第拾話 戦う理由

あぐおさん:作

昔博士と住んでいた隠れ家についたバビンスキーは白鳥と一緒に資料を片っ端から調べている。速読を用いてもその資料の量は半端な量ではないため、時間がかかっている。
「バビンスキー、奥の棚から持ってきたぞ。ここに置いておく」
「ああ、すまんな。手伝ってもらって」
「いいさ、他でもない君からの頼みだ。しかし・・・すごい量だな。研究資料に論文各種・・・あとは日記か・・・何を調べている?」
「博士がやっていたことさ。あの人のことだ、なにか手掛かりを残していると思う。ネルウ、エヴァ、使徒、これらのことはMAGIの情報を見ても断片的にしかわからなかった。あとは・・・セカンドインパクトの真相。これが分かれば・・・・」
次々と資料を読んでは横に積み上げるバビンスキー、白鳥は読み終わった資料を奥の部屋へと片付ける。ふとバビンスキーの手が止まった。
「なんだこれは?S、e、e、l、e?ゼーレ・・・ドイツ語で魂・・・なんだこれは?」
バビンスキーは日記注意深く読む。読んでいるバビンスキーの顔色はどんどん悪くなっていった。



ミサトはネルフに来ると日向に声をかける。
「おはよう、日向君」
「おはようございます。葛城三佐、この前葛城さんの昇進パーティーだったそうじゃないですか。僕も行きたかったな~」
「ごめんね~シンジ君の友達が企画したものだから」
「そうなんですか、残念です」
「それより日向君、今までの使徒の情報をまとめて私のところに持ってきてもらえないかしら?」
「いいですけど・・・」
日向は今までの使徒の情報をミサトに渡す。するとミサトはそのまま自室に篭ってしまった。



夕方、リツコの部屋にミサトが来た。
「リツコ~ちょっちこれ見てくれない?」
ミサトはリツコにレポート用紙を渡す。リツコはそのレポートに目を通すとミサトを見た。
「ミサト、これは・・・」
「私が予想した今後来る可能性がある使徒のパターン」
その用紙にはびっしりと使徒の過去のパターンとこれから来ると予想されるパターンがいくつも書かれてあった。
「どうしたの?これ」
「ん~今まで出たとこ勝負だったけど、ある程度予測しておけば、それに近いパターンから戦術が組めるし、防御策もできるからと思ってね」
「あなた、今まで過去の使徒の情報なんか見向きもしなかったじゃない」
「過去にこだわっていても未来は見えないわ。だったら過去を全部認めて次に生かそうと思っただけよ」
ミサトは基本的にポジティブかつ柔軟な思考ではあるが、使徒が関わるとそれらが全くなくなる。使徒の過去のデータすら嫌悪し人に任せて見向きもしなかったにも関わらず、ここにきてそれらを振り返っている。リツコはミサトの変化に驚いた。
「なにがあったの?何か吹っ切れたような顔をしているわよ」
「吹っ切れたか・・・そういうつもりじゃないけどね。教えられたのよ、過去に囚われていても未来は見えないって、彼にね」
「彼って・・・もしかしてシンジ君?」
「そ、シンジ君。彼も教えてもらったんですって、育ての親の人に・・・」
「もしかしてミサト、シンジ君に惚れた?」
「そんなわけないじゃない。でも・・・彼がもう10年早く生まれていたら・・・多分好きになっていたかもね」
「あの子、いい子だものね。あなたと違って家事もできるし」
「・・・それは言わないで・・・そういえば司令は?」
「副司令と南極に行っているわ」
リツコは改めてそのレポートを読む。
(MAGIの乗っ取り、宇宙空間からの攻撃、パイロットへの精神的なものを含む直接攻撃か・・・これは思いつかなかったわ。検討の余地は十分あるわ。それにしてもシンジ君、ミサトを変えてしまうほどの影響があるなんて、彼どんな人生を歩んで来たのか気になるわね。退行催眠、本当にやってみようかしら?)
リツコのシンジに対する興味はより深いものになった。



