第二話 知らない天井

あぐおさん:作

エヴァ初号機に乗ったシンジは目の前の使徒と対峙している。
『シンジ君、まずは歩くことを考えて』
「歩くことって・・・目の前に敵がいるのにねえ」
ミサトの言葉に疑問を感じながらもシンジは歩くことを考える。すると初号機は
ゆっくりとそして確実にその一歩を踏み出した。
『歩いた!』
発令所に歓声が湧く。
「なるほどなるほど・・・コツは何となく分かったぞ。それじゃ次にいこうか」
シンジは次の行動を開始する。
『シンジ君?何をしているの?』
「ムーンウォークを」
『そんなの見ればわかるわよ!しかも無駄にうまいし!?いいからふざけてないで!』
(ひどいやミサトさん)
「しかし、こうして見ると使徒って男か女かわからないですね」
『使徒に性別はないわ』
「そうなんですかリツコさん」
シンジはシャツを鼻の下まで引き上げた。
「僕は悩めるオスだ」
『某クリニックのCMはいいから!』

気を取り直して対峙するシンジ。
「さてと、どうしようかバビンスキー?」
「相手の出方がわからない以上こっちからいくしかないだろ」
「そうだね」
初号機は体の重心を低くすると一気に駆け出して距離を詰めた。
「速い!」
ミサトが驚愕する。まさか初搭乗でここまでの動きをするとは予想すらしていなかった。初号機は勢いをつけたまま使徒に横蹴りを当てる。しかし、その攻撃は使徒には届かず、目の前に八方形のバリアに防がれ逆に弾き飛ばされてしまった。
「うわっ!なんですか!あのバリアは!」
『ATフィールドよ。人の形を作る心の壁。あれを破らない限りは使徒への攻撃は届かないわ』
「ちょっと意味わからないです」
「シンジ!来るぞ!」
バビンスキーが叫んだ時、使徒は腕を伸ばして初号機の腕を捕まえた。シンジの腕に万力で締め付けられたような激痛が走る。
「ぐあ!ぐぅうう・・」
『落ち着いて!あなたの腕が掴まれたわけじゃないわ!』
「この・・・痛いじゃないかあああああ!」
初号機は使徒の腕を握り返すとそのまま引き寄せてカウンターで前蹴りを当てた。今度は使徒の体が横に飛びビルへとぶつかった。初搭乗のうえ初の実戦でここまでやるとは!リツコは驚きを隠せない。
(この子やってることは滅茶苦茶だけど、強い!)
「リツコさん、武器はなにかありますか?」
『肩のところにプログレッシブナイフがあるわ』
「刃物一本でこの化物をどうにかしろっていうのかよ!リツコさん、至急作って欲しいのがあります」
『なにかしら?』
「刀をひと振りお願いします。そっちのほうが慣れてますから」
シンジはそれだけ言うとひとつ深呼吸をした。
「バビンスキー、少しだけ本気を出すよ」
「大丈夫なのか?」
「うん、少しなら心配ないよ」
シンジは目をつぶり自分の心の中に問い掛ける。次にシンジが目を開けたとき、その目はどす黒く澱んでいた。
『初号機プログレッシブナイフを装備』
初号機はプログレッシブナイフを逆手に持つともう一度重心を低くして一気に距離を詰める。そこへ使徒が腕を伸ばして攻撃をするが、その攻撃を初号機は片手で弾くと懐に入り込み、コアにナイフを突き刺した。
『すごい!ATフィールドが発生していないの!?』
『いえ、発生してたのですが、初号機が一気に中和しました!』
『なんの訓練もなしにATフィールドを中和させるなんて・・・彼は何者なの?』
シンジの心の中は相手の存在そのものに対する拒絶で満たされていた。それが結果的にATフィールドを発生し中和していたのだ。突き刺したナイフにもう一度力を入れる初号機、そしてそのナイフは45度捻られた。使徒のコアが無理矢理壊される直後、使徒は初号機に体を巻きつけ自爆した。
自爆した爆心地に立つ初号機。その姿は地獄から来た鬼のような姿をしていた。

「うん・・・くぅ・・・」
シンジが目を覚ますと見慣れない天井が目に写った。二日酔いになったように頭が重い。
「気が付いたのね」
声がしたほうに顔を向けるとミサトが椅子に座っていた。
「初搭乗で初撃破。本当、大したものだわ」
「そうですか、ちゃんとやれたようでよかったです。バビンスキーは?」
「病院の外で待っているわ。お父さんからよ「任務ご苦労」だそうよ」
シンジは黙って体を起こす。複雑な家庭環境とはいえ、父親の言葉に何の反応も示さないシンジがミサトは悲しかった。

病院から出たあとシンジはミサトに連れられてネルフの独身寮へと向かっている。
「シンジ君、希望があればお父さんと一緒に住むこともできるのよ」
「今更一緒には住めないですよ。僕はバビンスキーがいればどこでもいいですから」
ブチッ 何かが切れる音がした。
「暗い・・・暗いわシンジ君・・・私がその性格を治してあげる」
ミサトは携帯電話を取り出すと電話をかけた。
「ああ、リツコ?シンジ君だけどね、今日から私と一緒に住むことになったから」
「えええええええ!?」
「なに言ってるのよ。中学生に手出したりしないって!それじゃよろしく~」
電話口から罵声が聞こえてきたが、無視して電話を切る。
「それじゃ行きましょうか!」
「ちょっ!勝手なことしないでくださいよ!いいんですか!?僕まだ中学生ですよ!?お姉さんが教えてあ・げ・る♥展開マジ期待しちゃいますよ!?寧ろ挟んでほし・・」
バキッ←ミサトがシンジを殴った音
「調子こいてすみませんでした」

