第二十二話 Lost Eden

あぐおさん:作


ネルフ本部入口
颯爽と音も無く迷彩服を着た男達が現れた。彼らはハンドサインで指示を確認するとドアに何かを貼り付けてすぐに消える。直後、ドアは爆音をたてて爆発し、重いネルフの扉が壊された。穴が空いたのを確認すると、彼らは風のように中へと消えていった。
その様子を監視カメラが捉えている。その映像をまるで映画のように眺めている少女と中年の男がいた。
「どこのお客様なのかしらね?戦自?」
「ああ・・・その可能性は高いな」
「ふふふっ・・・娘たちに丁重におもてなしさせないと失礼にあたるわね・・・そうでしょ?ゲンドウさん」
「ああ・・・わかったよ・・・ユイ・・・」



迷彩服に身を包んだ部隊は廊下を走り抜けていく、奥に行けば行くほどむせ返るような臭いは次第に濃くなっていく。廊下の角を曲がると思わず立ち止まった。
彼らが見た光景は地獄というものが陳腐に聞こえるほどの光景だった。廊下一帯に広がる血の池。そして散らばる人であったもの。惨劇の最たるもの。狂気の果て。それは惨劇を通り越してまるで喜劇に思えるような光景。人の形をしているものは幸運だったのかもしれない。至るところに肉片が巻き散らかしており、最早それが誰なのか?男か女かもわからない。
彼らはゆっくりと足を踏み入れる。固まりかけた血糊が靴にへばりつく不快感が彼らを襲う。
ふと先を見ると一人の裸の少女がゆっくりと夢遊病者のような足取りで彼らに向かって歩いてくる。ふらふら、ふらふら、ふらふら、距離が縮まる。
少女は体を前かがみにすると一気に駆け出し・・・・
次の瞬間には少女の体は蜂の巣になって地面に崩れ落ちた。

「なに!?」

映像を見ていたゲンドウが身を乗り出す。
それもそのはず、彼らはなんのためらいもなく少女に攻撃をしたからだ。その引き金を引く指になんの迷いも躊躇いもない。
それを合図に奥から裸の少女が3名、綾波シリーズが彼らに襲いかかるが、いずれも彼らの前にたどり着く前に役目を終わらされている。

「なんなの・・・あいつらは・・・」
ユイの顔が歪む。
彼らは大きな誤解をしている。相手をしているのはアルカディア軍の精鋭なのだから、彼らはデザインヒューマンとの戦闘に明け暮れてた過去を持ち、そしてそれがどういうものか身をもって知り尽くしている。もし相手が戦自の部隊なら躊躇って接近を許したであろう。しかし彼らにそんなものはない。アルカディアの住民は対デザインヒューマンのスペシャリストなのだから。
「一気に片付けましょう!娘たちを彼らのところへ!」
綾波シリーズは彼らの元へと集中する。それはミサト達の思惑通りだった。



突入前、ミサトは作戦の説明をする。
「山下さんたちは正面から部隊を展開、相手は綾波レイのクローン、デザインヒューマンよ。発見次第即攻撃でお願い。出来るだけ派手に暴れて欲しいの。その隙に私と加持君、廻さんと白鳥さんは別ルートから侵入、エヴァ弐号機を確保するわ。アスカはプラグスーツに着替えたら弐号機にエントリー、もし、相手がエヴァで攻めてきたら相手をして、シンジ君はアスカの護衛よ」
バビンスキーが続く。
「この戦いが最後になるだろう。相手はデザインヒューマンだ。人間じゃない。相手の姿形に惑わされるな!これは俺からの命令だ。全員生きて帰れ。以上だ」



ミサト達は別ルートから侵入すると弐号機が収められているゲージへと向かう。一抹の不安が過ぎる。
「シンジ君、大丈夫かしら?」
何気ない独り言のはずだった。しかしその言葉はキョウシロウの耳に届いていた。
「安心しな葛城さん、あいつは本当に強くなった。ありがとう」
「え?別に私は・・・」
「あいつは今まで自分の命も部品の一部程度の認識でしかなかった。今はそんな考えはない。あいつはやっと過去の呪縛から解放されたんだ。葛城さんを始め、アスカちゃんのおかげで」
「そう・・・シンジ君の役に立てていたのね・・・」
嬉しい反面寂しさがミサトの頭を過ぎる。ミサトは頭を横に振ってその気持ちを外へと押し出した。



