第四話 ヤシマ作戦

あぐおさん:作

トウジ、ケンスケという二人の友人を持つようになり、シンジは人並みに学校生活を楽しんでいた。休み時間は話し込み、グラビア女優の写真を見ては委員長の雷を受け、半分寝ながらも授業を受けた。なんでもないありきたりの日常がシンジにとっては新鮮なものだった。いつものように放課後ケンスケとドウジの3人で話し込んでいるとレイが声をかけてきた。
「碇君、今日シンクロテストだから」
「そうなんだ。じゃあ・・・」
「先、行くわ」
「うん・・・」
転校して間もないのだが、レイとほとんど会話をしていないことに気がつく。彼女が何をしているのかすら知らない。接点は他の女子より遥かに多いのだが、他の女子の方が会話が多いのだ。
「ねえ、綾波ってどんな子?」
「お?センセ綾波に興味あるんか」
「ほとんど会話したことないからね」
「綾波は前からあんな感じだよ。休み時間誰かと話をしているところなんて見たことないいな。いつも難しい本ばっか読んでいるよ」
女子に対してのみ観察眼が鋭いケンスケが言うのだからそうなのだろう。シンジは荷物を持つと二人と別れてネルフへと向かった。


夕食、珍しくリツコがミサト宅へと遊びにきている。ミサトがシンジの料理が如何においしいか力説したからだ。味音痴なミサトだからと思っていたのだが、実際食べてみるとなかなかのものである。シンジはその席でレイのことを聞いてみた。
「あの、綾波ってどういう子です?」
「あら~シンちゃんレイに興味あるの?」
「ミサトさんの言う“興味”とは違いますけど、話をほとんどしたことないものですから」
「そうね、あの子は前から無口で物静かな子よ。最近は遺伝子工学に興味があるみたいで、よく私のところから本を借りたりしているわ」
「うへ~レイってそんなに頭いいんだ」
ミサトは素直に感心した。リツコが思い付いたかのように手を叩く。
「レイで思い出したわ!シンジ君これをレイに渡してくれないかしら?新しいネルフのIDカードよ。これを機に仲良くして」
「はあ・・・」
シンジはリツコから綾波レイと書かれたIDカードを受け取った。
「シンちゃん、恋愛するのはいいけど、エッチなことはダメよ~まだ中学生なんだから。時間はあるからいっぱい恋愛しないとね。私達と違って」
「私達って・・・私は」
「あら~リツコ誰かお目当ての男とかいるの!?誰誰!?」
新しいオモチャをもらった子供のように目を輝かせるミサト、シンジもこの話に便乗する。
「多分ネルフの人じゃないですか?リツコさんあまり外出しなさそうだし、青葉さんとかじゃないですか?女性社員からの人気あるみたいですし」
「いや~青葉君はないわね。リツコと合わなさそうだし、もしかして日向君?あ~でもあの子は子供っぽいところあるしな~あ!ひょっとして髭を生やしたオジサマとか!」
「そ、そんなんじゃないわよ・・・」
リツコは顔を真っ赤に染めながら顔を背ける。ミサトとシンジは現実から目を背けた。二人が空気に耐えられなかったため食事会は早々におひらきとなった。リツコを見送った後、部屋ではシンジが椅子に座りその前でミサトが土下座している。
「か~つ~ら~ぎ~どうすんだよ!僕はまだ中学生ですよ!?これから顔合わせるたびにフワッフワした気持ちになるじゃないですか!」
「いや・・・あれはないと思っていたもので・・・」
「男と女に“あれはない”はないんですよ!なんでこの歳で昼ドラのズブズブ展開よろしくを体験しなくちゃいけないんですか・・・」
「すいません・・・マジすいません・・・・」


翌朝、ダメージから回復仕切れていない二人は黙って朝食を食べている。シンジはすぐにレイの家へと向かった。レイの住むマンションは都市開発の真っただ中らしく、あちこちから鉄をうつ音が聞こえる。部屋の前まで行くと呼び鈴を鳴らそうとするが、カチカチとボタンの音だけがして呼び鈴が鳴らない。ドアを叩いたが出てくる気配もない。
「出かけてるのかな?」
シンジが試しにドアノブを回すとドアが開いた。
「綾波~入るよ~」
中に向かって大声で叫ぶと靴を脱いで部屋の中へと入る。その部屋は必要なもの以外なにもない。とてもじゃないが女の子の部屋とは呼ぶに相応しくない無機質な空間だった。シンジは鞄の中からメモ用紙を取り出すとIDカードのことと、自分が来たことをメモに書いてIDカードを重り変わりに
机の上に置いた。
「これでよし」
帰ろうとしたそのとき、後ろで人の気配がする。シンジが警戒しながら後ろを振り向くと
、バスタオルを肩にかけたレイが裸のまま立っていた。
「あ~・・・・」
シンジは顔を外らすと何事もなかったかのように玄関へと向かう。
「綾波、新しいIDカード出来たから机の上に置いといたよ」
「そう」
気まずい・・・シンジはこの空気をなんとかしようと打開策を考えた。
「綾波!あの!」
「・・・なに?」爽やかな笑顔を浮かべ親指をグッとだした。
「ナイスオッパイ」
パシーンという乾いた音が響いた。作戦は失敗だ。


