第七話 知らない気持ち

あぐおさん:作


「加っ持さんとデート♪加っ持さんとデート♪」
ユニゾンの訓練からアスカもミサトの家で同居を始めた。その日、朝からアスカは上機嫌だ。とにかく気合が全く違うのだ。余計な事を言うと容赦ない鉄拳制裁が飛ぶためシンジは遠く目で見守っている。
「それじゃ行ってくるね~」
スキップをしながらアスカは部屋を出ていった。台風が去った後の静かな一時、シンジは焙じ茶を飲んで気分を落ち着かせた。



買い物を終えて喫茶店で休憩しているアスカと加持、アスカは終始ニコニコしている。
「ホント嬉しいわ。加持さんとこうしてデートできるなんて♪」
「そいつは光栄だ。しかし新しい水着なんか買ってどこへ行くつもりだい?」
「へっへ~修学旅行で沖縄!海がすっごい綺麗なんだって!楽しみ~」
「沖縄か!最近の中学生はいいところ行くんだな」
加持は自分の中学時代を思い出す。しかしセカンドインパクト後の混乱を極めた時代だ。どこもかしこもそんな余裕などない。生きるのにみんな精一杯な時代なのだ。だからこそ、加持はアスカ達にせめて子供らしい生活を送って欲しいと願った。
しかしその夜、アスカの計画は水の泡となる。
「修学旅行に行っちゃダメ!?」
「そ、戦闘待機よ」
「イヤよ!折角おニューの水着買ってきたんだから!」
「仕方ないじゃない。使徒が来るかもしれないんだし」
「何が仕方ないよ!ちょっとシンジ!アンタも何か言いなさいよ!」
「いや、僕はこうなると思ってたから・・・」
「もう!信じられない!」
アスカはバンッ!と机を強く叩くと席を立ち自室へと戻ってしまった。さすがのミサトも頭を抱える。
「ごめんなさいねシンジ君、本当なら行かせてあげたいけど・・・」
「僕は構いませんが、せめてアスカだけでも行かせることはできませんか?」
「それが無理なのよね・・・弐号機じゃないと装備できないものが多いから・・・」
「じゃあ、こういうことはできませんか?」
シンジはミサトに提案をしてみる。ミサトは少しだけ渋い顔をしたが、それで気が収まるならとどこかへ電話をかけはじめた。



「ったく遅いっつーの!こんな美少女を待たせるなんて!」
ネルフのプールではアスカが水着を着てプールサイドで仁王立ちをしている。レイは黙って泳いでいる。その日の朝シンジはアスカとレイを誘ってネルフのプールに誘った。他に遊び相手のいないアスカは渋々了承したものの当のシンジがいつまでたっても来ない。
(ファーストと二人でやれってこと?無理に決まってるじゃん!)
第一印象が悪いためかアスカはレイにいい感情を抱いていない。暇つぶしどころかストレスは右肩上がりだ。イライラしながら待っていると一人の男性がプールに来た。
「よっ!アスカ」
「あ!加持さん!」
アスカは嬉しそうに加持に近づく。
「どうしたんですか?加持さんも泳ぐの?」
「ああ、最近運動していないからな。たまにはと思って来たのさ」
「加持さん!じゃあ一緒に泳ご!」
イライラから一転、アスカはご機嫌な陽気を過ごすこととなった。小一時間ほど泳いだアスカと加持はネルフの食堂にいた。レイは疲れたと言ってどんどん帰ってしまった。憧れの人と二人きり嬉しくないはずがない。
「加持さん、さっき運動してないからって言ってたけど、本当はなんで来たの?もしかしてアタシに会いにきたとか!キャッ♥」
「最近運動してないってのは本当なんだけどな。実は葛城を仲介してシンジ君から頼まれたのさ。アスカと少しでもいいから遊んで欲しいってね」
「シンジが?」
「修学旅行ダメになって落ち込んでいただろ?それをシンジ君が気にかけていたのさ。いい男じゃないか」
「アタシはシンジになんて興味ないわ!好きなのは加持さんだけよ!」
「とにかく、後でシンジ君に礼を言わないとな」
「・・・わかった。でもシンジのやつネルフに来てから見かけないのよね。どこいったのかしら?」
「彼のところ行ってみるかい?」
加持はニヤリと笑うとアスカを食堂から連れ出した。加持が連れてきたのはジオフロント内の公園の一角、彼が指をさした先にシンジはいた。木刀を持ってゆっくりと動いている。
「アイツ何やってるの?」
「剣舞さ」
「ケンブ?」
「剣術の型だよ。あれをものすごくゆっくりなペースでずっとやっているのさ」
「あんな型稽古なんて無意味よ」
「ところがそうでもないらしい。型稽古というのは元来実戦を想定したものだそうだ。たまにああやって稽古しているそうだよ」
アスカはシンジの訓練に思わず見入った。無駄のない洗練された太刀筋、それは素人から見ても美しかった。そしてたまに見せる真剣な横顔。加持は仕事に戻ることをアスカに伝えるとその場から離れた。アスカもしばらく眺めるとその場を後にした。公園にはシンジの姿だけが残った。



