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ペン・銀 と 龍                       作:せい

 地球の裏側、南極と北極のちょうど間のところに、小さな小さな島がありました。
   *  *  *  *  *  *  *  *  
 ある、うららかな午後のことでした。ペン・銀(長方形の万年筆に、ペンギンの羽がついた生き物を想像してください!)達はみんな、「ちょっとしたおしゃべり」を楽しむために、エグルー(ペン・銀の家で、イグルーに似たものです)から出て、ぶらぶらと島の真ん中に集まって来ました。(ペン・銀達の島は、がくぶち島といいます)
「ねえ、みんな。今日はちょっと見てほしいものがあるんだ。」
と、ペルシモン(オレンジ色のペン・銀)が言いました。これはちょっと、めずらしいことでした。ペルシモンが口火を切ることなんて、滅多になかったのです。ペン・銀達は、何が始まるのだろうと期待して、目をこらしました。
 ペルシモンは、肩にかけていた柿色のふくろから、オレンジ色のラベルを貼った小瓶を取り出しました。
「これは、ぼくが新しく発明した薬だよ。」
と、ペルシモンは言いました。
「ほぉ〜!どんな薬なの?」
「姿を変える薬なんだ。」
ちょっと荒っぽい、波のようなざわめきがわき起こりました。
「何に変わるの?」
「色々。飲んでからのお楽しみ。」
「あの・・・飲んでみてもいいかい?体に害はないんだよね。」
おずおずと、ウォーター・ブルーが言いました。(水色のペン・銀)ペルシモンは顔中でニコニコわらいながら、ウォーター・ブルーに小瓶を差し出しました。
「もちろんだとも!さあ、飲んでごらん。ただし、二、三滴だよ!」
ウォーター・ブルーはゆっくりと、瓶を傾けました。シーンと張り詰めた空気の中に、ゴクンとつばを飲む音が響きました・・・
一滴、二滴・・・三滴!
ボゴンッ!
大玉から空気が一気に抜けたような音がしました。と、ウォーター・ブルーの姿がグラリとゆらぎ、次の瞬間、みんなの目の前に立っていたのは、立派なビロードのマントをはおり、大きな羽のついているふんわりとした帽子をかぶった、宝石のちりばめられている美しい長剣を腰にした、騎士でした。彼はやわらかい―少なくとも、そう見えました―金色の巻き毛を持っていて、バニラ色の肌をしていました。ほほは、文字通りのバラ色で、目は湖の水のように澄み渡っていました。
「ほぉっ。」
と言ったきり、みんなは言葉を失って、ただただ目を見張るばかりでした。
 やっと、一言、二言言葉がもどり始めた時、ピョーン(黄色のペン・銀です)がささやくように言いました。
「どんな気分?」
「う〜ん。」ウォーター・ブルーは、美しい眉を寄せ、細い指を組みました。(女性軍は美しさのあまり卒倒しそうになり、男性軍は悔しさのあまり卒倒しそうになりました)「どんな感じもしない。そもそもぼく、何に変わったんだい?」
女の子達はみんな、がっかりしましたが、男の子達はひそかに喜びました。変わったのが外側だけならば、自分達の愛する女性がとられる心配はありませんからね。
 それから夕方にかけて、ウォーター・ブルーは質問攻めにあいました。夕方七時ごろ、ウォーター・ブルーが元の姿にもどった時、みんなは少し、がっかりしました。
 夜遅くまで新しいワルツ(仔猫のワルツといいます)を作曲していたウォーター・ブルーは、さすがに疲れてきましたので、もう寝ようと思いました。そこで戸口のカーテン(エグルーには窓がないのです)をおろそうと、ふっと外を見たとき、誰かがペルシモンのエグルーにもぐりこむのが見えました。(ペルシモンのやつ、こんな遅くに誰をよんだんだろう?)ウォーター・ブルーは少し疑問に思いはしましたが、とにかく眠たかったので、たいして気にもせずに、カーテンを閉めてしまいました。
 その朝、カーテンを開けたペルシモンは、自分はまだ夢を見ているのだと思いました。そこで、急いで正面玄関(エグルーには、海に面しているお勝手と、陸に面している正面玄関があるのです)の方へ行き、入口のそばに降り積もった雪で顔を洗いました。そしてもう一度、お勝手から外を見てみましたが、いつまでたっても覚めない夢に腹を立て、もう一度正面玄関へ走りました。ところがもう一度顔を洗ったとたん、頭がかき氷みたいに冴え渡りました。そして、こんな考えがうかびました。
(夢を見ている夢なんてある訳ないじゃないか。これは、現実なんだ!だとすると・・・)
さあ、大変!ペルシモンは真っ青になりました。ダダだダーッと、家の中を突っ走り、お勝手から首を突き出してみました。やっぱり!海の上を、一頭の大きな赤い龍が歩いています!周りを見ると、ほかのペン・銀達も、目をおまんじゅうのようにまん丸にし、筋肉がなくなって、支えられなくなったとでもいうように、口をダラ〜ンと開けていました。
がくぶち島に・・・がくぶち島に・・・龍が・・・いる・・・!
「あの龍は、間違いなく、レットットですね。レットットのエグルーは空っぽでしたから。」
 ここは、ペルシモンのエグルー。ペン・銀達は、安全を確保するため、また、龍をどうするか話し合うために集まっているのです。ついさっき、男性軍はがくぶち島を見回って、龍に関する情報を集めて来たところでした。(龍本人は、気持ち良さそうに海で泳いでいました)
「でも、どうしてレットットは龍になってしまったのでしょう?」
