知らなければ幸せだと思っていたんだ。
 認めたくないから、自分自身でさえ騙していればいいって。
 馬鹿な事だって知ってるよ。ホントはね。

 何時の頃だろう、僕がそれに気付き始めたのは。
 いや、そうじゃない…そうじゃなくて。
 あぁ、本当は最初から知ってたんだ。
 ただ、分からないフリをしてただけなんだ。

 だから最低なんだよ…。






 変な女。
 第一印象はそれだった。

 いや、最初から最後まで変だったかも知れない。
 少なくともこんな自分の相手をしようというんだから。
 それも、自分から。
 怖いもの見たさとか、そう言うのだろうか…どちらにしてもどうでも良いような感じだけど。

 他人に興味なんて無い。
 有ったとしても他人の表面を形作る器だけだ。
 皮一枚…異性の性的魅力なら感じなくは無い。
 でも、それだけだ。

 それ以上はどうでも良かった。
 例えば相手が何を考えているのだとか、何を信じているのだとか。
 知りたいとも思わないし、知ったところでどうなるものでも無いと思った。

 そんな風だから、誰も『俺』には近づこうとしなかった。
 多分、怖がられていた。
 『俺』に関する噂は知っていたし、そのほとんどが真実なんだから、当然と言えば当然か。
 誰も人殺しになんか関わりたくないだろう。






 なのに。






 『ね、シンジ…お昼まだでしょ?わたしお弁当作ってきたの』


 鬱陶しかった。
 こいつは一体何の打算があって俺に近づくのか。
 もうウンザリだ。そうやって平気で嘘をつける人間を何人も知っているんだ。
 その笑顔もほら、どうせ作り物だ。分かってんだよ。


 『そんな悲しいこと言わないでよ、ね。誰もシンジのこと、嫌ってなんか無いんだから』


 嘘をつくな。
 だったら何故俺を避ける?腫れ物に触るように扱って、そのくせ俺の居ない所では好き勝手言ってるのは何故だ?
 怖いんだろ?別にそのことは仕方ない。
 嫌いなら嫌いでいい。俺が一番むかつくのはお前みたいな奴だ。
 どうせ最後は裏切るんだろ?──みたいに!


 『ううん、そんなことない、そんなことないよ。少なくともわたしは──』


 煩い。
 お前は誇大妄想のパラノイアか?
 愛情の押し売りなら止めてくれ…。
 無意識的な偽善なら、ただの偽善より質が悪い。
 そもそも何故俺に構う?お前がそうしないと不安だからだろ?
 気持ちいいもんな、楽だもんな…可哀想な奴に同情するの。


 『でも知ってるよ。シンジがホントはとても優しい人だってこと』


 優しい?
 それがどう言う事かも解ってないくせに、軽々しく言うな!
 優しくないから壊した!壊したくないから優しくなった!
 それだけだ!


 『…違うよ。じゃ無かったらどうして泣いてるの?』






 黙れ。
 『俺』が泣くはずは無い。
























『シンちゃんはね、幸せになってね…』

『母さ…ん?』

『シンちゃんは、強い子だから…いつも笑っててね』
























 だから『俺』は泣かないと決めたんだ。
 だから『俺』が母さんを殺したんだ。
 でなければ母さんが救われないんだ。

 そうだ。
 全部『俺』の所為にすればいいんだ。
 『俺』は心のない悪マナノダカラ…。
























『ダメだよ、そんな悲しい笑顔じゃ…シンジが泣かない分を、誰かが泣いてるなら同じじゃない』

『泣き方なんて、忘れたんだよ…』
























 でも。
 泣き方ならもう思い出した。
























雨に流される彼女の鮮血で、俺の白い服は真っ赤に染まっていた。
俺が殺した彼女を俺が抱きしめる権利なんて無かったのかもしれないけど…。


『!…──!!』


俺は彼女の名前を叫びながら今までで一番熱い涙を流していた。
























 「…っ!!!」


 『僕』は唐突に覚醒する。
 本当なのか嘘なのか、曖昧な記憶を、或いはただの夢の残滓を引き摺りながら。
 どれが現実なのか良く分からなかった。


 「贖罪はまだ…続いてるのかな…」


 そう呟いてみると、何故だか無性に腹が立った。
 胸の奥から何かが込み上げてくる。


 「はは。パラノイアは…僕の方じゃないか。何処まで僕の所為なのか、まるで思い出せない」


 母さんは自殺だった。
 それじゃ母さんが余りにも可哀想過ぎるから、僕が殺したと思い込むことによって僕は僕を保っていたんだ。

 マナは…ホントの所はどうか分からない。
 それこそ彼女と過ごした時間が何処まで現実なのかさえ。
 だって僕が去年までいたのは少年院なんかじゃない。
 ただの白い部屋で…夢を見ていただけ。

 思わず僕は縮こまるように肩を抱いた。
 あの暑い日、あの場所で。
 レイを抱き締めた両腕が痛んで仕方なかった。


 『無意識的な偽善なら、ただの偽善より質が悪い』


 その通りだ。

 でも。
 偽善でも救われる人はいるんだ…。
 と言うより。
 偽善じゃない善なんてこの世にあるのかどうかすら分かりやしない。

 本当のまごころって、一体なんなんだろう?