シンジとアスカは更衣室に着いた。部屋の中に入る。
「ちょっと!シンジ!恥ずかしいから外出てってよ!」
「そうはいかないよ。この時が一番無防備になるんだ。僕が警戒しているから急いで!」
「う~~~~もう!こっち見ないでよね!」
アスカはシンジの後ろでプラグスーツに着替える。いくら肌を重ねた間とはいえ、明るいうちに肌を見せて平然としていられるほど擦れてはいない。顔を真っ赤にしながら着替えていると突然シンジがアスカのほうへ振り向き抱きかかえると天井に向かって発砲した。
「きゃあ!」
銃弾が撃ち込まれた穴から血が滴り落ちた。
「ほらね?」
ニコリとしながらアスカへ微笑みかける。
「こっち見るな!エロシンジ!」
報酬は紅葉マークだった。



発令所から映像を見ているユイとゲンドウ、その顔は焦りと困惑に満ちている。既にキョウシロウとシンジに対して何体かの綾波シリーズを刺客として差し向けているが、彼らはそれを難なく退けている。キョウシロウなら綾波シリーズを倒せても納得はできる。シンジが難なくできるのは想定外だ。
「ゲンドウさん!何をしているの!?硬化ベークライトを流して!」
「あ、ああ・・・」
パネルをいじって操作をするがエラー出る。
「何をしているの!?早くして!」
「操作できない・・・まさか!」


「ふふふ・・・慌てているわね・・・」
リツコは送られてきている映像を見て思わず笑みを浮かべた。
「凄いわ・・・まさかMAGIが落とされるなんてね・・・しかも普通のノートパソコンで」
「赤木博士、こっちには国内トップレベルのハッカーと飛鳥がいるんだぜ?」
バビンスキーはニヤリとした。彼らは武力行使だけではなくMAGIのコントロールも奪っていたのだ。その担当としてリツコをはじめキョウシロウの妻であるシノ、シノと交流のあった天才プログラマーのハルが味方として参戦していたのだ。バビンスキーから依頼を受けた彼はキョウシロウへの恩返しとして彼らに協力を惜しまなかった。そんな国内有数のプログラマーと飛鳥が手を組んだのだ。そこにMAGIを熟知するリツコが加わればMAGIを乗っ取ることも実に簡単な作業だ。
「これでネルフ本部はエレベーターを動かすくらいしかできない・・・どうするの?ゲンドウさん」
醜く歪むゲンドウの顔をリツコはうっとりとした顔で眺めた。


「まだよ・・・まだ手はあるわ・・・零号機をダミープラグで起動!奴らを皆殺しにして!」
零号機にダミープラグがインストールされてリフトに載せられるとジオフロントへと出される。零号機の前には弐号機が腕組みをして待ち構えていた。
「やっと出てきたの。待ちくたびれたわよ」
獣のように弐号機に飛び掛る零号機、勝負はあっけないほど簡単についた。S2機関を持ち、弐号機の力をフルに活かせるアスカに死角など無い。飛び掛る零号機の腕を捕まえると勢いそのままに小手返しで投げ飛ばし足で零号機の頭を踏みつけて粉砕した。足に嫌な感覚がする。いくらダミーとはいえレイの頭を踏み抜いた感触がアスカの体に残った。
「・・・これで私も地獄の住人よ!」
シンジと共に生きると決めたアスカに迷いはなかった。