南極
ゲンドウと冬月は船の中から氷で覆われた世界を見つめている。
「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極。いや、地獄、と言うべきかな」
「だが、我々人類はここに立っている。生物として生きたままだ」
「科学の力に護られているからな」
「科学は人の力だよ。冬月」
「だが、その傲慢さがセカンドインパクトを引き起こしたのだ。結果がこの有様だ。与えられた罰にしては大きすぎる。死海そのものだよ」
「だが、原罪の汚れなき、浄化された世界だ。人は人である限り堕落し続ける。そのための人類補完計画だ」
「俺は罪にまみれ、堕落し続けても人が人で有り続ける世界を望むよ」
冬月の本音が少しだけ漏れた。ゲンドウはなにも言わない。それは彼らと彼らのスポンサーとの目的が異なり、冬月はゲンドウに賛同していることをわかっているためだ。
「ユイ・・・もう少しだ」
ゲンドウの呟きは機械音にかき消された。



『インド洋上、空衛星軌道上に使徒発見』
それは突然現れた。
「2分前に突然現れました」
『目標を映像で捕捉。モニター回します』
映し出された映像に全員が息を飲む。
「ミサトが宇宙空間からの攻撃を提言してまもないうちにこれなの?ミサトが呼び込んだのかしら。形も常識を疑うものだし」
「リツコ、私のせいだってーの?」
使徒は自分の体を一部切り離すと投下爆弾のようにおとした。
「ATフィールドかしら?新しい使い方ね」
「それよりどうするの?今のネルフでも戦自でも宇宙空間への攻撃は想定していないから武器はないわよ」
「とりあえず、初弾は太平洋に外れて狙いを修正してきているわね。MAGIの回答は?」
「全会一致で撤退を推奨よ」
「碇司令は?」
『ジャミング電波が出ているようで繋がりません』
「ミサトが最高責任者よ。どうするの?」
「日本政府各省に通達。ネルフ権限における特別宣言D―17。半径50キロ以内の住人は直ちに避難。松代にはMAGIのバックアップを頼んで」
「ここを放棄するのですか?」
マヤの言葉にミサトはニヤリと笑った。
「いいえ、ただ、みんなが一緒に危ない橋を渡る必要はないわ」



『日本政府における特別宣言D―17が発令されました。市民の皆様は指定の場所へ避難してください』
第三新東京市の住民が慌ただしく動く。かつて無い出来事に誰もが不安を感じていた。それはネルフ本部でも同じだった。意味は違っていたが。
「本気でやるつもりなの?」
リツコが呆れように問い掛ける。
「もちのロンよ」
「こんなの作戦でもなんでもないわ!あなたの勝手でエヴァ3体を壊す気!?勝算は万に一つもない。馬鹿げてるわよ!」
「それが自然だからよ。科学者のリツコは理解できないかもしれないけど、ダメだと分かっていても突き進む道があるの」
「自分のためでしょ?復讐のためじゃない」
「それは違うわリツコ。生きとし生けるものは必ず死ぬわ。死んだ時に後悔だけはしたくないの!」



「えーーーーーー!手で受け止める!?」
アスカが大声をあげる。ミサトは真剣な顔で頷いた。
「落下予測地点にエヴァを配置します。ATフィールド最大であなたたちが直接手で受け止めるの」
「予測が外れたら?」
「そのときはアウト」
「エヴァが耐え切れなかったら?」
「そのときもアウト」
「葛城三佐、勝算は?」
「神のみぞ知る」
「つまりアタシ達でなんとかするしかないのね」
「すまないけど、他に方法がないの」
「こんなの作戦でもなんでもないわよ!」
「ええ、だから嫌なら辞退できるわ。どうする?」
ミサトは三人を見渡す。
「やるわ。やってやるわよ」
「命令ならば、やります」
「シンちゃんはどうする?」
「ここで逃げたら男が廃るでしょ」
「ありがとう。みんな、終わったらステーキ奢るわ!」
「私、お肉嫌い・・・」
「ステーキよりこの前の角煮が食べたいわ。シンジ、アレまた作りなさいよ」
「あれ手間かかるから簡単に言わないでよ。でもお肉まだ余ってたな・・・何作ろう?」
「お前ら人の心傷つけてそんなに楽しいか?」
「ところでミサトさん、エヴァの配置は?」
「正確な位置まで予測できないけど、予想落下地点はこの範囲よ」
ミサトが見せた地図にはデカデカと赤い円が書かれてある。
「要するに、ここ全体ってわけね」
「目標のATフィールドをもってすればこのどこに落ちても本部を根こそぎえぐることができるわ。そこでエヴァ3機を各地に配置します」
「配置の根拠は?」
「うふふ~女のカン」
「ミサトさん・・・その歳で女の子主張しちゃうんだ・・・」
「三十路の未婚家事無能ビヤ樽女が女を主張してもね~」
「お前ら今ここで死ぬか?あ?」



