韓国編

Chapter.3 Walking 〜散歩〜

1999年10月23日(祝)

 ホテルの部屋は割と普通。
 金をけちっているので、少々ランクの低いホテルなのだが、ベッドは二つありシーツも清潔だし、テレビに冷蔵庫、冷暖房もきちんと完備している。ただ、シャワーを引っ掛ける部分が破損しているのが気になるといえば気になるところだ。
 とりあえず、これからの行動を検討することとした。
 しかしその前に空港で両替したお金をチェック。
 お金とパスポートは海外旅行の必須品。これが無くなったら洒落にならないので、きちんと確認し管理をすることが重要である。
 ちなみに当日のレートは1円が10.6ウォンといったところ。少々円高が進んでいるようでだ。空港では5万円を両替したので、手元には約53万ウォンがある。韓国のお金の種類は日本と全く一緒。小銭は1、5、10、50、100、500の6種類。お札が1000、5000、10000の3種類。ここまで日本と一緒だと、ものの見事に錯覚してしまう。つまり53万ウォンがまるで53万円かのように感じられてしまうわけだ。とりあえずお約束ということで、札束で頬を叩いてみる。無意識の内に恍惚となる表情。バカだな。
 取り合えずそのうちに20万ウォンをジーンズのポケットに入れ、残りとパスポートはジャケットの内ポケットへと入れる。少々不用心な感じもするが、日本人が集まる観光地に行くわけでもなし、何とかなるだろう。
 さて、初日の夕食はやはり何といってもカルビを所望したいところである。当然骨付きを。しかし、今の時間は午後4時。夕食をとるには少々時間が早い。
 ならば、この辺りを散策がてら散歩することとしよう。このホテルからは、さほどの時間をかけずに南大門市場、ソウル駅、五大古宮の一つである徳寿宮といったところへ行くことができる。今回の目的地をとりあえずこの3ヵ所と決めてホテルを出た。
 外は風が多少あったが、肌寒いほどではなかった。韓国の寒さは洒落にならないという情報を仕入れていたので、あらかじめ温かめの服装をしていたのが効いているのかもしれない。ホテルの目の前はちょうど頭上を高架道路が走っており、日本で例えるならちょうど池袋のサンシャインシティ辺りといった感じだ。
 すぐそばの交差点には地下街への入口が見える。
 ソウル市内の道は基本的にどこも広い。その為横断歩道という物がほとんど存在しない。そのかわり地下街が多くあり、道を渡る際にはほぼ必ずといっていいほど地下街を利用することになるのだ。面倒だからといって、無理に道路を横断すると車が容赦無しに襲ってくるので注意されたい。特に韓国のドライバーの運転は前にも書いた通りかなり荒い。日本の様にやたらと歩行者に優しい国はそうそうないということを肝に銘じておくべきだ。
 地下街には結構な数の店が軒を連ねているが、ほとんどの店が閉店している。それもその筈、今日は日曜日である。日曜日は地上の店はともかく、地下の店はほとんど休みなのだ。シャッターの隙間から覗くショーケースを見ながら歩く。人通りもそんなに多くない。足音だけがやけに響く感じがするその静かな地下街にも韓国の香りは確実に漂っていた。
 一つ目の地下街を抜けて地上へと戻ってくると、通りには色々な店が並んでいる。薬屋、本屋、ファーストフード、CDショップ、ゲームセンター……そこだけ眺めていると日本とそう大差はない。ただ、言葉がハングル文字であることだけ除けば。
 道路の道幅は広く、夕方ということもあってか交通量はかなり多い。走っている車を見ていて感じたのは、日本車がほとんど走ってないということだ。過去に行った外国では大体どこでも、量こそ違えど日本車が走っていた。しかし、ここソウルでは全くといっていいほど見かけないのだ。韓国車の情報など聞いたこともなかったが、意外と愛国心が強いのかもしれない。って、いきなりそこまで話が飛ぶのもおかしな話だな。
 歩道は日本に比べ若干広いといった程度。その若干広いスペースに屋台が出ているのでさほど広くも感じない。
 屋台にも様々な種類がある。一番多いのはやはり食べ物を扱っている物だ。その食べ物を扱っている屋台にも何種類かあって、椅子が並べられている日本の屋台に近いタイプ、お菓子や雑誌などをメインで扱っているキオスクのようなタイプ、フランクフルトやスティックタイプのお好み焼きなど色々な焼き物を置いているファーストフードタイプ、店舗のような物を構えず路上で焼いた栗などを販売するタイプと様々だ。もちろん、食べ物以外の物を売っている屋台もある。中にはキティのビニール座椅子なんかを売っているところもあった。さすがに売れてはいなかったが。ともかく、どこにでも屋台が出ている。そして、普通に皆それを利用している。だから、歩きながら何かを食べている人がやたらと多い。こちらではこれが当たり前なのであろうが、少々違和感を感じてしまった。
 しばらく通りを歩くと右手に中央郵便局があった。当然休みであったので、明日は中を覗いてみることにしよう。
 ともかくまずは南大門のある交差点へと向かうことにした。地図で見ると交差点の丁度真ん中にあるようだ。パリの凱旋門のような感じであろうか。
 南大門へと向かう南大門路はちょうど南大門市場と平行に走っていることもあってか、特に店が多いように感じられる。しかし、中でも多いのがメガネ屋だ。これは地下街を歩いていた時から感じていたのだが、やたらとメガネ屋があるのだ。そういえば、本では韓国のメガネは安く、しかも出来上がるまでが早いらしい。メガネ屋のショーウィンドウに書かれている日本語を信じるならば、目の検査から出来上がりまで1時間もかからないとのことである。日本で購入となると、場合によれば2、3日かかることもあるから、これはかなりの速さだ。私のかけているメガネも少々古くなったので買い替えようかと思ったが、今回は見送ることとした。得にこれといった理由はなかったのだが、今思えば余計な出費は抑えたいという気持ちが密かに働いていたのかもしれない。日本に居る時もそういう心掛けが出来ればもっと貯金も残っていただろうに……
 中央郵便局から歩いて15分ほどで南大門のある交差点へとついた。私の想像通りにちょうど交差点のド真ん中に建っている。ただ、凱旋門と大きく違うのは、回りを走っている道路の広さがやたら広く――確か片道6、7車線はあったはず――おまけに門の大きさも凱旋門に比べれば全然小さいためあまり大きさを実感出来ないのだ。ぜひ近づいてその大きさに触れたいと思うのだが、どう行けば近づけるのか、それ以前に近づくことが可能なのかも分からない。しばらく辺りを見回し、写真を撮った後、仕方なく来た道とほぼ鋭角的に戻るように走っている道であるを通り徳寿宮へと向かうこととした。

