第九話 My Way

あぐおさん:作

「綾波、今何時?」
「7時半前」
「うん、そうだね。ここはどこ?」
「葛城一尉の家」
「うん、そうだよね・・・」
「どうしたの?碇君」
「なんで綾波が僕らの家に朝ごはん食べにきてるの!?」
「絆、だから」
「答えになってないよ!」
朝一番にシンジの叫びは木霊した。
「も~シンちゃん~二日酔いなんだから静かにして~」
「なあああんでファーストがうちで朝ごはん食べてるのよ!」
「きふな、あから」(絆、だから)
「口にものある状態でしゃべらないでよ・・・」
もぐもぐ・・・ごっくん
「絆、だから」
「三回目だよ!その台詞!」
「私が誘ったのよ~いいじゃない別に・・・」
色々と文句が言いたそうなアスカとシンジであったが、水掛け論になるのでこれ以上反論せずご飯を食べている。ミサトが思い出したかのように話しかける。
「そういえばシンちゃん、あのワンちゃん飼い主のところに戻すって?」
「ええ、定期検診の関係もあるので一度戻そうかと思います。今日の朝、白鳥さんという友人の方が受け取りに来てくれます」
シンジはそうミサトに説明をする。だが、事実は全く異なることをシンジとアスカは前日に聞いていた。



前日の深夜
「突然の話で悪いんだが、しばらく家に帰ることにした」
バビンスキーは二人を呼ぶといきなり切り出した。
「えええ!教授帰っちゃうの!?」
「教授って!?まさかバビンスキーのこと?」
「アンタバカァ!?バビンスキーは八角キヨタカ本人そのものなのよ!?20世紀最高の頭脳を持つと言われた科学者なんだから教授と呼ぶに相応しいじゃない!バビンスキーの講義は本当に面白いからもっと教えて欲しかったのに」
アスカは心底残念そうな顔をする。バビンスキーの正体が分かってからアスカは時間を見つけてはバビンスキーに勉強を教えてもらっていた。それは当然アスカのレベルに合わせたものであるが、複雑なものを実に分かりやすく教えたためアスカはバビンスキーのファンになっていたのだ。
「そういう顔をするな。用事が済めばすぐに戻るさ」
「早く戻ってきてよ」
「でもバビンスキー何しに戻るの?」
「ちょっとした調べ物さ。戻るのはキョウシロウのところじゃなくて俺のいた隠れ家だがな、明日の朝一番に白鳥が迎えに来てくれる手筈になっている」
「そっか、気を付けてね。バビンスキー」



そして当日、彼らが朝食を食べているとチャイムが鳴った。
「い~かりく~ん」
「がっこ~いこ~」
トウジとケンスケだった。ミサトは快くドアを開けて出迎える。
「いらっしゃい。もうすぐ出れると思うわ」
「は、はい!つーかセンセ、なんで綾波がおるんや?」
「いいな~碇。ハーレムじゃないか」
軽口を叩く二人、朝から葛城家は賑やかだった。ふとケンスケがミサトの襟の階級章を見て姿勢を正した。
「葛城さん!昇進おめでとうございます!」
「へ?なに言うてるんや?」
「見ろよ!襟の階級章!前は一尉だったのが、三佐になってるじゃないか!」
「ミサトさん、昇進したんですか?」
「まあね~」
軽く言うミサトだったが、その顔はあまり嬉しそうではない。そのことに気がついたのはシンジだけだった。他の面子は今夜の昇進パーティーをどうしようか悩んでいる。するとそこへ一人の男性が近づいてきた。
「あの、失礼します」
「はい?」
「こちらが葛城ミサト様のご自宅でよろしいでしょうか?」
紳士的に訪ねてきた男性はスーツを着ていて銀色の髪を生やしたモデルのような好男子だ。
「あの・・・どちら様ですか?」
「白鳥さん!」
シンジとバビンスキーが駆け寄る。
「やあ!久しぶりだね!シンジ君。大きくなったな」
「ちょっと、シンちゃん誰よこのイケメン」
「この人が今朝言ってた白鳥さんですよ」
「キャーーーーー!イケメンじゃない!バカシンジ!先にそういうこと言いなさいよ!」
「初めまして、シンジ君の育ての親の友人で、白鳥ミノルと言います。バビンスキーをお預かりにお伺いしました」
どこまでも紳士的な態度にミサトとアスカは興奮気味だ。白鳥はバビンスキーを預かると
地面に置いてあった発砲スチロールの箱をシンジに渡した。
「これキョウシロウからの贈り物だ」
箱の中を開けて中身を確認するとシンジはニヤリとした。
「今夜、焼肉じゃなくてすき焼きパーティーにしましょう」