「ユ、ユイ・・・」
ゲンドウの顔に焦りが出る。ユイは顔を俯かせるとゆっくりとゲンドウの傍に寄り添った。
「どうして・・・こうなったのかしらね?誰の責任?」
「・・・それは・・・」
ゲンドウは答えられない。急にゲンドウの腹部に激痛が走る。痛む場所に手をあてるとぬるっとした生暖かい感触が伝わった。
「あなたのせいよ・・・」
「ユ・・・ユイ・・・?」
見るとアダムが寄生したユイの右腕からナイフのように形成されたATフィールドがゲンドウの腹部を突き刺していた。膝から崩れ落ちるゲンドウ、ユイは汚物を見るかのようにゲンドウを蔑んだ。
「やっぱり、あなたは無能ね。せいぜい苦しみなさい」
ユイはそれだけ言い残すとゲンドウの内ポケットの中からスイッチを抜き取り、ひとり伍号機が収められているゲージへと向かっていった。
「ユ・・・イ・・・・待って・・・待ってく・・・」
ゲンドウは意識を失った。


『こちら理想郷、ネルフ本部発令所を制圧した。ターゲットを発見。既に負傷しており長くはないと思う』
バビンスキーの元に山下から通信が入る。
「そうか・・・それなら無視してもいいだろう。アルカディアは撤退してくれ。ありがとう」
『わかった。撤退する』
バビンスキーは通信を終えると大きく息を吐いた。
「碇司令は?」
リツコが聞く。
「既に負傷している。長くはないらしい・・・」
リツコは一筋の涙を流した。どんな経緯であれ一度は本気で愛した男の末路なのだから。
「馬鹿な人・・・本当に馬鹿な人・・・」
「でも、これで終わった・・・終わったんだ・・・」
バビンスキーはマイク付きのイヤホンを外した。後味の悪い結末。いや、争いの結末とは大抵そういうものだ。バビンスキーは自分に言い聞かせた。
「そうだ・・・みんなを撤退させないとな・・・」
思いついたように独り言を呟くバビンスキー、リツコは何か引っかかるように言った。
「司令は・・・ケガをしている・・・そうよね?」
「うん?ああ、そう言っていたな」
「追い込まれたのなら普通は自決するでしょ?でもまだ死んでいない・・・映像でレイが映っていたわよね?もしかして・・・」
「・・・・あっ・・・・」



「リツコ、それ本当?」
移動しながらミサトはリツコと通信をしている。
『ええ、発令所にいるところを監視カメラで確認していたけど、綾波レイが碇司令の傍にいたわ』
「綾波レイは碇ユイとリリスのクローン、じゃあ彼女が碇司令を?」
『状況的にはそう考えてもいいけど、レイは中身のない器よ?考えにくいわ。待って・・・今確認したところ、ヘブンズゲートに向かって降りている物体があるわ。映像確認するわ』
監視カメラに映った映像を見てリツコは驚愕する。
『そんな!どうして!?』
「リツコどうしたの?」
『ヘブンズゲートに向かっているのは無人のエヴァ伍号機と・・・・レイよ!』
「なんですって!?」
『レイが・・・宙に浮いている・・・リリスがレイの中で目覚めたの!?ミサト!ヘブンズゲートに急いで!今最短ルートを送ったわ。急いで確認して!アスカ!聞いていたでしょ!?アスカもすぐに向かって!何としても止めるのよ!』



ターミナルドグマヘブンズゲート最深部
エヴァ伍号機を従者に従えるようにリリスに近づくユイ、ユイは顎で伍号機を促すと伍号機はリリスに刺さっているロンギヌスの槍を抜いた。槍を抜くと伍号機は役目を終えたかのように崩れ落ちた。
・・・タッタッタッタ・・・・・奥から人の足跡が聞こえる。