「ふーっ」
剣舞を終えたシンジは深く息を吐いた。周りが見えなくなるほど集中したその剣舞はとにかく疲れる。シンジは持ってきたスポーツバックからタオルを取り出し、汗を拭いた。
「バカシンジ!」
「ん?」
シンジが振り返るといきなり目の前にペットボトルが飛んできた。思わず受け取る。投げてきた先にはアスカがいた。
「アスカ?なんでここに?」
「べ、別にいいじゃない。それともアタシがいると迷惑なの!?」
「そんなこと言ってないだろ!」
「ふんっ!じゃあいいじゃない。ああ、ソレあげるわ」
「うん・・・ありがとう」
「三倍返しね。期待してるから」
「・・・やっぱいらね・・・」
「でも、こんなところでひとりで訓練とはね~寂しい奴」
「うるさいな。いいじゃないか」
「ホント、寂しい奴ね・・・だから」
「訓練するときは、アタシにもこ、声かけなさいよ。暇なら付き合ってあげるわ」
信じられないという表情のシンジ、アスカは赤くしながらしかめっ面をしている。その顔を見てシンジは思わず笑い出してしまった。
「何笑ってんのよ!このバカシンジ!」
「だって!アスカ顔赤くしながらムッとしてるから!そんなに赤くなるようなことじゃないじゃん」
「赤くなってない!」
腹を抱えながら笑うシンジ、最初はムッとしていたアスカも思わず笑ってしまった。
その後シンジと別れアスカは街に来ていた。何気なくショーガラスに映る自分を見る。その顔はどこか優しい顔をしている。
(アタシこんな顔できるんだ。知らなかったな)
自分の顔を見てクスリと笑ってしまう。
「そっか、アタシ、笑えるんだ」



浅間山地震研究所
「限界震度突破、もう限界です!」
研究所職員は大声で言う。ミサトは気にも止めずにモニターを眺めている。
「あと500、お願いします」
「もう無理ですよ!機械が壊れてしまいます!」
「ネルフで弁償するので問題ありません。降下続行」
「ったく・・・冗談じゃない!」
不満をぶちまけながら機会を操作する。するとマグマの中から胎児のようなものがうっすらと浮かび上がった。
「モニターに反応あり!パターン青、使徒です」
使徒が確認されるとその役目を終えたかのように機会は圧壊した。
「これより当研究所は完全に閉鎖します。日向君?」
「はい、葛城一尉」
「碇司令にA―17を要請!打って出るわよ!」





