轍  −わだち−  ◇11◇

空には細い月が浮かんでいた。
冴えた空気にその光は自己主張をしていたが、地上までも侵すことはできない。
月の光が射し込む窓辺で、三蔵は杯を傾けていた。
仕事が速く終わったせいか、疲れていない身体は眠りをまだ望まない。
月を肴に一人静かに酒を飲む。
久しぶりの贅沢に、知らず口元がゆるむ。
と、扉の向こうに気配がした。
それから数秒もたたずノックの音。
「起きてますか?」
響いた声に、三蔵は無視を決め込み月を見上げた。
二度目はなく、それきり静かになった廊下にあり得るはずがないと思いながらもあきらめただろうかと思った頃、ノックもなく扉が開いた。
「なんだ。やっぱり起きてるんじゃないですか」
「人の部屋に勝手に入っておいて、第一声がそれか?」
「僕らしくて良いでしょう」
八戒は微笑んで扉を閉めた。
「手酌ですか。寂しい人ですね」
三蔵が無視していると八戒は窓辺に寄り、そこにあった椅子に座った。
「眠れませんか?」
徳利を傾け、杯を促す。
「まあな」
杯を差し出し答えた三蔵に、笑って八戒も言った。
「僕もです」
注がれた酒を飲みほし、月を見上げると沈黙が流れた。
「そんなことを言うために来た訳じゃねえんだろ?」
八戒に視線を向けると彼は再び杯を促す。
それに従い杯を差し出すと八戒がちらりと三蔵を盗み見た。
その視線に気付きながらも放っておくと、彼が口を開いた。
「最近どうですか?」
「……なにがだ?」
「恋人とかできました?」
「……俺は坊主だ」
至極もっともな答えを返すとおかしそうに八戒は笑った。
「貴方、それ気にしたことあります?」
返答の変わりに杯をあおると、三蔵も笑った。
「用はなんだ?」
「しません?」
さらりと八戒が言った。
「なんでてめぇと」
「最近一人なんでしょ?」
「関係ないだろ」
「……悟空としました?」
三蔵の手から杯が落ちた。
「してねぇよ。そこまで相手に不自由してねぇ」
押し殺した声で言う三蔵を見て、思わず笑ってしまう。
不愉快そうな顔をした三蔵が、反撃とばかりに口を開く。
「悟浄はどうした」
八戒の顔が、笑顔のまま凍り付いた。
「大方悟浄がらみで何かあったんだろう?」
八戒の悟浄への気持ちを知っている三蔵は、いつかこうなるだろうと思っていた。
だからこそ何も聞かずにいたのだ。
「独り寝が寂しいのか?」
ニヤリと笑って三蔵が言う。
八戒の顔からわざとらしい笑みが消え、変わりに自嘲するような笑みが浮かんだ。
「まあ、そんなところですね」
うつむいて笑ったその顎を取り自分の方へと向けさせると、三蔵は八戒に口付けた。
目を伏せる八戒の口内を思うまま貪ると、彼の上着の裾から手を滑り込ませその白磁の肌触りを楽しむ。
「…っ」
身を竦ませる彼を抱き寄せる。
手を滑らせ、胸の突起を刺激してやると、それはすぐに勃ち上がる。
「ん…っ」
つまむように愛撫してやると八戒の膝が折れ、彼は床へとへたり込んだ。
見上げる視線が潤んで、たまらなく扇情的であるが、相手が三蔵だからではない。
自分もそうだから文句を言う筋合いは無いのだが、やはり腕の中にいる相手がそうであるのは気に障った。
「八戒」
ささやき、カフスのはまった耳朶を噛むと、彼の身体がぴくりと震える。
胸を愛撫している手は休むことなく彼の身体をまさぐる。
けれど、それは決して下へおりていくことはない。
「三蔵……っ」
懇願の混じったその響きに、三蔵は笑うと手を下へと滑らせる。
下衣の上からやんわりとそこに触れると、八戒のそれはまだ触れられてもいないのに熱くなっていた。
「そんな…っ」
「直接触って欲しいのか?」
意地悪な三蔵の問いに、一も二もなく頷く。
快楽になれた身体は半端な愛撫では辛いだけ。
「浅ましいな」
八戒の頬が朱に染まる。
確かに感じているのは羞恥のはず。
なのに、身体はそれまで快感と受け取ってしまう。
勃ち上がったそれを直接指でなぞられると、既に勃ち上がっていた先端から滴がこぼれ落ちた。
「あ…」
快感に吐息が漏れる。
決定的な刺激が欲しくて思わず腰が動いてしまう。
けれど三蔵はそこには触れてくれない。
八戒の先端から零れた滴を手に取ると、まだ開かれていない蕾へ持っていく。
そこをなぞるようにすれば、ひくひくと蠢き指を飲み込もうとする。
「欲しいのか?」
問えば、頷きが返ってくる。
遊んでいた指を、一本差し入れてやると背が反り返った。
「……っ」
中で探るように動かすと、きつく締め付けてくる。
「キツイな」
「最近、して…な、……から…」
「少しゆるめろ」
「無…理です……っ、あっ…!」
あまりのきつさに、三蔵が八戒自身を握るとそこを刺激してやる。
「あっ…、やぁっ!」
嬌声が昇り、八戒の身体がしなる。
「やめっ、い…、イっちゃ…ぅ…」
「一度イけ」
「あ、……っ!!」
びくん。
白濁した液を吐き出して、八戒は果てた。
その液を手で受けとめると、三蔵は八戒の中へと指を入れる。
さっきよりは楽になっているが、それでもまだきつい。
「や…、んん」
「てめえで誘っておいて、ここで終わりじゃねえだろ?」
皮肉を込めて三蔵が言い放つと、八戒は三蔵の手を取り自らの中から引き抜いた。
「オイ」
責めるような視線を向けた三蔵に、八戒は薄く笑って自らの指を舐める。
「自分で…」
自分でしますと言って、八戒はそこへ自分の手を導く。
三蔵の見ている前で、彼の指が、そこへ差し込まれる。
「っ…んぅ…」
達したばかりでまだ敏感な身体を、再びあおるようにそこを広げていく。
一本、また一本と増えていく指を見ながら、三蔵は己の着衣を脱ぎ捨てた。
既にそそり勃っている三蔵のそれを見ると、八戒は耐えきれないように指を引き抜いた。
そしてひくひくしているそこを広げると、三蔵を潤んだ瞳で見つめる。
「入れてください…」
大きく広げられた足。
自ら示されたそこ。
三蔵は、自分の身体が熱くなっていくのを感じた。
「淫乱」
言葉で辱めて、主導権を奪い返す。
再び勃ち上がっていた八戒のそれが、羞恥に涙を流すのを横目で見ながら、彼の中を犯し、キスをする。
「…っふ…ぅ」
漏れる吐息すら奪い尽くすようなキス。
「っあ…、ん」
一度奥まで貫いてから、感触を確かめるように八戒自身を握ると、中がひくつくように締まった。
それが合図。
「ふぁぁ…っ!」
大きく引き抜くと再び一気に貫く。
快感に、八戒が嬌声をあげた。
「ああっ…、っや……、あぁっ」
彼の手が、三蔵の背を抱く。
知らず擦りつけてくる彼のモノに気づき、三蔵が笑った。
「…八戒…」
上がっていく呼吸を止める術は昇りつくことだけ。
「三…ぞ……っ! もぉ……っ!!」
激しくなっていく動きに、八戒が限界を迎えた。
「ああぁっ……!!!」
「……っくぅ」
その瞬間、きつく締め付けた中に、三蔵も己の欲望を吐き出した。