バイオレット嬢(ピンクのペン・銀です)が質問しました。
「ぼくの薬を飲んだからに違いありません。彼のエグルーに、これが落ちていましたから。」
ペルシモンはそう言って、昨日みんなに見せたあの小瓶をかかげました。小瓶は空っぽになっていました。バイオレット嬢はショックのあまり真っ青になりましたので、ウミが二人いるように見えました。
「この薬は、大量に飲むと、姿だけでなく精神のほうも変えてしまうおそれがあるのです。そして、元にもどらないおそれも!今、レットットがなっている龍は、世界で一、二を争うどうもうな龍ですよ。おそらく、レットットは赤かったので、あの龍になったのでしょう。ウォーター・ブルーが整った顔立ちだから、騎士になったのと同じように。」
「ああ、どうしましょう!かわいそうなレットット!」
みんなは、暗い顔でおたがいを見合いました。と、その時でした。
「はい!」モックが手をあげました。「ぼくに、いい考えがあります・・・」
 それから二日後、龍は陸のほうに、何やら見慣れないものを発見しました。そこで、近寄ってみることにしました。
「や〜い、龍、こっちまで来いよーっ!」
 ペン・銀達は岸に立ってさけびました。龍は明らかにムッとしたようでしたが、まだ知らんふりをしていました。友達をあざけるというのは、とても、気持ちの悪いことです。でもこれは、レットットのためなのです。みんなは自分にこう言い聞かせながら、さらに大きな声ではやし立てました。と、龍の目が光りました。憎しみに満ちた、暗い赤色です。
「グガオーッ!」
「待てっ!」
するどい声がひびきました。龍は少しめんくらって動きをとめました。
「ぼくが相手をするっ!それっ、こいっ!」
モックです。この二日間で調べられるだけの、強い騎士や武将の力をみんないっしょくたにした薬を飲んだのです。
「さあ、かかって来るんだ!」
モックは、おもちゃの剣を振り回しながらさけびました。いくら危険とはいえ、友達を傷つけるなんてことはしたくありませんからね。ところが龍の方は、こんなチンピラ相手にできないや、というように、のんびりと海水を飲んでいます。(みるみる海の水が減っていきます)モックはあわてました。これでは、お話しにならないではありませんか!そこで、決意を決めて龍の肩にとびあがりました。
「がんばって!」
「しっかり!」
「危なくなったら、すぐやめるんだよ!」
「うん、わ・・・」
最後までは言えませんでした。龍が突然暴れ出したのです。モックは、もう夢中で剣をふるい、とびあがりました。
「がんばれ、がんばれ!」
「フレー、フレー、モック!」
「イケーッ!」
いつの間にか、ペン・銀達だけでなく、アザラシや人魚も応援してくれていました。
 モックは、龍が口を開けるたびに、前へ出ようと試みました。ダメでした。ああ、あのいまいましい炎さえなければ、何もかもうまく行くのに!その時、龍が一歩前へ踏み出しました。そして、口を大きく、大きく開けました・・・あれ、炎が出てきません。よかったぁ。モックはほっと一息つい・・・たのもつかの間、突然、これまで起こったどの台風よりも強い風がモックをおそいました。モックはあわてて横にとびましたが、龍がちょっと顔を動かすだけで、また風はふきつけてきます。龍は、モックを飲み込むつもりのようです。これは危ない!海の者達は泳いで、ペン・銀達は波の上をものすごいスピードで走って、モックを助けにいきました。モックが飲まれる!と思ったその瞬間、みんなは力を合わせて龍を押しました。もちろんのこと、龍は不意をつかれて少し動きをとめます。
チャーンス!
モックは、ポカッと開いた龍の口の中に、ペルシモンが苦労して作った解毒剤の玉を放りこみました!・・・
ポンッ!
穴が開いた瞬間の、タイヤのような音がしました。
シュルシュルシュルシュ〜
龍はみるみる小さくなっていきます。そして、最後に残ったのは、キョトンとした顔のレットットただ一人でした。
 その夜、ペン・銀達はパーティーをやりました。とてもたくさんの友達―スガタヲカエタの三兄弟や、アザラシ四兄弟、吹き出しカワセミなど―が集まって、それはそれはにぎやかでしたよ。でも、これが何のためのパーティーかを知っている人は、ほんの両の手でかぞえられるくらいしかいませんでした。
 レットットは、地面に頭をこすりつけてあやまりました。ペン・銀達はみんな、わらって許してあげました。レットットは、ウォーター・ブルーが騎士になったのを見て、薬をもっと飲めば、自分もスーパーヒーローになれる、と考えたのだ、と言いました。それで、その事をペルシモンに話すと、ペルシモンは大量の薬を飲んではいけない、と言ったので、仕方なく夜中に薬を「借りた」のだ、ということも、白状しました。そして、今後一切、とっぴょうしもないむこうみずなことはやらない、と誓いましたが・・・さあ、いつまで守っていられるでしょうかね?
 レットットが元にもどったことを一番喜んだのは、バイオレット嬢でした。彼女は、パーティーが終わり、いよいよ事は丸くおさまり、みんな無事だったのだと実感すると、今まで張り詰めていた気持ちが、糸が切れるようにプツンと切れてしまいました。そのうえ、気力がなくなると同時に、体の色も落ちてしまいました。それで、その週の土曜日、ペン・銀達の一番の友達、スガタヲカエタ三兄弟にも手伝ってもらい、バイオレット嬢はピンクのペンキを四リットル買いました。