気まずい空気を残したままシンジとレイはネルフの長いエスカレーターを降りる。実に居心地が悪い。シンジは思い切ってレイに話しかけた。
「綾波は司令のことよく知っているの?」
シンジは敢えて“父さん”ではなく“司令”と呼んだ。
「どうして、お父さんと言わないの?」
「僕はパイロット、相手はネルフの総司令官。上司と部下の関係だからさ」
「お父さんのこと、信じられないの?」
「それは父親として?それとも上司として?前者ならYES。信じられるわけないよ」
「後者なら?」
「さてね?」
レイはゆっくりと振り返るとシンジを強く睨みつけた。
「私は信じているわ。碇司令のこと」
反論は一切許さない。そう言わんばかりに睨むレイにシンジは何も言わなかった。その時、けたたましくネルフ内に警報が鳴り響いた。使徒が来たからだ。二人は何も言わずエスカレーターを駆け下りた。
部屋に入るとリツコとミサトが待っていた。
「来たわね・・・ってなにがあったの?雰囲気すごく悪い気がするけど」
「大したことじゃないです。それよりお願いします」
ミサトは頷いて使徒が映し出されたモニターを出す。
「今回の使徒だけど、外見は見ての通り正八面体の鏡張りの立体でしかないわ。どういった攻撃をしてくるのかも不明」
「ミサトさん、威力偵察をお願いしたいのですが」
「それも含めて初号機を配置します。零号機はバックアップ。いいわね」
「いや、そうじゃなくて無人機とかで予め」
「作戦開始!」
「人の話聞けよ!」


半ば強制的にリフトに乗せられて射出された初号機。使徒ラミエルはそれを敏感に感じ取ったようだ。
「大変です!使徒中心部に高エネルギー反応!」
「なんですって!?シンジ君よけて!」
使徒撃った加粒子砲は手前にあったビルを溶かして初号機に直撃した。
「ぎゃああああああああああアアアアアアアアアアアア!!」
シンジの断末魔が発令所に響く。
「シンクロ率カット急いで戻して!」
「パイロット心肺停止!」
「蘇生措置を。急いで」
プラグスーツに内蔵されたAEDが作動して電気ショックを与える。シンジの心臓はすぐに鼓動を再開した。
「パイロット依然意識不明ですが、自発呼吸回復しました」
「医療班をゲージに向かわせて」
リツコの冷静な指示が飛ぶ。ミサトは体を震わせながら座り込んでいた。リツコはミサトの胸倉を掴むと無理矢理引き起こす。
「あなた何やっているの!作戦部長でしょ!?復讐心を持つのは勝手だけど、そのために他人の命を危険に晒すのは別問題よ!シンジ君のほうがあなたよりよっぽど冷静じゃない!今後このようなことがあれば指揮権を剥奪するわ」
リツコはそう言うとミサトを突き放してゲージへと向かった。ミサトはフラフラとした足取りで発令所から出ていった。
ミサトは発令所を出たあと
シャワー室で水のシャワーを浴びている。気持ちを切り替えるのと冷静になるためだ。復讐心でいっぱいとなった頭には水シャワーは実に心地が良かった。
(考えろ・・・冷静に考えろ・・・相手の立場に立って考えろ・・・何を嫌がるのか?確実に仕留めるにはどうするべきか?)
水に打たれながらグルグルとした思考はひとつにまとまる。ミサトはシャワーを止めると体を拭いて作戦会議室へと向かった。
「殺し合いに綺麗も汚いもないのよ」
そう呟くと両頬を叩いて気合を入れ直した。


「・・・うん・・・」
シンジが目を覚ますと見たことのある天井が見えた。
「気が付いたのね」
体を起こすとレイがベットの隣で椅子に座っていた。
「スケジュールと作戦内容を説明します」
レイは淡々とスケジュールと『ヤシマ作戦』と名付けられた作戦概要を説明する。シンジは思わず笑ってしまった。
「超長距離からのピンボールショットとは・・・ね」


その頃発令所と技術部は大忙しだった。
「ポジトロンライフルはどう?」
「大丈夫です!技術部の意地にかけても仕上げて見せますよ!」
「ミサトも大胆ね、戦自から徴収した陽電子砲をカスタマイズして日本中の電気を使ってポジトロンライフルによる超長距離射撃なんて」
「これが一番確実なのよ」
ミサトの顔にもう迷いはなかった。


『ここで臨時ニュースをお伝えします。本日午後11時30分から明日の未明にかけて、全国で大規模な停電があります。皆様のご協力をお願いします。繰り返します・・・』
TVアナウンサーが停電のお知らせをしている。それを友人たちは自宅で聞いていた。かつて無い作戦が始まろうとしているのを肌で感じた。そして彼らの無事をただ祈った。

