いんげんどじょうは昼食の時に飲んだワインのせいで少し頭がぼんやりしていた。『ちょっと飲み過ぎたかなー。少し頭を冷やしたほうがいいかもなー。』
裏庭には大きな池があった。いんげんどじょうが池のほとりに立った時、お日さまは中天より少し西に動いたところだった。その時、向こう岸一面に咲いた真っ赤なツツジの花がいっせいに水面に写り、水はまるで真っ赤に染まったようになった。
ドボン!
いんげんどじょうは池に飛び込んだ。
水は冷たくて気持ちがよかった。彼はつつじの花の下まで泳いで行った。腹這いになって上を見上げると、真っ赤な花がゆらゆらと動き、時々真っ白な光腺がギラッと光った。いんげんどじょうはうっとりしながらそのなかを泳いだ。自分の身体まで赤く染まるのではないかと思われた。
彼にとってツツジの赤は紅子の赤だった。
『ああ俺はいま紅子のなかを泳いでいるんだ。』
彼はしばらくの間、ひりひりするような快感に酔いしれた。
その時一輪のツツジの花が池に落ちて来た。一瞬水面は乱れ、彼ははっとして我に帰った。
いんげんどじょうはそのまま放心したように池の底に沈んでいった。
底には厚く泥が溜まっていた。彼はなま暖かい泥のなかにあらかた身体を埋め目を閉じた。
『さっきの刺激的快感も悪くないけど、やっぱり俺にはこういうどよろんとしたけだるさの方が合っているのかな。』
暖かい泥はやさしくいんげんどじょうをつつみ、彼はそのまま眠つてしまった。
ふと気がつくと彼は広大な砂漠のなかにいた。
『ああこれは夢だな。しかしまたいきなり砂漠とはなあ。』
地平線の彼方に何かが見えた。それはだんだんとこちらに近づいてきた。初めに見えたのは身体中が真っ赤な鱗におおわれた馬だった。とてつもなく大きな馬だった。
いんげんどじょうはその馬を見た途端すぐにわかった。
『この馬は紅子だ。姿は違うけれど俺には分かる。』
馬がさらに近づいた時、馬の背に何かが乗っていることに気がついた。それは始めはぼんやりしていたが、近づくに従ってはっきりしてきた。そのものは真っ白に輝いていた。
『これは鬼神だな。』
そう思った途端、彼は恐ろしさにぶるぶる震えた。彼はそろそろと身体を砂に埋めた。
それは忿怒の形相もすさまじい、白く輝く巨人だった。一方の手はたずなを握り、もう一方の手はぎらぎら光る青龍刀のようなものを握っていた。
そのものは真直ぐ前を睨みながら、静かにとてもゆっくりといんげんどじょうの前を通り過ぎた。
『どうかこのまま通り過ぎてくれ。こんなやつに睨まれたら俺は一瞬にして消えてなくなるだろう。』
身体が硬直し額からは脂汗が流れた。
気が遠くなるような時間が過ぎた。やがてそのものは地平線の彼方に消えて行った。
いんげんどじょうはそのまま意識を失っていった。遠のく意識のなかで彼は考えていた。 『夢のなかで気絶するというのはどういうことなんだろう。』
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