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ファミコン版『魂斗羅』が大成功をおさめたことにより、魂斗羅はコナミを代表する人気シリーズのひとつとなりつつあった。そしてファミコン版『魂斗羅』発売の翌年、MSX2でも魂斗羅作品がリリースされることになった。 元々が家庭用パソコンであるMSXは、ライバルのファミコンと比較すると、ゲームハードとしての性能はかなり劣っていた。だが当時のコナミはMSXにとても力を入れており、『グラディウス2』、『メタルギア』を始め、ファミコンユーザーが羨むほど完成度の高いMSXオリジナルタイトルを次々とリリースし、MSXユーザーの絶大な支持を得ていた。コナミの新作MSXソフトには常に話題が集中し、そして発売されれば必ずと言っていいほどヒットした。当時のMSXゲーム界をリードしていたのは、疑いなくコナミであった。 そんな中、アーケード、ファミコンで人気を博した魂斗羅がMSX2に登場するとあって、MSXユーザーと魂斗羅ファンの期待はいやでも高まった。そして1989年5月26日、MSX2版『魂斗羅』が発売されたのである。 コナミMSX作品の中の数少ない失敗作 MSX2版『魂斗羅』は、アーケード版第1作『魂斗羅』の移植を基本に、様々なオリジナル要素を追加した作品だ。1メガロムカートリッジ、『コナミの新10倍カートリッジ』のSRAMゲームセーブに対応。そしてコナミがMSX用に独自に開発した音源チップ「SCC」が奏でるサウンドも、大きな売りのひとつであった。 だがはっきり言ってこのゲームはつまらない。コナミMSX作品の中の数少ない失敗作、そしてゲームボーイ版『魂斗羅スピリッツ』と並び、魂斗羅シリーズ中の駄作と言っていいだろう。SCCサウンドを除いたあらゆる部分のレベルが低く、後のシリーズ作品に影響を与えるような優れた点も、斬新な点もほとんど持っていなかった。本作にはスタッフロールが存在しないが、MSXで『ファミクルパロディック』などを制作したBIT2(ビッツー)への外注だったと考えられている。 MSX2版『魂斗羅』はシリーズ中で唯一、スクロール方式ではなく1画面ずつの切り換え方式を採用している。これはMSX2がハードウェアでの横スクロールをサポートしていなかったためで、MSX2版『悪魔城ドラキュラ』なども同様に画面切り換え方式になっている。だがコナミはこのMSX2版『魂斗羅』の発売から数か月後、1989年8月の『激突ペナントレース2』、同年12月の『スペースマンボウ』において初めて、「VRAM128K以上」という動作条件を設けると同時に、画面位置の補正(SET ADJUST)機能の応用によるMSX2での全方向スムーズスクロールを実現している。 そして、MSX2版『魂斗羅』での画面切り換え方式は残念ながらあまり良くない。少し進むたびにブチブチと仕切り直しになってしまうためテンポが悪い。魂斗羅らしいズンズンと進んでいく感覚が失われ、1画面1画面「解いていく」ような感じになってしまっている。しかも縦スクロールで次の画面に入った途端、最初から配置されている敵になすすべもなく激突してしまったりと、ゲーム的にも問題があった。 同時に、魂斗羅の魅力のひとつである2人同時プレイがなくなってしまった点も痛い。またそれに伴ってか、MSX2版『魂斗羅』のパッケージや説明書を見ても、主人公は「魂斗羅」である、という記述はあるが、「ビル」と「ランス」の2人に関する記述はどこにもない。ゲーム中にも、デモはおろか一枚絵の演出すら一切なく、全体に味気ない印象を受ける。 安易なオリジナル要素 MSX2版『魂斗羅』には独自の要素がいくつも追加されているが、そのほとんどがこの作品限りのものだ。システム面で最も大きな変更点は、シリーズ初のライフ制の採用である。ライフゲージは16メモリあり、初期状態で敵に当たると6メモリ、弾に当たると4メモリ減り、なくなるとプレイヤーの残り数が1人減る。シリーズ中、最も頑丈な魂斗羅と言えよう。また、シリーズで初めて、ボタンを押す長さでジャンプの高さを細かく調節することもできる。 