韓国編

Chapter.4 Dinner 〜夕食〜

1999年10月23日(祝)

 明洞のメインストリートである忠武路に入ると一気に街並みが賑やかになる。
 通りを歩く人達の年齢層もぐっと下がって、一気に若者の街といった風に様相を変えてくるのだ。日本で言うなら、渋谷のセンター街か。いや、さすがにそこまではいってないな。ちょっと田舎の若者の街。そういう表現の方がしっくりくるかもしれない。逆に都会の人達には分かりにくい表現かもしれないが。
 ただ一つ大きくその表現と違うのは、通りの至る所に韓国料理店が並ぶところだ。もちろん、ケンタッキーやロッテリアといったファーストフードショップもあるのだが、それ以上に普通の料理店が多い。あ、そうか。田舎のアーケードという雰囲気なんだ。私の故郷である高松のアーケードに近い物があるのだ。より一層分かりづらい表現で申し訳ない。
 そうそう、ケンタッキーといえばソウル市内でやたらと見かけることができるのだ。日本だとマクドナルドがそうであるように、ソウルではケンタッキーが強いようである。さすがは肉の国。ハンバーグなどと中途半端に加工した物より、フライドチキンとそのまんまの物の方が好かれるのであろう。多分。
 それはともかく、さっそく通りを歩いて飲食店の物色を始めることとした。
 今回の目的はただ一つ、骨付きカルビである。
 事前にリサーチしていた話では、焼肉屋にはかなりのアタリハズレが存在するらしい。私は軽く本などでチェックは入れていたが、いざ通りを歩いてみるとその辺の知識は全て抜け落ちていた。つまり、ここで試されるのは「野生の勘」、それだけである。実に私らしい。嗚呼、博打人生万歳。
 通りの端まで歩いて、2、3軒にまで絞る。ここからが勝負だ。ここで私はホテルに隣接という形で建っていた店へ入ることを決めた。なぜそこに決めたかは当然、勘だ!  入店して、最初の洗礼は女性従業員の興味の眼差しであった。軽く店内を見回す。結構、客は入っている。しかし、日本人らしく姿は全く見えない。店内で飛び交う客の言葉も韓国語だ。ホテル隣接だから、観光客が多くいるだろうという目論見が実はあったのだが、脆くも崩れさる結果となった。とりあえず空いているテーブルへと座る。いかにも話好きといった風貌オバサンがメニューを持ってやってきた。
 メニューは一応日本人用らしく、日本語で書かれている。ただ、メニューといっても、大層な物ではなく、白い紙にコピーしたものだったが。
 載っている料理は非常に少なかった。テーブルにはちゃんと焼肉用の網もセットされているのに、メニューにあるのはカルビが2種類あるだけ。どうやら、ここはカルビ専門店であるようだ。まあいい、とりあえず今晩の目的は達成することができる。それにしてもメニューにはカルビとタン類(スープ)飲み物ぐらいなどしか掲載されていない。個人的にはキムチなども所望したいのである。しかし、メニューに載っていない物を頼むほどの語学力など当然ないのであるから、我慢することにしよう。
 飲み物といえば。韓国で一番ポピュラーな酒は焼酎だというのをどこかで読んだ記憶がある。郷に入らば郷に従え。韓国で一番ポピュラーだという「真露」という焼酎を頂くことにしよう。
 そういうわけだから、この骨付きカルビとカルビタンと焼酎をよろしくね。とメニューを使ったジェスチャーでオーダーする。いざとなれば言葉なんて必要ない。心が通じ合えば大丈夫なのだ。ハイ、そこ突っ込み入れない!
 さっそく焼酎が出てくる。380ml入った瓶で出てきた。ワンショットグラスがお供である。ということはストレートで飲めということか。まいった。私は焼酎をストレートで飲んだことがないのだ。大体サワーとかお湯割りとかでしか経験がない。瓶のラベルを見るとアルコール度は25度とある。うむ、日本の焼酎と大差はない。まあ、何とかなるであろう。ともかくは乾杯だ。