ブリーフィングルームではシンジ、アスカ、レイの3人が既に待機している。
「みんな、使徒のサナギがマグマの中で発見されたわ」
「マグマの中って・・・冗談よね?」
「あなた達にはこれを捕獲して欲しいの」
「捕獲?殲滅ではなくていいのですか?」
「これからも勝ち続けるためには、使徒の情報がほしいのよ。生きた使徒の情報・・・リスクを冒す価値はあるわ。もちろん捕獲が不可なら即時殲滅」
「それで、誰が行くの?」
「ファースト、あんたバカ?このアタシに決まってるじゃない!」
「ええ、アスカお願い」
「ミサトさん!僕が行きますよ!危険すぎます!」
「シンジ~アタシのことバカにしてるの?」
「そうじゃないよ!僕は!」
「シンジ君、これはアスカの弐号機じゃないと無理なの。初号機じゃ装備できないD型装備を使うから、女の子に危険な真似をさせたくないという気持ちは立派だわ。弐号機はD型装備換装後、マグマの中へ突入、初号機はサポートと周囲の安全の確保のため火口で待機、レイは本部で待機、いいわね?」
「「「はい!」」」
「さ!いくわよ!」



浅間山火口では慌ただしく準備が進められている。極限状態での作戦のため準備は普段より慎重に進められている。火口の付近にはD型装備に換装された弐号機がクレーンで吊るされてその時を待つ。弐号機に乗り込んでいるアスカはD装備に不満タラタラだ。
「もう!信じられない!アタシの弐号機が・・・」
「ぷっ似合ってるよ。アスカ」
「アンタ・・・・覚えてなさい・・・」
「こ~ら、遊びに来てるわけじゃないから」
「だってシンジが!」
「緊張をほぐそうとしただけですよ・・・」
「そろそろ行くわよ。準備はいい?」
「まっかせなさい!」
「では、作戦開始!」
クレーンがゆっくりと降ろされ火口に向かう弐号機。
「見て見てシンジ!」
「なに?」
「ジャイアント・ストロング・エントリー!」
そう言うと足を前後に開いてマグマの中へと沈んでいく。
「ジャイアントと言うと、D装備の弐号機はド○えもんそっくりだけど、アスカの性格はジャ○アンそっくりだね。狙ってた?」
「・・・あとで殺してやる・・・・」
シンジとアスカの通信を聞いて指揮車ではミサトが大爆笑していた。



ひとりマグマの中を降りていく弐号機、予測地点が少しづつ近づいているが何も現れない。
『弐号機、深度1200に突入!』
『思っていたよりもマグマの流れが速いようね』
『MAGI、再計算完了。予測地点更新されました』
更新された地点へ降りていく弐号機、そしてソレは姿を現した。
「こちら弐号機、目標を発見。捕獲するわ」
『了解。アスカ、慎重にね。ヤバくなったらすぐにキャッチャーを破棄して殲滅して』
アスカは慎重にキャッチャーを操作すると無事使徒の捕獲に成功した。
「捕獲成功。さっすがアタシ!」
『流石ね、これから引き上げ作業をするから注意して見ててね。』
軽い衝撃とともにマグマの中から出ようと引き上げられる。アスカはシンジをどう甚振ろうか脳をフル回転させてシュミレーションしていた。ふとミサトからの切羽詰った通信で意識を戻す。
『アスカ!アスカ!』
「な、なんなのよ。ミサト」
『下をよく見て!サナギが孵化しそうになっているわ!キャッチャーを破棄!殲滅して!』
「ったく、なんなのよ!」
キャッチャーを破棄してプログナイフを構え迎撃に備える弐号機、破棄されたキャッターの中で使徒は成虫へと変化を遂げた。弐号機へ体当たりをする使徒、カウンターで切り裂こうとしていたが、逆にナイフを飛ばされて無防備になってしまった。
「アスカ!プログレッシブナイフを投げるよ!受け取って!」
初号機はマグマの流れも計算に入れてナイフを火口の中へと投げ落とす。そのナイフすらも手に取る途中で使徒に弾かれてマグマの中へと消えていった。
「武器がないじゃない。どうしよう・・・」
アスカは冷静に状況を分析する。何かを思いついたように指揮車に指示を出した。
「リツコ!左腕のシンクロ切って!あと冷却液を全部左腕に!」
『え?アスカ何しようとしてるの?』
『分からない?中学校の理科で学ぶことよ』
アスカは左腕を出して使徒を誘き寄せる。
「さあ、この腕に噛み付きなさいよ・・・」
アスカの挑発のせいか、それとも動作によるものなのか、使徒は思惑通り左腕に噛み付く。噛み付かれた腕から大量の冷却液が使徒の体に降り注ぎ、急激な温度変化によって使徒は苦しみもがいた。最後の足掻きなのか、使徒は弐号機を繋ぐパイプを切り裂き、そしてマグマの中へと消えていった。
「やだな・・・もう、終わりなの?」
アスカは短い人生を目を閉じて思い返す。微かに残る母親の記憶、そして泣かないと決めた幼少期、辛く苦しい訓練と勉強の日々、そして来日。ミサト、リツコ、ヒカリ、あのバカ二人、そして加持さん。そして・・・アイツ。
(なんで最後に思い出すのが、アイツの笑った顔なのかしらね・・・)
ガコンという音と共に振動が伝わる。目を開けると、そこにはマグマの中へ通常装備で飛び込んだ初号機の姿が見えた。
「バカ、無理しちゃって・・・」
初号機を見ながら微笑むアスカ、その頬に自分でも気づかない一筋の涙が流れた。




