10

  「どうだいとても心休まる美しい眺めだろう。
 家や町並みというのは新しいうちはけばけばし
 くて、よそよそしくてちっともいいものじゃな
 い。年月がたってくるに従って味がでてくる。
 それでも人間がいるうちはだめだね。人間がい
 なくなり風化が始まり崩れてゆく。それからが
 本当の美しさの始まりだ。本当に美しくなるの
 は、それを作った当人がいなくなった時、とい
 うのも皮肉なものだね。」  
  ここは期待や希望、栄光、野心といったもの
 の終焉の地だった。崩れかけた石の上に座ると
 淡い光の中に細かい塵が浮かんでいるのが見え
 た。男の子は今までに体験したことのない居心
 地の良さを感じた。ここに何時までもいたいと
 思った。近くに寝そべっている猫も、まるで石
 で出来た廃虚の一部のように思えた。
 「ここにはおれの古い友達の梟も住んでいる。
 そいつは賢者と呼ばれている物知りだ。そいつ
 にも何時か会うといい。」
  その時丁度どんよりとたれ込めた雲の隙間か
 ら光がさしてきたが、その明るさは風景を活気
 づかせるのではなく、繁栄の残滓のようなもの
 を浮かび上がらせるだけだった。植物の精が帰
 るように促した時、男の子は深い物思いに沈ん
 でいた。

   

TITLE    BACK  NEXT