轍  −わだち−  ◇3◇

午後になって、八戒は街に買い出しに出かけた。
食材やら、雑貨やらが切れかけていたからというのが表向きの理由で、本当は悟浄の相手が見られるかもしれないから。暗い考えに少し自分が嫌になるけれど、そんなことは今の彼を止めるほどの力はなかった。
街を歩くと人が意外と多くて少しげんなりした。
悟浄には会えないかもしれない。
そう、理性では思う。
けれど、腐りにくいモノから、別に今日買わなくても良いようなモノまで買って時間をつぶしている自分がいた。
早く家に帰れと理性が警告するけど、本能がそれを許さない。
せめて、せめて一目見るまではと。
そのとき、自分がどうなるかも解らないのに。
くす。
八戒の口元に笑みが浮かんだ。
自分はなにをするつもりなのだろうか。
わからないことが、何故だかおかしかった。
くすくす笑いながら軒下に陳列されている商品を見ている八戒の目に、見慣れた赤が映った。
顔を上げると丁度女性と歩いているところ。
茶色の髪の長い、すらりとした女性。年の頃は20歳程度。美人な部類ではないだろうか。あの悟浄と並んでも見劣りしない。
彼女だろうか?
見つめる八戒の前で、二人の繋がれた腕がするりと解ける。
そして向かい合って何事か話している。
悟浄が、笑っている。
それがなぜだか苦しくて、八戒は唇を噛んだ。
二人は、流れる人混みを物ともせずそこで立ち止まっている。
そして、彼女が悟浄の腕を掴むと、悟浄は笑ってそんな彼女にキスをした。
目を見開いている八戒には気付かず、二人はそのまま別れていく。
悟浄は賭場へ、そして彼女は目の前の店へ。
言葉を発すこともできぬまま、八戒は立ちつくしている。
足が。
地に縫い止められたような気すらしたのに、気が付いたら八戒は道を横切っていた。
そして、今し方彼女が消えた店の扉を開く。
ドアを開けた拍子に、荷物がバランスを崩して落ちた。
ひとつじゃなく、いくつも。
そんな物に気付かず歩いて行こうとした八戒に、彼女が声をかけた。
「落ちましたよ」
びくっと、正気に戻る八戒。
怯えたように視線をさまよわせる八戒の目の前で、先ほど悟浄とキスをしていた彼女が荷物をひろっていた。
「あ、すみません」
反射的に謝る八戒に、彼女は顔を上げて笑った。
「いいえ、いいんですよ」
笑顔が、ひどく眩しかった。
「はい、これで全部かしら?」
荷物を八戒の抱えている袋に乗せると、そう微笑んだ。
それがまるで、自分の汚い物を見透かされているかのようで、八戒は思わず視線を逸らした。
「ありがとうございます」
笑顔だけは張り付けて、うつむく。
「どういたしまして」
笑って店の奥に行こうとした彼女が方向転換した瞬間、ふわりと舞い上がった彼女の髪から、あの匂いがした。
「待って!」
とっさに彼女の腕を掴んでいた。
さっき彼女が拾い上げた荷物が辺りにちらばり甲高い音を立てた。
「あ…あの?」
彼女が不審気な目を向ける。
とっさに自分はなにをしているのかと問うたが、答えはなく。
手を離すしかなくて、八戒は手を離した。
「すみません」
白々しく響いた言葉。
自分がなにをしたいのかが解らない。自分がなにを望んでいるのかも解らない。
跪いて、荷物を拾いはじめた八戒は、彼女がこのまま自分から離れていってくれればよいとさえ思った。
けれど。
「手伝います」
彼女は、八戒と同じようにその場に跪き、荷物を拾いはじめた。
悟浄が、つきあうのも無理はない。
きゅ。
唇をかみしめる。
「これで、全部……」
言いかけて顔を上げた彼女は、八戒の唇に指をかざす。
「噛んじゃ駄目。血がでてるわ」
心配そうなその顔。
反吐が出る。
「ありがとうございます」
出てきた言葉は心とは真逆の御礼。
「2度も荷物、ぶちまけちゃってすみません」
気が付いたら自分はにっこり笑っていた。
「本当に助かりました」
優しい紳士を装って。
「もしよろしければ、御礼をさせてください」
僕は一体なにをするつもりなんだろう?


誰か…。

誰か僕を止めてください。

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花吹雪 二次創作 最遊記