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第一章
月草村のはしっこへゆきますと、大きな大きな海が見えます。この海は世界各国にのびていて、「太変洋」という名前でした。ところでこの太変洋にはいくつもの島がうかんでいるのですがその中で一番小さい島が、そう、これからお話ししようと思う、サンシャイン島でした。
「まあ、すばらしいわ!」
白猫のアイコさんが白いレースのついた日傘を、くるくる回しながらつぶやきました。
「家で読書もいいけれど、やっぱり天気のいい日はピクニックに限りますな」
ハリネズミのハリーおじいさんは、シルクハットのかげから、目を細めて空を見上げます。
青いカバーをかけたような、しみ一つない、すみわたった空。その空の中では、明るい太陽が、そこら中に強い光を投げかけていました。
「ステキだね、ステキだな!ねえマーガレット、そう思わない?」
キツネのポールが、タヌキのマーガレットにささやきかけました。
「ウ・・・」
マーガレットは、ボートのふちにあごをのせ、うっとりと水面を見つめていました。ジャボ、ジャボ。オールが水をかく音が、このなめらかな水のように、軽やかな音をたて、快く響きます。空の光を浴びて、宝石の粉のようにキラキラとかがやく、深く青い水。そして、ボートの中に入っている、おいしいお弁当―まだ食べてはいませんが、きっとおいしいにちがいありません―の入った大きなバスケット!これを見たとき、幸せは清らかな湧水のようになって、後から後から、マーガレットの心の泉から湧き出てきました。(ああ、きっとわたし、あんまり嬉しすぎて、このまま水の中に飛び込んでしまうわ)マーガレットは、思いました。はたして数分後、マーガレットは、実際そのとおりになりました。
ボッチャーン!
「キャーッ!」
幸せですばらしい時間が水のようなら、それがぶち壊しになる時間も、水のようにはかなく、あっというまなのです。さっきまでのロマンチックなふいんきは、水の泡のようにいっしゅんにして、消え失せました。マーガレットが、身を乗り出しすぎて、川に落ちたのです。
「マーガレット!!」
ポールは、心配と、マーガレットを助けようという正義感で真っ青になりながら、彼女の方に手をさしのべました。
「ポール、あぶな・・・」
が、時すでにおそし。
バッシャーン!
派出な水しぶきがあがり、次の瞬間、ポールも水の中にいました。
「アチャー」
ボートをこいでいた犬のウミさんが、頭をふりふり額に手をあてました。
ウミさんは、オールを二人の方へ差し出しました。
「さあ、つかまって」
二人は、いっしょにオールにつかまりました。グググー・・・
ボッシャーン!
もうみなさんお分かりですよね。ええ、そう、ウミさんも、川に落っこちたのです。
「あっ、ウミさんごめんなさい」
「えっと、大丈夫です。それにしてもね・・・」
「ウミさん、マーガレット、ポール、早く上がっていらっしゃい。風邪をひきますよ」
ハリネズミのハーリおばあさん(ハリーおじいさんのおくさんです)が言いました。
「ええ、そうします」
ウミさんは言うと、ボートのふちにしがみつきました。
「よいしょっ」
「あっ、あっ・・・!」
「キャーッ!」
グラリ。大量の水しぶきとともに、いっしゅんボートが大きくかたむきました。そして、また安定して水の上にうかんだとき、乗組員たちはみな、水の中にいました。
「あーあ」
みんなはそろってため息をつきました。
「もう一度ボートに乗り込むより、泳いだ方が早そうだね・・・」
マーガレットのお父さんが苦笑いしながら言いました。
「同感」
「どうせ、もうすぐ目的地ですし。わたしがボートを引いて行きましょう」
ウミさんはそう言って、ボートの下にもぐりこみますと、もやいづなを手に泳ぎ出しました。みんなもその後に続きます。
