょう? そういう無駄な努力やめた方がいいですよ。その人もでっちあげだって解ってますから」
突然話を振られてびっくりした。
ってか、コイツ霊感あるのか。んで、見えて会話も出来ちゃったりするんだ。
しかも俺が見えるのまで分かるんだ。すげぇな。
素直に驚いた俺の隣で、女が手を振り上げた。
その気配に咄嗟に振り下ろす手を掴む。
「図星さされたからって暴力かよ」
睨みつけるとその馬鹿女は俺を睨み返して、それから腕を振り払って部屋を出て行った。
開かれたままの扉から遠ざかるヒールの音が高く聞こえる。
「追わなくていいんですか? 彼女さんでしょ?」
まるで殴られそうになった事実なんて無かったかのようなのんびりとしたセリフに、扉へ向けていた視線を戻す。
「嘘つきは好きじゃねーんだ」
ニヤリと笑ってそう言うと、天蓬も視線を俺に向けた。
「アンタ綺麗なツラしてるわりに過激な性格ね。気にいっちゃった」
「…それはどうも」
「てか、普通でっち上げだって解ってもそのまんまは言わねぇだろ」
「当たり障り無くって苦手なんですよ。それに僕も嘘つきは嫌いです。ていうか、貴方だって嘘だと解っていたんでしょう? それなのにどうして黙ってるんです」
「霊とか見えるなんつー話し、そうそう信じてもらえないからだろ?」
「貴方ねぇ…」
天蓬は立ち上がって机の上に放り出してあった鞄を掴んだ。
「なぁ、アンタの占いって、相手の守護霊と話してそれを伝えてって方法?」
「いえ、違います」
違うらしい。
「あ、いえ、…まぁ、それもできなくはないし、しますけど」
どっちなんだ。
「貴方、変な人ですね。普通こんな話信じませんよ」
ため息をついて、天蓬が俺を見たから、嬉しくなって俺は笑った。
「そりゃ、俺が見えてるモンがお前も見えてるからだろーが」

その日から俺は、ちょくちょく天蓬を訪ねるようになった。
天蓬は空き時間はほとんど文学部の一般教養棟に居た。
一人で居る時は本を読んでいることが多く、次に寝ていることが多い。
だが、大抵は誰かと一緒で、占いらしき相談所をしている。
天蓬を知ってから知ったんだが、ヤツは学内では結構な有名人だった。
やたら綺麗な顔をした男の良く当たる占い師。それが天蓬の評判だ。
そんで、俺はというと、今日も今日とて天蓬の居る空き教室の扉の外でぼんやり煙草をふかしている。
あ? なんで部屋に入らないのかって?
そりゃ、現在相談事真っ最中だからに決まってンだろーが。
俺としては天蓬がどんな占い方をしているのか知らないから気になるし、あれだけストレートになんでも言うヤツがちゃんと相談事なんて受けられてるのかってのも気になるから中に居たいんだけど、以前そう言ったらアイツは、相談者さんのプライベートですからダメですと言った。その発言はもっともだったので、俺は大人しく従ってこうして普段教室の外にいる。扉にのぞき窓が無いのが残念でたまらない。
しばらく経つと、俺が居るのとは逆側の、階段に近い方の扉が開いて、女が一人出てきたので、俺は部屋に入ることにした。
「天蓬、おつかれ」
「貴方まだ居たんですか」
相談前に追い出されたから、終わるまで待っていただけなんだけど、その言い方ってどーよ…。
まぁ、いつもの事だから気にしちゃいねぇけど。
天蓬にしてみたら、外で一人で何をするでもなく相談が終わるのを待っている俺の行動はどうにも理解できないらしい。
俺は天蓬に興味があるから、少しでも傍に居たいだけなんだけどなぁ。
だって相手のことを知るのには、一緒に居るのが手っ取り早い。一緒に居て、話して、友人になれたらおもしろそうだ。
しかし、天蓬はまだそこまで俺のことを思っちゃいなくて、最近つきまとってくる変な男としか認識していないっぽい。
「片思いって切なぁい」
「何馬鹿な事言ってんですか」
冗談めかして言うと、飽きれたように返される。
反応の速さが小気味良い。うん、やっぱ俺コイツ好きだわ。
まぁ、天蓬は、人付き合いをほとんどしない割に、時々俺みたいな変なのに付きまとわれるらしいし。
一番多いのは弟子入りさせてくれっていうヤツらしいが。
「んで、今日は何の相談だったの?」
「えーと、…探し物かなぁ?」
「探し物、ねぇ」
やっぱり他人の相談事には興味があるので、毎回俺は相談事の内容を聞く。
すると、不思議なことに天蓬も差しさわりのない範囲でキチンと答えてくれるのだ。
で、俺はそこから色々と推測するわけだが、それは相談事の内容であるというよりは、むしろ天蓬側の事である。
良く抱く疑問点は二つある。
まず一つ目は、相談を受けているのにも関わらず、コイツは何故か、内容をあまり理解しているように見えないこと。
今日ので言えば、探し物ですじゃなくて、探し物かなぁと言った。
普通探し物って、ここを探すといいですよとかそんな風に解決するものじゃねぇの?