エヴァに乗るリフト内、三人は緊張の面持ちをしている。
「ねえ、アスカ」
「なによ」
「アスカは、なんでエヴァに乗っているの?」
「決まってるじゃない!自分の才能を世に知らしめるためよ!」
「出たよ・・・予想はしてたけど」
「うるっさいわね・・・アンタはどうなのよ」
「ん~運命?」
「カッコつけてるつもりだろうけど、中二病バリバリよ」
「ですよね~」
「・・・シンジ、ひとつだけ言っておくわ」
「なに?」
「アンタとあんなことしちゃったけど、気の迷いだから、彼氏顔しないで」
「・・・わかってるさ」
「今回の使徒はアタシひとりで倒してみせる。それだけよ」
「・・・サポートはさせてもらうよ」
「・・・勝手にしなさい」



『目標を最大望遠で確認!』
『距離、およそ2万5千!』
誰が見ても無謀な作戦、ミサトは職員全員に避難勧告を出した。失敗したときのリスクを考えてば当然のことだ。しかしオペレーターはおろか、整備、技術班の人間も誰一人その勧告に従うものは居なかった。
「子供が頑張っているのに、大人が逃げるわけにはいかないでしょ」
誰もが笑って同じことを口にした。
「バカね、でもみんなありがとう」
ミサトはこみ上げる涙を必死で抑える。復讐に囚われて何も見えなかった自分、そんな自分を信じて付いてきてくれた仲間。ミサトは初めて自分のためではなく、人のために戦おうとしている。
モニターに映る使徒を不敵に笑うミサト。
「おいでなすったわね・・・エヴァ全機発進位置へ!」
ミサトの合図でエヴァは陸上選手のようにクラウチングスタートの態勢を取る。リツコが続ける。
「いい?目標は光学観測による弾道計算しかでないわ。よって高度1万メートルまではMAGIが誘導します。そこから先はあなたたちの判断に委ねます。任せたわよ」
『使徒接近!およそ2万!』
「かかってきなさい・・・今の私たちは・・・強いわよ」
ミサトの呟きにそこにいる誰もが頷く。この場にいる全員が同じ気持ちだ。
「では、作戦開始」


ミサトの合図で一斉にエヴァ3機は走り出した。野を超え山を飛び越え、街中を疾走する3機のエヴァ、高圧電線はハードル競争のように飛び越える。
『目標!ATフィールドが変質!落下位置変わります!』
「なんですって!?」
『MAGI落下誤差修正中。データ更新します!』
新たに送られるデータ、肉眼でも確認した3人は各々に距離を測る。
「ダメ!アタシじゃ間に合わない!」
「一番近いのは・・・碇君!」



「日向君!コース形成!605から675番上げて!」
ミサトの指示で地盤が上がりトラックのように傾斜を作る。初号機はその傾斜を走り抜けてコースを修正する。
「次!1072から1078!」
今度は踏み台のように上がる地盤、初号機は一気に駆け上がると勢いそのままに飛んだ。
「もっと、もっと速く!」
シンジの思いが通じたのか初号機は空気の壁を突き破り音速を超えた。衝撃波により近くにある車が根こそぎ吹き飛ばされる。シンジは落下地点にたどり着くと落ちてくる使徒を睨めつける。
「ATフィールド、全開!うわああアアアアアアアアアアアア!」
雄叫びと共に発生するATフィールド、手をかざして使徒を受け止める。シンジの両手足、腰に激痛が走った。
「あアアアアアアアアアアアア!!」
断末魔ともとれるような叫び声を上げるシンジ、腰から崩れそうな衝撃に必死で耐える。
「みんな急いで!シンジ君!もう少しだけ耐えて!」
「うあああああ!」
崩れそうな所に零号機が滑り込み押し上げる。
「ぐっ!くぅぅ・・・セカンド!」
「わかってるっちゅーの!」
続いて弐号機が到着し、二人が発生させているATフィールドを切り裂いてコアにプログナイフを突き立てた。
「もう一丁!」
弐号機はもう一本プログナイフを突き刺す。
「これで!終わりだああああ!」
弐号機は飛膝蹴りをナイフに向けて叩き込む。コアはまっぷたつに割れて使徒は爆発した。



