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今夜は、カメヨたちは忘年会で留守です。カメダさんとイネコさんは、ワインを片手に、しみじみと昔の思い出を語り合っていました。その時、
「宅急便でーす。急いでるんで、すみません」
という声とともに、分厚い四角形の荷物が投げ入れられました。
「まったく、いくら急いでいるとはいえ、ひどい態度だ!」
カメダさんは、ブツブツ言いながら、しかたなく、荷物を拾いに行きました。イネコさんは、カメダさんを気の毒そうに見ながら
「だれから?」
と聞きました。
「えっとねえ・・・」
カメダさんは、荷物をひっくりかえしましたが、差出人の名前を見るなり、「ひょえーっ」と声をあげてしまいました。
「カメちゃん、どうしたの?だれからだったの?」
「カラカラさんからだっ!」
カメダさんは、興奮して叫びました。イネコさんも、「まあ!ステキ」と、目をかがやかせています。カメダさんは、さっそく荷物を開けてみました。中から出てきたのは、飛び跳ねた字が、ぎっしりつまった原稿用紙の束と、走り書きのメモでした。メモには、「大百科にのせるため、原稿を書いたのだけれど、急用が出来て出版できなくなりました。カメダさん、清書して、出版社に送ってください」と書いてありました。さあ、カメダさんの喜んだこと!カメダさんは、早く原稿の清書をしたくて、うずうずしました。イネコさんは、とても勘のいい、気のきく人・・・いえ、動物でしたから、カメダさんが仕事をしたいのを見て取り、
「カメちゃん、早く清書をして、出版社に送ってあげたら?」
と言ってあげました。それを聞いたカメダさんは、
「うん、そうするよ、ありがとう!」
と叫び、次の瞬間、自分の部屋に、姿をけしました。その後ろ姿を見て、イネコさんは、何ともいえない、楽しい気分になったのでした。
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第三十二章「カンガルーがカンガルーになったわけ」カラカラ・スウ著
当時、カンガルーというのはチーターにも負けないくらい、早足の選手でした。これまでに、いくつもの大会に出場し、いくつものトロフィーをもらっていました。
さて、この年も、『スピードスピード大会』という大会が開かれることになっていて、もちろんカンガルーも出場する予定でした。まわりの動物たちの期待に、応えなくてはならなかったからです。ところで、このところ、カンガルーには大きな悩みがありました。それは、太ってしまったことでした!・・・まあ、太ってしまったことは、しかたのないことですよね。でも、悪いことに、太ったのは、もう何日も前からでしたから、ダイエットをこころみてもいいのに、カンガルーは、どうやって大会を切り抜くか、ということしか考えていなかったのです!
今夜は、大会一週間前。カンガルーは、きれいさっぱりなくなった、大盛り牛丼のどんぶりを前にして、はてさて、どうしたものか、と考えていました。この前はかったけれど、百メートルは、五秒以上おそくなっていましたし、リレーでは、うまくカーブを曲がれなくなっていました。このままでは、大会でぼろ負けして、『肥満選手カンガルー』とかなんとか、ひどいことを、新聞に書きたてられることでしょう。あああ、どうしよう!カンガルーは、その夜、どうしたら大会で勝てるか、徹夜で考えました。けれども、いい考えがうかびません。それで、しかたなく、電話の置いてある棚まで行くと、ダイヤルを回しました。ルルル、ルルル、ガチャッ。
「へい、こちら、ハイエナなんでも社でぇ〜す」
受話器のむこうから、べっとりした気持ちの悪い声がしてきました。カンガルーは、思わず、うっと耳をはなすと、気を取り直して言いました。
「ぼくは、カンガルーです。ちょっと、相談ごとがあるんだけど・・・聞いてくれるかい?」
「ホォッホォッホォッ。それは、おもしろい・・・で、相談ごとは、何なんですぅ?」
おえっ、気持ち悪い。ハイエナが、電話の向こうで手をもみあわせているのが、目にうかぶようです。
「あ、あの・・・じつはぼく、十キロも太ってしまったんだ。でも、ダイエットは面倒くさいし・・・あのさ、苦労しないで、大会に勝てる方法ってないかな?」
「ホホォウ。それはおもしろい・・・いえ、むずかしい。ちょいと、そうですねぇ。三日ほど、考えさせてください。これは、たいへんな難問ですので、お金をいただかなくては・・・」
カンガルーには、どうして、考えるのにお金が必要なのか分かりませんでしたが、何しろ今は緊急時です。それで、急いで言いました。
「ああ、分かった、分かった。で、いくら支払えばいいんだ」
「ううん、五百万ドウ円くらいですかねぇ」
ぎょえっ、目玉が飛び出しそうな金額です。でもまあ、しかたがありません。カンガルーはしかたなく、