シリーズの伝統とも言える一発死や高度固定ジャンプの廃止はともかく、とにかくプレイヤーの動きが魂斗羅らしくないのがいただけない。3D画面で上を押しても高圧電流に触れない、つまりあの感電ポーズは拝めない。また1面の川に潜れないどころか、水中でも普通にジャンプできる。そして死に様も派手な後方回転ではなく、腹をおさえたまま後方にスライドする妙なポーズだ。何と言うか、わかってない。わかってないよ! アイテムのシステムも独特である。イーグルのアイテムを取るたびにプレイヤーの走る速さとジャンプ力が増し、敵の攻撃に対する耐久力も上がっていく。ゲーム中にプレイヤーそのものの性能が成長するのはMSX2版『魂斗羅』だけだ。 また武器アイテムを取るとマルチウインドウが現れ、そのリスト内から武器の選択ができるようになっている。武器はマシンガン、リアーガン、レーザーガン、ファイアガン、ノーマルガンの5種類で、このMSX2版『魂斗羅』のみに登場するリアーガンは、『グラディウス』シリーズのテイルガンのように、プレイヤーの正反対方向にも発砲する武器だ。 魂斗羅と言えばド派手な武器が魅力なのに、MSX2版『魂斗羅』の武器はどれも今ひとつ爽快感がない。最も有名な武器だったスプレッドガンがないのが物足りないし、代わりに追加されたリアーガンは、使い勝手はともかくどうにも見た目が間抜けな武器だ。しかも3Dエリアでは、他の武器を装備していても強制的にマシンガンに変わってしまう。結局このゲームでは、リアーガンかマシンガンといった通常弾系の武器で地味に狙い撃ちしていくのがメインとなる。 安易なオリジナルステージ MSX2版『魂斗羅』は、何と新たにオリジナルを加えた全19ステージもあり、一応これが最大の売りということになっている。最初の9エリアはアーケード版と同じ面構成。1つのエリアが非常に短いことを始め、マップの構成はファミコン版ではなく、あくまでアーケード版をベースにしている。敵のデザインやボスの出現場所等も、ファミコン版よりアーケード版に忠実だ。ただし格納庫のステージは丸々なくなっているし、1面からいきなり有名な爆裂橋がないなど、重要なフィーチャーがいくつもカットされてしまっており不満は多い。 そしてエリア10以降はMSX2版『魂斗羅』オリジナルステージ。ここが最も期待のかかるところなのだが、残念なことにはっきり言って手抜き以外の何物でもない。洞窟が3面、マグマ地帯が2面、エイリアンが1面に、3D画面と3Dボスが2面ずつという内訳なのだが、洞窟は滝のない滝ステージだし、マグマ地帯は洞窟にエネルギーゾーンの炎を加えただけ。10面も増えているとは言え、全く新鮮味がないうえに、同じような面の繰り返しで退屈だ。シリーズでは珍しい下や左にスクロールする面もあるが、単に無理矢理変化をつけようとしただけにしか見えない。3D画面とエイリアンも前半面のものとほとんど変わらず、特に3D画面がゲーム全体で4回もあるのはいくらなんでもうんざりする。あのステージはあくまで気分転換程度だったからこそ、多少単調でも面白かったのだ。 オリジナルステージでは、ボール型のホーミング兵器「破壊兵器ボーリンガー」など、新しい敵もほんの少し登場するが、どれもインパクトは薄い。しかもオリジナルステージのボスは最終面以外全てセンサーで、唯一オリジナルの最終ボスにも全く驚きはない。エンディングも1面BGM「密林の戦い」が流れて、真っ黒な画面に英文が表示されるだけの寂しいもの。シリーズで唯一、スタッフロールも表示されない。 ステージ数は無闇に多いが、敵の攻撃は大して激しくないし、何よりライフ制やパワーアップがあるため、難易度はシリーズ中でも易しい部類に入るだろう。また『コナミの新10倍カートリッジ』を併用することにより、ゲーム中いつでもどこでもSRAMセーブ・ロードができるようになっているので、これを使えば誰でもクリアすることはできる。 ハード性能の問題によるパワーダウンを補うために、このような数々のアレンジが施されたのだろうが、どれも成功しているとは言い難い。