二子山山中
『敵シールド、第17装甲板を突破。本部到達まで、あと3時間55分』
『ハブ変圧システム。問題なし』
『四国、及び九州エリアの通電完了』
『各冷却システムは試運転を行なってください』
着々と準備が進む。シンジとレイは二子山山中にて待機している。
「これ・・・ですか。本当に大丈夫です?」
「理論上はね。何しろ急ごしらえだから仕方ないわ。全てがぶっつけ本番よ」
「作戦を伝達します。シンジ君が砲手を担当、レイが防御をお願い。これはシンジ君のほうがレイに比べてシンクロ率が高いからよ」
「いい?陽電子は地球の自転、重力、磁場に影響するの。誤差を修正するのを忘れないでね」
「そんなことやったことないですよ!」
「大丈夫、あなたはテキスト通りにやってくれて。センターに目標を入れて撃つ。これだけよ。あとは機械がやってくれるわ。一度発射されると冷却や再充填に時間が掛かるの。一撃で仕留めて」
「質問。相手が先に撃ってきた場合、誤差は生じますか?」
「もちろん」
「私は、初号機を守ればいいのね」
「レイ、頼んだわよ」
「わかりました」
「二人とも時間よ。急いで」
ミサトは二人に望みを託して送り出した。


二人は光の消えた街を見下ろしその時を待つ。
「一撃必中か・・・厳しいね。綾波」
「何?」
「綾波はなんでエヴァに乗るの?」
「絆だから」
「絆、か・・・」
「他には何もないもの」
シンジはレイの顔を見る。レイはいつものように無表情だった。レイは時間が来るとゆっくりと立ち上がりエントリープラグに向かう。シンジもエントリープラグに向かい中に入ろうとしたときだった。
「碇君」
「なに?」
「あなたは死なないわ。私が守るもの」
「・・・綾波も死なないよ。僕がまも・・・」
「さよなら」
「ちょっ!お願いだから最後まで言わせて!?シンちゃんにカッコつけさせてぇ!?」


『只今より、0時0分0秒をお伝えします』
作戦開始の時刻を告げるアラームが鳴る。
「作戦開始!シンジ君、日本中ノエネルギーをあなたに預けるわ。頑張って」
「はい!使徒の様子は逐一教えてください。先手を取られたら後の先を取ります」
シンジは精神統一を図るため目を閉じて深呼吸をする。指揮車では発射準備が進められている。
「第1次、 接続開始」
『第一から803管区までの送電開始。第一次送電システム正常』
『全冷却システム出力最大!』
「第2次、 接続開始!」
『ハブ圧縮器、作動。全加速器、運転開始。強制集束器、作動』
『第三次接続問題なし!』
「最終安全装置解除!撃鉄起こせ!」
シンジは目を閉じたまま命令に従い撃鉄を起こす。体に染み付いた作業が自然と動作を始めた。
『全エネルギー、ポジトロンライフルへ移行!8.7.6.5』
『目標の中心に高エネルギー反応!』
「なんですって!?」
(先手を取られた!)
「綾波!カバー!」
シンジが叫んだ直後、ラミエルから加粒子砲が発射された。零号機が初号機の前に立ちその攻撃を受け止める。
「シンジ君!何故撃たないの!?」
「ミサト、今シンジ君は誤差修正を待っているの。確実に一撃で堕とすために待っているのよ」
「後の先を取る・・・か・・・」
リツコが言ったとおりシンジは待っていた。誤差修正が完了しロックオンするその瞬間を、ロックがかかりそうな寸前の断続した音でシンジはゆっくりと目を開ける。シンジは零号機の股の間に銃口を向けた。その時、修正が完了しロックオンした音が響く。
Piiiiiiiiiiiiiii!
「シュートオオオオオォォ!」
シンジは一気に引き金を絞った。ポジトロンライフルから発射された一撃は加粒子砲をも押し返しコアを貫いた。
「よっしゃああ!」
指揮車内でミサトはガッツポーズをする。シンジはポジトロンライフルを置くと直ぐ様零号機に駆け寄る。直撃は免れたものの、その衝撃と熱で零号機の表面は溶けていた。シンジはすぐに零号機のエントリープラグを抜くとレイを助けるために駆け寄った。熱せられたドアをこじ開け中を覗くとレイがグッタリとしていた。
「綾波!大丈夫か!綾波!」
「・・・・うん・・・い、碇、君?」
ボーッとした表情を浮かべるレイ、シンジは無事を確認するなりレイにゲンコツを食らわした。
「フンッ!」
「痛っ!・・・・なにするの・・・」
涙目になりながら抗議をするレイ、シンジはひとつため息をついた。
「あのな、自分には何も無いなんて言うなよ!去り際にサヨナラなんて言うなよ!そういときは“グッドラック”って言うんだよ!・・・よかった。生きていてくれて」
最後は少しだけ涙を浮かべながら微笑むシンジ、レイはキョトンとした表情を浮かべ、すぐに顔を背けた。
「ごめんなさい。私、こういうときどんな顔すれば、いいかわからない」
「笑えばいいよ。笑ってこう言えばいいよ。“お疲れ様”って」
「・・・・お疲れ様」
レイはゆっくりと微笑んだ。


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あとがき
やっぱヤシマ作戦は難しい・・・さて次はアスカの登場です。やっとここまで漕ぎ着けたよ・・・


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