轍  −わだち−  ◇8◇

控えめなノックの音がしたけれど、手が離せないから無視をした。
もっとも手が離せないというのはただの体のいい理由で、本当の理由は面倒くさいからだ。
だいたいこの部屋に来る者は仕事を持ってくる者と用事を持ってくる者しかいない。
そこまで考えて三蔵はふと笑った。
いや、別のヤツもいた。
もっともそいつはノックなどせずに入ってくるだろうがな。
コンコン。
相変わらずの控えめな調子でのノック。
無視していればいつまでも鳴りそうな様子に、三蔵は用事の方に違いないと結論を付けて入室の許可を出した。
「開いてる」
すると、ドアがおずおずと開きまだ若い僧侶が姿を見せた。
この部屋に来るのは若い僧侶しかいねぇな。
大方超鬼畜生臭坊主の扱いに困っているからであろう。
押しつけあった結果若い下っ端が被害を食うというヤツだ。
気にいらねぇ。
じろりと僧侶を睨むと彼は身体をすくませた。
それがますます気にいらねぇ。
三蔵はそう思ったが、彼を睨むことではないだろう。もっとも原因は誰にあるのか…。
「用があるなら早くいえ」
促されて膝はがくがく笑いながらも、この場から早く逃れるすべは用件をすませることしかないと意を決した彼は、小さな声で震えながら言った。
「三蔵様に、ご、ご用があるという方が見えております」
「知るか」
取り付く島もない。
普段ならば、やりとりはこれで終わりだった。
けれど、今日はそうもいかない理由があった。
書類の山に再び向かった三蔵に、僧侶はまた言った。
「ですが、あの」
食い下がる心意気は認めるが、話が要領を得ない。
いらいらして三蔵は煙草に手を伸ばした。
「言いたいことがあるなら早く言え。忙しいんだ」
言いながらライターを探る。
「あの、ですから、三蔵様にご用のあるという方が…」
「忙しいと言っているだろう」
「あ、あのっ……」
ごくりと僧侶がつばを飲み込んだ。
三蔵が不審気に彼を見た。
何かおかしい。
「誰だ?」
ぎくりと、彼が身をすくませた。
「そ、そのっ…」
「はっきり言え」
「猪……、猪 悟能です」
成る程。
合点がいった。
彼の怯えた様子も、全て。
「通せ」
「はい!」
ぺこりと頭を下げると彼は部屋を飛び出すように出ていった。
その様子を見送りながら三蔵は煙草に火を付けた。
「…………」
なんの用だ?
もっとも、どうせろくな用じゃねえだろうがな。
そう結論付けて、胸の奥まで吸い込んだ煙を静かに吐き出した。

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花吹雪 二次創作 最遊記