「来たわね・・・」
「はあっはあっはあっ・・・・レイ!やめなさい!」
ミサト達がヘブンズゲートに着いた。加持は部屋の中を改めて見る。
(ロンギヌスの槍が抜かれている・・・間に合ってはみたが、時間もないようだな)
「ねーちゃん悪いが動かないもらおうか」
キョウシロウと白鳥が銃口を向ける。ミサトと加持も続いた。ユイはにやりと笑った。
「葛城さんと・・・加持リョウジさんかしら?それ以上近づかないでもらいましょうか」
「レイじゃないわね・・・誰なの?あなたは」
「碇ユイ」
「碇ユイだって!?じゃあ!司令はシンジ君のお母さんを復活できていたとでもいうのか!?」
「加持さん、最初から私を復活させるのが彼の目的ですよ。でもそれはあくまでもこれから起きる過程に過ぎないわ」
「あんた・・・何をしようとしている・・・」
「サードインパクトを起こして人を次のステージに進化させる・・・そして私は神となり新しい人類を導く。私はこう呼ばれるわ。マザーと」
うっとりした表情を浮かべて語るユイ。ミサトはその表情を見て怒りがこみ上げてきた。
「あんたねえ・・・自分のためにサードインパクト起こそうっての!?そのために自分の子供も駒扱いしたの!?」
「あら、大事の前の小事よ。シンジもゲンドウさんもこのための駒でしかないわ。最もこんなシナリオになるのは想定外だけど、ふふふ・・・シンジもゲンドウさんもどこまでも目障りな男だったわ。所詮は落ちこぼれね」
「ふざけんじゃないわよ!アンタの勝手な目的のためにどれだけの人が犠牲になったのか!どれだけシンジ君が傷ついたのか!アンタわかってるの!?それでも母親なの!?」
「アンタがシンジの実の母親?父親同様随分とさっぱりした関係じゃないか。自分が息子から見捨てられたことも理解できないのか」
「ぷっ・・・あははははははっあはははははははは!」
ユイは腹を抱えて大笑いをした。ミサトが罵声を浴びせる。
「アンタ!なにが可笑しいのよ!」
「くくくっ・・・可笑しい?そりゃ可笑しいわよ。だって・・・」

「シンジはゲンドウさんの子供じゃないんですもの!あははははは!」

驚愕の事実に言葉を失いそうになる。辛うじてキョウシロウが口を開いた。
「碇ゲンドウの子じゃないとすれば、一体誰なんだ!」
「いいわ、教えてあげる。日本が世界に誇る天才遺伝子学者末光博士の冷凍精子から授かった生まれ持って天才の才能を持つはずだった子よ」
「末光博士って・・・遺伝子操作のエキスパートの!?」
「加持さんよく知ってるわね。でも彼もまた愚民の一人だったわ。飼い犬に噛まれて半身不随になるなんて、間抜けよね」
キョウシロウの脳裏にある事件が浮かんだ。
「飼い犬・・・大戦後に八木少将が起こしたクーデター未遂事件のことか!」
「よく知ってるわね。あなたも軍の関係者なのかしら?」
「アンタ!人としても女としても最低よ!」
「ふふふっ葛城さん、あなたにはわからないでしょうけど、これでも私はシンジに期待をしていたのよ?優秀な遺伝子を受け継いで私の後継者となるはずだったシンジ。でもゲンドウさんが育児をどうしてもしたいっていうからやらせてあげたのに、あの男のせいで全てが狂ったわ。愛情を注ぐ?優しい子に育てる?虫酸が走るわ!」