それが、かなぁって何だ。よく解ってねぇのかよ。てか、そんなんで解決できてんのか?
まぁ、解決できてないんだとしたら評判が下がるなりするだろうけど、それが無いってことはちゃんと解決されてるって事で、内容が良く解らなくても的確な答えを与えてるという事だ。
そして二つ目は、占いの方法。
占い、という評判なんだ。
俺が見た限りじゃ、天蓬は道具は使わない。つっても一回しか見てないから絶対かって言われると困るんだけど、相談事の後に部屋に入っても何かを片づけたりとかしてる様子は無い。
天蓬はあの時まず用件を聞いた。いつもそうだとすると、まず相談者から内容を聞いて、それに対する答えを告げるっていうパターンだろう。問題はその答えをどうやって用意するかっていうトコロ。
普通にあの時みたいに後ろの人に話を聞いて答えるんじゃ、占いとは言われないハズだ。
それにあの時アイツはそれもできなくはないと言ったし、何より天蓬の言う後ろの人というのが守護霊を示しているのだとすると、おかしい点がある。
これは俺の場合だけかもしれないけれど、守護霊っていうのは普通その人について回る。つまり、一人でどっか行ったりとか何かを見聞きしたりとか、ましてや宿主のものならいざ知らず、他人の気持ちなんてのは、そりゃ普通の人間よりは聡いけど、絶対じゃない。解らないことは解らない。
霊を見れて話を聞けてっていう天蓬も大差ないハズだ。
つまり何が言いたいかってぇと、相談事内容に解決不可能な内容があるってこと。
今回の探し物なんかが最もたるものなんだけど。
相談者がどこかに仕舞ってしまい場所が解らなくなったなんてものはそりゃ後ろの人は知ってるだろうよ。でもその程度の内容でわざわざ占い師に依頼に来るわきゃねぇし。
占い師のところに藁をも縋る思いで来るってことは多分相当本人にとっては深刻な事だろう。んで、それは、物であることも少ないだろうし、そうなってくると後ろの人が解らない、または見ていない場所であったことである可能性が高いわけで。
それは後ろの人に聞いても返事なんて帰ってくるわけもない。
とすると、天蓬の占いの手段っていうのが他だということが予測される。
道具を使わない占いってなんだ、超気になるんですけど。
しかも当たってるってどういうコト。コイツマジ何者?
っつーわけで、俺は天蓬の事が気になっちゃって仕方ないのだが、天蓬は俺に一向に興味を示してくれない。マジ片思いだわ。恋じゃねぇけど。
オカルティックな話が好きなわけじゃない。何故ならそれは俺にとってはそこにある現実だからだ。
見えないヤツが興味本位で騒ぐのは微笑ましいが、普通にその辺に血みどろの霊とかが見えたらそれを敢えて誰かに言いたい気持ちにはならない。楽しくもない現実を、異端視されることにかまわず告げて、興味に晒されるのはゴメンだし、知りたくもない事を知ってしまうことによって、人間関係が拗れるのも遠慮したい。
だから多分余計にコイツのことが気になるんだ。
同じように見えるくせに、隠そうともしないでいる、強い男が。





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