Be...
Act.Final 「真(まこと)」
痛モノご注意!苦手な人は読まれないほうがよろしいかと。




 いくつか気付いたことがある。
 僕が僕の中の『マナ』と決別してから、溢れ出してきた『俺』の記憶。
 思えば彼女は封印だったのかも知れない。
 辛い事ばかりだったから、唯一僕を許してくれそうな彼女に縋っていただけなんだろう。

 始まりは、あの日から。
 『俺』は『俺』の中に擬似人格『マナ』を作り出し、弱さをなすりつけて自分保っていた。
 辛いことがあると慰めてくれるように。叱ってくれるように。
 いつの間にか『俺』は死んで『僕』が生まれた。

 今では何処までの『マナ』が本当で、何処からが僕の美化した幻想なのかは分からなくなった。
 想像の彼女は女神みたいだけど、本当は彼女は『俺』を憎んでいたかも知れない。
 そう考える方が自然だ。
 真相はもう確かめようが無いけど。

 でも、それでいいと思う。

 ずっと僕の中で縛り付けていた彼女はもう解放してあげよう。
 今はレイやアスカを見なければいけないから。
 僕は多分、まだ自分のためだけには心から泣けはしないけど…。

 そうするうちに僕は階段を降り切っていた。
 余り気分はすっきりしなかったけど、取り合えずキッチンのキョウコさんへ挨拶をする。
 そんな当たり前にも思われる行動でも、彼女は予想外に驚いていた。

 思わず苦笑が漏れる。
 僕は今までそんなことすら出来ていなかったんだ。


 「済みません…よく考えたら、まだ挨拶もきちんとしたこと無かったですね」

 「あ、ううん…いいのよ。色々あって疲れてたでしょうし」

 「でも、自業自得なんです。最低ですよね」


 確かに色々あった。
 疲れてもいた。
 その理由も大体わかった。
 だから、僕は自分が嫌になった。

 僕には何も無くなったから、こんなところまで救いを求めに来たんだ。
 あの日、僕のために泣いてくれた人のいる場所。
 ここでなら、僕は泣けると思った。

 泣く為の材料はいくつかあった。
 今はそれも殆どだめにしてしまったけど、僕を終らせてくれるものももうないけど。
 でも、見つけたんだ。


 「シンジ君…あなたは泣いてもいいのよ」


 そこで。
 唐突に掛けられた言葉に僕は思わず顔を上げる。
 身に着けた筈のポーカーフェイスは今は役に立たなかった。

 見透かしたような、それでいて暖かい眼差しが僕を射抜いている。
 母性と言うものを、僕は理解していなかったけど、こんなものかも知れないと感じた。
 無性に反駁したくなったのはその所為かもしれない。

 そうだ…。
 この人は優しかった『本当の母さん』に似ているんだ。
 だから怖いんだ。


 「泣けません…」

 「どうして?」

 「資格が無いですから…」


 また。
 馬鹿なことを言っているかもしれない。
 卑怯な逃げ方だ、これは。
 資格とか、そんなんじゃ無いだろうに。

 でも、本当なんだから救いようが無い。
 僕はまだ拘っている。


 「それを言うなら、わたしも母親失格と言うことになるけど…シンジ君」

 「はい」

 「取り合えず、アスカちゃんを起こしてくれないかしら…」

 「は?…はぁ」


 何の脈略も無いはずのその言葉に思わず間抜けな声を上げる。
 全く、調子の狂う人だ。
 わざとやっているのだろうか?


 「じゃあ、お願いね。あの娘、あれで結構低血圧なのよ」

 「そ、そうですか…えぇと、じゃあ行って来ます」


 答えに詰まることを言う。
 今一釈然としないながらも、僕は何処か場違いなセリフを残して踵を返す。
 その去り際に、何となく思い立って後ろを振り返ってみた。

 キョウコさんは何故か楽しそうに笑っている。
 その心中は良く分からないけど。

 どちらにせよ言える事が一つ。
 僕はまだ泣けないけれど、少しくらいなら笑えるようになった。
 多分、喜ばしいことなんだろう。

 僕は意図せずに微笑みを返していた。


 「キョウコさん」

 「何かしら?」

 「キョウコさんこそ、泣いてないんじゃないですか?」


 だから僕は少しだけ意地悪なことを言ってみる。
 子供染みた仕返しかも知れないけど、言ってしまった後で自賛した。
 中々洒落た質問かもしれない。

 案の定彼女は答えに詰まったのか、誤魔化しの苦笑を浮かべていた。
 僕は彼女の答えを聞く前に階段に足をかける。
 答えなんて別に知りたくは無いから。

 大切なものは、案外もう手元にあるのかも知れない。







 もう…
















































 ホントに?
















