 この通りは店もほとんどなく、ビルが多く立ち並んでいる。さすがに屋台の姿すら見えない。日本で言えば丸の内といった感じか。人通りも少ないが、道路を走る車のおかげで寂しさや静けさなどという物は一切感じられない。

 やがて左手にビル群とは明らかに趣の違う門が視界に入ってきた。「大漢門」と大きく書かれた巨大な門の前には、観光客らしき人も多く見える。といっても韓国人がほとんどであったから、色々な地方の人達であろう。それだけここが観光名所になっているということであろうか。

 しかし、残念ながら既にここの拝観時間は過ぎてしまっているため、中に入ることはできない。まあいい。今回は観光が目的ではないのだ。妙にミスマッチな風景を見ることが出来ただけでも収穫としておこう。
 今度は福寿宮の壁に沿って、少々遠回りとなるがソウル駅へと向かうことにした。  さすがに観光名所というだけあって、屋台の数も増えてきた。といってもきちんと店があるのは皆無で、ほとんどが路上販売の類である。門からしばらく歩くと通りを歩く人達に変化が現れ始めた。ほとんどが若いカップルなのである。
 明洞の辺りにもカップルは多かったが、なぜかこの通りを歩く2人組は全てカップルだ。どういうわけだ。もしかしてここはカップル通りだったのか。カップル以外通行禁止だったのかもしれない。そういえば、通りを入るところに何か書いてあったような気がする。まずい、もしかしたら逮捕されてしまうかもしれない。ああ、どうしよう……なんてことは全くなく、やがて教会が見えてきた。この頃には空も赤くなり始めていた。

 あっちでもない、こっちでもないと何度か地図とにらめっこをくり返し、やがてソウル駅に到着した頃には辺りも暗くなっていた。ソウル駅の趣は煉瓦作りなども含めて、どことなく東京駅に似ていた。

 さすがに人通りも多く混雑している。個人的には列車なども見てみたかったが、そろそろ小腹が空き始めていたので早々にその場を退散することとした。しつこいがあくまで今回の目的は食事なのである。
 再び明洞へと戻るのだが、その前に南大門市場を通っていくこととした。
 市場は活気にあふれている。通りの端と中央に店が立ち並び、人の多さとの相乗効果でものすごい混雑ぶりだ。ここにきて一気に私は観光客扱いを受けることとなった。
 やはり観光客というのはすぐに分かるらしい。ものすごい客引き攻撃を受けることとなったのだ。
「お兄さ〜ん、おいしいから食べていきなよ〜」
「鞄安いよぉ。お兄さんいらな〜い?」
 などと、妙なイントネーションの日本語攻撃が次々とやってくる。おまけに肩や腕などもガンガン掴んでくる。ものすごい商売根性だ。私はいくつか興味をひかれた食べ物があったのだが、ここで立ち止まったら何をされるか分からないという恐怖感と、私は焼肉を食べなければいけないのだという変な義務感とに後押しをされて、一気に市場を通り抜けた。

 それにしてもものすごい攻撃であった。何回声をかけられ、何回腕を掴まれたか分からない。ただ、この南大門市場は圧倒的に服や鞄を扱っている店が多かったので、あまり見所が無かったと思う。値段などもほとんど見ていないので安かったのかどうかも覚えていない。詳細は自分の目で確認して欲しい。私の書く旅行記なんてこんなものだ。
 約2時間近く歩いた私のお腹はかなり空腹状態へと陥っていた。さあ、待ちに待った食事の時間である。目の前には明洞の明るい光が近づいてきていた。

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