ACT.51 市へのドライブ (1999.10.17)

 そこは国道32号線。私は仕事の関係で高松へと向かっていた。
 普段ならば高速を使っており、その日も高知インターから乗ったのだが、事故が発生だとかで20kmほど走ったところで無理矢理下ろされる形となった。幸い、予定の時刻までは余裕をもって出てきた。よほどのことがない限り遅れるようなことはないだろう。
 国道32号線は徳島県の池田市経由で高知市と高松市を結んでいる。高速が出来るまでは、この道を使って行くしか高知へ向かう近道はなく、それだけ道も混んでいた。しかし、いまでは当時のような混雑ぶりを見ることもない。しかし、多くの自然が残されている地域を通っているため、観光にはもってこいの道である。特に吉野川の景観は見事なものであり、久しぶりにこの道を使った私はドライブ気分であった。
 山道であるからカーブも多く、なかなか速度を上げることができない。また、先日の大雨のせいか崖崩れなども小規模ながら起きているようであり、道路工事もかなり多くされていた。そんなところは片側交互通行となるため、何度か車を止めては、窓の外に映る自然を眺めていた。そんな中、ふとルームミラーを見やるとフロントガラスにまで遮光シールを貼った黒いセダンの姿が見えた。そういえば、この車は高速を降りた直後から私の車の後ろを走っていた。この車も高速を使えなかったのであろうか。遮光シールのせいで運転手の顔を見ることもできない。どうも、私はこの遮光シールというものがどうも好きになれない。誰が運転しているかも分からない車というのに対して無気味な感じが受けるのだ。そう、映画「激突!」のトラックのようにだ。少々例えが古いか。目の前の作業員が白い旗を振る。私はゆっくりと車を発進させた。
 天気も悪くない。私はカーステレオのボリュームを少し上げた。流れてくる曲はモーニング娘。の新曲だ。そういや、メンバーが8人に増えたのはいいが、新メンバーの後藤は中一にしてあの風貌である。同じ娘。の矢口の方が断然中一っぽいではないか。最近の中学生は恐ろしいものである。そんなどうでもいいことを考えていたのだが、ふとルームミラーに映る車の姿が先程と変わっていないことに気づいた。
 車は時速50Kmほどで走っている。しかしルームミラーを見る感じではほとんど車間は空いてないようだ。あおられている。後ろの黒セダンは私の車をあおっているのだ。
 私の前には大型トラックが走っている。これ以上速度を上げることは不可能だ。ただでさえきついカーブの多い道だ。例え前にトラックがいなくてもこれ以上の速度で走ることは決して安全ではない。
 ピッタリとくっついて変なプレッシャーを与えられたまま、車は走って行く。私はこういう無茶な運転をするやつの心境が分からない。なぜ、ここまで車間を詰める必要があるというのだ。後ろからも前に多数の車が走っている姿は見えているはずなのに。私の精神状態もリラックスからは遠く離れたところに来てしまった。私はこういう理不尽なものにはすぐにキレてしまうのである。我ながら大人気ないことであるが、誰にでもこういう事はあるであろう。
 例えば、細い路地。猛スピードで走ってきたスポーツカーが自分の車を煽っている。やや道が広くなった辺りでそのスポーツカーは強引に追い抜きをかけて行く。ちなみにここは追い抜き禁止区間。つまりこのスポーツカーは道路交通法違反なのである。こういう馬鹿な車を見ると猛然と逆に煽ってみたくはならないであろうか。私はなる。
 例えば、夜道。途中から後続車が現れた。その後続車のライトはハイビーム状態。その光がルームミラーにモロに入って目潰し状態となる。ハザードランプなどをつけて注意を促すが一向に修正する気配はない。このままの運転では危ないので、やむなく路肩に寄り、後続車を先に行かせる。こういう無遠慮な車を見ると猛然とハイビームをぶつけてみたくはならないであろうか。私はなる。
 え?そんなの私だけであると。そんな運転する方が危ないだと。うるさい!私はこういう人間なのだ!!

 失礼、取り乱してしまった。そういう訳で、黒セダンは私の後ろをぴったりとつけていたのであった。こういううっとうしい車は先に行かせた方がいいのであるが、あまりの工事の多さなどで時間が割かれ、予定の時刻までの余裕がほとんど無くなっていた私には路肩に車を寄せる時間すら惜しいのである。
 しばらくはこの車の列も続きそうである。多少のイライラ感は残るが、グッと堪えて車を走らせることとした。決して速くはないが、確実に目的地へと車は向かう。後ろの車の車間も依然ない状態のままだ。ここまで車間を詰めて走るということは結構神経を使うものである。それをこんなにも長い時間続けているわけであるから、ある意味黒セダンの運転手の集中力は見事なものである。なんて誉めてやると思ったら大間違いだぞ、この野郎。車間は走っている速度メートル開けろって教習所で習っただろ。ルームミラーを見る私の眉間にはしわが入りっぱなしだ。
 やがて車は徳島県に入り、香川県へと入った。少々混んではいるが結構順調に流れてきた。しかし、時間の余裕はほとんどない。そこで私は改めて高速へと乗ることを決めた。国道32号線と高速は結構離れているのだが、香川県の善通寺市というあたりでかなり距離が近づく。どうせ、ここで高速を使っても後で会社から金が下りるのだ。時間に遅れる方がまずいし、依然私の車を煽り続ける黒セダンともおさらばできるし、まさに一石二鳥である。
 やっとこのイライラから介抱される喜びから、揚々とウィンカーをつけた私の目にとんでもないものが飛び込んできた。それは同じ方向のウィンカーが点滅する黒セダンの姿であった。野郎、とことんくっついてきやがるんだな。完全に私の闘争本能に火がついてしまった。もう、私の心には赤木軍馬が乗り移っている。何人たりとも俺の前は走らせねぇ!である。って、もう古いかこのマンガ。好きだったんだけどなぁ。
 ところが、高速に乗った途端、黒セダンの勢いはみるみる失せて行くのである。せっかくこっちはやる気になっているのにだ。一般道で40キロ制限の道を5、60キロで飛ばすくせに、100キロ制限の高速道路では100キロで走るのだ。何なのだそれは。だがしかし、やはりその黒セダンは違った。その速度で追い越し車線を走っている。道はガラガラであったが、その速度で追い越し車線を走るのはどうであろうか。私はいい加減、この車とつきあっている余裕もなくなって来たので徐々に速度を上げ、だんだんと小さくなる車体をルームミラーから眺めていた。その時に私は見た。その車体の後ろにはピッタリと車間を詰めて走るもう1台の車の姿があったことを。追い越し車線を走って来た後続の車が追いついたようであった。しかし、黒セダンは決して道を譲ることはなく走り続けるのであった。
 こういうマイペースで走るやつらに免許を与えてもいいのか、と激しい憤りを感じながらも何とか時間に間に合った私の顔は非常に恐いものだったと後に同僚は話している。
 仕事は楽しくやりましょう。って、そういう結びは間違っているだろう、俺。

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