ACT.64 イヴのドンペリ (2000.01.06)

 何かと泡立たしかった、じゃなくて慌ただしかったった年末年始も一段落した。
 そこで去年のクリスマスのことを振り返ってみようと思う。
 なぜ今更書くのかとつっこまれると少々胸が痛いが、年末年始と本当に忙しかったのである。だいたい、ホームページのリニューアルに時間がかかりすぎてしまったのが一番の原因なのであるが、そんな言い訳をしたところでどうしようもないので、話を進めさせてもらう。

 というわけで話は去年のクリスマスイヴ頃に遡る。
 実は就職してから毎年クリスマスイヴには旨いものを食べようと決めている.これは恋人がいる時もいない時も変わらずしていることだ.特別な意味はないのだが、まあ覚えやすい日だというのが一番の理由だ。おととしはフランス料理を食べた。フォアグラは大変おいしかった。単なる自慢話だ、スマン。
 さて今年であるが、何を食べようかと考えた。しかし、今年は特にコレというのがなかったのだ。そこで今回私は酒に金をかけることにした。
 普段はビールしか飲まない私であるが、基本的にどんな酒でも好きだ。しかし、せっかくなら飲んだことのないような酒がいいであろう。
 色々と検討を重ねた結果、ちょうどクリスマスイヴであったこともあり、シャンパンにすることとした。実はシャンパンを私は飲んだことがなかったのである。
 炭酸入りワインともいえるシャンパンは、シャンパーニュと呼ぶのが本当だ。ただ、このワインはイギリスで育ったため「CHAMPAGNE」という綴りも「シャンペン」や「シャンパン」と発音されている。シャンパーニュが出来たのは全くの偶然からであり、それを製品として確立させた人こそ盲目の修業僧ドンペリニョンなのである。そう、ドンペリニョンの由来は人名なのである。飲んだことのない私でも、これぐらいのうんちくぐらいは言えるのだ。やはり自慢だな、スマン。
 という訳でモエ・エ・シャンドン社の特吟物であるドンペリニョンを飲もうということにしたのだ。ところが、一体いくらほどするのであろうか。全く値段の想像がつかない。そこで酒屋の知り合いに電話をして、ドンペリの普通のやつで構わないから安く売ってくれ、とお願いした。知り合いは半額で売ってくれるという。ありがたい話だ。しかし、今は商品がないので、適当に良さそうのを見繕うとのことだ。その辺は本職に任せた方がいいであろうということで、私は快く了解した。
 そして24日が来た。わざわざ包装紙とリボンでラッピングされた箱が届けられる。わざわざこんなことをしてもらうことはなかったのだが、これは安く売るためのカモフラージュでどうしても必要なことであったらしい。それならば、素直に受け取っておくこととする。ちなみに値段は22000円であった。半額でこの値段である。さすがはドンペリというところであろうか。年に一度の贅沢だと、言い聞かせ財布から金を支払った。これだけで去年のフランス料理代を越えてしまった。じっくりと味わわなければ。
 ともかく主賓は来たが、食べ物がない。買い出しに出ることとしよう。
 時計は8時を回っていた。いつも行くスーパーの閉店時刻も近い。私は車を飛ばし、何とか閉店5分前に店へと飛び込むことが出来た。まあ、飛び込むと言ってもゆっくりと歩いて入店したのではあるが。
 まず惣菜コーナーへと向かう。さすがにほとんど商品が残っていない。閉店前であるから仕方ないのだが、いつもに増して少ないような印象を受ける。クリスマスにこんなスーパーの惣菜なんか食べてちゃダメでしょう。って、私に言う権利はない。
 少ない商品の中で、目を引いたのが鳥の足だった。実際に手に取ってみるとそれは七面鳥のようである。クリスマスにしかお目にかかることのできない食材である。そういえば、七面鳥など久しく食べた記憶がない。クリスマスに七面鳥を食べるというありきたりの行動には少々抵抗があるが、まあそんな細かいことを気にしていても仕方ない。しかもこのスーパーの営業時間はほとんどないのだ、ゆっくりと考えている暇などない。それに半額だし。私は七面鳥の足をカゴへと放り込み、今度は鮮魚コーナーへと向かった。
 高知は何と言っても魚が旨い。下手な料理を食べるくらいなら、刺し身を食べた方が間違いないのだ。そういう訳で私もここの鮮魚コーナーには結構世話になっている。しかし、やはりここもほとんど商品が残っていない。そんな中ひときわ巨大なパックがその存在感をアピールしていた。巨大な海老の頭の赤い色がまぶしい。いや、別に本当にまぶしいわけではないのだが、その鮮やかな赤は淡い色の多い鮮魚コーナーでは特に目立って見えた。パックのシールにはロブスターとあった。ザリガニである。主にアメリカで食されることの多い食材だ。過去に私も食べたことのあるものだが、さすがに刺し身では食べたことがない。いつもなら絶対に購入しない値札に貼られた2500円という数字を気にせず私は買物カゴへと投げ入れた。何せ半額だし。
 他にめぼしいものを見つけられなかったので、会計を行うこととする。しかし、買い物カゴに入っているのは七面鳥とロブスターのみ。明らかにクリスマスイヴを一人で寂しく過ごしますよという風にレジ打ちの姉ちゃんに見られたに違いない。余計な世話だ。そういう姉ちゃんこそこんな日にバイトしてるってことは同じようなもんじゃないか、などと悪態をつくわけでもなく、とっとと支払を済ませ店を出た。
 その帰り、近所にケンタッキーがあることを思い出した私は寄ってみることとした。クリスマスにチキンだなんてありきたりだなどと思わないように。私はカーネルクリスピーが大好きなのだ。よくビールのあてに購入している。決してクリスマスだとかそういうには一切関係ないのだ。ないと言ったらないのだから深く追求はしないように。
 そのケンタッキーは割と行き付けのところなのであるが、私のほかに客がいたためしがないというほど暇な店である。おかげでドライブスルーを使うよりも早く買物が出来るというわけの分からない店であった。その店に車の列が出来上がっていた。なんということだ。クリスマスというだけでこんなにも客が増えるというのか。まあ、よい。こっちもそんなに急ぐものでもない。前には5、6台の車があるが、時間にすればそれほどでもないだろう。そこへケンタッキーの店員がメニューらしきものを持って現れた。ほうほう、待っている客の注文を聞いておいて、すぐ商品を渡せるようにしようというのだな。なかなかいい心掛けである。しばらくして私の番となった。窓を開けると、「ご予約はされていますでしょうか」と聞いてくる。そうか、予約を受けつけていたのだったな。しかし、私はあいにくそんなものはしていない。だから「いいえ」と答える。すると店員は「本日は大変混雑しておりまして、ご予約のお客様以外のオーダーは4、50分ほどお時間を頂戴することになるのですが」と言うのである。1時間も待たねばならぬとは一体どういう了見だ!私は言ってやったさ。
「じゃ、いいです」

