アタシは殆ど無意識的に飛び出していた。
 行き先もわからないくせに、何も考えてないくせに。

 ただ、歩く。
 街を彷徨っていた。

 歩きながらずっと考えていた。
 あの写真の意味。

 恋人との写真、と言うのとは違うと思う。
 照れ隠しにしてはシンジの表情は険しすぎたし、どちらかと言えばやっぱり無理に撮らされた物なんだろう。

 それに…。

 二年前──。
 シンジの目は飛び出していった時のままだった。
 悲しくて、悲しすぎて、涙さえ枯れた…そんな目。
 だとしたら、そのときから今までにシンジを変えた何かがあったはずだ。
 今のシンジは空っぽだけど、でも、可哀想な位優しくて臆病だから。

 写真は血に塗れていた。
 錆びたカッターナイフが一緒においてあったから、大体何があったのかは分かる。
 多分、シンジが自分を傷付けていたのだ。
 傷口から染み出した鮮血で、写真を塗りたくって…その、意図は良く分からなかったけれど。

 その写真を見ていると、とても怖くなった。
 でも、悲しかった。
 そうしたら居ても立っても居られなくなってアタシはこんなところまで来てしまっている。
 何が出来るという訳でも無いのに。
 理屈では、とても馬鹿馬鹿しいと分かっているのに。

 確かめたかったのかもしれない。
 どうしてこんなにシンジのことを好きだと思えるのかが。
 何時からそう思うようになったのかが。

 だから、聞いてみようと思った。
 具体的に何を、とは分からないままだけど。


 「──っ」


 ふと、急に乱れ始めた人ごみに流されて、アタシは右肩を擦れ違いざまにぶつけてしまった。
 接触した相手が何か罵声を飛ばす。
 そんな物も耳に入らない。
 アタシが聞くべきなのはそんな言葉じゃない。

 じゃあ何を聞くの?
 自問する。

 それはシンジが知っている。
 知ってなきゃいけない。
 だからアタシは探しているのよ。

 無駄かも知れないのに?

 無駄じゃない。
 どうしてそんなこと決め付けるのよ。


 「──!!」

 「っ─…!」

 「?──っ!!」


 耳を澄ませば喧騒が聞こえてくる。
 いつの間にか人だかりに紛れ込んでいた。
 セミの声が喧騒に溶けて奇妙な調和を作っている。

 何の騒ぎだろう?

 群集の見上げる先は工事中のビルの屋上。
 あたしは視線を辿って…それを見る。
















































 目が良い事は自慢だったのに、今日からは嫌になりそう。
 あたしは、無言でその場を後にする。
 思ったより何も感じなかった。
















































 思えば全部自己満足だったのかも知れない。
 シンジが飛び出していったあの時も、アタシは何も出来なかったのに。
 呼び戻したのもアタシじゃなかったのに。

 勝手に期待して、勝手に裏切られて。

 いつかアタシがシンジに言った言葉。
 お笑いじゃない?
 全部自分のことだったのよ。






 ね。
 目、覚めた?
 なんて、何処かから声が聞こえてきた気がする。
 でも、ホントにそうね。

 視線の先にあったもの。
 それはレイを抱き締めるシンジの姿。



Be...
Act.5 「契(ちぎり)」
痛モノご注意!苦手な人は読まれないほうがよろしいかと。




 いつの間にかアタシは自分の部屋で泣いていた。
 何処をどうやって帰ったのかは思い出せない。

 気が付けば時刻は深夜。
 シンジもレイもママもみんな床に就いている時間。
 でも。

 眠れるはずが無い。
 黒くてもやもやしたものが胸の内に広がって、それどころじゃ無い。
 嘔吐感がこみ上げてくる。
 言い知れぬ破壊衝動が自分を支配しようともがいている。

 そんな自分に自己嫌悪して、同時に憐憫する。
 どうして自分だけが…そうやっていつの間にか悲劇のヒロインになる。

 そのことにすら嫌気がした。

 原因は良く分かっている。
 今日、シンジがレイと出掛けて、シンジが少しだけ笑うようになった。
 相変わらずレイはあの調子だし、自分とシンジとの関係も何一つ変わりはしなかったけど。

 ただ、不安になった。
 好きとか、嫌いとか、そう言うものが全部分からなくなり始めた。

 シンジの部屋で見つけた写真。
 今とは違うシンジがいて、結局自分はシンジの何が分かっていたのかって…そんなことをふと思った。

 でも、あたしがシンジを好きな気持ちは多分本当だと思うから。
 だから、もっときちんと伝えなければいけなかったから。

 なのに。

 傲慢だったのかな?

