いちごぼっくり物語

[その31]

 三人はしばらくこの家に滞在することにした。また旅を続けるのなら、しっかり疲れをとってからにした方がよいという、この家の主人の忠告に従ったのだ。
とても居心地のよい家だった。三人はなにをするでもなく、思い思いにぶらぶらと時を過した。
 
 そんなある日、しいのみ君は台所の床に四角い扉のようなものを見つけた。しいのみ君はゆっくりとその扉を開けた。なかには小さな階段があり、下の方にぼんやりとした灯が見える。一人で行くのは少し恐かったので仲間を呼んでみたけれど、あいにく誰も来てはくれなかった。それでしいのみ君は、彼にしては大胆に一人で階段を降りていった。彼はこの家の主人の言葉を思い出していた。『あななたちはこの家のなかのどんなところでも、自由に入っていいのよ。恐いところや危険なところはどこにもありませんからね。』
 
 階段が終わると細い廊下が続いていた。薄暗い廊下だった。廊下の先には小さな扉。彼は静かにその扉を開けた。なかはこじんまりとした部屋になっていて暖かかった。薄暗い部屋の真ん中あたりには椅子とテーブルがあり、なんとそこには小さなお爺さんとお婆さんが座っていた。
 
 「あら、この部屋に誰かが訪ねて来るなんて久しぶりねえ。」
 お婆さんがやさしそうにそう言った。
 「そんなところに立ってないでこっちに来なさい。」
 お爺さんがテーブルのそばの小さな椅子を勧めてくれた。しいのみ君はきつねにつままれたような気分だったけれども、椅子に座り勧められるままにお茶を飲んだ。
 「あのう、お爺さんとお婆さんはここに住んでいるんですか。」
 しいのみ君はおずおずと尋ねた。
 「そうだよ。私達はずっとここで暮らしているんだよ。」
さも当たり前というようにお婆さんが答えた。
 「ほとんどどんな家にもこんな地下室があって、大抵そこには私達のような年寄りが暮らしているのさ。でもそれを知っている人はほとんどいないけどね。」
 「へー、知らなかったなー。僕の家でもそうだったのかなー。」
 「もちろんそうさ。ただあんたが気が付かなかっただけさ。もっとも気が付かなかったからって、だれも困りゃしないけどね。」
 
 しいのみ君は子供の頃の自分の家を思い出していた。
 『そういえば時々不思議な音がしていたけど、あれは地下室の音だったのかなー。子供のころは不思議なことがよく起こってたような気がするな………。』
 ふと気付くとお爺さんとお婆さんは立ち上がっていた。
 「私達はそろそろ寝るよ。年寄りは夜が早いからねえ。せっかくだからあんたはもう少しゆっくりしていくといい。」
 そういうと二人は隣の寝室に消えていった。
 
 しいのみ君はぼんやりと部屋の隅っこを見つめていた。
 『僕は暗闇が恐かったっけ。今でも少し恐いけど。この部屋の隅っこのあの暗闇みたいなのが子供の頃はたくさんあったような気がする。夜寝ながら目を開けると暗闇の中に時々変なものが見えたりしたっけ。恐くて目をつぶると今度は変な音が聞こえて来たなー。特に病気で寝ている時なんか、天井あたりにたくさんの小さな人影が見えてたっけ。』
 しいのみ君は考え込んでいる。
 『あっ、あそこの壁のしみ。象が逆立ちしてるみたいだな。』
 しいのみ君は見とれている。
 『ああいう変なものもいつの間にか僕は見なくなっちゃった。どうしてなんだろう。いったい何時から僕は変なものから離れていったんだろう。』
 
 しいのみ君は飲み残しのお茶をゆっくりと飲んだ。そして椅子に座ったまま静かに寝息をたて始めた。しいのみ君は眠りに落ちる寸前、ぼんやりとした意識のなかで、子供の頃によく見た白い変なものが目の前を横切るのを確かに見たような気がした。



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