ACT.52 快走!デコトラ伝説 (1999.10.22)

 近頃、めっきり日の落ちるのも早くなり、確実に季節は秋、そして冬へと巡っているなぁと感じるこの頃。
 先日も少々残業をして職場を出ると既に外は闇に包まれていた。冷たい風が薄いワイシャツを通り抜けて肌へと触れる。私は軽く身震いをして、そろそろ冬物を準備せねばなどと考えたが、それは今回の話に関係は全くない。
 いや、全く関係ないこともないな。今回の話はその家路へと向かう車中で見たことだ。
 時間は7時を回ったぐらいであっただろうか。私はいつも通るバイパスを自宅へと向かって車を走らせていた。赤信号で止まろうとブレーキを踏み込んだ時、ルームミラーに何かの光が反射した。車が完全に停車するのを確認して、私はルームミラーを覗いてみた。
 3、4台ほど後ろであろうか。後部車両のボンネットの上に、いくつかの電飾が点滅しているのが見えた。ああ、デコトラだな。私は気付いた。
 デコレーショントラック、通称デコトラ。その名の通り、トラックを電飾やイラストなどで装飾(デコレーション)したものだ。1970年代、映画「トラック野郎」で一躍火がつき、広く世間にも知られるようになった。もちろん今でも多くのトラック野郎が存在し、自分のトラックに色々な装飾を施し、道路を走っている。そういえば、「デコトラ伝説」なんてゲームも出ていた。前方を走っている車を罵声で退かせるという実に特殊なシステムが印象的なゲームであった。年末には続編も発売されるようであり、依然デコトラというものに強い人気があるということがうかがえる。
 信号は青に変わり、私はゆっくりと車をまた走らせる。
 時折覗くルームミラーには相変わらず派手な伝飾が瞬いている。フロントグラスに映る車のバックライトの赤い光と闘うかのように白い光が点滅を繰り返していた。やがてトラックは車線を変更し、徐々に私の車との距離を縮めて行く。何度目かの赤信号で再び停車した時は、その差も車1台分ほどとなっていた。
 その時に気付いたのだが、そのデコトラは普通車であった。といってもトラックはトラックである。ちゃんと荷台もある。ただ、普通デコトラと言えば大型牽引車というイメージがあるではないか。そのギャップに私は苦笑を漏らしてしまった。
 目線をルームミラーへと移すと何やら後続車の様子がおかしい。注意深く見てみると後続車の運転手は明らかに笑顔である。同乗している女性はやたらと指を差し、何かしら言っている。私の読唇術で解読してみたところどうやら「カワイイ」と言っているようである。それも連発。
 女性の指差す方角には先程のデコトラの姿。あの車体の大きさには妙に不釣り合いなデコレーションを指しているのかと思ったが、よくよく観察するとどうやら運転席の後部に取り付けられた巨大なボードを指差しているようである。その大きさ高さ約2メートル、幅約1.5メートル。確かに大きい。あんなにも笑顔を呼ぶような何かが描かれているのであろう。一体なんであろうか。
 だいたいデコトラに描かれている絵というものには芸能人が多い、と私は思っている。女性演歌歌手や女性アイドルの顔を実にリアルに描写しているものは皆さんも見たことはあるのではないだろうか。多分、その類であろう。では一体誰なのであろうか。期待は膨らむ。私はわざと車をゆっくりと発進させ、トラックに追い抜いてもらうことにした。
 トラックの姿が徐々に近づく。そして、トラックは私の車を追い抜き、あの謎のボードの裏に描かれたものを私の目前へと晒したのだ。
 そこには某柑橘系飲料のキャラクター、ってわざわざ伏せる必要もないな、「なっちゃん」である。今はオレンジ味とアップル味の2種類があるサントリーから出ている清涼飲料水である。あの「なっちゃん」の絵であった。と言っても田中麗奈ではない。それなら別に許せる。しかし、描かれているのは缶に描かれているイラストの方である。
 バックはオレンジ色。そこに眉毛を加えたスマイルマーク。右上には緑も鮮やかな葉っぱが1枚。約3平方メートルのなっちゃんであった。
 私は相手を土俵際まで追い詰めておきながら、そこでタイガードライバー'91を食らったような衝撃を受けてしまった。見事である。そして、ぽかーんと口を空けている私の車を横目にトラックは遥か前方へと走り去っていった。

 帰りに寄ったコンビニで私は無意識になっちゃんを購入していた。そして、350ml缶に笑顔でたたずむなっちゃんを見て。「やっぱしこれぐらいの大きさの方が可愛いよな」と呟くのであった。

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