轍  −わだち−  ◇10◇

実際、猪 八戒という男はひどく有能な部下だった。
元教師だけあって、頭も切れるし学もある。
特に、三蔵の苦手とする人に説明することや、仕事を割り振ることに関しては優れていた。
そしてやんわりとした態度と笑顔。
大量虐殺の事実を誰も知らなければ、ここに置いて自分の片腕になって欲しいくらいだ。
さらに言うならば、あの食えない性格がまたいい。
見かけ通りの性格ならば、役には立たない。
多少逆らっても、食えない男の方が良い。
役にもたたん坊主達をそのにこやかな笑みとともに切り捨てていく様はいっそ小気味いい。
かたん。
筆を置くと、その音に反応して八戒が振り返った。
「お疲れ様でした」
にこやかに終わった書類の確認をしている。
このところ仕事がはかどるのはヤツのおかげだ。
俺が見るべき物かどうか、チェックをかけているのだ。
そして、その必要がない物は別の物にまかせたり、自分でやったりしている。
いかんな。
「癖になる」
言葉に顔を上げて、彼が苦笑した。
「たまにはいいでしょ」
自分が役に立っていることを否定しないその言葉。
自分すらも過小評価しないその態度は見る物からすれば嫌みだろうが、三蔵は好きである。
開いている窓から風が入った。
「まだ3時か…」
「おやつの時間ですね」
「そういえば、悟空はどうした?」
いつもならばうるさいほどつきまとっている悟空の姿が見えない。
「僕がお使いを頼みました。もうそろそろ戻ってくるはずですけど」
いつのまにと言いたくなるような手際の良さ。
ちゃっかり時間計算までしてる辺りがさすが八戒である。
そこへ丁度悟空が帰ってきた。
「ただいまーっ!」
「おかえりなさい」
嬉しそうに帰ってきた悟空をにこやかに迎える八戒。
「あ、三蔵。仕事終わったの?」
三蔵の机の上に、書類が散らばっていないのに気づき、びっくりした顔で悟空が三蔵を見た。
「ええ、今し方ね。お茶入れますね。おやつにしましょう」
八戒が席を立つ。
悟空は三蔵へと駆け寄ると、持っていた包みを差し出した。
「なんだ、これは?」
「蓬香楼の肉まん。今ブームなんだって、めちゃくちゃおいしいらしいよ」
包みを開けると、ほんわかと湯気が立ち上る。
「これを買いにいってたのか」
「そ。並んだんだぜ。すっごい列でさ」
「そんな店があったのか」
「そういうと思った。八戒がさ、教えてくれたんだ」
「八戒が…か」
「うん。八戒詳しいよな。情報早いし」
にこにこと上機嫌で話す悟空を見ていると、三蔵もつられて微笑んでしまう。
「お茶が入りましたよ」
ドアを開いて八戒がお茶を持ってきた。
「うわ〜、待ってました!」
どたどたと自分の席につく悟空にお茶をわたすと、八戒が三蔵を振り返った。
「三蔵、座ってください」
にっこりと席を促す。
立ち上る良い香りに、引き寄せられるようにテーブルに向かう。
これ以上ないほどのどかな午後。
無意味な演出に思えなくもないが、それでも壊してしまえるほど生き急いでいるわけでもない。
テーブルについて煙草を消すと、三蔵の前にお茶が置かれた。
ここにはいない誰かのことには触れようともしない。
違和感は、けして拭えない。
八戒が笑った。
「さあ、おやつにしましょう」

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花吹雪 二次創作 最遊記