「必要なのは優秀な遺伝子からなる優秀な人材よ!そんなこともわからないなんて、所詮M遺伝子異常を持つ落ちこぼれよね。だから彼を洗脳させてシンジを捨てて私を選ぶように仕向けた。でもシンジ自身もM遺伝子異常を持っていた。皮肉よね。まさか末光博士がM遺伝子異常者なんて思わなかったもの!だから飼い犬如きに噛まれるのよ。だからやり直すの、全てをやり直して優秀な遺伝子を持つ優秀な人間によって人は新しい扉を開くの!」
白鳥が激怒する。
「その程度のことで実の息子すらも道具に扱うだと!?ふざけるな!お前それでも母親かよ!何がマザーだ!偉そうに!」
ミサト、加持、キョウシロウ、白鳥、それぞれがユイに向けて碇の視線を送る。ユイはその視線を蔑んだ目で見るとゆっくりとその視線をリリスに向けた。
「あなたたちは知ってる?この地球上で最も罪深い生き物は何か・・・それは人間よ。獣だって自分が食べる以上の狩りはしないし、破壊もしないわ。でも人間だけが欲望のまま奪い、壊し、殺し合う。獣以下じゃない。人が絶滅させた生き物はゴマンといるわ!自然環境だってもそう!もはや人の手に及ばないほど破壊されてしまっている!なぜだかわかる?人が愚かだからよ。同じ過ちをなんども繰り返し反省は口にするけど、行動に移せない。それが人よ。人は人である限り堕落し続けるわ。その愚かな人を導くのは優秀遺伝子を持つ人間よ。それは私こと相応しい。そうは思わない?」
キョウシロウが吼える。
「人は遺伝子で決まるものじゃねえ!生き方で人は何物にもなれるんだ!」
「可愛い人ね。そうやって自分を励ましてきたのね」
ミサトが吐き捨てるように叫ぶ。
「アンタみたいな奴が支配する世界なんて、そんなの真っ平ごめんだわ!」
「葛城さん、あなたはもっと賢い人かと思ったけど、所詮は凡人ね」
加持は沸き上がる感情を抑えながら言う。
「おれがドイツから持ってきた第一使徒アダム、あれはどこにある」
「アダムね、ここにあるわ」
ユイは右の手のひらを見せる。そこには目玉が埋め込まれたようにあった。
「お前・・・アダムと融合したのか!」
「そうよ。この体は私の遺伝子とリリスから作られた紛い物の器。これだけじゃサードインパクトは起こらない。でもこの体を使ってリリスと融合すればサードインパクトは起こせる。エヴァを使わなくてもね。私はアダムと同等の力を手に入れた。もうあなたたちがどんなに足掻こうとも全て徒労に終わるわ」
「!このっ!」
パンッ!パンッ!二発の銃声が鳴る。ミサトが撃った弾丸はATフィールドによって防がれた。
「ATフィールド!?」
「言ったでしょ?全て徒労に終わるって・・・そして、こういうこともできるわ」
ユイが顎で彼らを指すと動かなくなっていた伍号機が再び動き出した。伍号機はロンギヌスの槍から手を離すとその手を振り上げ、ミサト達の目の前の地面に叩きつけた。
「きゃああ!?」
「うわああああ!」
叩きつけられた衝撃波によって4人は転がっていった。
「さあ伍号機、彼らに止めを」
伍号機は彼らに近づくと再び腕を振り上げて今度は彼らに叩きつけようとした。
「ちょおおおっと待ったああああ!」
その一撃はATフィールドによって防がれる。弐号機だ。
「ミサトさん!キョウシロウさん!大丈夫ですか!」
弐号機の手の平にシンジがいる。シンジは弐号機の手の上から降りると彼らに駆け寄る。衝撃波によって彼らの体は負傷してしまっている。
弐号機はATフィールドでできた羽を展開すると伍号機に突き刺しバラバラに切り裂いた。
「シンジ・・・どこまでも目障りな子ね」
シンジはミサト達の無事を確認するとユイを睨みつける。
「アスカ、ミサトさん達を連れて地上に戻って」
「シンジ?」
「僕がケリを付ける。親の恥は子供の僕が始末するよ」
「・・・わかった」
アスカはミサト達を手の中に収めると来た道を引き返していった。ユイはニヤニヤとシンジを見る。
「いいの?あなた一人で」
「僕ひとりでお釣りがくるよ。十分ね」
シンジは鞘から刀を抜いた。
「母親に刃を向けるなんて、どんな教育を受けてきたのかしら?」
「僕の母さんはシノさんだけだ。あなたは只の遺伝子提供者だよ。あなたみたいに安い生き方は教わっていないもんでね」
「なんですって・・・・?」
「あなたは現実から逃げた。戦うことと背負うことから逃げた臆病者だ」
「何が言いたいの・・・・」
「リセットすれば全てが良くなると本気で思っている。愚か者だ」
「シンジィィィィィ!!!!!」
ユイはATフィールドを剣のように細くするとシンジに切りかかった。シンジはその攻撃を受け流すと返し刃で攻撃する。その攻撃はATフィールドの盾によって防がれる。
「ATフィールドまで展開できるようになったの。ついに人間やめちゃったんだね!」
「生意気なガキが・・・子供だからって甘く見てたけど、もう殺す!」
「くだらない大人に振り回されるのはもう御免だ!ここで全て終わらせる!」