それにしてもまあ、それはなんて奇妙な光景だったことでしょう。お昼ちょっと前の川で、年もいいころのおばあさんや、日傘をさしている、上品なお若いおじょうさん、それにシルクハットなんかかぶっている、きちんとしたおじいさんが、泳いでいるのですから!それも、きちんと服を着たまんま!しかも、そういう人たちの先頭では、何かが―おそらくお弁当が―入ったバスケットが五つのっている、大きな無人ボートが進んでいるのです。これはもう、奇妙としか言いようがありません。
しばらく泳ぎますと、その奇妙な一行の前に、小さな島が現れました。百メートル走を十八秒で走れるくらいの人なら、一分もあれば一周できてしまうほどの小さい島です。ウミさんはそこへ泳いで行って、もやいづなを手に島に上陸しますと、大声でさけびました。
「みなさーん、上陸ですよぉ〜」
「おお〜!!」
みんなは、何日も海を漂流し、やっと陸を見つけた人のように、元気づきますと、先を争って島へ上陸しはじめました。長いこと水の中にいたものですから、そろそろかわいた陸地に上がりたくなったのです。
「ふぅ〜、水の中もいいけれどやっぱり、動物たるもの陸の上にいなくてはね」
ハリーおじいさんは、よれよれになったシルクハットの水をしぼりながら、満足気に言いました。
「ああ、この年になって水泳をするとは思いませんでしたよ。おかげで腹ペコ!」
「そうね。わたしはまだ子どもですけど、ものすごくおなかがすいたわ」
「それじゃ、このへんでお昼ご飯ということで!」
「ワーイ」
みんなは、チーターのように猛然とボートの中に入れておいたバスケットに飛びつきました。そしてみな、草原の上に丸くなってすわりこみますと、ワクワクしながらバスケットを開けました。中には、サンドウィッチ、ピーマンのチーズハンバーグ、ハチミツをたっぷりかけた、パンケーキ、おいしいゼリー。その他もろもろのおいしいごちそうが入ってい・・・るはずでした。でも、いつだって現実というものは辛いものです。バスケットの中に入っていたものは、しめったサンドウィッチに、これも水をすった、形のくずれたピーマンのチーズハンバーグ、ハチミツのすっかり流れてしまった、ぬれたパンケーキ、水でグショグショになった、ゼリー。その他もろもろの、水でグチャグチャになった、見るも無残な食べ物たちでした。いっしゅん、みんなは言葉を失いました。
「あ・・・あ・・・」
「何たることだ!」
ウミさんは、くやしそうに頭をかきむしりました。
「ボートがひっくりかえったときに、お弁当がぬれたことに気がつかなかったなんて!バスケットがすぐにかわいてしまったから、中のものも大丈夫だと思っていたのに」
「お弁当を買いに行く?」
「無理ですわ。こんなにぬれていたら、どこのお店にも入れてもらえませんもの」
「じゃ、もう一度サンシャイン島にもどって、お弁当を持ってこようよ」
「それには、三時間くらいかかるわ。島にもどったときには、もう夕ご飯の時間になっていると思うわ」
「どうする・・・?」
「おなかすいたよぉ!」
突然、ポールの妹のスノーがわめき出しました。地面にひっくりかえり、手足をバタバタさせ、声をかぎりに泣き叫びます。
「おおよしよし。いい子だから、おとなしくしなさい。ね、もうすぐ何か食べられるからさ」
ポールは必死に妹をなだめましがとうとう、困り果ててしまいました。でも、みんなもすっかり困り果て、お腹をすかせてイライラしていました。マーガレットなぞ、すんでのところで、スノーに
「おとなしくしなさいよ!!」
と、どなってしまうところでした。(まったく。みんな困っているというのに、一人だけギャーギャーさわいで!これだから、小さい子はきらいなのよ!)マーガレットは、思いっきりスノーをにらみつけました。
そのときでした。
「分かったぞ!」
不意に、ウミさんがひざをポンとうって、さけびました。
「何ですか」
「いい考えがあるんです。まあ、ちょっと待っていてくださいな」
ウミさんは言うなりボートにとびこむと、こぎ出しました。そして、あっという間に、見えなくなってしまいました。
しばらくして帰ってきたウミさんのボートには、底と両側、計三箇所に穴の開いた、麻のふくろがどっさりつんでありました。
いきなり出かけていって、何をしていたのかと思えばこんな役立たずのぼろきれなんか持ってきて。ウミさんたら、いったい何を考えているのかしら!