呼吸が整うまでしばらく二人はそのままの姿勢でいた。
やがて、汗で張り付いた前髪を邪魔そうにはらうと、三蔵が八戒の中から己を抜き出した。
「…っ」
その感触に八戒が眉を顰める。
「しっかり締めとけよ」
意地の悪いその台詞に八戒は顔をしかめた。
「中で出さないでくださいよ」
後が面倒なのは三蔵も知っている。
その上で零すなと命令したのだから。
「後始末してやろうか?」
「結構です」
淡々と言い放つと、八戒は自分の服へ手を伸ばした。
久しぶりだったせいか、身体がきつそうだった。
「……」
悟浄と、何があった? とは聞けず、間が持たなくなり三蔵は煙草へ手を伸ばした。
「寝煙草はダメですよ」
「寝てないだろ…」
場所を変える間もなく行為に及んでしまったせいで、未だ三蔵は窓際で、壁に背をもたれさせたまま床に直接座り込んでいる。
「それじゃ、お休みなさい」
服を身につけ終わった八戒が、にこりと笑ってそう言った。
さっきまでのみだらな行為のかけらも残さず、紫煙の先で扉が閉まった。
月が、中空に差し掛かって、窓を見上げただけでその姿が見える。
しばらくそのまま煙草をふかしていた。
が、やがてその煙草を揉み消すと、窓の外へと投げ捨てた。
「いいさ」
オレの知った事じゃない。
オレはいつも通り、今まで通りに八戒を抱いただけだ。
気怠い身体を寝台に押し上げ、三蔵は瞼を閉じた。
「ばかばかしい」
何も変わっちゃいねぇ。

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花吹雪 二次創作 最遊記