「!バビンスキー!」
「ああ、はじまったみたいだな」
通信を聞いていたアスカがバビンスキーに話しかける。アスカは今すぐにシンジの元へと駆けつけたい衝動にかられる。しかし彼女が操る弐号機の手の中には負傷した4人がいるため必死にその衝動を押さえつけている。
(神様・・・どうか、どうかシンジを生きて返して・・・)
アスカは目を瞑り初めて神に祈った。



「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
シンジは肩で息をしてユイと対峙している。その姿は満身傷痍であちこちに傷がある。一方ユイは無傷である。状況はかなり悪い。
「ふふふ・・・シンジ、立っているのつらいでしょう?そろそろ楽に・・・くっ!」
ユイは無傷で呼吸も乱れていないにも関わらず急に苦しそうな顔を浮かべた。シンジはチャンスとばかりに切りかかるが攻撃を受け流されて逆に返し刃を受けそうになる。
「くっ!」
思わず目を閉じる。しかし、その刃は届かず、シンジの前にATフィールドが張られていた。
「これ・・は・・ATフィールド!?なぜリリンが!くぅ・・」
『只の人間じゃないさ・・・シンジ君は』
声が聞こえる。シンジの体の周りに靄が立ち込めると、それは徐々に形を表していった。
「カヲル・・君?」
『そうさ、シンジ君、君に僕の魂の欠片を受け取っただろ?僕は今思念体としてシンジ君を守るためにここにいるのさ』
ユイが睨む。
「最後の使徒、ダブリスか・・・まだ生きていたのね」
『肉体の方は死んだよ。でもその前にシンジ君に僕の魂の一部を渡したのさ。シンジ君が幸せになるためにね』
「随分とリリンに肩を貸すのね。それでも使徒なの?」
『僕は自由意思を持つ使徒だからね。シンジ君の幸せのために僕は存在するのさ。それより、もうひとつの僕の存在の綾波レイ。君はそれでいいのかい?シンジ君を傷つけているのを黙って見過ごすつもりなのかい?』
「何を言って・・・くっ!ま・・さか・・・こんな!くっ!・・・邪魔をするな!綾波レイ!」
「!?」
シンジはユイの体に何が起きているのか理解できない。ユイは大きく前かがみになると顔だけをシンジに向けた。その顔は半分が醜く歪むユイ、もう半分は無表情だった。まるで顔面神経麻痺になったような顔だ。
『イカリクン・・・』
「その声は・・・・綾波!?」
『・・・いかり、くん・・・今・・・私が・・・動きを・・止めている・・う、ちに・・・』
「綾波!顔だけ見るとアシュラ男爵じゃないか!」
『シンジ君、ツッこむところはそこじゃないよ・・・』
「綾波・・・これは・・・」
『こ、の・・・からだ・・には、私と・・・いか、り、ユイの・・・二つの・・・魂が・・・はいって、いるの・・・ふたつ・・・の・・・魂、が・・・体の中で・・・せめぎ、合ってる・・・いか、りくん・・・早く!』
「綾波!」
『早く!ころ、して・・・早く!』
「じゃま・・・するな!人形の分際でええええ!」
『わ、たし・・・ニンギョウ、ジャ、ナイ・・・イ、カリ・・・クン・・・』
シンジはゆっくりと刀を構えた。
「綾波、君のことは忘れない」
シンジはユイに飛びかかった。
『イカリクン、ダイスキ』



