轍  −わだち−  ◇4◇

半ば強引に彼女に約束を取り付けて、今僕は彼女を待っている。
必死で遠慮する彼女を、必死で口説き落としている八戒の姿は端から見ていれば奇妙な物だっただろう。
けれど顔も良く理知的で物腰の優雅な青年に必死で誘われて断れる女性がいるだろうか。
これから仕事だという彼女に、八戒は躊躇もせず「待ってます」と告げた。それが決定打だった。
彼女は仕事が終わる時間を告げると、その時間にまたここでといった。
八戒は、家に荷物を置きにだけ戻ると、悟浄がいないことだけ確認してまた家を出た。
そして今に至る。
「お待たせしました」
彼女が、八戒に告げた。
「いえ」
微笑んで八戒も答える。
美男美女とはこのことをいうに違いないと、見ているだけならば思える光景。
八戒が、扉を開いて彼女を誘う。
「どうします? 食事はもうとりましたか? おいしい店を知っているんですが、よろしければどうでしょう?」
優雅なエスコートに彼女は照れたのか頬を少し赤らめた。
八戒の笑みが少し深くなった。

「八戒さんて、最近この街に来たんですか?」
食事をしながら談笑していると、彼女が八戒にそう聞いた。
思わず笑いがこみ上げる。
どうやら、彼女は自分が悟浄の同居人だとは知らないらしい。
「1年くらい前です」
「え、そんなに!? でも八戒さんくらいの方ならウワサになっていそうなのに」
「ウワサ、ですか?」
何故と問いた気な八戒に、彼女は笑う。
「だって、八戒さんとても格好良いじゃないですか」
「そんなことありませんよ」
「ありますってば! でもホント、どうしてかしら?」
「あまり街には来ていないからですかね?」
あはは、と笑う八戒にふふっと彼女も笑った。
意外と話が弾むモノだと妙に客観的に思う。
彼女が良くしゃべる方で良かったなどと、よくわからないコトを思いながら適当に話を合わせている。
一体自分はなんのためにこんなコトをしているのか?
わかりかけた答えは見えなかったことにして、このまま何事もなかったことにしてしまおうか…。
そう八戒が思った瞬間、彼女がふと時計を見て慌てる。
「やだ、もうこんな時間?」
「予定がありましたか?」
「え…、予定って程の物じゃ…ないんですけど」
悟浄だと、すぐに気が付いた。
その瞬間、どす黒い感情が八戒を飲み込んだ。
このまま悟浄の元へなんて行かせない。
そのくらいなら、いっそ……。
「そうですか」
必要以上にシュンとした八戒に、彼女も言いよどむ。
それも全て計算ずく。
「今日は、長々とおつきあいいただいて申し訳ありませんでした。とても楽しかったです」
寂しそうな笑みを浮かべる八戒に、彼女もますます申し訳なさそうな顔になる。
「いえ、そんな。私も楽しかったです」
「ホントですか?」
「はい!」
「よかった」
そう言って、八戒は嬉しそうに笑む。
その笑みに、彼女の顔が朱に染まった。
それを八戒は見逃さなかった。
「あの、もしよろしければ、また、こうして会っていただけないでしょうか?」
「え…」
「僕、あまり親しい友人とかいなくて……。もちろん、貴女の御都合の良いときでかまいません。今日みたいに、お話していただけるだけでいいんです」
畳みかけるように言う八戒。
明らかに否定ではなく、ただ戸惑って彼女が口ごもる。
その様子に、確信をして八戒はひどく悲しそうな顔を作った。
「やっぱり、ご迷惑ですよね…」
「え!?」
「すみません。今日つきあっていただいたのも僕が無理を言ったからだったのに。僕、楽しかったからなんだか勘違いしちゃって」
悲しそうに笑う八戒。
「そ、そんなことありません!」
かかった。
「私も楽しかったです! そんなこと言わないでください! また合いましょう! それに…、今日もまだ時間、大丈夫ですから!」
慌てて捲し立てる彼女に、笑い出したいのを押さえて驚きの表情を作る。
「え、…でも、ご予定は?」
「いいんです。約束って程じゃありませんから。それに……」
目を少し逸らすと、彼女の頬が赤くなる。
「私も、八戒さんとお話しするの、楽しいんです」
感触。
八戒は好意も悪意も敏感に感じ取る自信があった。
そして、彼女が自分に抱いている物は好意。間違いない。
手折ってしまえ。
心の中で響く声。
その羽根を毟ってしまえと、心のなかで声が響く。
優雅に、八戒は笑った。
「じゃあ、もう一件、おつきあいいただけますか?」
彼女の返事はYES以外無かった。

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花吹雪 二次創作 最遊記