無事使徒を殲滅できた3人はネルフのスタッフから拍手で迎えられた。3人は着替えるとミサトがいる作戦司令室に向かった。
「みんな、よくやってくれたわ。本当にありがとう」
ミサトは笑顔で迎える。
『電波システム、回復。碇司令より通信が入りました』
「お繋ぎして」
「申し訳ありません。私の独断により、初号機を破損させてしまいました。全ての責任は私にあります」
『構わん。使徒殲滅がエヴァの使命だ。この程度の被害はむしろ幸運と言える』
「ありがとう御座います」
『初号機パイロットはあるか?』
「はい」
『話は聞いた。よくやったな。シンジ』
「はっ、ありがとう御座います」
『では、後の処理は葛城三佐に任せる』
「はい」
通信が切れると誰もがシンジの顔を見る。父親からの言葉に対してあまりにも事務的に返したためだ。親子の溝は他人が想像しているより深い。
「シンジ・・・」
「シンジ君・・・」
「碇君・・・」
シンジは気にしないように笑顔で言った。
「さ、仕事も終えたことだし、ご飯食べにいこうよ」



4人はそのまま近くのラーメン屋台へと足を運んだ。
「ごめんね~給料日前で・・・カツカツなのよ」
「ミサト・・・あんたビール飲むの控えたら?」
「いいじゃん。ラーメンなら綾波も食べれるし」
「シンジ様はお優しいことで」
「ラーメン、締めはスイカ」
「私、ニンニクラーメン、チャーシュー抜きで」
「アタシチャーシュー麺!チャーシュー大盛りで!」
「私はチャーシュー麺大盛り、あとビール付けて」
「僕は中華そば大盛りで」
ラーメンを啜る4人、ミサトはシンジに話しかける。
「シンちゃん、みんなにエヴァに乗る理由を聞いていたけど、シンちゃんだけ言わないのはずるくない?」
「運命なんでしょ?かっこつけちゃって」
シンジは箸を置いた。
「合い言葉を守りたいから、そして胸張って帰りたいからですかね?」
「碇君、帰っちゃうの?」
寂しそうに尋ねるレイ、シンジは頷いた。
「うん、全部終わったらね」
「そう・・・」
「アンタバカね、このままネルフにいれば将来安定しているのに」
「シンジ君、合い言葉って・・・なに?」
ミサトの問いにシンジは笑って答えた。
“希望”です。洒落てるでしょ」
「アンタ・・・本当にバカね」
シンジは笑っている。レイもまた笑っている。心底呆れたように呟くアスカ、ミサトはそんな言葉を恥ずかしげもなく言えるシンジを羨ましく思った。




『今、送られた資料を読んでいる。しかし・・・マジかこれ?』
「ああ、できればお前を巻き込みたくなかったが・・・」
『水臭いな、あいつは俺の家族だ。俺で良ければいくらでも協力してやる』
「すまない。お前にやって欲しいことは加持リョウジとの接触、白鳥が言うにはマルドゥック機関というネルフ内にある機関のことを調べているらしい」
『そいつと接触して仲間に引き込めばいいんだな?断ったらどうする?殺すのか?』
「いや、お前にこれ以上汚れて欲しくない。断ったら放置でいいさ。だが、彼は間違いなく応じるよ」
『自信あるようだな。バビンスキーが言うなら間違いはないな。それじゃ俺は行くよ』
「ああ、頼んだよ」







「キョウシロウ」




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