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小夜には、お父さんとお母さんがいませんでした。初雪のほろほろと舞う寒い晩、孤児院の玄関の前に、捨てられていたのです。あの寒さの中、よく死ななかったものだと、町の人たちは不思議がりました。そして小夜が、ちっとも日焼けせず、雪のように真っ白な肌をしているのも、おかしなことでした。
・・・小夜ちゃんは雪の精だよ・・・
こんな噂がささやかれるようになったのは、一体いつのころからでしょうか・・・。
冬の、日暮れのころでした。西の空のはしっこには、まだ少し夕焼けが残っているものの、辺りは薄青い、闇に包まれていました。
(今年の初雪はおそいなあ。)
小夜は肩にかついだランドセルを、トンとゆすりあげながら思いました。
「もう、降ってもいいころなのに・・・。」
ふと、小夜は足を止めました。何だか、道の先の暗がりが、すこぅし明るいのです。
(何だろう?)
行ってみると、そこには、銀色のバレエシューズが片方、転がっているのでした。
(誰だろう、こんなもの落としたの。この町には、バレエ教室なんてないのに。)
小夜はどこかに置いておこうと思って、バレエシューズを拾い上げました。するとそのバレエシューズは、上等のサテンでできているらしく、すべすべとして、やわらかで、そして、何だかあったかいのでした。
(こんな上等なくつなのに。置いていってしまうの、もったいないな・・・。そうだ、わたしがはけるかもしれない。)
そう思うと小夜の胸は、少しドキドキしました。くつをぬいで、そっと足を入れてみると・・・何とバレエシューズは、小夜の足にぴったりなのでした。そのときふっと、辺りが明るくなったような気がして、小夜は顔をあげ・・・ハッと息を呑みました。目の前に、見たことのない建物があったからです。そしてそれは・・・バレエ教室でした。
(うそ・・・!さっきまで、なかったはずよ・・・!)
でも、それは確かに、バレエ教室なのでした。教室の後ろにある大きな窓からは、やわらかな白い光がこぼれ、中ではいく人もの少女たちが、白いスカートをひらひらさせて踊っています。小夜は思わず窓にかけより、そして何だか、少女たちがまぶしいような気がして、目をつぶりました。
「あなたは、新しい生徒さん?」
不意に、声がしました。ハッとして目を開けると、目の前に、スラリと背の高い、女の人が立っていました。
「いいえ・・・。」
「あら、おかしいわね。そのバレエシューズをはいているのに。そうだ、体験入学だけでもしてみない?」
女の人の、夜空のような黒い瞳に見つめられ、小夜は言葉につまりました。ちらりと、孤児院のことが、頭をよぎりました。もう帰らなくちゃ・・・でも・・・。
「じゃあ、あの、少しだけ。」
女の人は、にっこりとほほ笑みました。
「いらっしゃい。」
小夜が入ってきても、少女たちは、まるで見向きもしませんでした。小夜は、くるくるとおどる少女たちの両足に、自分と同じ、銀色のバレエシューズがあることに気がつきました。
(あのシューズ、ここの教室の子が落としたのかしら?)
「さあ、おどりを始めて。」
さっきの女の人―先生に言われて、小夜はハッと青ざめました。
「で、でも・・・わたし、バレエはやったことないんです。それに、服も持ってないし・・・。」
「あら、大丈夫よ。好きなように、おどってごらんなさい。」
小夜は仕方なく、くるりと回ってみました。するとどうでしょう。体がフワリと、軽くなったのです。くるり、くるり、と小夜は回りました。するとその度に、体が、心の底から軽くなってゆくように、感じるのでした。
くるりっ、ひらっ、ふわーっ。くるりっ、ひらっ、ふわーっ。
今なら、どこまでだって飛べる。小夜は、そう思いました。もう、体に重さがないみたいです。夢中でおどりながら小夜は、自分の服が、白いレオタードに。靴下が、もう片方のバレエシューズに、変わってゆくのを感じました。
不意に、窓が大きく、開け放たれました。
「さあ、みなさん、たくさん雪をふらせましょう!」
そんな先生の声が、どこか遠くで聞こえます。開け放たれた窓からは、白い光の筋がこぼれ、一本の道のようになって、空へと続いていました。
(ああ、ここは、雪の精のバレエ教室だったのだわ。)
光の道をたどっておどりながら、小夜は思いました。
(やっぱり、わたしは雪の精・・・。初雪をふらせる雪の精だったんだ・・・。)
ふと小夜は、誰かが自分の名前を呼んだような気がしました。
(そんなはずないわ・・・だってわたしは雪の精・・・もう人間じゃないもの・・・。)
ところが、「小夜―っ小夜―っ」と呼ぶその声は、だんだん大きく、はっきりとしてくるのです。
(そんなはずない・・・。だってわたしは雪の精・・・。)
不意に小夜は、空と地面が、くらんとひっくり返ったような気がしました。とたんに、ズンと体が重くなり、落ちてゆく・・・落ちてゆく・・・。
「小夜っ!」
小夜は、ハッと目を開けました。まるで、長い夢から覚めたような感じです。辺りは一面、真っ白な雪景色でした。これは確か・・・今年の初雪・・・。
「小夜っ!起きなさい。まったく、雪の中で寝る人があるかしら。もう少しで、死ぬところでしたよ。」
小夜は立ち上がりました。目の前には、孤児院の先生たちが、ランプを持って立っていました。
「さあ、帰りますよ。今日は一日、温かくしていなくてはいけませんからね。」
(もしもあのとき、正式に入学していたら、わたしは今も、雪の精だったのかしら。)
先生たちについて歩きながら、小夜は考えました。
(それともあれは夢で、わたしはやっぱり人間・・・?)
そこまで考えて、小夜はハッとしました。銀色のバレエシューズ!片方は、レオタードと同じようにすっかり消えていましたが、もう片方は、まだ足にはいたままなのです。
(もしかしたらわたし・・・半分人間で、半分雪の精なのかな。)
きっとそうだ、と小夜は思ったのでした。
あとがき
この「初雪」は、本当に苦労した作品です。いくら書いてもうまくいかなくて、何度も何度も書き直して・・・。だから、文章に少し、おかしいところがあるかもしれません。でもとにかく、完成してよかったです。
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