                                      おわり






ペン・銀の起源
 ペン・銀のことについては、これからたくさんお話を書きますので、それらを読んでいるうちにいろいろ分かってくるでしょう。でも、ペン・銀の起源については、お話しする機会がなさそうですので、今、話しておきましょう。
*  *  *  *  *  *  *  *  *  
 昔、南極に、アタムという雄のペンギンがいました。彼は、もう結婚してもいい年ですのに、今だに独身でいました。でも、これは別にアタムが不人気ってわけではないんですよ。ただ、アタムの方が、「これだっ」と思える女性を見つけられないのでした。
 そんなある日。一人さみしく散歩をしていたアタムは、雪の中に何かキラキラ光るものを見つけました。
(何だろう?)
するとその時、か細い、女性の声がしました。
「助けて。だれか、お願い。私、こごえてしまうわ。」
どうやら、あのキラキラ光るもののそばのようです。
「分かりました!今行きます!」
アタムは急いでかけよりました。見ると、雪の中に一本の棒のようなものがうまっています。
「ああ、早く、私を助けてください!」
と、その棒は言いました。
「待っていてください!」
アタムは、力いっぱい羽で雪をほりました。すると、とても美しい、くちばしのようなものがついた桃色の棒が出てきました。
「ああ、ありがとうございます。」
棒は、ほっとしたように言いました。
「ところで、あなたは誰なのです?どこからおこしで?」
棒は、自分の身の上を話しました。彼女は、万年筆というもので、名前はエブ。日本人の男の人のポケットに入っていたが、しばらく前に雪の中に落とされ、寒くてこごえていたところを、アタムに助けられたというのです。
「ところで、あなたは誰なのです?」
そこでアタムも、自分の事を話しました。
「まあ、かわいそうに!しっくりくる女性が見つからないなんて・・・」
エブは、不思議な目つきでアタムを見つめました・・・
 それから一年後、アタムとエブはめでたく結婚しました。そして、たくさん子どもを生みました。その子どもが、また子どもを産んで、また産んで・・・とどんどん続いてゆき、今のペン・銀になっているのです。
                    おわり






〈登場人物紹介〉
・ビオラ・バイオレット嬢
・レットット(レートン)
・ペルシモン
・モック(モクドナルド)
・ピョーン(ピヨーン)
・ウォーター・ブルー
・モリー・ロンランサン(洗濯名 マリー)
・ウミ・ブレジール・ウィリアム・シェイクスピア
・セマイマ・スガタノウミ・モク
・吹き出しカワセミ
・ アザラシ四兄弟(アーリ、ザビー、ランド、シェル)



       *あとがき*
 ペン・銀とその仲間については、もっとたくさん書くつもりです。

 第一話をマメ本にしました(PDF)