このように非常に面倒できつい人口データの打ち込み作業であるが、意外と楽しいこともある。というのは、こういう機会がないとなかなか町毎の人口など知ることもない。県全体での人口は知っていても、自分が住んでいる町の人口まで知っている人間は少ないのではないだろうか。しかし、私はその詳細な情報を持っているのである。これで色々と楽しまない手はないではないか。
　例えば、同じ町でも２丁目よりも１丁目の方が人口が多かったりすると、やはり同じ町内でもランク付けがされているのではないかという気がする。しかし、中には１丁目よりも３丁目の方が人口が多い場所もあったりする。で、そういう所の町長はそういうランクにこだわらないいい人なのかもしれないという気がしてくるから私の頭は不思議だ。
　四国も一応は南国である。という訳かは分からないが、どの町も一様に男性よりも女性の人口の方が多くなっている。だがしかし、中には男性の方が多い町なんかも存在するわけだ。こういうのを見ると、ああこの町の男は女に飢えているに違いない。何せ需要に供給がついていってないのだからなぁ、などと考えてしまう。
　逆に女性の数が男性のそれに比べ遥かに多いといううらやましい町も存在する。やはり、この地域の男はハーレムのように女をとっかえひっかえして楽しんでいるのだろうか、とはさすがに私も考えない。そんな夢のような町があれば、いつまでもこの対比の人口で収まるはずがないからだ。多分、アマゾネスな町なのであろう。男は奴隷のようにこき使われているに違いない。何と恐ろしい町だ。
　しかし、中でもとりわけ目を引くのは、人口が１人とか２人の町である。ちなみに松山市では祝谷西町という町の人口が１人である。男１人だけ。これは寂しい。あまりにも寂しい。一体そこには何があるのだろうか。町全体が大きな公園で、男はそこの住み込みの管理人であろうか。はたまたその公園を根城にしている自由人なのだろうか。もしかしたら、そこには公開処刑場があって、そこにはりつけにされている囚人なのかもしれない。いや、そうなればこの町全体が独房だったりするのかもしれない。なんかすごい町だ。
　松山市丸の内という町の人口は２人であった。男１人女１人である。やはりこの２人は夫婦なのであろう。丸の内という名前からしてオフィス街であろうから、こっちの方がどこかの管理人というイメージがする。いや待てよ、人口調査は人知れずこっそりとやっているのかもしれない。

　西岡安人は(株)大山商事の課長補佐である。今日は休日。家族には休日出勤といって家を出て来た。しきりに遊園地へ連れていけとせがんでいた息子の悲しげな表情を思い出すと少し胸が痛い。会社には先客がいた。直美である。直美はここで働くＯＬだ。この２人以外に今ここには誰もいない。そう、２人はここで密会をしているのであった。安人は最初遊びのつもりであった。ほんの出来心であったのだ。若くて可愛い直美に声をかけられ、つい火遊びをしてしまった。しかし、今では安人の方が抜けられなくなっていたのだ。こうして、何日かに一度の逢瀬を交わし、燃えて、そしてまた後悔をするのだ。
　直美の方も、そろそろこの関係を精算させなければいけないという気持ちがあった。親に無理矢理決められた見合いの席で、なんという偶然か、高校時代の憧れの先輩であった男と再会する。そして見合いの後も、何度かデートを重ね、学生時代の淡い想いが蘇って来ていた。しかし、今の直美は不倫という関係にある。そして、安人と逢ってしまうと燃えだす体を抑えることが出来なくなってしまう自分に、もう学生時代のように純粋に人を愛することができないという後ろ向きの気持ちがあるのだ。こうして、直美は２人の男の狭間を揺れているのであった。

　なんてタイミングに人口調査が行われたのかもしれないとか考えると人口調査員が少々うらやましくなってくるから不思議だ。

「警部！また逆探知は失敗です！」
「くそぉ〜、どこに居るかだけでも分かれば、まだ手はあるのだが……」
「刑事さん！私の、私のまゆみは…………」
「お母さん、落ち着いて下さい。警察のメンツにかけて、必ずお嬢さんを救い出して見せますから」
「警部！最新の人口一覧表が手に入りました！」
「なに！本当か！どれどれ…………おお！丸の内に前にはいなかった２人の人口が確認されている。よし、丸の内に急ぐんだ！」
「ハッ！」
　……そして、凶悪な誘拐事件は解決した。