その夜、ミサトの昇進祝いパーティーが開かれた。部屋の中にはミサト、シンジ、アスカ、レイ、ケンスケ、トウジ、ヒカリの7人がテーブルを囲っている。テーブルにはすき焼鍋と見たことのないような料理が数々並んでいる。
「センセなんの肉やこれ?」
「それは猪の肉だよ。硬いから鍋料理に最適なんだ」
「碇君。これは?」
「それはおかひじきのサラダだよ。綾波でも食べれるよ」
「な、なんか珍しい料理ばかりね・・・」
見たこともない料理に圧倒される6人、キョウシロウから送られてきたものはキョウシロウが採ってきた山の幸と猪の肉だった。シンジを除く6人は料理に舌鼓を打つ。
「これ全部センセが作ったんやな。ホンマ無敵やわ」
「こんなの食べたことないわ!碇君に感謝しないとね!」
「ヒカリ~ダメよ~こいつすぐ調子乗るから~」
笑い声が部屋に溢れる。ミサトは複雑な表情でその様子を眺めた。呼び鈴が鳴ったため玄関を開けると加持とリツコが来ている。
「こんばんは、ミサト」
「遅れてすまん」
「加持さ~ん」
「こらこら、アスカくっつくな。ああ、シンジ君、これウチの畑で採れたスイカだ。あとでみんなで食べよう」
シンジはスイカを受け取ると冷蔵庫の中へ入れた。
「この度はおめでとうございます。葛城三佐。もうタメ口ってわけにはいかないかな?」
「バカ言ってるんじゃないわよ」
加持とリツコが席に着くとシンジが加持のところには小瓶を、リツコ、アスカ、ミサト、ヒカリのところに角煮も持ってきた。
「シンジ君、この瓶の中身はなんだい?」
「塩辛です」
瓶を開けると独特のきつい臭いがする。
「ちょっとシンジ!これ臭いわよ!こんなもの加持さんに食べさせないでよ!」
「いやいや、塩辛は発酵食品だから仕方ないのさ。しかし、なんだろうな」
加持は一口食べると味わって食べる。そこへシンジが冷酒を渡すとそれをちびりと飲んだ。
「く~~~!これはうまい!冷酒とよく合う!なんだいこれは?」
「雉の内臓の塩辛ですよ。マタギ料理です。あと女性陣に出したのは猪肉の角煮です。コラーゲンたっぷりですよ」
「猪肉なんて初めて食べたけど、こんなに美味しいのね」
リツコも珍しい料理に舌鼓をうつ。ケンスケも並んだ料理を二人の前に取りやすいように並べた。
「まだまだありますからね!じゃんじゃん食べてください」
「碇君、この角煮、碇君が作ったの?」
「うん、そうだよ」
「あとで作り方教えて。できれば余ったお肉があれば・・・」
「いいよ。委員長、袋に詰めておくから」
「本当、シンジ君は主婦顔負けだな」
「加持さんもそう思いまっか?ホンマ嫁に欲しいくらいですわ」
「トウジ・・・トウジが言うなら・・・ポッ」
「シンジ・・・」
「トウジ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あのさ、いい加減誰か止めてくれない?」
「ワイもホモちゃうで・・・」
「これが、BL、なのね・・・胸が、キュンキュンする・・・」
「綾波そっちの属性持ちかよ!」
「甘いわね碇君。BLが嫌いな女の子はいないわ!」
「「「「「「あはははははははははは」」」」」」」