 うちへと帰ってさっそく料理を始める。そんなに時間をかけたくもなかったので、簡単にパスタとリゾットにしてみた。
 テーブルの上に料理を並べる。パスタ、リゾット、七面鳥、ロブスター。名前だけ並べるとかなり豪華な印象を受けるが、実際はスーパーのパックそのまんまで並べているので、かなり安っぽい。その中で燦然と輝くのがドンペリニョン様。今まで使ったことのなかった口の狭いワイングラスを取出す。よく、ワインといえば口のデカイグラスと思っている方もいるようだが、シャンパーニュは泡が命ともいえる飲み物。口が狭い方が逃げにくいので長く楽しめるのだ。
 軽く深呼吸をしてから封を開ける。本来なら景気よくコルク栓を飛ばしたいところだが、あとには埃と後悔しか残らないので、ソムリエのように軽く抜く。
 シュポンという心地好い音と共に、ドンペリニョンの中に溶け込んでいた空気の弾ける音がかすかに聞こえる。
 ゆっくりとグラスにドンペリニョンを注ぐ。コココココとボトルの口から優しいリズムが響き、グラスには淡いゴールドの液体が満たされてゆく。グラスの3割ほど注いだところでそっとボトルを置き、グラスを手に取る。普通のワインなら軽くグラスを回すところだが、醗酵で生まれた大事な気泡を逃がさないようゆっくりとグラスを鼻へと近づける。 鼻腔に葡萄の甘い香りが広がる。
 日本人は基本的に辛口のさっぱりとしたワインを好む方が多いが、シャンパーニュは何と言っても甘口がおいしいと言われている。この香りからしてドンペリニョンもやや甘口と言った感じであろう。
 まず、軽く一口。
 舌を気泡が刺激する。口一杯に広がる葡萄の香りと甘み。
 ああ、まどろっこしい!要するにうまいのだ。私が単純だから、その銘柄に負けている可能性も多分にあるが、うまく感じたのだから仕方がない。
 久しぶりに食べた七面鳥は想像以上に旨かったし、ロブスターの刺し身も伊勢海老には到底及ばないながらも甘みがあって旨かった。旨い酒と旨い食べ物に囲まれて昨年のイヴは結構幸せな1日であった。
 ああ、やはり最後まで自慢であった、スマン。<確信犯

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