ACT.99 スキー −後編− (2001.02.26)

 鏡を見ずに日焼け止めクリームを塗ったため、真っ白になった顔のまま、朝乗ったロープウェイに再び乗る。お昼過ぎということもあり、結構な人が乗っている。朝の情況が今思えば嘘のようだ。
 湯沢高原スキー場に着いた私たちはその足で、GALA湯沢スキー場につながる別のロープウェイ乗り場へと向かう。GALA湯沢スキー場までは深い渓谷を一つ越えるだけなので、ものの数分で到着する。ただ、乗車定員が少ないので、混雑したロープウェイ内はさながら朝の通勤電車状態だ。
 GALA湯沢スキー場は駅直結という交通の便の良さが受けて大人気のゲレンデだ。ここも湯沢高原と同様に山の山頂付近に広がっているが、その広さは湯沢高原の比ではない。中央、北、南と大きく3つのエリアに分かれたコースは各エリアごとに、中央は初級、中級向け、北は中級向け、南は中級、上級向けとメリハリがついており、オールユーザーが楽しめる内容となっている。
 湯沢高原スキー場からのロープウェイでたどり着くのは南エリアだ。そこから、リフトに乗り、連絡経路をたどって、中央エリアへと滑り込む。
 さすが人気のゲレンデ。人の数は湯沢高原の比じゃない。決して広くないコースを人の間をすり抜けるようにして滑り降りていく。無事滑り終えても、今度はリフトを待つ人の波にぶつかる。でも不思議なもので、そういう人ごみを見て、改めてスキー場に来たんだなぁと再確認する自分もいるのだ。
 しかしこれだけ人が多い、スキーの腕前にも大きな幅が出てくる。当然、これはスノボも含めての話であるが、湯沢高原スキー場ではいわゆるバリバリの初心者はほとんど見かけなかった。ところがGALA湯沢では圧倒的に初心者の数が多い。特にスノボの初心者。少々話が外れるが、私がスノボを好きになれない大きな理由がこの初心者の存在である。スキーの初心者も迷惑な存在である。しかしスノボの初心者はその遥か上を行っていると思う。というのは、スキーの初心者の一番の迷惑行為は、突然転ぶ事、曲がれず突っ込んでくる事の2点に尽きると思う。前者の場合は、よく観察をしていれば転びそうな動作を見せるので予知は可能である。後者は向こうから突っ込んでくるわけだからどうしようもないが、こっちが妙なところで止まってさえいなければその危険は回避可能だ。
 一方スノボの初心者の迷惑行為は何であろう。スキーであげたことはもちろん当てはまる。それに加えて、突然しゃがみこみ、そこに居座ることがあげられるであろう。これこそ、私が一番嫌悪するものだ。これは傾斜では立ったまま止まることが難しいというスノボの特性が生み出したものであるが、中級者以上の人間になると変なところで止まったりしないので、あまり邪魔という印象を受けることはない。ところが、初心者はそんなことをお構いなしに、至るところでしゃがみこむ。その時はたいてい友人が近くにいたりするから、そこには数人の人間がしゃがみこんでいることになる。これが非常に邪魔なのである。これと同様の現象がリフトの降り場でも見受けられる。スノボは片足をボードから外さないとリフトに乗ることは出来ない。となると、降りた後にはその外した片足をボードに装着し直すということになる。これも中上級者になると、滑りながらなどスムーズに装着できるので邪魔になるということはない。ところが初心者はしゃがみこまないと装着することが出来ないのだ。となると必然的にリフト降り場にはボードに片足を装着しようとする初心者で溢れることになる。これがまた邪魔なのである。あー、邪魔邪魔邪魔!

 えー、取り乱してしまいました。スイマセン。
 ともかく、人で溢れていながらも、面白いコースが多いGALA湯沢はそれになりに楽しめた。そりゃ、これだけ混雑するのも分かるってものだ。
 夕方になり、湯沢高原スキー場に戻るロープウェイの最終時間が近づいてきた。滑りやすかった中央エリアを離れ、上・中級コースの南エリアに向かう。斜面はそこそこ急だが、幅があるので中級者コースは割と滑りやすい。ただ時間が時間なので、こぶが目立ち始めていた。私は慎重に、かつ自分なりに大胆に滑り終え、短いGALA湯沢でのスキーを楽しんだのである。
 さて、再び湯沢高原スキー場まで戻ってきた私達は残された時間を満喫しようと、再び山頂を目指した。しかし、既に太陽が山の陰に隠れてしまった今では、残り時間もほとんど残っていなかった。そこで、仕方なく山頂コースをあきらめ、下山コースに直行することにした。というのも、下山コースが真っ先に滑降終了となってしまうからである。
 今日1日の感覚を確かめながら、そして最後の余韻を味わうかのようにゆっくりと、そして急斜面を恐れながらゆっくりと下山コースを滑っていく。
 コース幅は一気に狭くなり、ちょっとした緊張感に包まれる。
 さすが最後というだけあって、このコースを滑る人の数が一気に増えてくる。中にはこのコースが中・上級者向けであることを知らずに降りてきた初級スキーヤーもいるようだ。そんな姿を微笑ましく見ながら滑っていたとき、突然私に悲劇が襲ってきた。
 それは本当に一瞬の出来事だった。
 ちょうど谷側に向かって斜めに滑っていた私と谷のわずかな隙間を別のスキーヤーが一気に突っ込んできた。接触を恐れた私は大きくバランスを崩す。そして転倒する瞬間、私の目に飛び込んできたのは、谷への落下を防ぐために張られた、細く頼りない赤い1本のロープだった。