酒が進み少しだけ酔った加持が箸を置いてしみじみと語る。
「しかし、シンジ君は大したものだよ。エヴァの操縦もね」
「そうね、あのシンクロ率であの活躍・・・本当に驚かされるわ」
「なに言っているのですか。毎日が手一杯ですよ」
笑って答えるシンジ、アスカはグッと拳を握りシンジを不機嫌そうに睨みつけている。
「折角だから聞いてみたいわ。あの剣術は誰に教わったの?そして運動性、モデルになっている人は?」
「シンちゃんもしかして、それがシンちゃんを預かっていた人?」
みんなの注目がシンジに集まる。アスカはひとりだけ席を立った。
「ご馳走様、もう寝るわ」
ドスドスと床を鳴らしながら歩くアスカ、その場にいる全員がしまったという顔を浮かべた。
「失敗したな・・・」
「ごめんなさい。タイミングが悪かったわね」
「委員長」
「わかってる鈴原」
ヒカリはアスカの部屋に入る。
「碇君、スイカ食べたい」
「綾波・・・お前はホント、マイペースだな・・・」
その後も料理に箸をつつきながら会話をしたが、イマイチ盛り上がりにかけたためお開きになった。ヒカリがアスカの部屋から出てくる。
「アスカ、少し話をしたら不貞寝しちゃいました」
「そう、ごめんなさい。折角来てくれたのに」
「いえ、アスカが頑張り屋なの知ってますから」
「委員長、ありがとう。これお肉、中にレシピも入っているから」
「碇君ありがとうね。何か手伝うことある?」
「大丈夫だよ。もう夜遅いし、加持さんが送ってくれるって」
「そう、ありがとう」
「碇君、スイカ」
「残しておくから、また食べにきなよ。できれば早めに」
綾波は頷くとみんなと一緒に部屋を出る。



シンジは食器をキッチンに運ぶと洗い物を始めた。ミサトはダイニングで塩辛をつまみに飲んでいる。シンジは洗い物をしながらミサトに話しかける。
「ミサトさん、昇進したわりにはあまり嬉しそうじゃないですね」
「そう?」
「ええ、なにか悲しそうな顔をしていました」
「シンちゃんには隠せなかったか・・・」
ミサトは天井を見上げるとポツリポツリ語りだす。
「私の父はね、私を庇って死んだの。セカンドインパクトのときに・・・」
「・・・・・」
「非道い父親だったわ。自分の研究、やりたいことをやって家庭を顧みないで・・・誰かの父親と一緒ね。母は・・・いつも泣いていた。離婚が決まったときもざまあみやがれってそう思ったわ。そう思ったけど・・・最後は私を救命カプセルに乗せて・・・」
「敵討ち・・・ですか?」
「・・・わからない。わからなくなった・・・かな?あんなに嫌いだった父親が・・・最後は私を庇って・・・私は父親の敵討ちをしたいだけかもしれない。父の呪縛から逃れたいだけかもしれない。父に復讐したいだけかもしれない。」
「・・・それが、私がネルフにいる理由・・・」
「許せませんか?生き残った自分が」
「・・・・・」
シンジは洗い物を終えるとミサトの前に座った。
「いいじゃないですか。復讐でも敵討ちでもなんでも」
「え?」
「どんな理由であれ、そういうのがないと前に進めない人はいますから、大事なのは理由云々じゃなくて、“前を見て歩くこと”じゃないですか?」
「シンジ君・・・」
「ミサトさんはなんで目が前についているか知っていますか?前を見て歩くためでしょ?確かに頭からこびり付いて離れない過去はあります。でも過去に囚われてしまって後ろを見てばかりでは前は見えません。認めましょうよ。復讐したい自分、敵討ちしたい自分、許せない自分、そういうのも全部引っ括めてミサトさんなんですよ。いいじゃないですか許しても、偉そうに言う僕も、そう教わったんです。あの人たちに」
「それでも許せないなら、僕がミサトさんを許します。だから、過去に囚われずに、幸せになってください」
最後にシンジは深々と頭を下げた。一途の少年の願い。幸せになって欲しい、ただそれだけのことがミサトが嬉しかった。ミサトの目に涙が溢れる。
「うっ・・・・うっうっう~~~~~」
「ミサトさん?」
「ごめんね、シンジ君。今は・・・今だけは胸を貸して」
「・・・はい」
シンジはミサトを優しく抱き寄せて頭を撫でた。ミサトはただ小さな少年の小さな腕の中でただただ泣き崩れた。



泣き止んだミサトは鼻をすすりながら顔を赤らめている。
「ごめんなさい。シンジ君、はしたないところ見せたわね」
「別にいいですよ。気にしてませんから。それより、早くお風呂に入って寝てください。僕は片付けがあるから」
「シンジ君」
ミサトはシンジを呼び止めると顔を両手で掴み、顔を近づけた。シンジの唇に柔らかい感触が伝わり、舌がシンジの口の中に入ってくる。ゆっくり顔を離すとミサトは笑った。
「お礼に大人のキスよ。おやすみシンジ君」
ミサトは軽い足取りで部屋に戻る。シンジは自分の口を手で拭いた。
「お酒と塩辛で滅茶苦茶臭いよ・・・これがファーストキスだなんて・・・最悪だ・・・・」