ライフ制やパワーアップの追加は、新しいゲーム性を生み出すと言うより、単に画面切り換え方式による理不尽なダメージや、貧弱な武器をフォローするための苦肉の策、という印象しかない。家庭用ということでプレイ時間を長くするのは良いが、オリジナルステージはただ数が多いばかりで、無理矢理プレイ時間を引き延ばしているだけにしか思えない。難易度の低さも相まって、プレイ中は緊張感に欠け、終始だらけた感じがつきまとう。この点でも、全体の面数は変えずに各面の密度を濃くする、というファミコン版のアプローチのほうが、明らかに成功していた。 制作者の魂(スピリッツ)が感じられない MSX2にもかかわらず、グラフィックも水準以下だ。ファミコン版よりはるかに劣っている。背景の描き込みはいいかげんで、まるで書き割りのように一切動きがない。キャラクターの動きもぎこちない、と言うよりキャラクター自体がほとんどアニメーションせず、地面や空中を滑るように移動する。 このゲームで唯一評価できるのは、コナミ独自のウエーブ音源LSI「SCC」を使用したサウンドくらいだろう。SCCは5つの出力ポートを持ち、MSXのPSG音源3音と同時に使用することで、アーケードゲームに匹敵する全8音ポリフォニック音響を実現する。1987年のMSX版『グラディウス2』で初めて使用されて以来、ほとんどのコナミMSXゲームで使用され、好評を得ていた。MSX2版『魂斗羅』のBGMも、特に新曲の追加等はないが、PSG音源のファミコン版よりも重厚な音色を堪能させてくれる。「チュインチュイン、ドバシャアッ」というヒット音、爆発音にも爽快感があった。 皮肉なことにMSX2版『魂斗羅』は、ゲーム以外の部分はやたらに気合いが入っていた。ほぼ全ての敵プロフィールをイラスト付きで紹介し、武器の詳細なスペックまで掲載されている、凝った説明書。「破壊はバラより美しい。」「戦争につけるクスリはない。」など、俺の戦闘魂をいやがうえにも駆り立てる秀逸な宣伝文句。だがそれらも肝心のゲームの出来が悪いために、空しく感じられるだけだ。 ハード性能の問題は仕方がない。だがそれを差し引いても、MSX2版『魂斗羅』にはそれを別の魅力的な何かで補おうという創意工夫があまりにも足りない。例えば、MSX2版『悪魔城ドラキュラ』も画面切り換え方式だったが、マップ内を行き来しながら謎を解くという独自の要素を加え、新しいゲーム性を生み出していた。『グラディウス2』は、MSX2以上にハード性能が貧弱なMSXにもかかわらず、既成概念にとらわれないステージやパワーアップ、ストーリーデモ等の追加により、名作シリーズの中においても、今なお独自の地位を築いている。あの『メタルギア』に至っては、スクロールできない、一度に大量の敵を表示できないという、MSX2のハードの制約を逆手にとったアイデア「敵と戦うのではなく、敵から身を隠して進む」から生まれた傑作だ。 ハード性能の低さを感じさせない斬新なアイデア、高い技術力、絶妙のゲームバランス、そして絶対にユーザーを楽しませようというサービス精神。それらが当時のコナミをMSXゲーム界の王者にしていた。だがMSX2版『魂斗羅』にはそれがない。水準以下のベタ移植に、安易な新システムと新ステージがあるだけだ。 客観的に見れば、決して遊べないゲームではないかもしれない。操作性は悪くないし、理不尽なところはあるがゲームバランスも滅茶苦茶というわけではない。SCCサウンドも聴きごたえがある。だが栄光の魂斗羅シリーズとしては、あまりにも制作者の魂(スピリッツ)が感じられない出来だった。そしてMSXならともかくMSX2ならば、いや何よりも当時のコナミならば、もっと素晴らしいゲームに出来たはずなのだ。それが残念でならない。 ユーザーの期待が高かったぶんMSX2版『魂斗羅』は、発売当初からその評判はかなり悪く、名作揃いと言われるコナミMSX作品の中でも、最も評価の低い作品のひとつになってしまっている。 |
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