いちごぼっくり物語

[その22]

そのものには目がなかった。
少なくともいちごぼっくりにはそう見えた。深く被った頭巾の中は真っ暗だった。

「おまえは一体どうしたというのだ。なぜこんな所にきた。ここは命あるものが来る所ではない。」
「あっ、ごめんなさーい。」
いちごぼっくりは思わず頭を下げた。
「わたしが誰だか知っているのか。」
「ひょっとして死神さん。」
「その通りだ。ここに来たものは二度と生きては出られないということを、おまえは聞いてないのか。
ずっと以前ここに来た若い男は……」
「そ、その人はどうなったんですか。」
「いま、裏の畑でネギを植えているがな。」

ガク…
いちごぼっくりは気がぬけた拍子に床に転げてしまった。

「し、死神さんはネギがお好きなんですか。」
「そう、わしはネギが…、ええい、そんなことはどうでもいい。とにかくすぐにここを立ち去るのだ。」
「はいはいはい、わかりましたってば。」
いちごぼっくりはあわててもと来た扉に向かって走って行った。

『ああ、びっくりした。あれは確かに本物の死神だわ。うかうかしてると本当に命がなくなりそう。もう帰るべきなんだろうけど、ちょっとその裏の畑の男にも会ってみたいわね。』
いちごぼっくりはこっそりと建物のわきを通り裏に廻ってみた。

そこは表の異様さとは裏腹にとても気持ちの良さそうな所だった。さっきまでの突き刺すような光とは違って、ここはやわらかであたたかい光に満ちていた。
少し離れた所で男が呑気そうに鍬を使っている。
「ちょっとすいませーん。」いちごぼっくりが声をかけた。
おとこはさっと振り向くと、目を大きく開けて、心底驚いたような顔をした。
「あ、あんたそんなところでいったい…………………。」

いちごぼっくりの簡単な説明を聞いた後、それでもまだ驚いたように男は言った。
「しかしいい度胸しているよ、あんた。あの死神先生がダンスを踊ったが最後、あんたはあの世行きさ。」
「死神がダンスを。」
「そう、『死神ダンス』を見たものはその場で死ぬんだよ。」
「へえ、知らなかったわ。ところであんたはどうしてここに来たの。」
そう聞かれると畑男は、持っていた鍬を置いて畑のわきの草むらに座った。

「俺がここに来てから何年になるかなあ。
俺は世の中が嫌になってね。それで自棄を起こしてこの島に来たんだ。
そしたらあの死神先生結構やさしくて、『それならこの島で働くがいい。』と言ってくれたのさ。」
「へえ、それであんたは一生この島から出られず、ここで畑仕事をしている訳ね。」
「いいや、島からは時々買い物に出るよ。食料品とか、あと建物のメンテとか、いろいろ必要なものがあるんだよ。」
「あらあら、そうなの。結構いい加減なものなのね。」
「あっ、いけねえ。もうお昼だ。ランチを届けなきゃ。」

その時ひょっこりと死神が現われた。

「おまえはまだそこにいるのか。どういうつもりなんだ。」
死神は声を荒げていちごぼっくりを睨んだ。
明るい所で見る死神の顔にはちゃんと目も鼻もあった。深く刻まれたしわには疲労と倦怠が滲みでていた。
「あああ、先生、ランチです。」
「おお、今日は死神ランチか。」
死神の顔は一瞬ほころんだが、すぐにまた険しい顔に戻り、
「この次お前を見つけたら即座にあの世に送るからな。」
と言いつつ建物の中に入って行った。

「ああ、怖かった。さすがに睨まれると怖いわね。」
「本当にもう帰った方がいいよ。」
「あっ! ちょっと、そこにあるのさっきの死神ランチじゃない。おいしそう。」
「だめだよ、これは俺のお昼だから。それにこのランチを食べたら死神ダンスを見ても死なない身体になってしまうんだ。」
「ほ、本当、このランチを食べれば死神ダンスが見られるわけ。」
「いけねえ、余計なことをしゃべっちゃった。」
「ねえねえお願い。腹ぺこなの。一口でいいからさあ。」
いちごぼっくりの手はすでにしっかりとランチボックスを掴んでいた。
こういう時のいちごぼっくりにはだれもかなわない。

いちごぼっくりが一口だけといった死神ランチが、畑男に戻ってきた時は半分になっていた。
「ああ、ああ、しょうがないなあ。もうどうなっても知らないよ。たとえ死神ダンスが効かなくても、あんたを殺す方法はあの先生ならあと100も知ってると思うよ。」
「そうかもしれないわね。それに死神ダンスなんてそうそう踊ったりはしないでしょうしね。」
「そんなことはないよ。毎日お昼休みになると先生は、奥の部屋でダンスの練習をするんだ。時々新しいステップを加えているみたいだよ。」
「なんであんたがそんなこと知ってるのよ。ははーん、あんた時々覗き見してるんでしょ。」
「そ、そ、そ、そんなことしてないよ。」
いちごぼっくりは男の肩をたたきながら言った。
「わたしはどうでもいいのよ-。告げ口なんかしないしさー。だから一緒に見物しましょうよ。」

わずかに開いた窓の隙間からこっそり見るだけでも、死神の踊るダンスはこの世のものとも思えない迫力があった。
それはスーフィーダンスにとてもよく似ていた。ただもっと複雑でぐるぐる回りながらも手と足と首がさまざまなニュアンスで絶えず動いていた。
いちごぼっくりは見ているうちに軽いめまいをおこした。
男がそっとささやいた。
「もーいいでしょう。見つかったら大変だよ。」

裏の畑にもどったいちごぼっくりは興奮していた。
「すごいダンスじゃない。こ、こんな感じかしら。」
いちごぼっくりはいま見てきたばかりのダンスを真似てみた。
それを見た畑男は驚き呆れた。なんとそっくりなのだ。
「あんたいったい何物なんだい。それ死神ダンスそのものじゃないか。




 


 


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