 グラスの焼酎を一気に飲み干す。熱い物が喉から胃へと一気に流れて行くのを感じる。確かにアルコールのきつさもあるが、想像以上にあっさりと飲めた。よく冷やされていたせいもあるかもしれない。どちらにしろ、たっぷり歩いた後のアルコールは効く。くはぁ〜といかにも親父臭い台詞を吐いてしまった。少々後悔する。
 ここで一気に色々な物が運ばれてきた。
 白菜のキムチ、大根のキムチ、酸味の効いた冷製スープ、オニオンサラダ、酸味の効いた白菜の浅漬け、ポテトサラダ、コンニャクの様な外見をした寒天のような物。
 テーブルがあっという間に埋まり、賑やかな食卓の出来上がりだ。
 どうやら韓国ではキムチなどはサービスで出てくる物らしい。その他の物がサービスなのか、カルビに付いてきた物なのかは全く持って謎なのではあるが。
 とにもかくにも韓国初のキムチを食す事とする。
 何ということだ!こんな味のキムチは今までに食したことがない!過去に食した韓国産のキムチという代物は一体何だったのであろうか。多分、しょせんは日本人向けに作られた物なのであろう。それほど本場のキムチの味は衝撃的であった。
 まず最初の一口目から味が違う。真っ先に飛び込んでくるのはあまりにも強烈なニンニク臭なのである。もともとキムチには欠かせないニンニクではあるが、ここまで前面的に味を主張しているのはお目にかかったことがない。次に来るのが強烈な唐辛子による辛みだ。さすが本場である。遠慮というものを知らないのかお前は!と文句の一つも言いたくなるような辛さだ。しかし、その直後に白菜の旨味が飛び込んでくる。これによって一気に辛みが緩和され、食べ終わる頃にはほとんど辛みが口に残らないのだ。あれほど辛いのに、唇がヒリヒリするようなこともなかった。まさしく、豪快にして繊細な味といえるであろう。一方、大根のキムチ、通称カクテキは白菜のほど辛みは強くない、大根の甘みが強い印象を受けた。しかし、白菜の時よりも長く辛みが口に残るんだからこれまた不思議だ。
 キムチは基本的にその店々で独自に漬けられるため、店によって全て味が違う。つまり今私が食べたこのキムチはここでしか味わうことができないのだ。キムチ道は想像以上に深く険しい物であるのだ。まあ、私はおいしい物が食べられれば満足であるので、あまり深入りはしないが。
 ここでいよいよカルビの登場だ。
 従業員のオバサンが慣れた手つきで肉をはさみで切って行く。そして網の上へとおいていく。ジューという心地好い音と共に、何とも言えないいい香りが漂い始めた。ふと回りを見るとその辺のことは全部お客さん自身でやっている。日本人である私は何も分からないと思って、やってくれているのであろう。行為は素直に受け取っておくとする。何かいい気分だし。
 焼きあがったカルビを一緒に出てきたサンチュにコチュジャン、ニンニクと共に包み、一気に口へと放り込む。
「う、旨すぎる…………」
 カルビ肉など日本で嫌というほど食べてきたが、あまりの旨さに思わず唸ってしまった。旨い旨いと話には聞いていたが、これほどのものとは想像もできなかった。ハッキリ言って日本のカルビとは全然味が違うのだ。もちろん漬け込んでいるタレなどのせいもあるだろう。しかし、日本のものほど油っぽくなく、しつこくないのだ。そのくせ甘みはたっぷりとある。コチュジャンの辛さと実にマッチしていて、これならいくらでも食べられそうだ。
 次にカルビタンの登場だ。カルビがこれでもかとばかりに入ったスープは、予想以上にあっさりしている。一緒にご飯が出てきたのだが、ついつい焼肉とご飯を一緒に食べてしまう。これはスープに入れる物だとオバサンに突っ込まれる。何となく分かってはいたのだが、悲しきかな今までの習性。そう簡単にはハイ、そうですかとはいかないのである。結果、ご飯のほとんどは焼肉と共に頂いた。
 肉、スープ、キムチ、焼酎と実にいいペースで食が進む。メニューとして頼んだ肉、スープ、焼酎以外はいくらでも追加がやってくる。皿が空の状態であるこは全くなかった。もう、わんこそば状態である。

 そのくせ、気がつけば500gあった肉は完全になくなり、焼酎を2本空けていた。久しぶりに味わうほろ酔い気分でテンションも上がる。色々と世話を焼いてくれたオバサンに礼をいい、お会計を済ます。ちなみに2人旅だったのだが、48000ウォンであった。つまり、一人辺り2400円ということになる。焼肉屋で腹一杯食って、酒飲んでこの値段ははっきり言って安い。ますます気分はご機嫌な私はしばらく明洞の通りをぶらつき、ホテルへと戻ったのは午後8時前であった。
 部屋につき、ベッドに転がる。ものすごい気分がいい。嗚呼、韓国万歳。この台詞を私は旅行中に何回言うのであろうか。
 その時、枕許の電話が鳴った。
「はいはい」
 と、思いっきり日本語で返事をする私。韓国語で話すなどという考えはどこにもなかった。
「フロントですが」
 思いっきり片言の日本語が返ってくる。
「なんでしょう」
「何かいるものはありませんか?」
「いえ、別にないですけど」
「女の子はいらないですか?」
「は?」

「女の子です」  何とこのホテルでは売春を斡旋してるのか!
 そういえば、韓国はそういうのがメチャメチャあるという話は聞いたことがある。しかし、私はそういうものに興味はない。いやその、興味はあるがお金を払ってどうこうという風俗のようなものに興味がないのだ。
「いえ、結構です」
「ええっ!?いらないですか?」
「は、はい。いりません」
「そ、そうですか。スイマセン」
 ここで電話が切れる。
 それにしてもあの驚きようは一体何なのだ。このホテルに泊る男性観光客はこぞって頼んでいたのだろうか。そんなことでいいのか日本男児よ!などと考えている内に眠ってしまった。ともかく、初日は最高に満足したのであった。この後にやってくる悪夢も知らずに、私はしばしの安らいだ時間を送るのであった。

Chapter.3 ヘ

Chapter.5 ヘ