 私は後頭部からバックドロップを受けたような格好で谷へと落下する。そして深い雪の中にそのままの格好で埋没した。
 一瞬何が起こったのか分からず、雪に頭を突っ込んだ状態でボーっとしていた私は上から聞こえてくる「大丈夫か」の声で我に帰った。
 私は慌てて雪から頭を出し、上に向かって「大丈夫」と声をかけた。そして右腕に触れる何かの感触に顔を向けると、何を守っているのか深い雪で確認することは出来ないが、小さなトタン屋根が組まれており、そこから垂れ下がるツララが私の腕で何本か折れていた。もう少し早く落下していたらこの屋根に激突していたであろう。しかし、それに対する恐怖感のようなものは感じなかった。今思えば、あの時の私の心境は明らかに普段のときとは違ったものだっただろう。
 次に私は上を見上げ、落下距離がたいしたことないと確認する。実際には4メートルも落下していたのだが、少なくともあの時は大した高さではないと判断した。
 そしてこのとき私は初めて自分の体に異変がないかを確認したのである。
 首を曲げ、両手を動かし、腰、両足と順に動かしてみる。
 私は幸運なことに無傷であった。
 そして、このとき私の両手にはストックが握られていたが、両足にスキー板が存在していないことに気づく。レンタル商品を紛失したとなると大事だと考えた私は、上に向かってスキー板の存在をたずねた。これまた運良く、両方とも上に残されたままであるという。これで私に残された課題は1つだけになった。元のスキーコースに復帰することである。
 雪の上に座った格好になっていた私はゆっくりと立ち上がる。しかし、思うように足は動かず、ただ深い雪の中に沈んでいくだけだ。何とか立ち上がっても、腰まで雪で埋もれてしまっている。ともかく、姿勢は安定したのでゆっくりと下のほうを振り向いてみる。下山コースは大きく蛇行しながら下へと続いていたから、間違いなく下りつづければコースに出られるはずである。しかし、私の位置からコースは全く見えず、ただ急で深い深い谷が続くのみであった。もし、私の落下したときの格好が前転や側転状態であったなら、一気に下のほうまで転がってしまっていたことだろう。
 これで下へと降りていく選択肢はなくなった。いや、あのときの私は冷静にルートを詮索するようなことはしなかった。ただまっすぐに上を、落ちたときと同じコースを登らなければいけないと考えていた。やはり、気が動転していたのだろうか。
 そして谷からの脱出が始まった。私は必死に上を目指した。しかし、それは恐怖感などから来るものではなく、ただ単に恥ずかしいという思いからであった。本来ならそんなことを考えている余裕などないはずだ。今振り返ると、その思いを抱いた自分が恥ずかしい。
 私は必死に登ろうとした。しかし、雪の深さに思うように身動きが取れず、全く登れない。それどころか、少しでも気を抜くと更に深く沈んでしまいそうになる。私は軽く深呼吸をして、一旦足元の雪を踏み固めることにした。完全に固めることは無理だったが、こうすることで本当に少しではあったが、ようやく上に登ることが出来た。しかし、やはり思うように歩は進めず、少し登ったと思ったら、重心をかけていた方の足が沈んでしまい、結果的な高さは変わらないという状態がしばらく続いた。
 ここで、いつまでも私の両手に握られているストックが邪魔であろうと判断してくれた友人がストックを受け取ってくれた。それまで、私は必死になってストックを使って登ろうとしていた。よくよく考えれば邪魔以外の何物でもないのに。
 ちなみに、私がバランスを崩した原因となったスキーヤーも一応私の様子を気にしていた。しかし、手助けをするにしても、決してスキー板を脱ぐわけではなく、中途半端な手助けしかされなかったので、大丈夫だということを何度も伝えて帰っていただいた。それは恥ずかしいからとかではなく、ただ単に腹が立ったからである。
 やがて上に登ることが不可能だと気付いた私は進路を上ではなく、横に取ることにした。コースは下っているのだから、その方が近道なのはよくよく考えればわかることであろうに。しかしそれでも、簡単には進むことが出来ない。この一向に進まない足取りに、救助隊からの救援を真剣に考え始める。かといって、確実に増えている下山スキーヤーの視線はかなり痛い。私はその視線を振り払うように、足元の雪だけを見つめ、わずかでも前進できるよう集中した。
 そして30分後。遂に私は崖からの脱出に成功した。しかし、そのまま地面に倒れこんだ私はしばし放心状態に陥った。
 下半身を雪まみれにして、コースに倒れこむ男。どこから見てもコース外に落ちたの丸分かりである。
 ようやく我に返った私は身体についた雪を払い落とし、スキー板を履く。しかし、正直今の私に体力はほとんど残っていなかった。それほど深い雪からの脱出には体力を必要とするのだ。そして頭に焼きついた転落の恐怖。この2つが私の滑降フォームを変化させた。それは見事なボーゲンである。しかも一切曲がらない。スキーのエッジをしっかりと効かせてノロノロとした速度で滑り降りる。もう、見事な越し抜け状態だ。こうして普段の倍以上の時間をかけて滑り終えた私は旅館へと戻り、楽しみにしていたナイターに出かけることなく、旅館で時間をつぶしたのであった。
 翌日、昼までという短い時間だったが、私はスキーを楽しんだ。やはりスキーは楽しい。しかし、帰りは下山コースを使わずにロープウェイに乗ったのは言うまでもない。
 今回の体験でわかったことは、私はスキーが大好きであるが、崖に落ちるのは大嫌いであるということだ。
 そんなの体験しなくても分かってるよ!!あー怖かった。

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