シンジとバビンスキーはミサトの自宅へと車で向かっている。
「シンジ君、ちょっち寄るところがあるから」
「いいから病院よってくださいよ」
「包茎は病気じゃないわ」
「はいはい、お約束お約束」

シンジはミサトに連れられて第三新東京市が一望できる高台に来ていた。
「そろそろね」
腕時計を見ながら呟くミサト。すると夕日に染まった。第三新東京市の地面から次々とビルが顔をだしてきた。
「シンジ君、あなたが守った街よ」
ミサトは知ってもらいたかった。シンジがやったことに意味があるのだと。しかしシンジはどこか冷めていた。聞こえないように呟くシンジ。
「皮肉だな」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も、それより早く帰りましょう。興味ないです。そういうの」
「興味ないって・・・シンジ君?」
「来るべくして来た運命なんですよ。多分。僕はこの現実に向かって過去を積み重ねてきたと思いますから」
とても14歳とは思えない言葉に絶句するミサト、資料の上ではシンジのことを理解はしているが、それだけでは計りきれない何かを感じざるを得ない。
(シンジ君、あなた一体何者なの?)
ミサトは心の中で問い掛ける。しかしその問いに答えはなく、ただ夕日に染まったシンジの横顔がどこか悲しげに写った。


シンジはミサトの自宅に着いた。
「ここが家よ。入って入って」
「お邪魔します」
「こ~ら~シンちゃん?」
少し怒った顔をしながら振り返るミサト。
「ここは今日からシンちゃんの家でもあるのよ。だったら“お邪魔します”じゃないでしょ?」
シンジは少しだけ照れながら言った。
「・・・ただいま」
「おかえり!シンジ君!」
満面の笑顔を見せてシンジを迎え入れた。
「ちょっち汚いけど適当に座ってね」
部屋の中に入るとそこは別世界。ゴミ屋敷だった至るところにビールの空き缶やビン、そしてレトルト食品空きパックが所狭しと散らかっている。
「ミサトさん?これは・・・」
「だから言ったじゃん。ちょっち汚れてるって」
「机の上に空き缶がにょきにょき生えてる時点でちょっちじゃないですよ。掃除しましょう。手伝ってください」
「えっ・・・シンちゃん?別に今じゃなくてもいつかは・・・」
「あん?」
「・・・はい」
マジギレしたシンジの顔を見て掃除を始めるミサト、二人掛でも掃除は終わらず細かいところは明日へと持ち越しになった。その日は歓迎会もそこそこに二人はリビングで雑魚寝をした。次の日、ミサトはネルフへ向かい、シンジは昨日の掃除の残りをやり始めた。全ての掃除が完了したときには見違えるほど綺麗になっていた。某番組で「なんということでしょう」という台詞が出ても良いくらい巧の技だった。
夕方、シンジとバビンスキーは夕飯の買出しをしにスーパーへと向かう。
「流石にアレはないよね。キョウシロウさんでもあそこまでひどくはなかったよ」
「ははっあいつは意外と綺麗好きなところがあるしな、シノもいるから大丈夫だろ」
バビンスキーはシンジの顔を見上げる。
「ところで感想はどうだ?」
「率直に言えば全てが胡散臭いというのが本音かな?エヴァ、ネルフ、使徒全てがきな臭い感じがするよ。諜報員の人かな?ずっと僕らを見ているのも正直気に入らないな。バビンスキーは?」
「俺も同じさ、国連非公式の組織だっけ?それだけでも十分胡散臭いよ。明日から色々調べてみることにするよ。“飛鳥”にも手伝ってもらう。最悪は・・・白鳥にも声をかけるか」
「白鳥さん?確か第三新東京市近郊に住んでいるんだよね?大丈夫なの?」
「大丈夫さ。あいつはあのキョウシロウの最大のライバルだからな」
彼らはネルフの諜報員の存在に気が付いていた。だからこそ慎重に事を進めなければならない。バビンスキーは話しながらプランを頭の中でまとめる。まずはミサトの部屋、昨日掃除をしているといたるところから機密扱いのような資料が出てきた。機密もああも無造作に扱う神経は理解できないが、この状況を見れば実に有難いことだ。
「しばらく俺は犬のふりをするからそのつもりでいてくれ」
「わかってるよバビンスキー。お願いね」
互いに笑みを浮かべる少年と犬。彼らを得体の知らない力に流されていくのをまだ気付くことができない。運命は刻一刻と進み始めていた。



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あとがき
遅ればせながら、怪作様。この作品を載せて頂き本当にありがとうございます。
この世界のシンジ君ですが、原作とは異なりどちらかというと育成計画のほうのシンジ君のほうが性格的には近いです。細かいことは後に明らかになっていくと思います。それがLASの流れに組まれているので・・・お楽しみ頂ければ幸いです。


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