 でも、本当にそうか?。
 どれが正しいのかなんて分からないさ。
 全て現実かも知れない。嘘かも知れない。
 でも、一つだけ確かだ。

 それでも『俺』はマナにむかついていた。
 レイを痛めつけて楽しいと思った。
 アスカはいつも自分勝手で嘘吐きだと思った。

 だから殴った。犯した。
 気持ちいいから。
 この黒い黒い心が『俺』だ。
 好きだなんていいながら、今だって冷めた目で見ている。

 全部が全部ハッピーエンド?
 そんな都合のいいもんなんてありゃしない。
 どうやって今更やり直す?

 ホントは苛付いて仕方ないんだ。
 適当なことを言って『俺』を慰めるキョウコさんの偽善に吐き気がしてんだ。
 全部壊してやりたいと思ってんだ。

 幸せなんか何処にも無い。
 目を凝らしてみれば辺りには闇だけがある。

 今だって自信は無いんだ。
 いつかこの愛情も鬱陶しいと思うようになるんだ。
 そもそも『俺』は幸せになってない。
 いつの間にか『僕』が『俺』の幸せを掻っ攫っていった。

 じゃあ誰が『俺』を救うんだよ?
 今更母さんをどうやって救うんだよ?
 マナだってそうだろ?もう遅いんだよ!

 ずっとSOSを発信してるんだ。
 絶対受け取らないだろう、誰も。
 何故なら幸せは他人の不幸を食ってなきゃ保てないんだから。

 ミンナシアワセニナリマショウ?
 おい、そろそろ目を覚ませよ。
 そんな幻想が何処にあんだよ。
















































 でも。
















































 最善の最良なんて知らないよ。
 絶対的な正義なんてものは多分無いんだろう。

 僕はただ在るがままに在るだけだ。
 流されるのは誰だって同じ。
 僕もずっと流れていく。
 別に諦めた訳じゃない。
 汚いものってあるんだろうけど、でも、今僕は笑ってるじゃないか。
 これが嘘でも何でもいいじゃないか。

 一生懸命生きてるんだ。
 精一杯頑張って、それでも偽善かも知れないけど、でも暖かいじゃないか。
 浮き沈みを繰り返して、気が付いたらここにいたんだ。
 そのことを誇ってもいいじゃないか。


 だからここが心地いいんだ。
























 「おはよう、お兄ちゃん。…お姉ちゃん、まだ寝てるの?」
























 ほら、ね?



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XIRYNN
「何が『ほら、ね』だよ…分かんないよ。
などと自分で突っ込みを入れてみます。(笑)
はは、完全蛇足のエピローグ!
待たせといてこれかよな恐ろしい落ちでした。
敢えて人間の汚い部分を書いたんで胸を悪くされた方もいらっしゃったかも。
でも、別に作者が性悪説を信じてる訳じゃないですよ。
『人間が良く分からない事が分かった』という結構皮肉なことを書きたかっただけです。(笑)
あと、単純にハッピーエンドにするのも残酷な気がしたので。
しかし、今一分かりにくいのも事実。
特にレイのこれからに期待されていた皆様には申し訳ない限りです。
でも、実はそれにはこんな裏話があるんです。
レイはあのビルの屋上から飛び降りるはずでした。
でも、『いや、A.T.フィールドでも張らなきゃ死ぬってば』と有難い友人に指摘されまして。
ぐはっ、大誤算!と言う訳なのです…。<何が??
まぁ、それだけじゃないんですがね。
兎に角レイのエピソードは中途半端に終ってしまったと思います。
ホントのところ執筆に間があいたんで、その間に心境の変化があって書けるものも書けなくなったとの説もありますが。(汗)
どうしても納得行かないと言う方はどうぞ遠慮なくお申し付け下さいませ。
もしかしたらレイのエピソードも追加するかもしれません。むしろしなきゃヤバい気もします。(汗)
どちらにしてもこれで完結です。
しかし、この話…そもそもEVAでやる必要も無かったような気がしなくも無かったり…。(笑)
ま、そんな事は今更いいっこなしです。
さて、どれだけの人が読んで下さったのか分かりませんが、兎に角ご愛読感謝いたします。
それでは!またお会いしましょう!
多分、二度とこんな真面目な痛モノ(?)は書くまいと思いますが…。(笑)
だってXIRYNNの合言葉は、『鬼畜で、外道で、電波』なのですよ?(ニヤリ)」

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XYRINNさんの『Be』ここに堂々の完結ですね。

賛否両論、あるかと思いますが‥‥やはり、凄い話しだったですねぇ‥‥いろいろな意味で。

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