「よし、では、銀行でふりこんでこよう」
と答えました。
はてさて、三日がたちました。けれども、ハイエナからは何の連絡もありません。とうとう我慢できなくなったカンガルーは、自分から電話をかけました。
「へい、もしもし?こちら、ハイエナなんでも社でぇす」
「何をのんきにしているんだ!ちゃんと、金を払ったではないか!さあ、案を教えてくれ」
「へいへい、それがですねえ・・・じゃ、文句なしですよ。わたくしが考えた案はですねえ・・・おなかにふくろを作ることですよ。袋を作れば、体にけがをした、ということになるでしょう。そうしたら、大会に出なくてすみますよ。あなたは名誉を傷つけなくてすむ」
「な、何!むむむ・・・」
文句なし、文句なし。文句なしって、こんなに辛い約束だったのか!カンガルーは、ちょっぴり後悔しました。
「おや、だめですかぁ?」
ハイエナは、明らかにおもしろがっています。カンガルーは、負けるもんか!と歯をくいしばりました。
「うむ、まあ、なかなかの案だな。で、どうやって袋を作るのだ?」
「さあ、知りませんな。だって、あなたは、案を出せ、とおっしゃったんですよ。わたしは、ホテルのボーイじゃありませんからねぇ。頼まれたことしか、やりませんよ」
「ず、ずるい!・・・何でもするから、どうかぼくのおなかに袋を開けてくれ!」
しばらくの沈黙がありました。やがて、ハイエナの声が聞こえだしました。ゆっくり、ゆっくり・・・
「ほん、とう、に・・・何でもする、んですねぇ?」
カンガルーは、ごくりとつばを飲み込みました。そして・・・言いました。
「ああ、何でもするよ」
「ほんとうに、ですね?」
「ほんとうに、だ」
「よろしい・・・では、明日、家に来てください」
カンガルーは、覚悟をして、うなずきました。
あくる朝。いよいよ、運命の日です。カンガルーは、ずっしりした足取りで、ハイエナの家へ行きました。ハイエナは、戸口でカンガルーを待っていました。
「お早う、カンガルーさん」ハイエナは、いやに陽気に言いました。「さて、約束ですよ」
「ああ、分かっているよ。で、何をすればいいんだ」
「家の家事です。まず、掃除。それから洗濯。次に井戸の水汲み。朝食ずくり。皿洗い。掃除。水汲み。昼食ずくり。皿洗い。デザートづくり。皿洗い。ま、そのくらいにしておきましょう」
カンガルーは、あやうく卒倒しそうになりました。ああ、でも、約束は約束です。カンガルーは、カメよりものろのろ中に入ると、ふさの抜けかけたほうきで、掃除をしました。腰がばりばりになってしまいそうです。次に、ばかでかい鉄のおけで、一キロ先の井戸まで、水を汲みに行きました。帰ってきた時にはくたくたで、手がなくなったのではないか、と思ったほどでした。食事作りはけっこう楽で、今までやった仕事とくらべれば、天国にいるくらい、楽しいものでした。
やっと一日の仕事を終え、美容整形外科の場所を教えてもらったカンガルーは、やっとこさ足をひきずりながら、そこへ出かけました。そして、三時間後、半分眠った状態で、家路についたのでした。
大会の日がやってきました。カンガルーは、審査員たちに、自分は欠場する、と言おうとしましたが、審査員たちはまったく耳をかしてくれません。カンガルーのような、スーパースターが欠場するなんて、とてもありえなかったからです。それで、カンガルーは、死んでしまいたいくらいみじめな気持ちで、スタート地点についたのでした。ところが、ところが!神さまは、カンガルーを見捨てはしなかったようです。あの日、ハイエナのもとで重労働したかいがあってか、カンガルーには筋肉がつき、以前よりずっと早く走れるようになったのです。カンガルーは、チーターを追い抜き、ダントツ一位でみごと優勝!よかったですね。 (完)
* * * * * * * * * * *
ほわ〜っ、やっと終わった!カメダさんは、思いっきり背伸びをして、ゆり椅子によりかかりました。さあ、あとは、郵便局へ行くだけです・・・トントントン。ひかえめな、ノックの音がして、ドアが開きました。そこには、ケーキと紅茶を持った、イネコさんが立っていました。
「カメちゃん、ごくろうさま。原稿出しに行きましょうか?」
カメダさんは、あわててピョコンと立ち上がると、「おねがいします」と言って、原稿の入った封筒をイネコさんにわたしました。
「はーい、まかせといてっ!」
イネコさんは元気にそう言うと、郵便局にむかって、かけて行きました。
*あとがき*
お楽しみいただけ
ましたでしょうか。
星草村の続編が、
完結したら、今
度は、月草村に専
念しようと思って
います。ぜひ、読ん
でみてください。(感
想をいただけると、う
れしいです)
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