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たそがれ時の物語                     作:せい

 辺りはもうすっかり、薄闇に包まれていました。林の木々には色はなく、ただかげのように、闇の中にうかびあがっていました。
 ネネは早足で、林の中を歩いていました。
・・・ああ、やっぱり夜はこわい。早く家へ帰りたいわ・・・
あら?誰かついてくるようです。けれど、足音もしなければ、息づかいも感じられません。もしかして・・・。おそろしい考えがフッとうかびました。
・・・もののけ?・・・
・・・そんなはずない!そんなはずない!もののけなんているわけない!・・・
ネネは必死にそう言い聞かせましたが、いつだったか学校の先生がしてくれた話が、容赦なく、沸々と心の奥からわき上がってきます。
・・・まだ暗くなり切らないたそがれの時。そんな時に、もののけは出るのよ・・・
・・・いやーっ!・・・
ネネは走り出していました。と、その時。
「大丈夫ですか?」
控えめな、優しい声。思わず立ち止まり、辺りを見回してみましたが、誰もいません。その時また、声がしました。
「ほら、ここですよ。あなたの後ろ。」
ふり返ってみるとそこには、シルクハットをかぶった、背の高い紳士の影がありました。
「か、かげ・・・!」
ネネはおどろきのあまり言葉を失い、ただただ立ち尽くすばかりです。するとその影が言ったのです。
「いえいえ、お嬢さん。私はかげではありません。時の人です。」
「時の・・・人?」
「ええ。一日のそれぞれの時刻にはそれぞれの時の人がいるんです。それで、私はたそがれを担当しているので、たそがれの時の人。」
たそがれの時の人・・・。ネネは口の中で、その名を転がしてみました。ああ、なんて美しい響きでしょう!少し謎めいていて、悲しげで・・・。でも、これが名前ではちょっと長すぎます。
「あの・・・たそがれの時の人さん?」ネネは小さな声で言いました。「あなたのこと・・・たそがれさんて、よんでもいいですか?」
「たそがれさん・・・」たそがれの時の人はゆっくりと、くり返しました。それはまるで、ネネよりも深く、たくさん、その言葉の響きを味わっているように見えました。「なんて・・・すてきな名前でしょう。ええ、もちろんいいですよ。」
 家々の窓には、明るい、温かな灯りが灯っていました。
「私ね、闇の中で見る、家の灯りが好きなんです。」ネネはポッとほほを染めて言いました。「何だか、中にいる人を、外の暗闇のおそろしいものから守ってくれるような気がするの。」
「そうですね。でも、外にいたって大丈夫ですよ。私が守っていますから。」
「えっ、たそがれさんが?」
「そうですよ。時の人は、その『時』を守るためにいるんですからね。」
「へぇぇ、じゃあもう、もののけをこわがる必要はないのね。」
「はい。」それから不意に、たそがれさんはフッと悲しそうに肩を落としまいsた。「まぁ、最近では夜でも街が明るいので、もののけはほとんど出てきませんが・・・」
「どういうこと?」
ネネはその事についてもっと知りたかったのですが、たそがれさんは答えるかわりに、向うに見えるビルを指指しました。
「ほら、もうすぐ日がしずみます。」
ビルのかべには、真っ赤に燃えた大きな丸がうつっていました。それは、世界中のどんな赤をつかっても表せないくらい、情熱的で、真っ赤で、美しい赤でした。
「たそがれ時の太陽がこんなに美しかったなんて!」ネネは思わず声をあげていました。「日の出の太陽よりきれいかもしれない。」
「きれいなんです!」めずらしく、たそがれさんも声を上げました。「太陽がこんなに美しく燃え上がるのは、たそがれ時しかありません。」
ネネはビルのかべの太陽に、じっと見とれていました。
 あんなにはげしく燃えていた赤も、やがて薄紫になり、紫になり、ついに消えてしまいました。
「日がしずみましたね。」静かに、たそがれさんが言いました。「私はもう、暗闇の時の人と交代しなくてはいけません。お嬢さん、あなたもお家に帰る時間でしょう。」
「ええ・・・たそがれさん!」ネネは、歩きかけたたそがれさんを呼びとめました。「またいつか・・・会えますよね?」
もしもたそがれさんに顔があったならきっと、ほほ笑んでいたに違いありません。
「ええ、会えますとも。」たそがれさんは言いました。「私はいつでも、たそがれの時にいますからね・・・では、またいつか!さようなら。」
「さようなら!」
ネネはかけ出しました。家はもう、すぐそこです。




             あとがき

 お久しぶりです。新年初の童話です。たそがれ時の美しさが伝わると良いのですが・・・。ちなみに、最後の行の「家」は「いえ」ではなく「うち」と読んでください。感想よろしくお願いします。