ACT.91 まんが路 (2000.10.29)

 私はマンガが大好きだ。
 周りから、もういい大人なんだからなどとたしなめられても好きなものは好きなのだ。
 毎日のように発売されるマンガ雑誌を読むことがやめられないのだ。
 だからといって、マンガの単行本をたくさん持っているわけではない。
 何せ、雑誌の時点で読んでいるので、改めて単行本という形で読み返す必要がないのだ。
 しかしそんな私でも、まったくマンガの単行本を買わないというわけではない。
 私は作品の良し悪しよりも、作者に惚れ込むタイプなので、お目当ての作者の新刊などは内容を過去に読んでいようとなかろうと買ってしまう。ただ、そんなにお気に入りの作者がいないので、マンガの単行本を買うペースは3月に1冊ぐらいの程度だ。よって、本屋には毎日のように顔を出す私であるが、マンガの売り場にはほとんど足を踏み込むことはない。
 そんなある日。
 私のお気に入り作家の一人である「ゆうきまさみ」先生の最新刊が発売されたらしいので、久しぶりにマンガの単行本の売り場へと足を踏み入れた。
 ちなみに私はゆうき先生の書くキャラクターに心底惚れている。そもそもの出会いは知る人ぞ知る「鉄腕バーディ」という作品なのだが、だいぶ後に連載の始まった「究極超人あ〜る」というギャグマンガのキャラクターに圧倒された。これでもこの先生がよく分からないという方は「起動警察パトレイバー」を書いた人だといえば分かるだろうか。あ、それでもこの作品は結構マニア受けしていたところがあるから分かんないかも。でも、私の好きな作家の中ではかなりメジャーな部類に入る方だ。
 そんなゆうき先生の最新作は少年サンデーで連載されている「じゃじゃ馬グルーミンUP!」という作品である。いわゆる競馬ものなのであるが、私自身は競馬にまったく興味はない。しかし、この作品は普通の競馬ものとは違って、競走馬を育てる牧場が話の舞台だ。当然レースシーンなんかも出てくるが、それ以上に人と人、そして馬と人とのふれあいが実にほほえましく描かれている。競馬がよく分からない人でも、この作品は楽しめること間違いなしなので、興味ある方はぜひ読んで欲しい。
 とまあ、軽く宣伝などを挟みつつ、私は新刊コーナーに積み上げられていた「じゃじゃ馬〜」の最新刊を手にとった。そしてそれをレジへと持って行こうとしたとき、見たことのある絵柄が目に飛び込んできた。その絵を書く作者の大ファンであった私は棚の隅にこっそりと置かれていたその単行本を見つめると、ゆっくり手にとる。普通の単行本よりも大きい版型のそれに書かれた言葉に私は愕然とした。それは黄色い丸の上に黒字で書かれた「成人コミック」という言葉だった。
 先にその漫画家の名前を言っておこう。その漫画家の名前は「あろひろし」という。
 結構最近まで月刊少年ジャンプ(その後季刊の方に移ったが)で「ふたば君チャンジ」という作品を連載していた方だ。集英社の雑誌に多く連載をされていた方で、「優&魅衣」という作品で人気が出始めた漫画家だ。個人的には「雲海の旅人」という作品が好きなのだが、最初に発表されてからかなりの年月が経つにもかかわらず、完結していない。そういう意味では私の一番好きな作家、火浦功氏に通じるものがあるといってもいいだろう。(一番火浦氏に近い漫画家は江口寿司氏のような気もするが……)
 そんなあろ先生がいつの間に成人コミックに手を出していたのか。実はこういう経験はこれが初めてではない。最初に衝撃を受けたのは、ちょっとマイナーで申し訳ないが、その昔、ヤングジャンプで「ネコじゃないもん」というマンガを連載していた「矢野健太郎」先生が今回と同じように成年コミックを出されている。矢野先生は大ヒットという作品には恵まれなかったが、通好みのストーリーが面白く、私の好きな作家の一人であった。特に上記の「ネコじゃないもん」はまだ年齢的にも精神的にも子供だった私に、女性の複雑な心の一部を垣間見せてもらえた作品で、非常に印象が残っている。
 それにしてもなぜ、一流作家として連載をこなしていた漫画家が成年誌へと活動の場を移したのか?
 この逆は結構よくある話で、成年誌からメジャーになった作家は結構いる。今では昔から見れば信じられないようなお堅い作品を書いている作家も決して少なくない。しかし、これは決しておかしな話ではない。
 こういうことを言っては失礼かもしれないが、やはり普通の雑誌と成人向けの雑誌では格の違いというものが存在すると思う。やはり成人向けの雑誌は低俗であり下品であるというのが世間一般のイメージではないだろうか。しかし、このジャンルは決して衰えることはない。それだけ需要があるジャンルなのだ。減収が続いている出版業界の屋台骨を支えているジャンルの1つといっても過言ではないと思う。
 成人コミック誌は私が見ている限り、結構作者の入れ替わりが激しい。だからこそ出版社は新人の発掘に余念がない。そして、プロという現場でもまれた新人は、いわゆるメジャー市場へと向かっていく。無事メジャーで活躍できる立場になっても、成年誌での活動というのは意外にばれにくいので、経歴に傷がつくこともない。そんなことが昔は往々にしてあったものだ。その逆転現象が今起きているようなのだ。
 こういったことがなぜ起きてしまったのだろう?
 それはズバリ規制からの脱出である。
 若者の犯罪や、いじめなどの社会問題が大きくクローズアップされている世の中で、マンガというものは世間からいいイメージを受けていない。(これはゲームにも言える)
 だから、ほんのちょっとした暴力的な表現や性的表現への規制がかなりきついらしいのだ。やはり書きたいものが書けないということは非常に辛いことなのではないだろうか。
 上記のあろ先生は成年コミックのあとがきで『1話完結の読み切り作品を連載させてくれる場所が青年誌にしかない』と書かれていた。長編連載ばかりを掲載しようとする大手雑誌に対する一つの答えが青年誌へ活動の場を移した理由のようだ。だいたい、書きたいものを自由に発表できる場が限られていること自体おかしな話のような気もする。今のような状態が続くのであれば、有名な作家が次々と成人コミックへと活動の場を移すということは普通のことになってしまうかもしれない。まあ、それはそれで個人的にはうれしいんだけれども。(こんなオチですいません)

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