シンジは歯磨きをしたあとに片付けをしようとキッチンに戻るとアスカがダイニングでアスカが睨んでいた。さっきのシーンを見られたとシンジは感づいた。
「不潔・・・」
「アスカ・・・」
「不潔!不潔!不潔!」
「待ってよ!アスカ!」
部屋を出ていこうとするアスカをシンジは手を掴む。
「離してよ!触らないで!」
「待てよ!アレは無理矢理なんだよ!」
「なにがよ!アンタだって嬉しかったくせに!」
「そうでもないんだよ・・・マジで・・・」
激しく落ち込むシンジ、アスカはその落ち込みように呆気に取られた。
「そんなにひどかった?」
「お酒と塩辛の臭いで充満しているんだよ?口の中がシュール・ストレミングだよ!」
「その・・・色々とごめん・・・」
「いいよ・・・歯磨きしたから・・・」
「1、 アンタ、なんでミサトとキスなんかしたのよ・・・」
「いきなりされたんだよ。顔つかまれて」
「・・・・」
「あれが初めてだなんて、最悪だ・・・」
「じゃ、じゃあさ、アンタさ、アタシとキス、したい?」
「はあ?」
「したいかどうか聞いてるの!答えなさいよ」
「そりゃ、したいに決まってるよ」
「じゃ、じゃあ・・・シンジ、キス・・・しよっか・・・」
顔を真っ赤に染めながら呟くアスカ、シンジは冷静だった。
「アスカは・・・僕のこと好きなの?」
「なっ!す、好きなわけないでしょ!」
「じゃあ断るよ」
「なんでよ!・・・そんなにミサトのキスが良かったんだ。さっきあんなこと言っておきながら」
「・・・僕はアスカのこと好きかどうかわからない。でも大切なんだ。だから、ここで欲に負けてアスカに手を出したら・・・僕の中の宝物がひとつ壊れる気がするから、アスカとは軽い理由でそんなことしたくない」
「アンタ・・・それって・・・」
「もっと自分を大事にしてよ。アスカ、君は綺麗だ」
「・・・・!」
はっきりと目を合わせて語るシンジ、アスカは顔を赤くして俯いた。
「それじゃ僕は片付けをするよ」
キッチンへ向かうシンジ、アスカは呼び止めた。
「シンジ!」
「なに?あ・・・」
シンジが振り向くとアスカはシンジの顔を両手で掴み顔を近づけ、二つの影はひとつになった。ゆっくりと離れる二人、シンジは今の出来事を把握できずにいる。
「あ、あああ、アスカ?」
「おやすみ」
アスカは自室へと戻っていった。シンジはボーッとその場に立ち尽くした。




部屋に戻ったアスカはベッドに横たわり枕に顔を埋めている。体が妙に熱い。心臓の鼓童がよく聞こえる。
(なんであんなことしちゃったんだろう・・・)
寝返りをうつと視線の先に姿見の鏡があり、そこに写った自分が問いかけてきた。
『アンタバカァ?なにあんな冴えない男に初めてを捧げてるのよ』
(なんでだろう?そうしたかったから?わからない・・・)
『あんなバカでスケベな男のこと、好きなの?』
(・・・わからない・・・)
『後悔するわよ』
(・・・後悔?それはないわ)
『どうして?』
(それは・・・・)
「アタシが惣流アスカ・ラングレーだからよ」
鏡に向かって不敵に笑うアスカ、鏡の中のアスカも笑い返す。その顔はどこか嬉しそうに見えた。





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あとがき
家内の知人にハンターの人がいまして、その家で食べた猪肉のすき焼きが滅茶苦茶うまかったのを書いていて思い出しました。あと雉の内臓の塩漬けですが、これは随分昔にみたニュース番組で久○宏が冷酒片手に美味しそうに食べていたのを記憶しておりましてそれを書いてみた次第でございます。ただ本当に臭いがきついそうで女子アナが引いていた表情が今でも印象に残っています。この食事風景に特に意味はありません。
こうやって書きながらも、これで本当にいいのか?こんな駄文を読んでくださるエヴァファンから怒られないかと冷や冷やしている次第でございます。


あぐおさんから第9話をいただきました。シンジがのキャラがちょうつよい(確信)

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