夜、アスカはミサトに連れられて伊豆の温泉旅館へと来ていた。そこにシンジの姿はない。マグマの中から引き上げられたシンジは軽い熱中症を患っていた。軽いと言っても下手をすれば命に関わるためそのまま病院へと運ばれていったのだ。
『お土産、お願いね』
真っ赤な顔をして苦しそうにしながらも笑ってシンジは言った。
アスカは浴衣に着替えて外の風景を見ながら同じことをずっと考えている。
(旅館は風情があっていい。ご飯もおいしい。お風呂も最高に良かった。でも、なんで胸がポッカリ空いた気分になるの?)
「そういえば、まだお礼言ってないな・・・」
(明日帰ってきたら病院に行こう。それで・・・お礼言わなきゃ)




次の日、旅館から帰ってきたアスカはネルフの病院へと向かった。土産片手に病院へ向かうアスカをからかうミサト、アスカは顔を赤くしながら独り言を言いながら病室へ向かう。
「ったく!あの三十路が、な~にが愛するシンちゃんのためだって!?そんなんじゃないってーの!単なるお礼、そう!お礼よ!アタシはミサトみたいにズボラじゃないから!そう!お礼を言いに行くだけなんだから!勘違いしてほしくないわ!」
比較的大きな声で独り言を呟きながら病室へ向かうアスカ。周囲の人の視線は冷たい。そんなことも気にならないほど緊張していた。病室の前に着くと誰かの話し声がする。
(誰か来ているのかしら?)
アスカは入口から部屋の中を見る。そして走ってその場を立ち去った。
部屋の中ではシンジとレイが楽しそうに話をしている。
「あれ?誰か来た?」
「いいえ、知らないわ」




アスカはネルフ本部近くの公園まで走ってきた。肩で息をしている。ふと自分の手の中にシンジにあげる土産を持っていることに気がつくと、近くにあったゴミ箱に何度も何度も土産の箱を叩きつけて壊し、ゴミ箱へと捨てた。
(なんで!なんで!なんであの女が来ているのよ!なに楽しそうに話をしているのよ!ファーストの奴なんであんなに嬉しそうな顔をするのよ!あんな顔見たことないわよ!なんで!なんで!なんで!・・・・アタシはこんなにイラついてるのよ!・・・こんなに不安なのよ!・・・泣きそうになっているのよ!・・・・アタシ、こんな気持ち、知らない)
初めての感情に振り回されるアスカ、グッと奥歯を堪える。泣きそうな彼女の顔を夕陽は何も語らず照らしている。



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あとがき
本編がエヴァで微クロスがどこまでやればいいのか本当に悩みがつきません。これからどんどんクロスした部分が出てくるかと思います。お楽しみ頂ければ幸いです。


クロスの影響で本編エヴァからこれからどんどん外れてくるようですね。
続きもわくわくしながら待ちましょう。

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