 …良く、分からない。


 「ねぇ、どう思う?」


 そこであたしは唐突に質問を掛ける。
 気がつけばそこにシンジが立っていたから。
 何時から居たのかは知らないけど、そんなことにさえ気がつかなかった自分に少し苦笑いしつつ。


 「どうって…何が?」


 シンジは困惑したようだ。
 当たり前だけど。

 本気で答えて貰いたかったら最初から説明しなければいけない。
 それがとても面倒だから、アタシは別なことを質問していた。


 「あの写真…何?」

 「…見たんだ」

 「あ、そう言えば…勝手に見ちゃったのよね」

 「いや、いいんだ…もう」

 「もう?」

 「うん」


 何だかよく分からない会話。
 端から聞いてたら、間抜けかも知れない。
 お互い何を言ってるのかちゃんと分かってるのかさえ疑わしい。


 「恋人?」

 「違う」

 「そう」


 何を聞いてるんだろう。
 そんな事は分かってるのに、そんなことが聞きたいんじゃないのに。
 そう考えると、何故か悔しくて…。

 気がついたら、涙が零れていた。

 一筋、頬を伝った。


 「アスカ?」


 優しい声。
 昨日よりもずっと暖かい声。
 なのにアタシの事を好きだと言ってもくれない声。

 腹が立った。
 滅茶苦茶にしたいと思った。

 だから。
 アタシはほとんど意図せずに呟いていた。


 「嘘吐き…」

 「嘘?何が?」


 何が?
 知らないわよ、そんなもの。
 それはあんたが分かってなくちゃいけないのよ。
 このままじゃダメだから、変わらなくちゃダメなのよ。

 何処かにきっと嘘があるの。
 あたしたちの前を見えなくしてる黒いものが。
 それで本当の中に嘘が紛れて、分かんなくなって…だから。


 「じゃあ、証明してよ」

 「証明?」

 「アタシのこと…好きだって言ってよ!」


 何か、箍が外れた。
 アタシは被っていた掛け布団を跳ね上げると、シンジに取りすがるように飛びついていた。
 予想外の衝撃に、流石のシンジもその場に尻餅を付く。

 当惑の眼差しが返される。
 見ているのも切ないから、アタシは強引に唇を押し付けた。

 抱きついた腕に力を込める。
 もう離すまいと、母親にしがみ付く子供みたいに。
 既に言葉になってないうめきを洩らしながら、正体も分からない不安を吐き出していた。

 それはアタシなりのSOS。
 あの時から…ずっと守って来た何かが決壊する瞬間。
 アタシがアタシを知る瞬間。


 「約束、したのに!」


 約束。
 自分でも忘れていたくせに、無意識的に守り続けようとしてきた。
 何かを得るためのはずなのに、何時しか失わない為の言い訳に変わっていた。


 「ずっと、待ってたのに!」


 そうだ、ずっと待っていた。
 あの時…シンジが飛び出して行ったあの時から。
















































 「ねぇ、アタシ…いい子でいられたよ…ね」
















































 なんでも一番になりたかった。
 でなければ自分が塗り潰されそうだった。
 だって約束したのに。
 アタシが悪い子だったからシンジがいなくなったんだって。
 ずっとそう思っていたのよ。


 「なのにシンジはアタシの為に戻ってきてくれなかった!約束したのに!」


 だからアタシは待っていたのに。
















































 あの雪の降る季節。
 いつも泣いていたあなたに声をかけた。

 みんなはあなたの事を怖いといった。
 頭がおかしいと言っていた。
 でも、そんなこと無いと思う。
 怖い人はこんな所で一人で泣いたりしないよ。

 でも、あなたは泣いているばかり。
 きっとアタシが馬鹿だから。

















































『怖いんだ…』


震えていたよ。
ぶるぶる、寒そうに。
雪がふっていたから?
アタシは缶コーヒーを二本買った。


『僕なんか死ねばいい…』


死んじゃダメだよ。
何があったの?
何が辛いの?
ね、アタシが助けてあげようか?


