せい文庫 本文へジャンプ


迷子                          作:せい

 シトシトシト。雨がやわらかな音をたてながら、降っています。まいこはにぎやかな大通りを、うつむきかげんに歩いていました。
(ああ、どうしたらいいの!)
まいこは心の中で叫びました。明後日、まいこ達の小学校は遊園地に遠足に行くのですが、まいこは友達にジェットコースターに乗ろうとさそわれていたのです。本当は観覧車に乗りたかったまいこですが、その子達とはとても仲がよいので、ジェットコースターに乗る約束をしてしまったのでした。
(本当はジェットコースターに乗りたいんじゃないのに!でも、観覧車にだって、本当に乗りたいのかしら。ああ、もう分からない!)
 ふっとまいこは顔をあげました。とたんに、心臓がバクン!と飛び上がりました。見た事もないような通りに来てしまったのです。そこは、本当に狭い通りでした。両脇に立ち並ぶ店店も、古く、開いているのかいないのか、分からないような店ばかりでした。
(もう一度大通りにもどってみよう)
まいこはあせる気持ちの中で、考えました。けれど・・・。大通りはなくなっていました。かわりにあるのは、黄色い屋根の家ばかり。
(私、迷子になったんだわ)
その時、まいこの目に、一軒の店がとびこんできました。その店もやっぱり、通りにある、ほかの店と同じようにボロボロで、人気はありませんでしたが、そのドアには朽ちた木の看板が一つ、風にゆれていました。そこにはこんなことが書いてありました。
『迷子、お預かりしています』
 カランカラン。
くぐもった鈴の音に迎えられ、まいこは店に入りました。まいこはこれまで、こんなお店に来たことはありませんでした。かべというかべには大きな棚が並び、その棚の中には、手袋の片方や、薄汚れたキーホルダー、赤ちゃんのおしゃぶりなど、ありとあらゆる物がつめこまれています。お店の商品というより、倉庫の不用品みたいです。
「何かご用かね。」
どこからか、しわがれた声がしました。まいこがはっとして目をこらすと、店の奥のカウンターに、棚に埋もれるようにして、一人のおばあさんが座っていました。
「あ、あの私、迷子になってしまって・・・」
「おまえさん、何か悩み事がおありだね。」
おばあさんはまいこの話をさえぎって言いました。
「えっ・・・」
「おまえさんは、自分の気持ちとはぐれてしまったんだよ。確か昨日、迷子の気持ちがやってきたはずだ。ほら、そこの棚の中から、自分の気持ちをお探し。」
まいこには、おばあさんが言っていることの意味が半分も、分かりませんでした。けれども、そばにあった傘たてに傘をたてると、ゆっくりと、一つの棚のほうへ歩いてゆきました。
 その棚には、ハンカチや、ネクタイピンや、かみどめなど、細々した物が入っていました。どの品も、薄汚れてくたびれて、そしてどこか悲しげで・・・そう、長いこと、愛しい人に会っていない・・・誰かを待っているけれど、もうあきらめてしまったように見えました。どの棚の物も、そうでした。
「私、あの・・・自分の気持ちなんて見つかりません。」
まいこはおばあさんに言いました。けれどおばあさんは、ただ素っ気なく、
「探すんだよ。」
と言っただけでした。
 何度目かに棚を回っていたとき、ふと一つの瓶がまいこの目にとまりました。その瓶は、ハチミツ瓶ほどの大きさで、中では何か、オーロラのようなものが、外へでたがってでもいるように、激しく動き回っていました。
(これ・・・!)
気がつくとまいこはその瓶を、しっかりと胸にだきかかえていました。
「おばあさん、これです。私の気持ちです。」
「開けてみなさい。」
相変わらず無愛想に、おばあさんが言いました。まいこはギュッと瓶のふたを回しました・・・と、はじけるように、瓶の中のものが飛び出してきました。瓶の中身はまるで喜んでいるように、身をくねらせると、まいこのポカンと開いた口の中に、飛び込んできました。そのとたん、まいこは胸がスーッと軽くなったのを感じました。
 (そう、私は観覧車に乗りたいの)
こう思ってみても、もう苦しくはなりませんでした。
「用はすんだろ。とっとと帰んな。おまえさんの家はここをまっすぐ行って右に曲がったとこだよ。」
おばあさんにそう言われて、まいこは傘を持ちました。いつの間にか雨はやみ、雨雲の切れ目から薄青い空が顔をのぞかせていました。
「どうもありがとうございました。」
まいこはおばあさんに向かってお辞儀をすると、スキップをしながら店を出て行ったのでした。


              あとがき
 こんばんは。この童話の主人公、まいこの名前は、迷子の読み方から思いついたものです。「迷子」、そのまま読むと、「まいこ」にもなるでしょう?
 感想、よろしくお願いします。