「みなさん、ちょいとお待ちくださいね」
ウミさんは、唖然としているみんなに、いたずらっぽく笑いかけますと、「国産小麦」と書いてあるふくろを頭からすっぽりかぶりました。そして、両手をふくろの中につっこみ、何やらゴゾゴゾやっていましたが、やがて、ぬれた洋服をひっぱり出してみせました。
「ほら、どうです?」
そこで、みんなにもやっと、ウミさんが考えていることがのみこめました。と、同時にギョッとしました。
「まあ、ウミさん正気なの!?」
アイコさんが、ひきつった、悲鳴に似た叫び声をあげました。
「むろん、正気ですとも!」
ウミさんは、すまして答えます。
「もっとほかに、いい方法はないのかしら」
ポールのお母さんがおずおずと、言いました。しかし、
「ありません!」
と、即座にウミさんにはねのけられてしまいました。
「いいですか」とウミさんは、まだ決心しかねているみんなを見回して言いました。「どうがんばったって、わたしたちのぬれた服は、すぐにはかわきません。ぬれた服では、どのお店にも入れてもらえない。しかし、今の我々には食料が必要です。それにはどうしても、かわいた布で体をつつむ必要があります。そして、そのかわいた布に一番的しているのが、ほら、この麻のふくろなのです!!」
黒く太い文字で、大きく「国産小麦」と書いてある麻のふくろをかぶり、頭をふるたびにしずくを飛び散らせていたのでは、どうがんばったって、民衆を納得させることはできません。ウミさんは、あきらめてため息をつきました。と、そのとき。今まで泣きやんでいたスノーが、また突然さわぎだしたのです。
「早く、ご飯が食べたいよう!」
とうとう、みんなの決心は決まりました。
「仕方ありませんね」マーガレットのお母さんが、苦虫をかみつぶしたような顔で言いました。「さあ、ふくろをかぶりましょう。そして、お店でお弁当を買って、さっさと帰りましょう」
その日、オッタマゲタ島、ならびにその周囲の島々の新聞には、第一面に次のような記事が、のりました。
なぞの一行現る
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今日、午後二時ごろ、オッタマゲタ島タマゲタ商店街に、麻でできているとみられる、大きなふくろをかぶった十人組みが現れた。
彼らは「ビックリ弁当店」に入り、「お子様弁当」を三つ、「春の旬弁当」を四つ、「カキのフライ弁当」を三つ購入し、正体を明かさぬまま、消えた。また、十人組みが現れる一時間ほど前、処
分しようとしていた小麦粉のふくろが、ちょうど十枚消える
事件が起きている。
専門家は、「なんらかの目的で、島に上陸した、呪い師、ま
たは宗教の一行。購入した弁当は、呪いまたは、供え物に使
われた」とみている。
今もまだ、彼らの正体は分かっていない。付近の住民に、波紋を残した事件であった。
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あとがき
はじめまして。わたくし、アイコと申しますの。
もう、ご存知の方もいらっしゃると思いますけど。
まさか、わたくしたち、いきなりあんなハードなピクニックをやるとは、思いませんでしたわ。特に、小麦粉の袋をかぶって、よりによって商店街を歩くだなんて!今考えてもゾッとしますわ。
ところで、サンシャイン島の物語、第二話は、わたくしアイコが、筆をとることにいたしました。わたくしたち、みんなで、ウミさんが書けばいいのにと申しましたのに、あの方ったら、自分は体験する派で、伝える派ではない、っておっしゃるんですよ。でも、まあいいわ。見てらっしゃい!いつか、あの方に書かせてみせますからね!
2012年5月5日 海辺の亭にて
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