その声は確かにシンジに伝わった。レイとユイの二つの魂を宿したその体は、シンジの一刀によって首が飛んでLCLの海の中に落ちた。
膝から崩れ落ちる器、続けてアダムが宿っている右腕を斬り落とし、シンジはアダムを突き刺し、切り裂いた。
カヲルの思念体がシンジと向かい合う。その表情はどこか寂しげで、スッキリした顔だ。
『これで全部終わったね。シンジ君』
「カヲル君。ありがとう」
『いいさ、短い間だったけど、シンジ君と一緒に過ごせて僕は嬉しかったよ』
「カヲル君はどうなるの?」
『僕は思念体に過ぎない。もうすぐこの体も消えるよ』
「そっか・・・寂しくなるね」
シンジの頬に一雫の涙が落ちる。
『やっぱりシンジ君は優しいね。僕のために泣いてくれるなんて・・・』
『悲しまないでシンジ君、僕は必ずまた君に会いにいくから・・・それ・・・まで・・・』
カヲルはその姿をゆっくりと消していった。シンジは流れ落ちた涙を拭うと通信を入れる。
「バビンスキー、全部・・・終わったよ・・・・今から帰るから・・・」
「・・・わかった・・・・早く帰ってこいよ・・・みんなが待っている」
通信を切ったバビンスキーはイヤホンを外すと大きく息を吐いた。リツコは憑き物がとれたかのようにすっきりした顔を浮かべる。
「バビンスキー・・・勝ったの?」
アスカが恐る恐る聞いてくる。バビンスキーははっきりと答えた。
「ああ、勝ったよ。全て終わったんだ」
「やったーーーーーーーー!シンジが勝った!!!さっすがアタシが見込んだ男ね!」
「ほら、まだみんなの応急処置が終わってないだろ?さっさと終わらせて英雄の帰還を一緒に待とうか」
「うん!」




ヘブンズゲート最深部
全てが終わった場所、そこにユイの死体はなかった。そこにはLCLの海に浸かりながら自分の首を抑えつけているユイの姿だった。
(甘いわね・・・この体はアダムから切り離されたとはいえリリスの細胞がある・・・自己再生能力は健在・・・まさか、首をはねられても生きているとはね・・・まあいいわ。これも進化ね)
ユイは自分の右腕を見る。右腕はボロボロにされてアダムは既に息絶えている。サードインパクトは起こすことができない。ユイはポケットの中からゲンドウから奪ったスイッチを取り出す。万が一ネルフが占拠された、或いはMAGIが抑えられたときにMAGIを仲介せずに自爆モードを作動させることができる対人用の時限式自爆スイッチだ。
「サードインパクトが・・・起こせないなら・・・せめて・・・あの子だけは・・・道連れに!」
ユイはスイッチを押した。


『自爆モード 起動します 爆発まで90秒』



バビンスキー達は帰ってきた兵士達を労いながら負傷した兵士達の処置に忙しい。リツコも同様だ。リツコのノートパソコンにアラーム音が鳴る。
「もう・・・なんなの?こんなときに・・・」
ブツブツ文句を言いながらパソコンへと戻っていく。
バビンスキーはキョウシロウの手当をしている。バビンスキーはシンジのことをキョウシロウに伝えた。
「そうか・・・さすがは俺の子供だ」
「ああ、これで終わったよ。すべてな・・・」
キョウシロウが何か思い出したように話しかける。
「そういえば・・・あれはデザインヒューマンなんだよな?」
「ああ、そうだが?」
「あいつ・・・ちゃんと止めをさしたのか?」
「・・・どういうことだよキョウシロウ」
「バビンスキー!デザインヒューマンは総じて生命力が強い!だから首を跳ねたぐらいじゃ死ぬことはないのを忘れたのか!」
「っ!!!」
「大変よ!」
リツコが駆け込んで来る。
「どうした!」
「自爆システムが・・・・作動したわ・・・MAGIを仲介しないで自爆できるなんて、こんなの聞いてないわ!」
「なんだって!?時間は!」
「もう、一分をきっている・・・」
絶望的な数字だ。アスカはその会話を聞くと弐号機の元に駆け出そうとして、リツコに止めらてた。
「リツコ!離して!シンジを!シンジを助けないと!」
「もう・・・間に合わないわ・・・」
「うるさい!行かせろ!行かせなさいよ!」

「いや・・・・嫌!嫌よ!行かせて!お願いだから!シンジ!シンジィィィィ!」


轟音と共に地震が彼らを襲う。ジオフロントに続く穴からは炎が吹き出し黒煙を上げた。ネルフ本部は自爆したのだ。アスカはその黒煙を見るとガックリと膝をついて震え出した。
「いや・・・・いや・・・・・・シンジ・・・・いや・・・シンジィィ・・・・」





「シンジィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


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激動の回となりました。シンジの運命やいかに……。
続きを読みたくなりますね。是非あぐおさんへの感想をお願いします。

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