『だったら、助けてよ…助けて』


うん、大丈夫。
きっとアタシが助けてあげる。
幸せにしてあげる。






…約束するよ。
















































 何時もいつも自分勝手。
 勝手に期待して、勝手に裏切られて。
 あなたはアタシが幸せにしなければならない。
 とんでもない、自惚れ。
 だって嘘吐きはアタシ。

















































 ね、アタシがつまんないからいなくなったの?
 一番になれば笑ってくれる?
 忘れないでくれる?
 帰って来てくれる?
















































 「ビルが建つのね…あの、空き地」
















































 「…探していたんだ」


 沈黙を破って、シンジが口を開いた。
 もうアタシは喋ることも出来なくて、ただぼんやりとそれを聞いているだけだった。


 「泣く方法」


 言ってることが正反対。
 あたしは笑わせる方法を、シンジは泣く方法を。
 どうしてだろう?いつも擦れ違ってばっかり。
 また、こうやってアタシはシンジを苦しめているんだ。
 アタシは結局シンジの一番にはなれやしないんだ。


 「でも、見つけた」


 そう。
 やっぱりアタシなんて要らないんだ。
 そうよね。
 最初から一人芝居だったんだから。
 あんたに必要だったのはレイと、名前も知らない写真の女。
 そうよね。


 「泣いてばかりいたから、涙が枯れたのかな?じゃあ、笑っていないとね」


 え?


 「幸せな人のほうが、心から泣けるのかもしれない…よく、分かんないけど」


 確かに。
 訳が分かんない理屈。
 でも、案外本当かも知れない。
 悲しすぎると、笑えも泣けもしなくなるよ…人間って。

 ううん。
 笑えるから、泣けるから幸せなんだよ、きっと。


 「ねぇ、アスカ。一つだけ、いいかな?」

 「……?」
















































 「僕はアスカのことが好きだ。五年前から、ずっと…多分」
















































 アタシの返答をシンジが無理矢理に唇で塞いだ。
 訳も分からずにそれに縋りつくアタシ。

 もうどうでも良くなっちゃった。
 色々悩んでた自分が馬鹿みたい…。
 今までの全部が無駄だって言われたみたい。
 でも、一つだけ実感してることがある。

 ね。
 嬉しい時にも…涙は出るのよ。
 泣いてるけど、笑えることもある。


 「卑怯よ…あんた」


 だからアタシは悔しくて呟いた。
 だからアタシは嬉しくて抱き締めた。


 「お帰り…シンジ」

 「ただいま」



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XIRYNN
「しまった…。(汗)
レイのエピソード入れるの忘れた。<おひ
む…まぁ、そっちは何とか各自でご想像を。(投げやり)
次回いきなりエピローグだし…。(笑)
でも、この話にレイの話挟むのは厳しいし…かと言ってこのまま終わりってのも。
だがしかし敢えて語らないことにも意義は…あるのか?
外伝?続編?微妙なところ。
物語としての完成度を追求するなら当然書いて、
ついでにシンジの心境の変化も書かないといけないんだろうけど。
密かにシンジが帰ってきてアスカの部屋に行くまでのAct.4.5なるものも書こうと思ってたんですが…
何だかどうしても書けません。絶対必要っぽいんですが。(汗)
そもそもこのテーマで書くのに、この短さは無謀だったような感じです。
ま…いずれ書くかも知れませんが、今はこれで終っときます。(爆)
はは…何だそれって感じですね。(汗)
そもそも痛モノの筈がいつの間にか単なるダークから普通のシリアスになっていったような気も?
ま、でも…取り敢えずは完結という事で。
次回はエピローグです。
どうでもいいけどこれ、五話完結って言うのかなぁ?(笑)」

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